ナショナルジオグラフィック日本版2017年5月号 

 EXPLORE 探求のトビラ
・マサチューセッツ大学の生物学者ダンカン・アーシック(Duncan J.Irschick→wiki)は、フォトグラファーのクリスティーン・シェパードとともに、複数台のカメラで一斉に撮影する「ビーストカム」という装置で生き物の高解像度3Dモデルを得るプロジェクト「デジタルライフ」を開始。
・ハーバード大学のロバート・ウッド(Robert Wood)とジェニファー・ルイス(Jennifer Lewis)が開発したソフトロボット「オクトボット」は、内部回路の過酸化水素の気化によって脚部分を膨らませて移動する仕組み。部品は全て3Dプリンタで「印刷」されたシリコン製。
・ヴーヴ・クリコ社ほかいくつかのワインメーカーは、冷暗な海中でワインを保存することで、熟成を速くする効果が得られると考えているらしい。


 特集は医療・科学ジャーナリストのクローディア・カルブ(文)による「天才 その条件を探る」
 天才は一つの物差しだけで測りきれない多様な特徴のブレンドによって生まれる。知能だけでなく創造性や忍耐力、好運などが絡み合った結果。
 スタンフォード大学のルイス・ターマンは、1920年代におおむねIQ140以上の児童約1500人を対象に追跡調査をおこなった。また、カリフォルニア大学SC校の聴覚専門家チャールズ・リムはMRI装置内で演奏可能な小型キーボードを開発し、6人のジャズピアニストに即興演奏してもらう実験を行った。その結果、自己表現に関わる(とされる)内側前頭前野は活性化し、注意の集中や自己監視に関わる外側部の活動は弱まったという。
 筆者はその他、fMRIを利用した創造性の高い人とそうでない人との比較実験や、偉大な業績が生まれやすい年齢層を調べる試み、誰もが天才と認めるレオナルド・ダ・ヴィンチの家系をたどり、DNAサンプルを探して遺伝的特徴をさぐる「レオナルド・プロジェクト」などを紹介し、それらの研究がすべての謎を解明できないとしても、研究過程で脳や思考方法についての理解が深まれば、ふつうの人の能力開発にも役立つだろうと締めくくっている。


 ピーター・へスラーによる「エジプト初の革命家アクエンアテン」は、カイロ東部の砂漠に30兆円超かけて新首都を建設すると発表したシシ大統領(→wiki)の話を前ふりにして、世界で初めて一神教を提唱し、環境保護主義者で、誇り高き同性愛者でもあった"革命家"アクエンアテン(→wiki:アメンホテプ4世)を取り上げる。

 ほかにも、天井を2435頭分!の雄ジカの頭骨と角で飾った宴会場の写真がスゴイ「スコットランド 荒れ野の未来」。インド・コルカタにあるマリック・ガート花市場の売り子を取り上げる「フラワーマン」「戦火に苦しむ中央アフリカ」など。

 日本の百年では沖縄の「サーター(砂糖)車」――馬の力を利用するサトウキビの圧搾装置――を紹介。

 東京都の小池都知事は今年2月に、トーキョーワンダーサイト(TWS)渋谷(→wiki)を再整備して「アール・ブリュット」に特化した展示拠点をつくると発表した。
 アウトサイダーアート/アール・ブリュットの存在は、日本でもかなり浸透してきたが、欧米におけるアール・ブリュットへの関心と、日本における一般的関心との間には、いくつか異なる点がみられる。
 欧米におけるアウトサイダーアートへの注目の裏側には、「天才と"狂気"の関係性」に対する強力な科学的関心がある。パトグラフィ(病跡学)的関心とでもいおうか。
 彼らは19世紀後半頃から天才がいかに生み出されるのかについて、日本では信じがたいほどに多大な関心を払ってきた。統合失調症の世界的権威ナンシー・C. アンドリアセンは、クリエイティヴィティ(創造力)に関する大規模な研究を先導して『天才の脳科学』を著した。『意識と脳』等の著書で知られる脳科学者のスタニスラス・ドゥアンヌも、『数覚とは何か』で、人間の数量的認知能力を探求するにあたってサヴァン症候群を取り上げている。

 日本ではアール・ブリュットを科学的視点でみることに対して心理的抵抗があるのではなかろうか。アートを美学的視点以外の見方でみることへの抵抗とでもいおうか。あるいは、アール・ブリュット作家への福祉的関心が支配的、とでも言おうか。
 それは、今までアート&サイエンスに対してあまり関心を寄せてこなかったことにも関係しているように思えてならない。

 なんでも欧米に追従する必要はないとしても、このあたり、東京都の新たな取り組みに期待したい。

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美術手帖2017年4月号~池田学特集 

 美術手帖4月号は、金沢21世紀美術館で展覧会が開催中(2017.4.8~7.9)の池田学の特集。

「木を見て森をみず」という言葉があるが、池田の場合、森を見ながら一本一本の木の枝葉ひとつひとつまでペンで描き込む(かのようだ)。彼はこのたび、チェゼン美術館(米国ウィスコンシン州立大学附属)の滞在制作プログラムで3年かけて制作した《誕生》(300x400cm)を日本で発表した。
 日本科学未来館の館長・毛利衛との対談で、池田は「一日かけてにぎりこぶし程度の面積しか進まないんです」と述べている。《誕生》制作中に右肩を脱臼して3か月ほど左手でペンを握っていたという。そのとき「血管や神経と木々の枝の形や飛行機の中から見た川や山の襞の形がどれも似通っていることに気づいたんです」。滞在したウィスコンシン州マディソンは、地球ができてから今までほとんど地殻が変動していないそうだ。
 池田の質問に答えて毛利が語った「宇宙の暗さ」の話も好い。空気のない宇宙には光を散乱させるものがない、ゆえのカーボンブラックを超える究極の黒。再現不可能な深みを称える黒。

 大判のキャンバスを幅1ミリにも満たない細かい線でびっしりと埋め尽くす細緻な画風は、父親を殺して精神科医院に出入りしたリチャード・ダッド(《お伽の樵の入神の一撃》あたり)を想わせるが、池田はアウトドア好きのリア充。幼少期は「釣りキチ三平」が大好きだったそうで、マディソンでも森の中で釣りに興じている様子が紹介されていた。



 椹木野衣の論考では、池田の絵を過度にわかりやすくしている「物語」の罠についてもちゃんと指摘している。

 それにしても、佐賀県立美術館で3月まで池田学展やっていたのか…。ここは3年前に行ったきり(→ブログ)。アンテナがえらく鈍くなったもんだw。美術手帖も毎号欠かさず目を通さなアカンかなあw。

・「根本敬ゲルニカ計画」というのがあるらしい。

・ロバート・メイプルソープの《カエル》(1984)に興味を持ったというユルゲン・テラー。

・天王洲にある児玉画廊での久保ガエタン展のタイトルは「僕の体が僕の実験室です。あるいはそれを地球偶然管理局と呼ぶ。」。これはアイソレーション・タンクのジョン・リリーの言葉から(展評は豊田市美術館の能勢陽子)。こちら(→美術手帖INTERVIEW-2016.2.19)にインタビュー記事あり。

・神奈川県立近代美術館葉山で開かれた「1950年代の日本美術―戦後の出発点」展に対する、『前衛の遺伝子』の足立元による展評のタイトルは「美術館は「自己批判しない」」。『シン・ゴジラ』を持ち出して1950年代レビューのあり方を問う。

・NEWSコーナー。杉本博司が榊田倫之と共同主宰する新素材研究所が、伊豆のMOA美術館の内装を手掛けたという。杉本は現在、「小田原文化財団 江之浦測候所」を建設中。

・MOVIEコーナーでは、テレンス・マリックの『ボヤージュ・オブ・タイム』とロバート・フランクのドキュメンタリー『Don't Blink ロバート・フランクの写した時代』を紹介。


 文中敬称略。

ナショナルジオグラフィック2017年4月号 

 特集は「テクノロジーで加速する人類の進化」。テクストはジャーナリストのD.T.マックス。
 冒頭では、先天性の全色盲で、光の波長をとらえて振動に変換する電子装置を外科手術によって頭部に導入したニール・ハービソン(Neil Harbisson)を紹介。
 これまでの進化は、ある特徴が偶然に現れるのを待ち、繁殖を通じて子孫にその特徴を広めていくという悠長なものだったが、今やテクノロジーが進化に匹敵する役割を果たしている。
 ニック・ボストロムとカール・シャルマンは2013年に「10個の受精卵のなかから「最も知能の高い」卵を選んで母体に戻せば、子どものIQは偶然に任せる場合より11.5ポイントほど高くなる」という趣旨の論文を発表。論文では、6ヶ月で精子や卵子になるES細胞を使えば遥かに短期間で同様の結果が得られる可能性にも触れている。但し、「最も知能の高い」といっても、知能は計算能力や空間認識力、分析的思考、共感力など複数の要素からなり、それぞれの特徴に複数の遺伝子が関与しているため、選別は困難を極める。
 しかし、CRISPR-Cas9により、迅速かつ正確にDNAの特定の配列を編集できるようになった。MITのジョージ・チャーチは豚の臓器を人間に移植するために豚の受精卵を改変する試みを行い、MITメディアラボのケビン・エスベルトはライム病の病原菌を運ぶネズミのゲノム改変に取り組み、アンソニー・ジェームスはナショジオ2016年8月号に書いてあったように、マラリア原虫を媒介しない蚊を作り出し、中国の研究チームは人間の欠陥遺伝子の修復にまで着手した(失敗に終わったが)。
 国際的な取り決めで、人間の遺伝子に次世代に受け継がれる変更を加える治療は一時的に停止されたが、クリスパー以外も含めて遺伝子治療の実験は2300件も進んでおり、遺伝子改変の流れはもはや押しとどめられない状況。2016年には米国のバイオビバ(BioViva USA)のCEOエリザベス・パリッシュが、当社開発の遺伝子治療を受けて身体の老化に一部逆行させたと発表(→わたしは遺伝子治療で20歳若返った:Wired 2016.5.6)。
 テクノロジーを身体に埋め込む試みも、冒頭の例だけではない。デンジャラス・シングズ(Dangerous Things)社はRFIDを自分の身体に埋め込むキットを販売中。
 著者は、「人の暮らしは、どこまでが生物本来の営みで、どこからがテクノロジーによるものか、区別がつきにくくなった」と〆る。

 ニール・ハービソンの話はTED(→僕は色を聴いている:ted2012年6月)にある。

 ジャーナリスト、ジェームズ・ベリーニによる「イラク ISの爪痕と生きる」。
 IS指導者アブバクル・バグダディがアルカイダから絶縁されたのは、その残虐性がアルカイダでさえも容認しかねるものだったから。しかも、アルカイダが欧米帝国主義を最大の敵と考えたのに対し、バグダディは彼からみると「信仰心の薄い」イスラム諸国、特にシーア派を敵視しているという。ちなみに写真はマグナム・フォトに所属し、世界報道写真賞も受賞したモイセス・サマン(Moises Saman)。

エチオピア 草原に生きるゲラダヒヒ」は環境ジャーナリスト、クレイグ・ウェルチの文。
 最近は、TVアニメ『けものフレンズ』の影響で?、アニオタたちの間でも動物園が人気らしい。私も2月に宇部の常盤動物園で多種多様のサルを見て気に入ったが、動物、特にサルは人類に近いだけあって、何かにつけて人間との類似性や差異を発見できて面白い。TVの動物番組を見るより、自分の目で動物の一つ一つの動きを観察する方が遥かに楽しい。『森を考える』のエドゥアルド・コーンの話や、あるいは京大総長の山極寿一wiki)の話など、京大霊長類学会の知見が、リアリティをもって迫ってくる。
 ほかにも、米国アラスカ州の先住民ユピックの記事(温暖化がもたらす凍土融解による文化遺物の危機)やパキスタンのゴジャール地方、ローリ・ニックスとキャサリン・ガーバーのアート作品「誰もいない世界」など。
 最後の「日本の百年」は、1949年頃の紙芝居の様子を取り上げている。

 文中敬称略。