映画『マルケータ・ラザロヴァー』 

 今月の福岡シネラは、チェコ映画特集。

 チャペック原作の『クラカチット』とフランチシェク・ヴラーチルの『鳩』の組み合わせに行くつもりだったが、寒波と風邪により断念。

「チェコの映画批評家・記者から1998年にチェコ映画史上最も重要な作品として選ばれた」というコピーにつられて^^;、ヴラーチル(→wiki:Fantisek Vlacil)の『マルケータ・ラザロヴァー』(1967年/モノクロ/166分)を観る。

 原作はヴラヂスラフ・ヴァンチュラ(*1)が1931年に発表した同名小説。

   映画の舞台は13世紀のチェコ。ドイツ系の支配階級に複数の盗賊騎士団が抵抗していた時代。コズリクが率いる騎士団には、彼の息子である勇猛なミコラーシュと隻腕のアダムの兄弟がいた。
 ミコラーシュらはある日、支配階級の貴族たちを襲撃して金品を強奪する。そこにはコズリクと対立する別の騎士団のラザルもいて、彼らの強奪に便乗する。タイトルのマルケータ・ラザロヴァーは、ラザルの娘の名前だ。
 ミコラーシュは貴族の息子クリスティアンを捕虜にするが、妹のアレクサンドラは、次第にクリスティアンに惹かれていく。
 ミコラーシュらは貴族たちの圧政に対抗するべく、ラザルに同盟を組むよう持ち掛ける。しかし、ラザルは拒絶し、逆に彼の仲間たちを痛めつけてしまう。復讐に燃えるミコラーシュは後日、ラザルの騎士団を襲撃。信心深く修道院に入るつもりだったマルケータを凌辱する……。
 ストーリーは、愛と憎悪が入り混じるミコラーシュとマルケータ、クリスティアンとアレクサンドラの二組の男女の関係を中心に展開していく。

 こちらがハリウッド流の明快なストーリー提示に飼いならされたせいもあろうが、正直なところ、ストーリーがほとんど頭に入ってこなかった。上記の途中までのあらすじは、自分の曖昧な記憶をネット上に転がっていたいくつかの筋で補ったもの。

 チェコの文学史に詳しそうなこちらのサイトによると、原作者のヴァンチュラは、一般に「難解」な作家として知られるらしいので、やむを得ないところもある。原作のせいだけでなく、1960年代は世界的に見ても、芸術を志す映画作家たちが「難解さ」を競い合った時代だった。

 ストーリーは難解だが、映像は素晴らしいの一言。雪原にオオカミの群れを配置する構図、丘の斜面に尼僧たちが立ち並ぶ構図、林の中を多数の鹿が駆けていくさま、林内に陽光が差し込み、光が立ち込める場面などは神がかっている。教会の場面はなんとも幻想的。登場人物の顔や体を追うダイナミックなカメラワークに感動。合唱を主体とした音楽の使い方も、現在ではややアツ苦しさを感じないではないが、ときに独特の凄みを帯びる。

 難解さに疲れる経験はアレクセイ・ゲルマンの『神々のたそがれ』(→ブログ)以来だろうか? 「シネスコで大雪原」ということも手伝って『道中の点検』(→ブログ)を想起するところもあった。製作時期は本作のほうが早いから、影響関係はブラーチル→ゲルマンかな? 『戦争のない20日間』もそうだが、ソ連時代のゲルマン作品は当局の「指導」もあって?さほど難解ではなかったが、ソ連崩壊後の90年代に、それまで抑えていた芸術的野心を爆発させて『フルスタリョフ、車を!』を撮ったという次第か。

 話を元に戻すが、「凌辱から始まる愛」というのは、現在の「政治的正しさ」基準ではアウトかもしれないが、スゴイ作品なので、もっと多くの人に見て欲しいものだ。「政治的正しさ」が行き過ぎると、こうした名作まで日の目を見なくなることもありうる。

 (*1)  西野嘉章の『チェコ・アヴァンギャルド』によると、コミュニストの医師ヴラヂスラフ・ヴァンチュラは、1920年代のチェコ・アヴァンギャルドを牽引したデヴィエトシル(Devetsil)創設時の初代会長だった。1920年にカレル・タイゲ(→wiki)らとともに興したデヴィエトシルは1929年、ドイツ工作連盟のシュトゥットガルトで開かれた「映画と写真」国際展に参加。この展覧会は日本を含む世界各地を巡回し、デヴィエトシルの知名度も世界的に上昇した。グラン・ジュ(→ブログ)に参加した画家ヨーゼフ・シマも、デヴィエトシルに加わった。タイゲは「詩とはあらゆるものから解き放たれた創造的活動」ととらえた。
 ヴァンチュラはタイゲを議長とする「レヴァ・フロンタ(左翼戦線)」にも参加。ナチスドイツとソヴィエトのモダニズム運動の否定、シュルレアリスムとコミュニストの「精神の全的解放」をめぐる論争がグループ内に波及。内部論争が激化した。
 ヴァンチュラはその後、ナチスに虐殺されたと伝えられる。

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映画『立ち去った女』(2) 

 『立ち去った女』(1)からの続き。

 フィリピンは2000年以降、めざましい経済発展を遂げた。アジア通貨危機の打撃は比較的、小さかったと言われている。要人誘拐の多発(例:三井物産マニラ支店長誘拐事件)によって、欧米や日本が生産拠点を置くことが少なかったためだ。それまで日本・台湾・フィリピンを除くアジアの多くの国は、ドルペッグ制を採用し、ドル安に便乗して輸出需要で経済成長するという成長モデルをとっていた。しかし、中国改革開放政策の推進で、欧米・日本の生産拠点は東南アジアから賃金の安い中国本土に移り、95年以降、アメリカが「強いドル政策」を採用したため、アジア諸国の輸出が伸び悩み、経済成長への期待が急落したことが、アジア通貨危機を招いた。フィリピンの2000年以降の経済成長は、インドからシフトしてきたコールセンター業務の請負や、国外出稼ぎ労働者からの送金に支えられている。海外就労者や移民が本国に送る送金額は、GDPの一割を超えているという。

 フィリピンの人口は、現在約1億人。堕胎に厳しいカトリックの影響が大きいのだろうか(総人口の約85%がカトリック)、世界の人口ピラミッド(→populationpyramid.net)をみると、フィリピンがほかの東南アジア諸国と比較しても、きれいなピラミッド・シェイプを描いていることがわかる。つまり、これは若年人口が多く、成長機運が高いことを意味する。いっぽう、グローバリズムの趨勢を反映して、経済格差は拡大している。

 wiki:世界最大のショッピングモール一覧(2018.2.10時点)によると、総賃貸面積に基づく世界トップ30のなかに、フィリピンのモールは6つ含まれている。日本ではただ一つ、レイクタウン越谷が28位につけているだけだ。
 『フィリピンを知るための64章』第30章に紹介されたアジア開発銀行2014年報告によると、フィリピンでは商業流通業を含むサービス部門のGDPに対する比率は57%で、東南アジアではシンガポールに次ぐ高さだ。また、限界消費性向はタイが0.50、インドネシアが0.55なのに対し、フィリピンは0.92.これはつまり、増収分の92%を貯蓄でなく消費に充てているということだ。

 映画の主人公が捕らわれの身であった30年間は、何を意味しているのだろう。
 時代的に1997年の30年前といえば、1960年代後半となる。ウォーラーステインは「近代世界システム」の3つの重要な転換点として、①長い16世紀(→関連ブログ)、②1879年のフランス革命、③1968年の世界革命をあげている。長い16世紀とはつまり、大航海時代であり、フィリピンがスペインの植民地となり、メキシコ産の銀と中国の絹、生糸、陶磁器などアジアの物産を交換するガレオン貿易(→wiki:マニラ・ガレオン)の拠点となった時代だ。 
 ウォーラーステインは、1968年に世界各地で同時多発した反体制運動をもって、欧米諸国による「近代世界システム」の終わりが始まったと考えた。フィリピン共産党 (CPP) の再建も1968年だ。しかし、フィリピンの60年代後半は、腐敗したマルコス政権がアメリカの支援を受けて政権を掌握した時代でもあった。
 主人公がアメリカから解放されたフィリピン民衆を象徴するとしたら、その後の経済発展で得たものは、ショッピングモールでの消費でしかなかった、ということになる。最後のシーンは、ようやく手にした民衆の自由が虚しい消費に押し流されていく儚さを表したものかもしれない。

 映画では、女装の男性ホランダが、主人公の運命を大きく左右する。
『フィリピンを知るための64章』では、性的マイノリティについて一章を割いている。いわく「フィリピン人の頭の中には「ララキ(男)」「ババエ(女)」の間にバクラが存在することが常に意識されている」。
 ホランダはサマール島出身であることが映画で示されるが、サマール島を含むフィリピン中部のビサヤ諸島にはかつて、ババイランと呼ばれた霊能者めいた者たちがいた。その多くは女性だったが、なかには「女装をして女性のように振る舞う男性の存在も16,17世紀の記録に残っている」という。スペインの植民地化に伴うカトリックの影響で、ババイランの風習は失われたが、現在に至って、欧米のLGBT運動の流れを受け、フィリピン国立大学でゲイの学生たちにより、「ババイラン」が組織されたそうだ。

 なお、本書第23章でフィリピンのインディーズ映画の動向について紹介している。フィリピン映画の黄金時代は、第1期が商業映画の盛んだった1950~60年代(マヌエル・コンデ監督等)。第2期が社会派のリノ・ブロッカらが活躍した70~80年代前半。そして、第3期がインディペンデント映画祭シネマラマ(→wiki:Cinemalaya Philippine Independent Film Festival)の発展に伴うゼロ年代半ばから現在に至る時代だという。『立ち去った女』は2016年、第73回ヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を受賞した。



 【追記】
 キネマ旬報2月上旬号、 暉峻創三のAsia Reportに、2017年におけるフィリピン映画の日本公開状況に関わる記事あり。

映画『立ち去った女』(1) 

 YCAMでラブ・ディアス監督・脚本・編集・撮影の映画『立ち去った女』を観る。

 原題 Ang Babaeng Humayo/フィリピン/2016/モノクロ/228分/1.85:1。配給・宣伝は『淵に立つ』と同様、マジックアワー

 映画は冒頭、ラジオニュースの声によって始まる。具体的な日付が提示される。1997年6月30日。香港の主権がイギリスから中国に返還される日の前日だ。
 それは、南シナ海を中心とした東南アジアの地政学的状況が、がらりとシフトしたことを示す象徴的な日付と言ってよい。欧米(日本)がグローバル経済を支配した時代から、超大国・中国が台頭する時代へ。冷戦終結とみて、米軍は92年までに撤退した。
 ニュースは、フィリピンで多発する誘拐事件により、中国系の事業者が撤退して、経済基盤が弱体化することへの懸念を伝える。
 映画は農場で働く女性二人の様子を映している。主人公ホラシアと友人ペトラ。子どもたちに詩を朗読して聴かせるペトラ。勉強を教えるホラシア。しかし、彼女たちは幽囚の身だ。
 無実の殺人罪で30年間、収監された元教師のホラシアはある日、所長に呼び出され、釈放を告げられる。殺人の実行犯は友人ペトラだった。黒幕は昔の恋人で実業家のロドリゴ・トリニダッド。彼はホラシアが別の男と結婚したことを恨んでいた。夫はすでに亡くなり、娘と30年ぶりに再会するホラシア。彼女は復讐のためにロドリゴのいる島へと向かう――。

 島でホラシアは貧しい人びとと出会う。道端でバロット(あひるの卵)を売る男、頭の弱い物乞いの女マメン、暴行されて倒れた女装の男ホランダ。
バロット売りは言う。「トリニダッド家はホテルやリゾートを経営する大地主だ。金持ちは神父と仲が良い。寄付金の額が違うからな」。教会を訪ねるホラシア。教会に寝泊まりするマメンは言う「ここに来るのはみんな悪魔なのよ。魔王の子たち。ここにもあそこにも悪魔がいる。悪魔だらけ」。そして、女装の男ホランダがホラシアの運命に深く関わっていく――。



 映画はとても古典的なつくりだ。緻密な構図。1シーン1カットの多用。定点カメラ。奥行の強調。俳優の出入り・位置・移動まで細かく計算されている。登場人物の造形は、典型的といえば典型的だが、丹念に描かれているため、注意が持続する。

 南国はやはり夜が際立つ。エドワード・ヤンが『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(→ブログ)で描いた台北よりもさらに1500キロ南の海上に浮かぶフィリピン・北ラナオ州某島の夜。わずかばかりの街灯のあかり、音もなく閃く雷光、べとつく雨。

 ワン・ビン(王兵)の『三姉妹~雲南の子』やアピチャッポン・ウィーラセタクンの『世紀の光』など、極端な長回しや観察的なカメラ、希薄な物語性といった特徴をもつ映画は、スローシネマと呼ばれ、『立ち去った女』もそれに含まれると言われる。本作の場合、上映時間は228分と長いが、復讐譚という物語の幹があるため、シネフィルでない人でも退屈せずに観ることができるだろう。膨大な量の人工物に埋め尽くされ、他人に急き立てられながら暮らす人も、この映画を見れば、他人やモノとの関係をひとつひとつ記憶しながら味わうには、ゆったりとした時間が欠かせないことを、あらためて感得するに違いない。

 坂の上に停まった車のかたわらでホランダがゆらゆらと踊る場面、ホラシアがマメンの髪を洗う場面などは深く印象に残る。

 『立ち去った女』(2)に続く。