映画『ザ・ダンサー』 

 KBCシネマでステファニー・ディ・ジュースト監督の映画『ザ・ダンサー』(LA DANSEUSE/2016)をみる。

 主人公はモダン・ダンスの先駆者として19世紀末~20世紀初頭のヨーロッパで一世を風靡したロイ・フラー(→wiki)。演じるのはミュージシャンで女優のソーコ。フラーの若きライバルとなるイサドラ・ダンカンは、ジョニー・デップとバネッサ・パラディの娘、リリー=ローズ・デップが演じている。



 1862年、シカゴ近郊の田舎町フラーズバーグで生まれ育った主人公は、10代半ばで女優を目指して劇団に入る。しかし、がっしりした体格の彼女に与えられたのは、ヴォードヴィルやバーレスクでの男性役だった。ダンサーとして訓練を積む機会はなかったが、幻灯機の照明や蒸気のベールなど新しいテクノロジーを駆使した最新の舞台装置、舞台演出を学ぶ機会はあった。19世紀後半のアメリカ東部は移民に沸き返っていた。トマス・エジソンの活躍に代表される"電気と発明"の時代であり、照明の普及とともに新たなナイトカルチャーが開花する時代だった。
 彼女はひだのある長い衣装をまとい、両腕と胴体をあわただしく動かし、投光器の前に色付きガラスを置いて色光を浴びながら、波打つような幻想的なダンスを開発して評判になる。

 1892年、パリのフォリー・ベルジェールで活動を始める。照明効果をさらに磨いて大成功をおさめ、「光の妖精」とまで言われた。

 フラーと同様、アメリカ(サンフランシスコ)で生まれたイサドラ・ダンカン(1877-1927)は、自伝『魂の燃ゆるままに』で記している。
「この驚くべき女性は、液体になり、光になり、すべての色と火になり、そして最後に、永遠へと立ち昇ってゆく不思議ならせん形の炎へと変わっていった」。
 しかし、映画でダンカンが言うように、長い衣装を身にまとい反り返って踊るフラーのダンスは肩に負担をかける。取り巻きの女性たちがフラーの背中に氷嚢を当てる場面が何度も出てくる。

 フラーは自分で踊るだけでなく、優れた若いダンサーの発掘や育成にも努めた。ただのダンサーで終わることなく、興行主として成功を治めようという事業家的野心が多分にあった。
 1900年のパリ万博では川上貞奴を後援し、ヨーロッパツアーも敢行する。

 映画としてはもっとうまく作ってほしかったという気持ちもあるが、モダン・ダンスやコンテンポラリー・ダンスへの関心が希薄となった現在では、モダン・ダンスの歴史――ロイ・フラーやイサドラ・ダンカン、川上貞奴――への関心を喚起するという点だけでも評価すべきだろう。実在した伝説的ダンサーを題材にしたダンサー伝記映画は、これまでも『裸足のイサドラ』やハーバート・ロスの『ニジンスキー』があったが(もっとあるような気がするが…思い浮かばない^^;)、最近はルドルフ ・ヌレエフの伝記映画『白いカラス』も上映されるらしくて、アート史が貴重な観光資源となる欧米では、それなりに需要が見込めるのだろう。

 モダン・ダンスの歴史はある意味、映画やジャズの歴史を先駆けるものだったと言えるかもしれない。アメリカの大衆芸能のなかに生まれ落ち、「芸術」として評価されたいと望み、ヨーロッパの審美眼に挑戦した。ヨーロッパのアートは20世紀に入って前衛化の道を加速させ、ヨーロッパ以外の地域で育った「アート」への関心と結びついた。「ヨーロッパの退廃」「西洋の没落」という自嘲意識と新興勢力(ロシア、アメリカ、日本……)への目くばせ。アメリカ人(や日本人の)一部のアーティストは、階級の高いヨーロッパ人の趣味の流れに付き従って前衛化へとひた走り、大衆的な趣味から遊離していった……。

 ロイ・フラーのダンスは一部の写真を見る限りおおっとなるが、下のような映像も残っていて、イロモノに見えなくもないw。



 レズリー・ダウナーは、『マダム貞奴―世界に舞った芸者』第7章で、1900年パリ万博で大評判となった貞奴とロイ・フラーの関係について述べている。面白かったのは川上音二郎と貞奴が『袈裟』を演じる際、フラーが、史実になかったハラキリシーンを加えるように迫った話だ。昔も今も変わらぬヨーロッパの嗜虐趣味、スプラッター好きは困ったもので、ハラキリはヨーロッパの流血好みの文脈で日本の典型的イメージを形成した。フラーは劇場の外に「今日はハラキリあり!」という告知を貼りだした。史実にこだわって拒絶する音二郎と興行面にこだわるロイは長々と議論を続け、ロイはとうとう日本の栗野公使(→wiki)に調停を依頼したという。



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当然の帰結 未必の故意 

 山口市の駅前通りにあるスタジオイマイチで、谷竜一×渡辺美帆子×村山悟郎による「当然の帰結 未必の故意」。
 その作品――制作者のネーミングに従うと「共同クリエイション」―――は、1階のフロントでお金を支払うところから始まっている。なぜなら受付の若い女性の口から「今日一日あなたのことをクソオヤジって呼びます」という発言が飛び出すからだ。ツンデレ喫茶かよw。いや、ひょっとするとそれはただ、正直に「クソオヤジ」と思ったから口にしただけかもしれない。ポストトークで初めてその受付の女性が渡辺さん本人だったと判明するのだが、支払いの際はてっきり地元民だと思い込み、土日や夕方以降は一般利用に開放してくれる近所の銀行の駐車場が満車だったことを、(とくに不満を述べるつもりはなかったが)ちょっと口にしたのが、「不満/クレーム」めいて聞こえて癇に障ったせいかもしれない。言われた時は「えーっ、オレだけー?」と反射的に返事をしたが、そういうとっさの返答は、「ルール」全般に対する私の素直な姿勢を物語っている(ほかの参加客は何と呼ばれたのだろう?)。

 階段の壁には参加者の簡単な属性を尋ねる質問が貼ってあり、参加者は該当する選択肢の箱から紙片を引いていくことを求められる。
 2階の引戸をあけると、会場には20名を越える参加者がすでに集まっている。大小2種類のグリーンの丸椅子や手づくりの不安定な木製スツールが、ランダムな配置で並んでいる。窓際にはソファ、なかには横置きされた椅子もある。左手にはステージらしきスペースとスクリーン。
 正面の壁は鏡面になっていて「これが私の作品です」という文字が貼ってある。受付で手に入れたA4用紙には『演劇の忘れ』 村山悟郎というタイトルがあり、この白文字がコンテクスト・マーカーであることを丁寧に解説している。解説をあらかじめ読むべきかどうかについては指示がなかったように思う。
 録音された女声がアナウンスを始める。「目をつぶってください、今日一日、悪いことをした人は手をあげてください…」とか、「民主党に投票しましたか」など、指示や質問めいた内容が多い。「指示に従ってください」というメタ指示は含んでいなかったし、そのまま聞き流してもいいようにも思われる。音声は複数で聴き取りづらいところもあるし、指示内容には「5年間座り続けてください」という、従ってしまったら会場オーナーも参加者も困り果てるに違いないものまで含まれている。
 舞台側のスクリーンに、会場の模様とおぼしき映像が映っている。しかし、リアルタイムとは微妙に違う。時間を数秒間だけ遅らせた映像のようだ。
「演出家」の谷さんが参加者の一人一人のもとに来て、すわる位置を変えるように指示を出す。「前の椅子に腰かけてください」とか「壁際の方に移ってください」とか。みんな素直に言うことを聞いている。指示内容が聞きとれずに「えっ、どうすればいいの?」と無粋に聞き返す人はいない。

 舞台が前方にあって、舞台上で役者たちが何かを演じるのを固定された客席にすわってみるという、一般的なスタイルの演劇でないことは明白である。
 谷さんは演出をしているのだろうか。演出とはなにも舞台の演出やテレビ番組の演出に限らない。客席や参加客を演出することだってあっていい。それは役者の演技指導にも似た行為なので、自分が役者になったかのような錯覚までおぼえてしまう。集まった参加者もどこまでがホントウの参加客なのか怪しくなる。実は半分くらいは制作者側に属する「役者」という可能性もある。とつぜん私とその他数名を残して全員でフラッシュモブのダンス・パフォーマンスをおっぱじめることだってないとも限らない。
 いや、谷さんの動きはやけに芝居がかっているので、演技指導をしている演出家の演技をしているだけ、という解釈もできる。演出家の演技をしている演出家。演じることと演出することの入れ子構造。
 何人かは顔にお面をつけるように指示される。本人の似顔絵を描いたお面。美術家の村山さんの手によるもののようだ。
 当初は舞台側と思われたスクリーンとは反対側の壁に映像が映り始める。谷さんのインタビュー映像や彼のバイト先である飲食店のご主人やママさんのインタビュー映像。前者は画質が良いが、後者は照明が足りないせいか映りが悪い。
 参加者の多くは映像の方を向いているが、「演出家」は堂々と参加客の視線を遮って客席を歩き回り、その位置を次々に変えていく。あたかも映像は「作品ではないよ」と暗に告げるかのように。映像の映った壁のすぐ前に座らされる者までいる。
 演技指導?されて壁際に座らされた私は、村山さんの解説に書かれた通りに「これが私の作品です」と貼ってある鏡面を愚直に見続ける。鏡面には壁の映像もほかの参加者も映っているが、客の分際でちょっと役者ぶって「自己演出」をしてしまった気もする。ただ、そうした役者ぶった演技をする参加者も他にいないわけでない(ように見える)。観客の演技をする(させられる)参加客。舞台(=観るべき対象)は舞台の反対側にも客席にも転移し、役者と演出家と参加客は入り混じる。動き回る「演出家」とは別に、録音された女声も指示を出し続ける。指示内容のなかには「客席/舞台」を動きまわる「演出家」の指示とは矛盾して「自分の好きなところに移ってください」という内容も含まれている。ダブルバインドめいたことを意図しているのだろう。ただ、生身で働きかける「演出家」の指示より目に見えないアナウンスの指示を優先させる参加者はいない。あえてそうしてみてもいいのだが、ちょっとみんなから浮き上がってしまいそうだ……。

 スタジオイマイチに足を運んだのは4年ぶりくらいだろうか。以前ここのオーナー(?)だった舞踏家の宇野萬さんは、YCAMで舞台美術のチーフを務めていて、ほとんど言葉を交わしたことはないが何度かお見かけしたことがある。その宇野さんも昨2012年6月に亡くなった。

 谷竜一さんは福井出身で山口市在住。昨年、フェスティバル・トーキョー(2012)の公募プログラムにも選ばれた「集団:歩行訓練」の座長。解説のペーパーをあとで読み直すと、「これが山口で最後の作品のつもりでした」と書いてあった。「でした」とあるので、今後も山口で見かけることがあるに違いない。詳細は知らないが、さらなる活躍に期待しよう。
 渡辺美帆子さんは東京出身の演出家。渡辺美帆子事務所代表。ネットによると、量子力学など科学的なテーマを扱った作品等をつくっているらしい。
 村山悟郎さんは東京芸大大学院修士課程(今もか?)。2009年には東京都現代美術館でグループ展「MOTコレクション・MOTで見る夢」、2010年には東京の資生堂ギャラリーで個展を開いている。オートポイエシスのアート表現に関心が深く、日本の第1人者である河本英夫氏とgallery αMで「アートとオートポイエーシスは出会えるか」と題した共同トークイベントをおこなっている。

 

 ドイツ演劇学の泰斗であるエリカ・フィッシャー=リヒテの『パフォーマンスの美学』には、「オートポイエーシス的フィードバック循環」という独特の用語が頻出する。「オートポイエーシス」は元来、神経学者であるウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・バレラが細胞の代謝や神経系の自己創出的プロセスを説明する概念として使用したが、リヒテと同じドイツの有名な社会学者、ニクラス・ルーマンが社会システム理論に導入したことで、人文学の分野でも幅広く使われるようになった。
 今回のパフォーマンスに立ち寄った理由を正直に白状すると、村山さんによる数少ない描画ルールを無数に反復展開して、ファサード(=顔)のない、不定形で無限に増殖するイメージを形成する作品を前もってネットで見て、そうした描出プロセスを3人で共有してパフォーマンスとしてみせる試みかと期待したせいだが、ちょっと良い意味で肩透かしを食らってしまった。

 事前の期待/想定通りなら、簡単なルールに則って四角形のなかを複数人が延々と歩行し続けるベケットの「クアッド」あたりを連想する、などと前置きしてライプニッツのモナドを引き、西川アサキの『魂と体、脳 計算機とドゥルーズで考える心身問題 (講談社選書メチエ) 』なんかに繋げて、モナドとオートポイエーシスの概念比較をしたあげくに、最近は河本英夫とも対談している力学系の池上高志に話をもっていき、昨今の身体性認知科学や力学系の知見を披露して、さらには池上高志の研究室出身(?)で池上とともにアンディ・クラークの『現れる存在―脳と身体と世界の再統合』の翻訳を手がけ、かつては柄谷行人のNAMに参加してネットコミュニティ通貨を研究し、東浩紀や濱野智史とともにグローコムのiSEDに関わり、後に荒川修作の《三鷹天命反転住宅》に住み込み、『なめらかな社会とその敵』や伝播投資貨幣PICSYで一気にブレイクを果たした鈴木健などにもつなげるアクロバティックなテクストをブログで展開しようか、とちょっと考えたが、もとよりそれだけの腕前はまだない^^;。

 ともあれ、村山さんの解説に出てくるコンテクストの話や「お面」の使用、統合失調への言及などから、彼は斎藤環の『文脈病―ラカン・ベイトソン・マトゥラーナ 』をこのプロジェクトに持ち込もうとしたのだとゲスってみたが、どうだろう。

  世の中には数多くのルールが遍在する。法律、条例、組織規定、校則、業界ルール、マナー、一般常識……。罰則を伴うルールもあれば、伴わないルールもある。解釈に大きな幅のあるルールもあれば、そうでないルールもある。法律だけでも時代と共に膨大に増えていて、故意にか知らずか、「未必の故意」によってか?、違法行為をしたことが「一切ない」と断言できる者はごくわずかだろう。昼間の運転で、ちょっと法定速度を超えてしまったからといって、警察に追い掛け回される不安で眠れない夜を過ごす人もごくわずかだろう。どこまで厳密に守るべきなのか、誰の敷いたルールに従うべきなのか、人は経験を積み重ねることで自分自身の「ルール」や「ルール観」を身に着けていく。

 今回の催しではむしろ、ジョセフ・ヒースの『ルールに従う―社会科学の規範理論序説 (叢書《制度を考える》)』を参考書にすべきかもしれない。なぜ多くの人は利己的に振舞うことなく規範や制度、道徳におよそ従って行動し、そうしたルール社会を維持できるのか…。一方で、「ルールを守る」という内化された意識は、近代的なディシプリンによって培われたものに過ぎないことを忘れてはならない。公平を期すために(?)、こちらの本(⇒『増補改訂版 なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか ルールメーキング論入門 (ディスカヴァー携書)』も読んでおくと良い。

 ウンベルト・マトゥラーナは、ハトの視覚神経細胞が、外部からの物理的な刺激に対して1対1に対応していないという観察事実から、オートポイエーシスの概念にたどり着いた。これを、生命システムの本質のひとつは、一定のルール(外界からの刺激)に対し「従ったり従わなかったりする」ところにある、と読み替えてみてはどうだろうか。
 現代のロボット制御等の分野では、遺伝的アルゴリズムの使用により、すでに「偶然性」が忍び込んでいる。遺伝的アルゴリズムは、限られた時間内に近似解を得るために使用されるアルゴリズムで、選択(淘汰)や交叉、突然変異といった進化論的な要素を含んでいる。そこで多く使用されている「乱択」はコンピュータが数理的につくりだす「疑似乱数」をベースにしているので、厳密な意味での「偶然性」ではないが、外部のランダムな物理現象をセンサーで読み取って、必要な処理を加えることも可能である。最近読んだ『生物化するコンピュータ』のタイトル通り、ロボットのみならずコンピュータそのものが着実に生物化への道を歩んでいる。

 それはさておき、「演じること」や「みること」を深く問い直す「ポストドラマ演劇」、観客が演じる側、見られる側に自在に転じる参加型パフォーマンス、そして、映像と演劇、美術、音響、空間演出等が融合するトータルアートの試みは、今後もどんどん各地で増えていってほしい。
 地域のリソース――地形・風土・景観・産物・住民のさまざまな才能や性格、記憶、行動、声で編みこまれたローカリティあふれるトータルアート。「編む人」が地元民であるべきかそうでない方がいいのかは、議論が分かれるところだろう。いずれにせよ、リヒテが『演劇学へのいざない: 研究の基礎』で引いたハイナー・ミュラーの言葉ではないが、徹底してローカルであるものだけが、真に国際的になりうるのだ。

ハイナー・ゲッベルス『シュティフターズ・ディンゲ』 

シュティフターズディンゲ1

…かれのエージェントがテープレコーダを持って行ったりきたりして街の音や話を持ち帰ってきては、かれのレコーダ配列に注ぎこんで、そうしてかれは音の波や渦や竜巻をそこら中の通りやあらゆる言語の川沿いに生じさせた――ことば塵が切れ切れ音楽やクラクションや削岩機の通りを漂う――ことばが壊れ叩かれねじれ爆発して煙と化す――
                       『ノヴァ急報』W.S.バロウズ(山形浩生訳)

 それは観客が来場を許された時から始まる。いや、それより前に始まっていたのかもしれない。薄暗いステージには3つのプールが縦に並び、右側に明るい格子行燈が同じく縦に3つ並んでいる。鳴っているのは懐かしい7-80年代のノイズ・ミュージック風の音響。
 男が二人登場する。二人はプールの傍らに置いたふるいの上にスプレー缶で文字らしきものを記す。おもむろにふるいを両側から持ち上げ、プールの上でゆすって白い粉を落としていく。
 プールに水は張っていなかった。ふるい落とされた粉は囲いのなかに浅く積もるだけ。二人はほかの囲いにも同じことを繰り返す。続いてホースをつないでさっきまで格子行燈と見えた水槽からプールのなかへと液体を注いでいく。水がゆっくりと満たされて舞台装置が整う。
 オーストリアの民俗学者ルドルフ・ペッヒが1905年に録音したというパプアニューギニアの船乗りによる南西の風を呼ぶ呪文。やがて白いスクリーンが3枚降りてきて、波打ち揺らめく水面の様子を映しだす。背後で閃光。スクリーンがあがると後部の暗闇にひっそりと隠れていた巨大装置に光があたり、その正体が徐々に明らかになっていく。それは皮膚を剥がれて無数の筋を剥き出しにした5台のピアノの集塊、ところどころに人工的な裸木を生やした音楽機械。ムジカ・マキーナ――高野史緒の小説のタイトルが頭をよぎる。雨後の奥山のように雲霧をまとい、随所に取り付けられた機械仕掛けのアームが弦を掻き鳴らし、金属板を殴打して音を立てる古物めいた音楽機械。プールの右側に縦に置かれた2本の円管も、先に取り付けた蠅叩きに似た空気弁が管端を叩かれさまざまに創られた音を発する。
 ピアノの集塊の左上部には、17世紀オランダ風景画の巨匠ヤコブ・ファン・ロイスダールの『沼地』。雑木林に包まれた暗い沼、倒木、雲を孕んだ空。アーダルベルト・シュティフターの小説『曽祖父の遺稿』の氷の話を日本語で朗読する声。シュティフターは小説の時代、19世紀オーストリアのロマン派作家だ。切り立った岸壁、雪煙を舞い上げて滑り落ちていく雪崩等々を描き出すテクストは、日本語に翻訳され読み上げられ録音された男性の声に乗って立ち現れる。絵画の空は徐々色を変えていくが、テクストの内容に集中すると変化に気づかない。認知心理学でいう変化盲だ。
 バッハ『イタリア協奏曲』第2楽章の演奏、ぴしゃぴしゃと水が滴る。クロード・レヴィ=ストロースのラジオ番組「Radioscopie」(1988)の対談内容を伝える日本語の文字が、観客の前に掲げられた電光掲示板に流れる。もはやこの世界に人類未踏の地などない…などと話す。レヴィ=ストロースは『悲しき熱帯』の結びに「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう」と書いた。映画『Towers Open Fire』で自作のカットアップノベルNOVA EXPRESSの冒頭Last Wordsの一節を朗読するウィリアム・バロウズの声。「言葉は宇宙から来たウィルス」だと唱えたバロウズ。
 順序は定かでない。視覚的には宙づりになった映像器が、パオロ・ウッチェロ『森の中の狩り』(1460頃)の絵画映像を部分ごとに映し出す。みっしりと生い茂る密林の緑、逃げまわる鹿やいたち、槍をもって追いかける人びと、馬上の男たち。マルコムXのテレビインタビュー音声。レールに乗ってゆっくりと観客の方へとせり出してくる音楽機械。ゲッベルスが1985年にコロンビアでカセットテープに録音した先住民の交唱(本日一番のお気に入りだ)、音楽機械が後退するとプールの底に敷かれたドライアイスが泡のような氷煙をあげる。シュティフターの氷をめぐるテクストに対応するのか、いや『ノヴァ急報』に登場する「温度と濃度を人体と等しくした感覚遮断のための塩ブイヨン溶液」なのか、1930年にサミュエル・バウド=ボーヴィが録音したギリシア民謡カリメリスマ…。

 ハイナー・ゲッベルス(Heiner Goebbels)は、YCAM10周年記念祭のアートディレクターを務める坂本龍一と同じ1952年生まれ。アドルノやハーバーマス等の活動で名高いフランクフルト大学で音楽と社会学を専攻、シェーンベルクの高弟でアラン・レネの『夜と霧』の映画音楽やいくつかの革命歌の作曲で知られるハンス・アイスラーに傾倒した。75年頃からアルフレート・ハルト(※1)とコンビを結成し、音楽活動を開始。素人ミュージシャンと共に「いわゆる極左吹奏楽団」という20人ほどからなるバンドを組み、街頭演奏にもデモにも似た活動でフランクフルトを賑わせた。それはこんにちの反原発運動におけるサウンド・デモにも通じる試みだ。82年にはハルトやクリス・カトラー(イギリスの前衛ロックバンドHENRY COWのドラマー)やクリストフ・アンダースと実験音楽バンド「カシーバー(※2)」を結成、フリージャズやエクスペリメンタル・ミュージックの分野で「伝説」となる。
 ゲッベルスは79年にフランクフルト劇場のペーター・パリッチュからブレヒトの「三文オペラ」のアレンジを依頼されたことで、舞台との関わりを深めていく。80年代には、ポスト・ブレヒトとしてドイツ演劇界をリードしたハイナー・ミュラーのテクストを、ラジオドラマ化している。それは原作のテクストを音声素材にして、街頭で録音した音源やスタジオで制作した電子音と編み合わせ、全体を再構成するという試みだった。(サウンド・コラージュでラジオドラマを作った先駆者の一人にベルリン・大都市交響楽のルットマンがいる)。
 ゲッベルスの創作意思はミュージック・シアター(Musiktheater)へと向かう。ミュージック・シアターといっても一般的に想像されるミュージカルやオペラ等の音楽劇ではない。文学や音楽、美術、演劇等の芸術ジャンルの要素を取り込み、音楽ライブにも演劇にもカテゴライズされない新しい舞台表現である。彼は90年代以降、「不在」をテーマとした音楽劇を多く手掛ける。その多くはテアトル・ドゥ・ヴィディ・ローザンヌとの協働作品である。ゲッベルスは2012年に国際イプセン賞を受賞。『シュティフターズ・ディンゲ』(Stifters Dinge)―つまり、シュティフターのもの―は、2007年の初演以来、おもにヨーロッパ各国で上演されているが、日本ではこれが初公演となる。音声のみのCD「 Stifters Dinge」がECMから出ている。(以上、プログラムに寄せられた新野守広のテクスト等を参考)


 5台のピアノからなる音楽機械、絵画、水槽、金属板、円管、文字、音楽、音、声、光、水、霧、あぶく…。それらの〈もの〉が奏でる〈気配〉のポリフォニー。ゲルノート・ベーメの『雰囲気の美学』を参考に読むのもいいかもしれない。
 地球上のさまざまな場所でさまざまな時代にさまざなま機器で録音されたさまざまな言語のさまざまな〈声〉。登場する〈声〉のいくつかは、その内容ではなく声調やリズムといった音響的な理由のみで選択されたかもしれない。ランダムネスが誘う〈意味〉の湧出。視覚的に聴覚的に語られる自然をめぐるテクスト、それを語る声、声を記録するメディア、再現するメディアをそれぞれ引き離すこころみ。舞台の宙におのずと浮かびあがるのは、そこに登場しない、不在の〈人〉、不在の〈自然〉である。

 ゲッベルスのミュージック・シアターを、『パフォーマンスの美学』のエリカ・フィッシャー=リヒテの言う「パフォーマンス的転回」の流れのなかに置いてみよう。
 「パフォーマンス的転回」とは造形芸術、音楽、文学、演劇を含むあらゆるアートジャンルが「上演」として実現され、アーティストは作品を創作するというより鑑賞者をも巻き込む「出来事」を生成する、という見方だ。ヴィトゲンシュタインやソシュールらの仕事により、哲学的な問題がすべて「言語の問題」として語られるようになる傾向を指す「言語論的転回」を踏まえている。絵画におけるアクション・ペインティング、音楽におけるジョン・ケージの「イベント」や「ピース」、文学におけるポエットリー・リーディング、アクションやパフォーマンス、ハプニングという新たなアートフォームの形成――ウィーン・アクショニズム、フルクサス、ヨゼフ・ヴォイス、アブラモヴィッチ…。「あらゆる」というのは言い過ぎだと思われる人もいるだろう。映画はどうだ?ドライブインシアターや爆音上映は実施次第でパフォーマンスになるかもしれないが。じゃあ建築は?―磯崎新の古い著作に『建築のパフォーマンス』があったが。じゃあ写真は?…… アートの〈メディア〉が技術の進展で無限の複製が可能となる傾向が、かえって〈場所性〉や〈一回性〉、〈いま・ここ性〉をかけがえのないものとして際立たせる、と言った方が妥当のようにも思うが、それはさておき、パフォーマンスにはもう一つ、〈身体性〉が不可欠だというバイアスがずっと継続して存在した。
 シュティフターズ・ディンゲの場合、人間の俳優は登場しない。擬人化された人形や動物も登場しない。人はパオロ・ウッチェロの絵画の中にしか描かれない。
 しかし、〈もの〉による演劇は、彼が世界初かと言うとそうではない。ローズリー・ゴールドバーグは『パフォーマンス―未来派から現代まで (アール・ヴィヴァン選書)』で、パフォーマンスの起源を「未来派」にまで遡ったが、ダダやロシア・アヴァンギャルドを先駆けた彼らの活動を振り返ってみると、マリネッティによる「未来主義総合演劇」の理念に、すでに〈もの〉による演劇が構想されている。
 キャロライン・ティズダルの『未来派―Futurism (PARCO PICTURE BACKS)』によると、物体のドラマ第1弾の『お客様がいらっしゃる』(Vengono)では、「テーブルと大きな肘掛け椅子と8個の椅子」が主たる登場「物」となる(ただし執事や給仕が脇役として登場する)。「未来主義総合演劇」の〈簡潔性〉の理念を徹底化したフランチェスコ・カンジュッロの『爆音』では、人けのない夜の街路で幕をあけ、間があった後に銃声が鳴り、再び間があって幕が下りる。つまり、〈もの〉さえ登場しない(もちろん寸劇だからこそできたことだが)。
 ゲッベルスの「シュティフターズ・ディンゲ」は「未来派」の活動から100年を経て、「未来主義総合演劇」を問い直す試みである。それは映画という複製芸術の勃興を目の当たりにして、映画と拮抗し、映画を乗り越え、「アートと経験を一瞬のうちに統合する」(『未来派―Futurism』より)こころみだった。ゲッベルスの活動ジャンルだったノイズ・ミュージックも、その原初は未来派のルイジ・ルッソロである。
「未来派」は20世紀初頭にあって〈速度〉と〈雑音〉と〈機械化〉と〈戦争〉、つまりは〈近代化〉を称揚した。アートディレクターの坂本龍一は、1986年に「未来派野郎」というアルバムを出し、細川周平と共に『未来派2009』を編集しているので、当然そのことを知っている。
〈複製性〉に呪詛されたメディア・テクノロジーと〈一回性〉を本質とするパフォーマンス・アート、この本質的に相容れないようにもみえる二つをいかに「一致」させるか、それは〈近代化〉と〈環境〉をいかに「一致」させるか、という問いと同様にコインシデンティア・オポジトルム――相反するものの一致へのこころみである。それらこそが21世紀の現在において、アートと環境の未来を考えることである。

 シュティフター『曽祖父の遺稿』の冒頭部分では、老境に差しかかった著者が故郷の生家で、先祖が遺した古物の数々を愛でいつくしみながら次のように語っている。
「当の本人にしてからが、色あせた無趣味な祖先の遺品をみて、苦笑しながら処分してしまったように、孫たちもまた、同じことをするだろう。誰にせよ、つまりは過ぎゆく月日を見つめる物悲しく甘美な思いのみが、思い出の品々を、しばらくは手もとにとどめ、眺め入らせるのだろう」。
 それは電気なしには「気配」を保持しえない現代の「電子データ」化された「もの」たちへの思いに人を誘う。

(※1)アルフレート・ハルト(Alfred Harth)
 アルフレート・ハルトはヨーロッパの即興音楽の巨匠。マルチメディアアーティストとしても活躍。NHKの国民的連続テレビドラマ「あまちゃん」の主題曲でお茶の間に元気を与えた大友良英が率いるNEW JAZZ ORCHESTRAにも参加した(ゲッベルズも90年代に六本木にかつてあったロマーニッシェス・カフェでデイヴィッド・モスや大友良英、巻上公一等と共演している)。

(※2)カシーバー(CASSIBER)は1992年に来日公演を果たしている。『Live in Tokyo 1992』 ちなみにゲストとして参加した篠田昌巳(「じゃがたら」sax)はライブの1ヶ月後に急性心不全で他界)。

以上、敬称略。