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FIFF2019(2) ~『それぞれの道のり』と『アルファ 殺しの権利』 

 FIFF2019(1)からの続き。

〇『それぞれの道のり』(原題:Lakbayan/フィリピン/2018/DCP/1:1.85/117分)はフィリピン・アートシネマの巨匠3人による「旅」を統一テーマとしたオムニバス作品。

 1本目はラヴ・ディアス監督のモノクロ作品『Hugaw(Dirt)』。ジャングルのなかを寝泊まりしながら帰郷の旅をする3人の鉱業労働者の話。タイの映画監督、アピチャッポンが描く密林は、私の個人的イメージにあるジャングルよりあっさりしていて、逆にそこがいいのかもしれないが、正直なところちょっと物足りなかった。ディアスが描く密林はもっと濃密で、得体のしれない微生物や虫がうじゃうじゃする感じ。ヘビの登場の場面がじつに自然。湖の波紋の広がりが美しく、静謐な感じが伝わってくる。ラブ・ディアス監督の作品はふつう実に長いので、長過ぎるという理由だけで観ない人に彼の作品の感触を知ってもらうという意味で貴重。
 2本目は、本作を企画したブリランテ・メンドーサ自身の監督作品、『Desfocado(Defocused』。2007年にあった、ミンダナオ島の農民たち55人による首都マニラまでの1700kmにわたる抗議のデモ行進を再現する。
 スミラオ(→wiki)の農民たちは、観光開発によって故郷の土地を奪われる。映画ではカメラマンとデモ行進する農民たちの交流を描いている。田植えの場景やデモで履きつぶした草履を吊るして歩く姿などが映し出される。緩やかにS字カーブを描く長大な橋は、サン・ファニーコ橋(→wiki)だろうか?



 3本目はキドラット・タヒミック監督(→wiki:Kidlat Tahimik)の『Lakaran Ni Kabunyan(カブニャンの旅』)。タヒミック(1942~)は、『フィリピンを知るための64章』60章文化交流(鈴木勉)に紹介されている通り、日比文化交流史における重要人物。小川伸介監督らが1989年に立ち上げた山形国際ドキュメンタリー映画祭にも第1回から参加。北川フラム(→関連ブログ)が組織した越後妻有アート・トリエンナーレでも大きな役割を果たしている。

 映画は、タヒミックの息子カブニャンがバギオから黄色いバン、ジャンバラヤ号に乗ってフィリピン各地をまわるというロードムーヴィー。フィリピンは多くの島々から成り立っているので、ところどころロロ・フェリーを使う。全国各地に地域在住のアーティストのネットワークが広がっている様子が見て取れる。北川フラムの国際芸術祭活動と響きあう。
 棚田は日本やバリ島と同じくフィリピンの観光資源の一つでもある。フィリピンの弦2弦楽器ヘガロング。カビを用いてアート作品にするというのは、一種のバイオアートだ。アメリカのKKKと誤解されそうな、KKKと描かれた旗は、19世紀末にフィリピン独立闘争を主導したホセ・リサール等のカティプナン(→wiki)が掲げたものだ。ババイラン。『セブ島のラプラプ像。アーニス(→wiki:エスクリマというダンスのような美しい武術を披露する女性などなど。

 タヒミックが35年かけて制作した『500年の航海』は、ベルリン映画祭カリガリ映画賞を受賞。福岡アジア美術館で開催される福岡アジアフィルムフェスティバル2019でも公開された。見に行く予定だったが、台風の接近により諦める。



〇『アルファ 殺しの権利』(原題:Alpha. The Right To Kill/フィリピン/2018/DCP/1:1.85/94分)は『ローサは密告された』でカンヌの最優秀監督賞を受賞したブリランテ・メンドーサの最新作。今回もマニラの暗黒街を舞台に、マフィアの暗闘と警察の腐敗、その両方を描いている。

 植民地時代の宗主国がスペインで、現在でもカトリックが優勢、ということが関係しているかどうか定かでないが、長期にわたる麻薬戦争という点で、マニラの状況は、かつてガレオン貿易で結びつきの強かったメキシコと共通している(→ブログ: 映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』 )。複数の手持ちカメラを使った映像は臨場感に溢れている。
 ドゥテルテが大統領に就任して以来、強権的な荒療治を続けているが、状況が良くなったという声はあまり聞かない。その理由としてメンドーサ監督は、内通者の存在をあげる。日本でもかつてはホンモノのヤクザが出演するやくざ映画が数多く制作され、『県警対組織暴力』(→wiki)のような、ヤクザと警察がずぶずぶのアウトロー映画もあった。現在でも北野武がそのテイストを引き継いだ作品をつくり続けている。メンドーサの作品はもっとドキュメンタリーぽくてドライな感じがする。
 なお、フィリピンの一人当たり名目GDPは2000年に約1000ドルだったが、2018年には約3,100ドルに上昇。それでもフィリピン貧困の連鎖2019.9.11 ドン山本にあるように、貧富の格差は相変わらず激しい。同じ東南アジアのインドネシアは約3,900ドル、タイは約7,200ドル、ベトナムは約2,600ドル、シンガポールは日本(39,000ドル)より遥かに高く約64,000ドルだ。中国とメキシコの一人当たり名目GDPはおよそ9,800ドル(World bankの数字をベースに丸める)。

 文中敬称略。

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FIFF2019(1) 

 キャナルシティ博多のユナイテッド・シネマで開かれたFIFF(福岡国際映画祭)に行く。

 今年は昨年に引き続き、フィリピン映画が多かったような気がする。

 昨年2月にYCAMでラヴ・ディアスの『立ち去った女』(→ブログ)を観たとき、2本はキツイかな(なにぶん『立ち去った女』が4時間近く)と思って見逃した『ローサは密告された』のブリランテ・メンドーサ監督が来福。監督作品が2本上映された(うち1本は、ラヴ・ディアス、タヒミックとのオムニバス作品)。

 今回みたのは以下の5本。

 『それぞれの道のり』
 『アルファ 殺しの権利』
 『轢き殺された羊』
 『夜明けを待ちながら』
 『ナイト・ゴッド』

〇『轢き殺された羊』(原題:JINPA/中国/DCP/87分)
 監督は『オールド・ドッグ』(→ブログ)等で知られるチベット出身のペマ・ツェテン(Pema Tseden)。
 プロデューサーはキネ旬9月下旬号の1990年代外国映画ベスト10で『欲望の翼』と『恋する惑星』が選ばれたウォン・カーウェイ。舞台は標高5000メートルに及ぶ極寒のココシリ高原。概要はこちら(→wiki(英語))。
 主人公のジンパを演じるのはJINPA。日本でも1980年代までは確かに映画に映っていた男くさい武骨なルックスが好い。
 トラックを運転中のジンパはある冬の日、誤って羊を轢き殺す。弔うために遺骸を乗せて再び運転を続けるが、今度は同名ジンパを名のる青年を拾う。彼は20年前に殺された父親の敵を討ちにやってきたが、復讐を遂げられなかったという。ひょっとしたら、自分が誤って轢き殺した羊は、彼が遂げられなかった復讐の身代わりになったではないか……。
 カタログには画面のアスペクト比が1:1.85とあるが、スタンダードの間違いでは? IMDbの記載では1.33:1となっている(まあ1:1.33のことだろう)。トラックの運転席と助手席にすわった二人のジンパを映していても、ワイドスクリーンなら映るはずの両者の顔が、半分ずつしか映らない。映った半分ずつでひとりのジンパということだろうか。ただ、一部のシークエンスだけワイドスクリーンになる。 しかし、そこは画面の左右とも暗闇に近く、普通に考えればワイドにする必要性がないような場面だったりする。そういえば、ジャ・ジャンクーは『山河ノスタルジア』で、アスペクト比を変えることで時代の切り替わりを表現した。あえてやってることだろうが、正直、その意図が私には汲み取れなかった。ヴァジュラ・キラヤ(プルパ金剛)などチベット密教の言葉がさりげなく出てくるが、あからさまな宗教的イメージはほとんど登場しない。精神性の高い映画。


○『夜明けを待ちながら』(原題:Ten Seconds Before Sunrise/インドネシア/DCP/1:2.39/83分)
 監督は日本生まれのテディ・スリアアトマジャ(→wiki: Teddy_Soeriaatmadja)。『轢き殺された羊』とは打って変わって、都会的で世俗的な映画。
 東南アジア最大級のエレクトロニック・ダンスミュージック・イベント、DWP(Djakarta Warehouse Project)を取り上げ、ジャカルタの若者たちの生態を描いている。ドラッグの幻覚効果の描き方はなかなかユーモラスだ。

〇『ナイトゴッド』(原題:Nochnoi Bog/カザフスタン/DCP/1:1.85/113分)
 監督はアディルハン・イェルジャノフ(→Adilkhan YERZHANOV)。ストーリーをわかりやすく提示しないアート系映画で113分は正直キツイw。ただ、監督のサイトを覗いてみて他の予告編とか見る限りは、難解なアート映画ばかりつくっているような感じは見受けられない。日本では『世界の優しき無関心』がすでに公開されている。
 カザフスタンといえば、隣国のウズベキスタンやキルギスなどとともに「中央アジア」として一括りにされて紹介されるケースが多かったが、2015年に明石書店が『カザフスタンを知るための60章』を刊行。本書の59章によると、近年は「中央アジア5か国と日本との貿易総額の約7割をカザフスタン一国が占める」という。石油ガスにからむ日本との経済関係だけでなく、セミパラチンスク(→wiki)やアラル海等の環境問題や新首都アスタナ(1997~)建設など注目すべき点が多い。
 本作はディストピアSF的インスタレーション&彫刻的パフォーマンス映画とでもいおうか。彫像の首が上から降りてきたり、くるくる回ったり。灰色の羊。窓辺の白い鳩……。シェルターというセリフが出てきたりして核戦争後をイメージさせるかが、戸外のシーンが少なくない。
 過激派グループが、というセリフがあったが、イスラム過激派を連想させるようなことはしない。むしろ十字架が登場したりする。『カザフスタンを知るための60章』51章「社会問題」によると、カザフスタンは「政治的なイスラーム主義が強い力を持った歴史がないこともあり、過激派の影響を比較的受けにくい国と見られていた」が、21世紀に入って、シベリア出身の過激派説教師、サイード・ブリャツキー(Said Buryatsky)に影響される若者が増えており、2011年にはチュニジア人の指導者に率いられた「ジュンド・アル・ヒラーファ」によるテロ事件が相次いだ、という。

 FIFF2019(2)に続く。

 文中敬称略。

キネマ旬報10月上旬号 ~1990年代日本映画ベストテン 

 キネマ旬報10月上旬号は、今年1月上旬号の1980年代特集に引き続き、90年代日本映画ベストテン。

 第1位は崔洋一監督の『月はどっちに出ている』(93)。レンタルビデオでみたが、これはわりと良かった。仕事上、川崎のフィリピンパブに海外からの出張者を連れて行かなくてはならなかった当時のことまで思い出す^^;。同僚でフィリピーナと結婚した人や400万貢いだ人とかいた。
 第2位は北野武の『ソナチネ』(93)。この頃の武はすごかった。第3位は相米慎二の『お引越し』。未見。第4位は黒沢清の『CURE』(98)。リアルタイムではなく後年YCAMで。第5位は周防正行の『Shall we ダンス?』(96)。ビデオだな。ちょうど渡米時に地元の大学構内で数ヶ月にわたって上映していたのを思い出す(観ようかと思いつつ結局観なかった)。同じく5位に同監督の『シコふんじゃった』(92)。レンタルビデオだな。第7位、阪本順治の『トカレフ』(94)は未見。同じく第7位は宮崎駿の『もののけ姫』(97)。テレビ放映で観た。第10位は北野武『3-4×10月』(90)。確か品川の焼肉屋で食べている最中、店内テレビでちょっとだけ紹介されていて、北野武ってこーゆー映画撮るんだ!と驚いたような覚えが。同じく第10位の石井隆『死んでもいい』は未見。石井隆はちゃんと観ないとなあと思いつつ今に至る。

 岡本喜八『大誘拐』や中田秀夫『リング』が42位(6票)、『エヴァまごころを、君に』や『スワロウテイル』、『20世紀ノスタルジア』が57位(4票)、『おもひでぽろぽろ』『紅の豚』『御法度』『女優霊』庵野『ラブ&ポップ』が3票、アウトサイダー・アート関連でみた佐藤真『まひるの星』が1票。

 崔監督のインタビュー記事あり。大島渚の『愛のコリーダ』、『最も危険な遊戯』の助監督出身だったのか。

 金澤誠×佐野亨×平田真人の鼎談。金澤曰く、「日本映画は90年代前半に低迷して、2000年代に入って興行的に回復するんです」。『もののけ姫』の大ヒットや北野武『HANA-BI』のヴェネツィア金獅子、今村昌平『うなぎ』のパルムドール受賞した97年が転換期。『踊る大捜査線』のドラマスタートも97年。

『追悼 ルトガー・ハウアー』by川口敦子 ルトガー・ハウアー亡くなったのか……、2015年当時の写真もあって、年とってもイイ顔してる。『ヒッチャー』(86)は確かビデオでみたおぼえがある。そうね、バーホーベンと組んでた。エルマンノ・オルミの『聖なる酔っぱらいの伝説』(88)は新宿のどこかで観た。

 キーワードで目を引いたのは「伊丹十三」。彼の死はホント残念。「奥山和由」。平成「ガメラ」はみないとなぁと思いつつ未見。

 セルジオ・レオーネの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト』を芝山幹郎等が紹介。舞台はフラグスタッフ(→wiki)がモデル。なかなか奇妙な街だったが、地理的なイメージがまったく頭に残っていない。wiki読んで少し想い出した。カリフォルニアから車で移動すると標高とかわからなくなって、夜になってえらく寒くなったような。たしか、風変わりな建築に入ったバーのカウンターに座っていたら、元ヒッピー風のインテリそうな年配女性から声をかけられたという甘い(?)思い出がw。後述の渡辺幻の文によると、映画では1870年代の鉄道建設の話が絡むという。音楽はマックス・リヒター。

 渡部幻『ぼくのアメリカ映画時評』 東京ではいろいろリバイバル公開されてるみたいで羨ましい。ケン・ラッセルの『トミー』はイイよなあ。『ボヘミアン・ラプソディー』など昨今のミュージシャン伝記映画流行の文脈かな?アレックス・コックス映画祭やったのか。『シド&ナンシー』、『レポマン』、『ストレート・トゥ・ヘル』は吉祥寺バウスシアターで観た。個人的にはビデオで観た『ウォーカー』が一番好きだった。最後の波打ち際のシーンとか記憶に残っている。アメリカ史にあらためて興味を持ったきっかけになったような気がする。
 9月下旬号(→ブログ)で原一男が触れていたスコセッシの映画史ドキュメンタリー。ゴダールも『映画史』とか撮ってたけど、ほかにも映画監督(だけでなく)による映画史映画、というのはみてみたい。日本で公開されるのだろうか。

 原一男のアメリカ凹凸疾走ツアー。山口市立図書館のビデオコーナーで観た『さようならCP』(72)制作時のエピソードがイイ。フレデリック・ワイズマンのような程よい距離感のある観察的なドキュメンタリーも好いけど、原一男のような、被写体の存在に激しく関係しまくるドキュメンタリーも面白いんだよね。まあ、被写体のキャラに依存すると言ってしまえばそうだけど。

 文中敬称略。