「他人の時間」展@国立国際美術館 

 国立国際美術館で、「他人の時間」展をみる。

 ヒーメン・チョン(Heman Chong)の「カレンダー(2020-2096)」は、おびただしい数のプリント写真が4面の壁を埋め尽くす作品。解説によると30cm×30cmの写真が1001枚。映っているのは店舗の商品売り場やバックヤード、事務所、集合住宅、通路、ソファを置いた居間、レストラン、ホールなど。植物園などの例外はあるが、基本的に自然はあまりなく、ほとんどが人工物。いずれも人がつくり人が用いるモノばかりが置かれた人工的な場所なのに、人だけが映っていない。
 全てシンガポールで撮影したものらしい。中国風の装飾や道教的な祠、イスラム寺院、ヒンズー寺院が一部映っているが、多くは精神主義や民族的特徴を欠いたジェネリックな近代空間。レム・コールハースのOMAが意匠デザインしたインターレースのようなアイコニックな団地も映っていない。みた限り生きものといえば動物園のサルたちだけ。人を欠いた人工的空間がこれほどまでに膨大にあると、「みんなどこに行ってしまったのだろう?」と自分だけが取り残されたような気分になる。

 あるいは、屋外のシーフードレストランはたしか見覚えがあるような…などと個人的な記憶を引き寄せる。
 コールハースの「シンガポール・ソングライン」によって、ジェネリック・シティの代名詞ともなったシンガポールは、かつて2回ほど出張で訪れたことがある。マンモス団地の一角にあるマレーシア料理の店で肉骨茶(バクテー)を食べたこと等を思い出す。ずっとマレーシア料理だと思い込んでいたが、wiki:肉骨茶によると元は福建料理のようだ。
 香港が中国大陸の下腹部にぶら下がって、そのルーツを色濃く残しているのと対照的に、シンガポールは民族的な根っこを自ら断ち切って無色透明の近代を目指した。現地法人の同僚が話すシングリッシュの語尾に、中国語の了(ラー)のつくのが、唯一中国ルーツを物語る事柄だった。数日前に結婚したばかりの彼は、式は人前結婚にしたという。今はよくわからないが、当時はたしか、30過ぎて独身だと国が主宰する合コンパーティーへの出席が義務付けられ、結婚するまで多額の独身税を支払わなければならない(だから急いで結婚した)と聞いたおぼえがある。


 通路の目立たないところに2枚だけ貼られたヴォー・アン・カーン(Vo An Khanh)の「軍属移動診療所」。目のところだけがあいた白い布で顔を隠した女性たちが密林の小川に架かった粗末な木の橋を裸足で歩くさま。人の目にさらされぬ皮膚病に覆われているのか、米軍の散布した枯葉剤に関わるのか、いずれにせよ不穏な想像力を刺激する写真。カーンはかつて南ベトナム解放戦線ゲリラの覆面写真家として活動していたという。
 Asiart Archiveでみることができる。

 下道基行のDusk/Dawn|津奈木/シカゴは、スライド映写機で夜明け時に次第に白けていく空と、地球上の反対側で次第に暗くなっていく空を並べて投射する。自転する地球をとらえる一つの方法。上下反転のモノクロ・グラデーション。限りなく抽象に近づくが、鳥だろうか、ときおり何やらうっすらと埃めいたものが映りこんでいる。それがちゃんと空を映した何よりの証拠になる。  
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ヴォルフガング・ティルマンス展@国立国際美術館 

 大阪・中之島にある国立国際美術館で、ヴォルフガング・ティルマンス展と「他人の時間」展をみる。

「足のとげを抜くアンダース」(2004)や「リチャード・ハミルトン」(2005)など古い写真作品も展示しているが、多くは新作または2010年代に撮った作品。触覚性を喚起する作品が多い。印画紙の上に感光液を垂らして色の線の細かな動きを写し取るフライシュヴィマーシリーズ、パンフレットにも使われた、サンドノイズを写した「微弱電波 II」(2014)など。
 展示の直前におこなわれた『真実研究所(大阪)』(2015)なるプロジェクトでは、2ちゃんから引用されたテクストやSEARLDsの大阪デモの様子を撮った写真が用いられている。
 2台のプロジェクターで投映する映像インスタレーション「Book for Architects」では、ミシェル・フーコーの言う環境管理型権カの具体的形象としての「建築」を映し出している。たとえば、かつて東京・西新宿の都庁連絡通路に設置された、ホームレス対策のために斜めにカットされた円柱状オブジェもそこに映っている。

 ティルマンス展のタイトルはYour body is Yours。↓のインタビューで本人が語っているように、今回の展示は、自分のものだと思い込んでいる自分のからだが、実際のところ性・民族・職業・国民等の文化的アイデンティティや社会的ルール、「美」の観念等の多くのルールに束縛されていることを暗示し、観客に自分の身体を制御しているのは誰か/何かを問いかけている。


 ティルマンスは1968年生まれ、ロンドン在住のドイツ人。セカンド・サマー・オブ・ラブ(→wiki)の流れの中で頭角をあらわした。ベルリンのラブパレード(→wiki)や、LGBT運動を広めたユーロプライド(Europride)――ヨーロッパ最大の同性愛者の祭典――等を撮った写真が90年代に『i-D』や『Interview』誌に取り上げられて知られるようになった。

 Kファウンデーションやスタッキスト(→wiki(英語))らの抗議を受けるなど、今でもいろいろと論議を呼ぶターナー賞(→wiki)を2000年に受賞。今年3月には「写真界に多大な功績を残した」として、ハッセルブラッド国際写真賞を授けられている。  

松田由布展@美祢 

 美祢から県道33号線を下関方面に少し行き、短いトンネルを抜けてすぐ左に折れて鉄道を渡ったところに、<「ギャルリ とりのこ」というカフェギャラリーがある。
 ここで展示中の松田由布の写真が良いと人に勧められたので訪ねたところ、想像以上に魅力的な作品だった。
ギャルリとりのこ1ギャルリとりのこ2

 彼女の写真は個物を対象として撮ったというより、個物を含んだ空間そのものをフレーミングした写真で、時間や空間が人の外部に実在するのでなく、人の内部に深く関わる感性的な世界であることをあらためて実感させられる。
松田由布1 松田由布2
 松田由布はこれまで九州の湯布院などで作品を展示してきた。現在は、美祢市のいくつかの中学校で美術を教えながら、制作活動を続けているそうだ。

 印刷写真だけでなく、写真とテクストからなるDVD映像も拝見することができた。タイトルはLa Vita Nuova。映写中に床に置かれたCDラジカセからBGMとして流れ続ける坂本龍一+alva noto(カールステン・ニコライ)のinsenが実にマッチしていて、あたかもこの音楽のために創られた映像作品のようだった。
 写真にテクストをあわせて詩的な作品に仕上げるのは実に難しいことである。言葉が写真のもつ多様な象徴性を一義に押さえ込んでしまう結果を招きかねないからだ。言葉は言葉でまた多義的なイメージを放つため、両者のバランスをうまく取るのは極めて難しい。その点で彼女のテクストの扱いはまだ発展途上と言えるかもしれない。
 とはいえ、将来が大いに期待できる美術家の一人であることは間違いない。 松田由布3 松田由布6
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