【 アウトサイダーズ・ブック(?!)の出産に向けて 】
引きこもりがちな生活をそれまで1年近く続け、自分自身アウトサイダー気取りで過ごしてきたが、2007年7月から山口情報芸術センターが主催する長期ワークショップに参加し、2週間に1度、多いときには毎週のように車で1時間半かけて山口市に通っている。
このワークショップは京大文学部の吉岡洋教授(哲学)の指導のもと「市民で1冊の本をつくる」というものだ。本といっても内容的には雑誌に近く、大きな3本柱は吉岡教授と大内人形の第1人者・小笠原氏との対談、同じく中原中也記念館の副館長・中原豊氏との対談、そして1月6日に開かれた辛酸なめ子氏を招いてのアート弁当コンテストである。辛酸なめ子氏のイラスト&エッセイのほか、『コヨーテ読書──翻訳・放浪・批評』(青土社)の著述や『アルトー後期集成』(河出書房新社)の訳で名高い管啓次郎氏や、血液型と性格の関係性や知能指数、噂の蔓延に関する研究等で知られる立命館大学教授(心理学)の佐藤達哉氏によるエッセイもあって、なかなか内容の濃いものになりそうだ。
編集部は吉岡教授を除くと本作りの経験が皆無に等しい者ばかりで、現在制作の真っ最中だがどうなることやらヒヤヒヤものである。プロの執筆陣には申し訳ないが、これはまさにアウトサイダーズ・ブック(門外漢による本)と言えるかもしれない。
ちなみに私は文字起こし、編集、校正、デザイン検討などに関わり、なるほど本とはこういう風に出来上がるのだとあらためて知って勉強になった。何しろ、いろんな面でホームページやブログのテキスト作りとは比較にならない精緻さが求められるのだから大変である。また、年齢もバックグラウンドも嗜好も異なるシロウトたちが寄り集まって作っているので、意見の相違を乗り越えるのに時間がかかってしまう。とはいえ、慣れない作業を他人と協力しながら推し進めることで、自分の中にこれまで気づかなかった側面を発見したり、他人の中に自分の一部を発見したりしてとても興味深い経験ができたと思う。
発行元は山口情報芸術センターで、刊行は4月末を予定しており、定価は恐らく1000円である。興味のある方はご購入いただけると幸いである。
- [2008/02/25]
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【 ヴォイニッチ写本 】
ヴォイニッチ写本の世界もそのひとつだ。
2006年1月に『ヴォイニッチ写本の謎』(青土社)が日本で出版された。ヴォイニッチ写本については高橋健氏のサイトを見て概要は知っていたので、書店で本書を見かけたときは、つい手に取ってぱらぱらとめくってみた。すると偶然にもアウトサイダーアートに言及するページが目に留まって購入するにいたった。ひょっとすると本書はアウトサイダーアートと精神医学とオカルト、陰謀論――偽史的なるものの関係、ひいては精神疾患と想像性の関係をひも解くという私の生涯研究テーマ(?)に何らかの示唆を与えてくれるのではないかと期待したからだ。
ヴォイニッチ写本(Voynich Manuscript)というのは、1912年にローマ近郊のモンドラゴネ寺院でポーランド系アメリカ人の古書商ウィルフリド・ヴォイニッチが発見したという、未知の文字で記された彩色挿絵入り古文書だ。14〜16世紀に作成されたと考えられるが、挿絵として描かれているのは、地球上に存在しないような植物、天体や星雲、薬壷、裸婦の入浴シーンなど。いずれも稚拙ながら丹念に描かれている。
言語学者や暗号学者が解析したところ、本文はでたらめな文字列ではなく明らかに単語と文法と統語法をそなえた言語だと判定された。しかし今もって解読されていない。
写本の表紙にはヨアンネス・マルクス・マルチの筆名でイエズス会の神学者アタナシウス・キルヒャー(1601〜1680)に宛てられた1665年8月19日付けの書簡が添付してあり、それによると写本は神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世の蔵書に含まれていたもので、もともとイギリス人のロジャー・ベーコンが著したものであるという。
ルドルフ2世(在位:1576〜1612)といえば、渋澤龍彦や荒俣宏の愛読者、オカルト愛好家にはよく知られた錬金術マニアの収集狂。ロジャー・ベーコン(1214〜1294)は、これまた西洋オカルト史にたびたび登場する「驚異学者」自然哲学者。しかも宛名はイエズス会士のくせに万能学者だったアタナシウス・キルヒャーときたもんだ。
ヴォイニッチは写本の写しを多数の学者に送りつけ、興味を抱いたウィリアム・ロメイン・ニューボールド博士とともに研究を開始した。二人はロジャー・ベーコンがアナグラムや暗号に通暁していたことで確信を強め、膨大な文献から傍証をかき集めて仮説を立て、1921年にフィラデルフィア医師会で発表。曰く「この写本はベーコンが執筆し、ジョン・ディーが発見し、彼とその弟子で霊媒師のエドワード・ケリーがルドルフ2世の朝廷にもたらしたものだ」
ジョン・ディー(1527〜1608/09)は、16世紀後半のイングランドでエリザベス1世の占星術師を務めた数学者だ。当時のイングランドはカトリックの強国スペイン・フランスに囲まれた少数派の親プロテスタント小国に過ぎなかった。そんな弱小国の海軍がスペイン無敵艦隊を打ち破ったのも、彼の数学と科学技術の知識がイングランドの造船技術と海軍力を飛躍的に強化したからだという説がある。それだけではなく、古ブリテン神話を用いてエリザベス女王を神格化し、のちのイギリス帝国主義の基礎を築いたと言われている。エリザベス1世は陰謀逆巻く外交情勢を勝ち抜くために国務大臣フランシス・ウォルシンガム卿に命じて諜報組織をつくらせたが、ジョン・ディーはその創設メンバーの一人だったという説が濃厚だ。確かにディーは1585年ころルドルフ宮廷に何度も足を運んでおり、カトリックの王たる皇帝の立場と帝国内プロテスタント勢力への親近感との間で揺れていたルドルフ2世の動向を見守っていた。ポーランドやチェコのプロテスタント系領主と政治工作をおこなっていたふしもある。このあたりのことを知りたければ、『魔術の帝国』(R.J.W.エヴァンス著)や『魔術的ルネサンス』『世界劇場』(フランシス・イエイツ著)、『魔道書ネクロノミコン』(コリン・ウィルソン序文)などを読むと良いだろう。
とにかくヴォイニッチの写本発見後、数多くの研究者が写本の解読に夢中になった。戦前の日本外務省の暗号「パープル」を解読したウィリアム・フリードマン(William Frederick Friedman,1891〜1969)もその一人だった。『ヴォイニッチ写本の謎』によると、フリードマンは「なぜヴォイニッチ写本にこだわるのかと問われ、まだ誰も読んでいないからだ」と答えたという。
イエール大学の中世哲学教授ロバート・ブラムボー(Robert Brumbaugh)も写本に強い関心を抱き、写本解読を試みるなど研究を重ね、1970年代におけるヴォイニッチ写本研究の第1人者となった。医学博士でアマチュア暗号研究家のレオ・レヴィトフ博士は、13世紀に教会から弾圧され滅亡した異端カタリ派こそが写本を制作したのだという説を披露した。とにかく、真面目に実証主義的な研究を続ける学者からトンデモ本作家まで、多くの人がヴォイニッチ写本の解読に熱中した。
『ヴォイニッチ写本の謎』の著者は、前半でこのようにヴォイニッチ写本の来歴に関係があるとされる歴史的人物や写本解読に夢中になった人びとの行動や写本の解釈について紹介する。
そして第7章に至って、写本製作者の創造行為を駆り立てた強迫観念と似たものを備えている例としてアウトサイダーアーチスト、とりわけ霊媒アートの作家たちを取り上げている。写本に出てくる植物と似た「地球外植物」を描くアンナ・ゼマンコヴァや荒れ狂う刺繍を編み続けた マッジ・ギル、火星語による啓示を受け、火星文明を描いたエレーヌ・スミス(本書ではドイツ語読みでヘレネ・シュミット)など。ちなみにエレーヌの主治医フルールノワは、エレーヌ・スミスの火星語はフランス語のアナグラムと単純な文字変化に過ぎないと断定した。ウニカ・チュルンが病に苛まれながらアナグラム詩を書いたように、精神疾患とアナグラムとの間には何やら隠微な秘密めいた関係がある。
ほかにもヒルデガルト・フォン・ビンケンの幻視体験及び著述やクエイカーから分離したシェイカーのギフト絵画を例に取り、ヴォイニッチ写本もまた「聖別された意識」の産物ではないかと語る。要するに写本の制作過程に異言や作話、虚偽記憶症候群などのような精神疾患の症例が関係しているのではないかと説く。
一方、第8章ではモルモン教徒を騙して金をせしめるために偽の預言書を精巧に捏造した詐欺師などの例をあげ、軽信者を騙すための偽作・悪戯説も否定できないと言う。ジョン・ディーもしくはエドワード・ケリーの偽作説は確かに以前から取り沙汰されていた。先述の通り、ディ ーはエリザベス宮廷の諜報員であり、彼らは実際にエノク語という人工言語を創作した実績があるからだ。あるいはヴォイニッチ自身の偽作説もきれいに払拭されたわけではない。
ヴォイニッチ研究は現在進行形であって、さまざまな仮説が氾濫している。オカルトに嵌りやすいナイーブな人たちだけでなく、暗号学者や言語学者から中世史家、植物学者まで多くの教養人がメーリングリストに集っている。こんなもの解読・解明したところでなんら実利につながらないのだが、狂気と同じく秘密結社や陰謀、暗号は、ごく普通の日常が大嫌いなロマンチストの心を揺さぶるものらしい。コンスピラシーと暗号こそは、ウィリアム・バロウズの唱える言語=ウィルス説を「証明」する手がかりのような気がする。
![]() | ヴォイニッチ写本の謎 ゲリー ケネディ ロブ チャーチル Gerry Kennedy 青土社 2005-12 by G-Tools |
| 魔術の帝国―ルドルフ二世とその世界〈上〉 ロバート・J.W. エヴァンズ Robert John Weston Evans 中野 春夫 by G-Tools |
| 魔術の帝国―ルドルフ二世とその世界〈下〉 ロバート・J.W. エヴァンズ Robert John Weston Evans 中野 春夫 by G-Tools |
![]() | 魔術的ルネサンス―エリザベス朝のオカルト哲学 フランセス・イエイツ 晶文社 1984-01 by G-Tools |
| 魔道書ネクロノミコン ジョージ ヘイ by G-Tools |
- [2006/10/30]
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【 懐かしのエヴァンゲリオン 】
エヴァンゲリオンといえば1995年に放映されて以来、爆発的なヒットを記録したアニメだ。さほどアニメに関心がなかった私でも、ビデオで見てその謎めいた設定やメタアニメ的な物語進行に魅了されたものだ。ネルフ(神経)やゼーレ(魂)といった象徴的な名前の機関やロンギヌスの槍を突き刺された醜悪なアダム、人類補完計画、聖書や聖書の正典・外典から引用される語彙、天空に現れるカバラの象徴――セフィロートの樹などいくつもの謎が複雑に入り組む『エヴァ』は、本来なら「カルト的人気」という評価で終わるはずなのだが、驚くことに商業的にも大きな成功をおさめてしまった。
『エヴァ』については数多くの解釈がなされ、さまざまな関連本が販売された。私にもそれがデビルマンと同様に「残酷な神と戦うデビル(ここではリリス)の子孫たち」という基本構造をもっていることや、使徒との闘いが結局のところは他者との接触を恐れる引きこもり少年の内面を表現している、というような大雑把な理解はできたが、登場する具体的なアイテムそれぞれについて何を表現しているのか、ビデオを観た当時は正直言ってほとんど理解できなかった。というか、大事な時間を費やしてまで解釈していったい何になるの? と諦観を決め込んだ。
そういえば『エヴァ』以前にも同じような思いをしたことがあった。あれは確かSF作家フィリップ・K・ディックの発狂記念作『ヴァリス』を読み終わった時だ。『ヴァリス』は小説だが、これもまた多数の西洋オカルト・ジャーゴンに彩られた作品で、巻末には訳者が数十ページにも及ぶ解説と訳注を寄せている。学生時代にバンコクの安宿で腹痛にあえぎながら読んだのだが、オカルトの素養に欠けていた私には内容がほとんど理解できず、訳者のオカルト解説ばかりを貪り読んだものだ。
アウトサイダーアートに興味を抱くようになったのは『ヴァリス』を読んで1〜2年後のことだが、オギュスタン・ルサージュが「ティアナのアポロニウス」に導かれて絵を描き始めたという解説を「藝術新潮」で読んだとき、名前の主の素性がすぐに理解できたのも、『ヴァリス』訳注を読んでいたからだ。私は当時、日本ではほとんど一般に知られていなかった「ティアナのアポロニウス」という固有名詞に惹かれ、オカルトやアウトサイダーアートという実社会にまるで役に立たないものに引き込まれていった……。
その『ヴァリス』の翻訳者こそが、『エヴァンゲリオンの夢』の著者、大瀧啓輔である。彼はディック作品の他にも多くのラヴクラフト作品やマルコム・ゴドウィンの『天使の世界』、フレッド・ゲティングズの『悪魔の事典』などを翻訳しており、荒俣宏と並ぶ西洋オカルティズム史研究の第1人者である。アナクロニズムとしてのオカルトという意味では東西を問わぬ幅広い視野で勝る荒俣に軍配をあげるが、『エヴァ』のような現代的なメタSFとオカルトの融合作品については大瀧こそが最も語るに相応しい。
彼は本作の文中で『エヴァ』に遭遇したとき、この作品を解釈=翻訳することは自分の責務だと感じた、というようなことを述べている。ところどころで『ヴァリス』にも触れ、『ヴァリス』続編の『聖なる侵入』ではヤハウェが処女懐胎により人体をまとったため、自分が神であることすら忘れはてるが、世界にあまねく存在するシェキーナーに接することで本来の自分を想起する。一方『エヴァ』ではシェキーナーに通低するレイが想起を必要とする存在になっているのが興味深い、などと語っている。
また、登場人物が三人一組のセットで現れるシーンが多く、四人目が登場すると三人のうちの誰かが除去される法則があることを鋭く指摘する。襲来する使徒が殺されるたびに進化を遂げ、最終進化形こそがヒトガタである渚カヲルだと言い、アダムと接触するために襲ってくる使徒たちは卵子に群がる精子のようだと説く。なぜ最後の使途、カヲルが登場するとき、ベートーベンの第9を口ずさむのか、リリスの子孫たる人類とアダムの子たる使徒の関係について説得力のある解釈を披露する。一方で類本にありがちなエヴァンゲリオンとグノーシスの関係については、狭義のそれとは一切関係ないときっぱりと否定している。
現在アメリカでは『エヴァ』の実写化プロジェクトが進行中だという。『マトリックス』で新たなSFエンターテイメントを成功させたアメリカ文化が『エヴァ』をベースにいかなる神話世界を作り上げるのか、じつに興味深い。『マトリックス』の商業的成功は、ありきたりの物語に飽きた人々や難解な設定の解釈を楽しむ若い知的スノッブ層を取り込んで成功した『エヴァ』の前例に負うところがあると思う。できれば、この本を英訳して脚本家やプロデューサーに読ませたいものだ。日本人による西洋オカルト解釈がどう受け止められるのか知りたい。
もし、『エヴァ』の思想が正確に反映された映画となれば、『ダ・ビンチ・コード』以上にカトリックの逆鱗に触れるはずだ。いや、むしろ『ダ・ビンチ・コード』は欧米の一般大衆が『エヴァ』を受け入れるための心の準備ではないのか、とさえ思う。
マリア信仰の裏側にはヨーロッパで異教とされた伝統的な地母神信仰が隠され、男性中心主義に貫かれたカトリック教会が歴史的に土着の地母神信仰を封印してきたことは、昔から民俗学や歴史学の世界では常識だった。
『エヴァ』の世界では地球防衛のために積極的に闘うのは女たちだ。ミサトでありリツコであり、母の魂を帯びたエヴァンゲリオンだ。男たちは陰謀や暗躍に明け暮れるだけだ。彼女たちはエンジェル――唯一男性神の精子の攻撃を迎え撃つ。使徒とアダム(じつはリリス)の接触による人類滅亡と再生は、精子を受け入れ小さな死―petite mort―つまりエクスタシーを経て新生児の誕生にいたるヒエロガモス(聖なる結婚)のプロセスを表現するかのようだ。『エヴァ』は昨今のシンプルな女性マンセー主義に迎合することなく、地母神の恐るべき破壊的側面を露わにし、星間戦争ならぬ性間戦争と、不一致の一致の苛烈な真実にも迫っている。10年も経って言うのもなんだが、あらためて30年に1作出るか出ないかの傑作だと言えるだろう。
![]() | エヴァンゲリオンの夢―使徒進化論の幻影 大滝 啓裕 東京創元社 2000-08 by G-Tools |
- [2006/06/18]
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