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イランをめぐるこの度の件 

 別に外交の専門家でも中東地域の専門家でもないが、ブログ:映画『魅惑』ほかなどに書いた通り、若い頃イラクとの戦争中にイランを旅行した者としては、安倍総理のこの度のイラン訪問は気になってしかたがなかった。

 当初は、結果的に大きな果実が得られなかったことは残念だが、何もしないよりは何かしたほうが良い(誰だって初めての経験では過ちを犯しやすいが、経験を踏まなければ何事も巧くならない)と思ったものだが、訪問中に日本運航のタンカーが攻撃を受けたことを考えると、ウォールストリート・ジャーナルが指摘するように「かえって米国とイランの対立関係は以前より不安定になった」側面を否定できない。

 そもそも日本政府にアメリカとイランの間を取り持ちたい気持ちが強いなら、アメリカがイランとの核合意から離脱を決定した際に、なんらかのアクションを取ってしかるべきだが、日本政府は当時、はたして何かしたのだろうか。

 以前、『ニクソンとキッシンジャー』(大嶽秀夫著)等で、ニクソン/キッシンジャーが当時の日本に抱いていた感想などを読んで苦みを覚えてしまった(*1)が、アメリカの政治エリート層は(人にもよるが)ひょっとしたら現在でも日本の政治指導者に対し、中国の政治指導者に対するより信頼を置いていないのではないか、と思うときがある。中国への不信感が唐突に沸騰したのはごく最近のことだが、だからといって日本への信頼が急速に増したかというと、そうでもないような気がする。むしろ一緒くたにされて、アメリカ内部で新時代の「黄禍論」が生じる懸念がある。私がもし中国の工作担当者なら、日米離間策の一つとして、アメリカで反中意識の高揚を黄禍論にすり替えるような操作をする。アメリカではいまだに中国人と韓国人、日本人の区別がつかない人が少なくない。

 日本政府がただの自己本位からトランプ政権にすり寄ったのか、それとも大義をもって真の友好関係を築く気持ちがあるのかどうかが試されている。場合によっては日本の将来を決定づけるかもしれない、極めて重要な局面が目の前に迫ってきたかのようにみえる。

 サミュエル・ハンティントンは『文明の衝突』(→wiki)で、西洋キリスト教文明と儒教=イスラム・コネクションの衝突に対して警鐘を鳴らした。

 願わくばこの度のタンカー攻撃が、トランプ大統領やその側近らによるトラップでないことを祈るばかりだ。ただ、アメリカ側(あるいはイスラエル、サウジ)によるトラップでなくても難しい「友敵」判断を迫られるリスクがある。

 香港の大規模デモによって、大局において中国共産党よりトランプのアメリカのほうにアドバンテージが傾いたかのように思い込むとしたら軽率だ。

 中国が有利なのは、本格的な経済成長が、デジタルとネットワークが飛躍的に進歩した90年代後半に始まった点にある。情報技術は、13億の人口を統治しなければならない中国の政治指導部にとって最も合理的な行政的手段となった。それは身体的暴力より精神的支配を重んじる中国の「統治文化」にじつにマッチしている。
 さらに言えば、同時期に日米欧で進んだ大学のリベラル強化(←関連ブログ)が中国の躍進に対する警戒感を抑制した点も見逃せない。
 おおむね90年代半ばに生じたゲームの大変革において勝ち方のコツをおぼえた人びとが、中国の政治に強い影響力を与えている、というわけだ。

 こういう話もあるし、テクノロジーが同程度であれば、長い目で見ると、「経済」と「人権」が重んじられる時代、膨大な人口を抱えるユーラシア大陸を押さえるランドパワーの方が、シーパワー諸国連合より有利のようにみえてしまうことがある。「経済」が先進国並みでなく、「人権」が重んじられていないからこそ、それらが現在足りない地域に有利に働くという構図がある。中国もロシアも歴史から多くのことを学んでいる。

 もちろん、これは有利か不利かだけを基準に考えろという意味ではないし、ましてや中国やロシア、イランにおける現政権の人権状況を黙認しろという意味ではない。

 有名な美術家のアイ・ウェイ・ウェイは美術手帖のインタビュー記事(2019.2.2)で、本当の問題は経済的利益を優先して中国の現政権を黙認してきた西欧諸国にある、と述べている(原文を確認してはいないが、6月16日時点の訳語を信じれば、「西側」諸国ではなく、あくまでも「西欧」諸国である)。
 おいおい、自国の人権問題を他国の外交政策に責任転嫁するつもりか、と思う人もいるだろう。しかし、彼の言葉は、中国では現政権による強制拘禁や独裁によって、民衆が声を上げることが事実上、不可能に近い状況を切実に物語っている。
 その状況の恐ろしさは、香港でデモを行う人びとが揃いも揃ってマスクで顔を隠していることからじゅうぶん伝わってくる。西欧のリベラル諸国を「模範国」として仰いで、中国の人権状況にほとんど触れようとしなかった日本の政治家・メディアも同罪だと言わざるを得ないだろう。

 中国は今後、もし仮に追い詰められたとしても、「ロシア並みの民主化」を果たして人びとを一時的に歓喜させ、対米世論戦を一気に有利にもっていく可能性がある。

 この先、世界はどうなるのか、予断を許さない状況だ。

(*1)著者は石井修「ニクソンの『チャイナ・イニシアティヴ』」を参考に書いている。(p92)「最初のキッシンジャー訪中の際には、アメリカが日本から撤退すると、日本が独自の軍事大国となり、中国にとって脅威になることを周恩来に指摘せよ、とのメモをニクソンが渡している。(p104)キッシンジャーは、中国に対する以上に日本に対する強い不信をもち、周恩来にもこれを繰り返した。私的にも「日本の指導者は、概念的に考えられず、長期的ビジョンがない」と批判的であった。
 背景には60年代におけるソ連の軍拡の脅威や中国の文革ダメージ、ベトナム戦争の泥沼化、日本の高度経済成長がある、にせよ……。

 石井修「ニクソンの『チャイナ・イニシアティヴ』」はこちら(一橋大学機関レポジトリ)で読めることにいま気づいた^^;。

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カーサ・ブルータス2017年8月号~動物園と水族館 

 カーサ・ブルータス2017年8月号は動物園と水族館を特集。「センス・オブ・ワンダーを呼び覚ます」生きもの空間を、ニュースタイル、環境再現、都市型、ふれあい、専門型の5つのキーワードで紹介している。

 建物がガラスドームで覆われ、屋外に「蛇の目ビーチ」を備えたアクアマリンふくしま。53haに及ぶ広大なよこはま動物園ズーラシア(オカピがいる)。環太平洋10地域を14の水槽で再現し、植物を含む620種約3万点!の生きものが暮らす海遊館(大阪天保山)やニフレル(→ブログ)、アクアパーク品川、クラゲ専門の鶴岡市立加茂水族館、長崎ペンギン水族館……。

 猪熊弦一郎現代美術館(→ブログ)やMoMA新館等を手掛けた谷口吉生(→wiki)による葛西臨海水族園のデザイン思想について、また、生息環境展示にいち早く取り組んだ日本展示学会会長の若生謙二(→wiki)へのインタビュー記事がある。
 記事にも出てきた宇部のときわ動物園には、今年2月に行った。日頃はTVの動物番組さえ見ないのに、昨年5月にニフレルに立ち寄ったのをきっかけに、たまには動物園もいいかなと思って足を運んだのだが、若い頃行った動物園のイメージとは変わっていて新鮮に感じたものだ。
 動物、特に人間に近い他の霊長類の行動をみるのは確かにオモシロイ。サル1匹1匹に名前をつけているが、これは個体識別法、またはジャパニーズ・メソッドと呼ばれ、昔は欧米の研究者から「擬人主義」として揶揄されることが多かった。しかし、日本の霊長類研究者やフランス・ドゥ・ヴァール(→wiki)らの粘り強い努力があって、人間の心の起源をめぐる進化心理学の世界的潮流のなかで見直されつつある。
 観光はある意味ライトな人類学的行為になりうるが、霊長類学を伴うと、ちょっぴり深みを増すだろう。なんかwiki:霊長類学をみたら、霊長類学は人類学のサブカテゴリ―として内包されるケースもあるようだ。
 デカルトは動物=機械論を唱えたが、現代の哲学者ピーター・シンガー(→wiki)は「霊長類に部分的な人権を与えよ」なんて言ったらしい。実際に行動を観察してみると、なんとなく気持ちはわかる。たしか東浩紀は「デカルトが動物機械論を唱えたのは、ヨーロッパにサルがいなかったから」とか言ってる。

ときわ動物園 ときわ動物園
ときわ動物園 ときわ動物園
 上画像2枚はときわ動物園のフサオマキザル。下左はエリマキキツネザル(パンダかよw)、下右はシシオザル(老賢者の風格)。

 世界で観るべきBEST3は、市民ZOOネットワーク代表の佐渡友陽一が動物園を担当。近年大規模リニューアルしたスイス・チューリッヒ動物園、ニューヨークのブロンクス動物園(コンゴ・ゴリラの森)、シンガポール動物園(世界最大のオランウータンの群れを飼育)を選出。動物園先進国では環境エンリッチメント(→wiki)が主流になっているという。
 水族館BEST3は『水族館学―水族館の発展に期待をこめて』の著者、西源二郎が選んでいる。第一にモントレーベイ水族館(HPが出資し、ジュリー・パッカードが館長)、そしてアトランタのジョージア水族館、モナコ海洋博物館。曰く「豪華な設備や派手な仕掛けではなく、スタッフの力量こそが水族館の価値を決める」。
 過去に出張や観光で訪れた都市がほとんどだが、当時はあまり関心なかったので^^;、そんなのあったっけ?て感じだw。

 未来の動物園では、ビャルケ・インゲルス/BIG(→WIRED:ビャルケ・インゲルスのNYC改造計画)のコペンハーゲン動物園「パンダ舎」が2018年完成予定。同じくギルシュクド動物園を拡張したZOOTOPIA(→COURRIER JAPON 2014.8.20)が2019年にオープン予定。

 動物園ではないが、デトロイト郊外にあるヘンリー・フォード博物館(→wiki)も紹介していた。

 Window On The WorldではMVRDV(→ブログ)が手がけて今年5月に完成した「ソウル路7017」やクラパット・ヤントラサー率いるがLAのフリーメイソン寺院を改築した「マルシアーノ・アート・ファンデーション」等。

 観光地が自然の景観や温泉、名所旧跡・歴史的建造物だけで集客できる時代は終わった。ユネスコ世界遺産への登録によるお墨付きもいいが、むしろ新しい驚きや感動こそが必要とされる。
 イノベーションとは何も新しい商品アイデアや新技術の発明のみを指すわけではない。医療、介護、観光施設、公共サービスなどなどあらゆる分野で進んで行くべきだろう。

 Casa BRUTUSはときおり各ジャンルの格付けっぽいもの(美術館やらリゾートホテルやら)を特集する。えーーー!!!なんで○○が入ってないの??とガタガタ文句を言う人もいようが、アウトサイダー(観光客)にとっては入り口となるガイドブックだというのも一つの事実。気に入らなければそれぞれの専門家やオタが各ランキングを発表したり、ランキング批評をすればよいのであって、今度は何を取り上げるかによってオタ本人の趣味や見識や価値観が晒されることになる。

 そういえば少し前に、日本のアートパワー100というのもあったね。

 文中敬称略。

ニフレル 

ニフレル

 エキスポシティにあるニフレルに行ってみた。
 大阪市港区天保山にある海遊館(wiki)は世界最大級の水族館として知られるが、ニフレルはその海遊館が初プロデュースした新感覚の"生きたミュージアム"だ。

ニフレル ニフレル
 水槽内にいる海生生物たちは際立って珍しい種類にも見えず、最初はあたかも美術館のように水槽を並べるディスプレイ・デザインやカラフルなライティングを"売り"にした、ただのコジャれた都市型水族館かと思っていた。
 ニフレル(=~に触れる)という名称だけあって、子供たちに魚に触れる機会を提供しているのは微笑ましい。とはいえ、やっぱり海遊館だから海生生物だけなのか…と思って展示室をめぐっていくと、巨大な球体を空中に吊るした吹き抜け空間に突き当たる。

ニフレル ニフレル ニフレル
ニフレル ニフレル ニフレル
 直径5メートルの球体の表面と床面に、複数のプロジェクターでCG映像を映し出している。ニューエイジ的地球賛歌に過ぎないと切って捨てることは易しいが、エコロジー的イデオロギーの押しつけはほとんどなく、自然誌的ストーリーも明瞭にあるようでないようで程好く心地よい。このWONDER MOMENTSは松尾高弘(→wiki)によるデザイン。球体へのプロジェクション・マッピングはこれまで見たことがなかったし、映像の継ぎ目の処理など、けっこう難しいテクニックを擁しているように思われる。

「みずべにふれる」コーナーでは↓画像のようにニフレルのシンボルでもあるホワイトタイガーの曲芸が見られる。このコーナーから動物臭が立ち込めてくる。同じエリアにピクニックカフェ「イート イート イート」というサンドウィッチの店があるが、人によってはこの匂いの中で食べるのをためらうかもしれない。動物園なんだから視覚・聴覚だけでなく嗅覚や触覚、味覚までフル活用して楽しむのが良い。ワニ肉バーガーとか置いたらどうだろうw?
ホワイトタイガー ホワイトタイガー ホワイトタイガー

「生きものみんなのシェアハウス」。水族館がライティングや映像を駆使して空間演出をするようになったことは、地元の水族館で経験して知ってはいたが、今どきの動物園も昔に比べかなり様相が変わってきたことを実感する。
 今にも飛び掛かってきそうな距離で、ワオキツネザルやモモイロペリカンなどと楽しく過ごすことができる。昔は子供たちが危険なため、という理由で動物と来場客の間に柵を設けるのが普通だった気がするが、ここでは違う。トレーナーの監視もあるし、調教が行き届いているせいか、動物は元気だが襲ってくる気配はない。
ニフレル ニフレル
ニフレル ニフレル