映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』 

 YCAMでスティーヴン・カンター(→wiki:Steven Cantor)の映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』をみる。

 主人公のセルゲイ・ポルーニン(→wiki:Sergei Polunin)は1989年、ウクライナ南部に位置する人口40万人の都市ヘルソン(→wiki)に生まれた。
 ウクライナでダンスといえば、コサックダンスを思い浮かべる(ジジイ^^;)が、19世紀後半からバレエの中心地となったロシアの伝統を継ぐ旧ソ連圏では、恐らく幼少期からのダンス教育が盛んという背景事情もあるのだろう。ポルーニンは小学校の頃から体の柔軟性と身体能力により、バレエ・ダンサーとしての素質を見出される。
 首都キエフのダンス学校で専門的な教育を受けるには、宿舎費用も含め、多額のお金がかかる。子どもの将来に賭けるため、父親は遠く離れたポルトガルまで出稼ぎに行き、父方の祖母も外国の地で辛い介護の仕事に就く。家族の期待を一身に受けたポルーニンは、優秀な成績を収め、13歳で渡英してロンドンのロイヤルバレエ学校に入学する。そして、19歳でロイヤルバレエ団最年少のプリンシパルになる。



 十代の青春をバレエ一筋に打ち込んだポルーニンは、自分に多大な期待をかける両親が、父親の出稼ぎをきっかけに離婚に至ったことを知る。身体の皮膚にタトゥーを入れ、コカインを吸入する。そして2012年1月、彼は突然ロイヤルバレエ団を辞める。
 ポルーニンはアメリカでの活動を望むが、アメリカのバレエ団は彼の素行を不安視して受け入れない。
 そこで彼は、ロシアのテレビのオーディション番組に出演する(ロシアのテレビ番組を見るのは数十年ぶり(たぶんブログ:ソ連旅行1991以来)なので、その資本主義的ド派手っぷりに驚く)。才能のあるポルーニンはもちろん注目を浴び、ロシアのダンスシアターに迎え入れられる。
 ただ、イギリスでもロシアでも、バレエは伝統芸能の世界であり、才能に恵まれた若いポルーニンにとっては、息苦しさを覚える旧態依然とした世界だ。ポルーニンは、自らを伝説化するため、ファッション写真家のデヴィッド・ラシャペルと組んで、ホージアの『Take Me To Church』のPVに参加することを決意する。



 伝記映画にするには短か過ぎるポルーニンの半生(まだ20代!)だが、ヘルソンからキエフ、ロンドン、モスクワ、ロサンゼルス、ハワイ、ノヴォシビルスク…と、舞台が地球上を転々とするので若い人でも退屈しないだろう。

 ポルーニン役を演じるのは本人だ。さまざまな映像記録機器が安く手に入るようになった1990年代以降に育っただけに、カンター監督は、家族が撮影したホームビデオや、学校の友人たちや本人がスマホのカメラで撮った映像、ニュース映像や新聞記事、テレビ番組の映像などを巧みに利用し、今どきのファウンド・フッテージ的な作品に仕上げている。恐らくオリジナルで撮影された映像は20%に満たないのではないか。酔っ払って眠ったポルーニンの顔を落書きだらけにする友人たち。雪の積もったロンドンの路地で、素っ裸になって転げまわるポルーニン。

 ウクライナ南部の90年代から現在までの政治情勢には、いっさい触れていない。クリミア半島の根元にあるヘルソンは、首都キエフや西ウクライナとは異なり、親ロシア派が主流を占める土地柄だ。キエフ経由で西側(ロンドン)に渡るが、やがてロシアに帰属していくというのは、クリミア危機(→wiki)を経てロシアに編入されたクリミア半島の存在をどうしてもちょっと想起させる。

 父親のたたずまいが、曰く言い難い魅力をそなえていた。

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映画『11時10分前』 

 福岡シネラのトルコ映画特集で、ペリン・エスメル(→wiki:Perin Esmer)監督の映画『11時10分前』(原題:10 to 11/35ミリ/2009年/115分/トルコ=仏=独)を観る。

 舞台は撮影当時のイスタンブール。83歳になるミトハト・ベイは、1950年頃から住み続けるアパートの4階で、悠々自適の隠退生活を送っている。
 ミトハトは甚だしいコレクション癖の持ち主で、部屋のなかは書物や新聞で溢れかえっている。通いのカフェではパンのラベルを剥がしてポケットに入れ、注射のヘタクソな看護師から手に入れた注射器まで持ち帰って並べる。コレクションは時に部屋の前にも置かれるため、他の住人の苦情を招くが、アパートの管理人のアリがいくら注意しても、彼は聞く耳を持たない。

 ミトハトは古いオープンリ-ルのテープレコーダーを修理しながら現在も使用しており、たとえば1960年5月27日のクーデターの様子を語るニュース音声まで保存している。他のインタビュー音声によると、ミトハトは1945年10月にアメリカに留学して電子工学を学んだが、トランジスタの重要性に無知なトルコの官僚たちは、帰国した彼を紡績工場に送り込んだ。すぐに飛び出た彼は、ようやく警察の技術部門に迎えられ、数十年かけて全国の警察無線を整備する本部の責任者になったという。

 管理人のアリは地方出身の30代。ミトハトに頼まれて新聞を買い、収集品の百科事典の欠落した第11巻を入手するために奔走する。
 アパートの老朽化に伴い、住人の多くは建て替えを求めているが、ミトハトの反対で話がまとまらず、アリは説得を続ける。ミトハトのコレクションのなかに、高額の値段がつく貴重品も混じっていることを知ったアリは、アパートを立て替えたら1階を古本屋、2階をカフェにして、ミトハトの収集品を並べよう、ともちかける。しかし、ミトハトは断固として受け付けない。

 アパートでは水漏れが生じて、うずたかく積まれた新聞が湿ってしまう。いよいよ当局が入って、倒壊の恐れがあるという理由で立ち退きを求めるが、ミトハトは「令状は? いつ法律が変わった? 法律が改正されたというならちゃんと官報に載ったのか?」となおも食い下がる……。



 『未来へつづく声』(→ブログ)もそうだったが、本作は音声メディアに関心を向け、時間(大量に映る丸い掛け時計が印象的)や音声の記録・記憶をテーマにしている。"ガンコ爺"ミトハトのキャラクターが際立ってオモシロイ。役にハマった巧い役者だなあと思ったら、映画のモデルとなったご本人(Mithat Esmer)がミトハト役を演じている。エスメル監督は彼の姪にあたる。

 わずかだが、イスタンブールの街の様子が映し出される。序盤に映った水色の二階建ての橋は、恐らくガラタ橋だろう。人びとは橋の上から釣り糸を垂らしている。海峡の向こう側に立つ複数の尖塔はブルーモスクだろうか。昔、インドからパキスタン、イランを経由してイスタンブールにも立ち寄った身としては、ぼんやりと記憶する街の様子や当時の出来事を振り返ってしまう。
 ガラタ橋のたもとには、ボートに乗った物売りが数多くいて、中華鍋のような大きな鍋でサーディンを油で揚げ、バケットに挟んだものを売っていて、とても美味だったこと。たしか1988年の新年を迎えたのがイスタンブールの安宿で、他のバックパッカーらと簡単なパーティーを開き、ラク(Raki)というアニスの実のエキスが入った強い蒸留酒を飲んで酔っ払ったこと等を想い出す。

 ストリチナヤを桜桃のジュースで割って飲む、というのは初耳。今度、気が向いたらやってみようかな。