あいちトリエンナーレ2013納屋橋会場 

名和晃平top
 長者町エリアから納屋町会場(東陽倉庫テナントビル)へ。雨の中を長いこと歩いたため疲れ気味。リチャード・ウィルソンの作品《レーン61》は豪雨のため見られず(というか、気づかなかっただけか?)。

池田剛介1 池田剛介3 池田剛介2
 池田剛介《サイクルクエイク》と《干渉の森》、いずれも2013年制作。彼は2011年から「東京藝術発電所」というアート・プロジェクトを繰り広げている。これは自転車や日用品を用いて発電する機具を工作し、自分たちの「運動」をいかにして電気に変換するかを可視化する試みである。

片山真理0 片山真理1
 片山真理の《Eyes》(2013)には凄みを感じる。なんだろう、絶対見てはいけない少女の秘密の部屋を覗き見るような感じだ。おびただしいまでのフリルやレースやピンク色が醸し出すものは、私が最も恐れる類の偏愛の対象だ。男性一般にまで敷衍できるかどうかは不明だが、その心性は私だけではないはず。自分とは根本のところで相容れない別の星の生命体が嗜好する趣味が充溢する部屋、とでも言おうか。しかし、根本的に相容れないからこそ魔的に魅了されるのもたしか。マカロニやレーズンや紅茶やスナック菓子や食器洗剤や毛髪や体液やらが詰まっているに相違ないガラス瓶の集積も、「魔女性」とでもいうのか、男性視線のキリスト教やユダヤ教がおそれ忌み嫌った、多様な薬草・毒草に通じた「女性的」な悪意を孕んだ執拗なまでの実験精神を表していて、甘やかな有毒性の魅力を放っている。
片山真理2 片山真理5
YouTubeで2011年7月16日に新大久保ネイキッドロフトでおこなわれたライブの映像を見ることができる。


青木野枝1 青木野枝2 青木野枝3
 青木野枝《ふりそそぐもの/納屋橋》(2013)。青木の作品は瀬戸内芸術祭の豊島でも見た。片山真理の毒々しいまでの女性性に触れた後だったので、ついメタルと女性性について考えてしまったが、基本的にジェンダー性を感じさせない作品。

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 名和晃平のfoam5《フォーム》2013。ざらついたアスファルトを敷き詰めた広大な空間に、南極の氷山を想わせる、無数の泡からなる量塊が横たわっている。大小さまざまな泡はふつふつと微細な音を立てながら生滅を繰り返す。
名和晃平foam2 名和晃平foam1
 名和晃平の作品に接すると、いつも思い出すのはウルトラQのバルンガである。
 マイノリティ自慢をするわけではないが、幼少時代に最も好んだモンスターの造形は、四足獣や人間をモデルにした一般的な怪獣タイプではなく、ウルトラQのジュラン(マンモスフラワー)やバルンガ、マグマ大使のオレンジ色のカビのような、爬虫類・哺乳類以外をモデルにした顔や手足のないタイプだった。なかでもやはり、幼少期に目にしたバルンガの腹部に触手を生やしたアモルフな造形と、宇宙から飛来した胞子から成長し、あらゆるエネルギーを吸収して無限に膨張するという設定には、幼い想像力を大いに駆り立てられたものだ。それは草間彌生の一連の作品群とも共通する無限増殖への予感を孕んでいる。
 名和晃平は京都で、建築家・写真家・デザイナーらと、横断的に活動するクリエイション・プラットフォームSANDWICHを展開している。
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あいちトリエンナーレ2013映像 

 あいちトリエンナーレ2013でみた映像についてはここにまとめてクリップしておく。
 愛知芸術文化センター12階のアートスペースAでおこなわれていた映像プログラムで、三宅唱の長編第二作目『Playback』とミケランジェロ・フランマルティーノ(Michelangelo Frammartino)の『四つのいのち』をみる。
 三宅唱『Playback』は映像の世界を侵食しつつある3次元CGやプログラミング・アートを多用する作品群及びロボット演劇に対し、強烈な「人間的」個性でもって「ここまでおいで」と挑発している。テレビドラマをうっかり見て「今はこーゆー顔でこーゆー発声をする役者さんたちの劇につきあわなければいけない時代なのか」とお嘆きの貴兄に向けて、村上淳ほか役者然とした顔の俳優陣をフィーチャー。彼らがプレイバックを繰り返しながら、過去と現在のもつれあう都市をうごめく。
「Playback」と「建築映画」――鈴木了二(建築家)と三宅唱の対談はところどころYouTube映像を挟みながら詳しく解説している。とはいえ、映画を観る前にみてしまうと、いろいろ先入見が植えつけられるので要注意。なるほど、映画におけるトンネルの効果というのはわかる気がする。ただ、対談でもあるように、本映画は特に「建築映画」を狙ってつくったものではない。三宅唱はあとで確認すると、YCAM10周年記念祭プログラムの「FILM by MUSIC」で作品が上映されていた。


 続いて観たフランマルティーノの『四つのいのち』はこちら。

丹羽良徳『デモ行進を逆走する』 丹羽良徳『デモ行進を逆走する』
 愛知芸術文化センター地下2階通路の一角では、丹羽良徳の『デモ行進を逆走する』(2011)を映像展示。反原発を掲げるデモ行進のなか、赤いTシャツを来た、おそらく丹羽本人が行進の流れとは逆方向に歩いてゆく様子を撮影したもの。デモ行進する人びとは、特に彼を邪魔者扱いすることもない。その後ろ姿を作者の反原発に対する姿勢ととることも、日本や全ての安全保障常任理事国がとる姿勢と受け取ることもできるとした「両義性」を措定するかにみえる映像からは、穏やかならぬ何かが立ち昇る。政治的テーマに臆することなく挑戦する彼は、今回のトリエンナーレで他にも、お金でモノを買う売買の仕組みに関する不可解さをテーマとした《自分の所有物を街で購入する》や共産主義をテーマとした《モスクワのアパートメントでウラジミール・レーニンを捜す》、新作の《日本共産党でカール・マルクスの誕生会をする》などを映像展示した。2010年7月~9月にギャラリーαMで開かれた丹羽良徳の「複合回路」はYouTubeで一部見ることができる。


 地下2階通路の突き当りにあるアートスペースXでは、ニコラス・プロヴォスト(Nicolas PROVOST)の3作品をループ上映していた。《プロット・ポイント》(2007)、《スターダスト》(2010)、《東京ジャイアンツ》(2012)。最初に見た《東京ジャイアンツ》では、キャバクラのお姐ちゃん風の厚化粧の若い女やいかにもワルそうな青年、凶相の中年男などを(たぶん)隠し撮りし、パイロンの立ち並ぶ殺人現場めいた路地裏やタクシーの内部、路面に倒れた人に触れる救急隊員などの映像を収集して編集し、意味深なセリフをかぶせ、不穏なBGMを重ねることで、東京のアンダーグラウンドにまつわるサスペンスドラマをmake upする。それは「俳優」は特に「ドラマ」や「感情」を意図して演技しなくても、その他の要件、つまり編集の仕方や音楽等によって「ドラマ」が立ち上がりうるかどうかの試みである。俳優の小沢仁志に酷似した男性が女性をかき抱くシーンは、撮影現場を隠し撮りしたのだろうか? それにしても、唐突に包丁を取り出してブスリと刺すかもしれない正体不明の他人が肌の触れ合う至近距離にいることを許しながら、呑気に遠隔地の知り合いとケイタイでしきりに交信する東京の光景は、映像として見るとなんとも奇妙なものだ。この見知らぬ他人との密接な距離の許容は、明らかにアメリカの大都市とは異なる。

 《プロット・ポイント》はラスベガスを舞台とした同じテーマの作品。東京の夜景を構成する照明は、娯楽や消費だけでなく残業するオフィスワーカーや大量の通勤者を運ぶ交通機関がもたらすところが大きいが、ラスベガスの「光の洪水」は、ほとんど全てが純粋な娯楽と射幸と消費に付随する電飾から生じる。ラスベガスは同じネヴァダ州のフーバーダム及びデスバレーとワンセットで語られることが多い。水力による電気の「生誕」を象徴するフーバーダム、人の娯楽と(電力)消費を表すラスベガス、あらゆるものが死滅するデスバレー。かつてカリフォルニア州オレンジ・カウンティに住んでいた頃は、たまに金曜日になると午後5時前にこっそり事務所を出て、渋滞になる前にサンバーナーディーノを抜け(といっても大抵渋滞に捕まったが)、真っ暗なモハベ砂漠を突っ切ってラスベガスに行ったものだ。大きなコンベンションがない日は有名なホテルでも、ツインで30ドルになることがあった。カレッジラジオのエレクトロニカをガンガン鳴らして多彩な光の氾濫するストリップをドライブするのは、ある種のトリップ体験に似ていた。


 納屋町会場(東陽倉庫テナントビル)の映像ゾーンでアンジェリカ・メシティ(Angelica Mesiti)《シティズンズ・バンド》(2012)。
正方形に配された4面の壁のそれぞれに、移民のパフォーマーが都市の一角で音楽を奏でる様子が映し出されている。モンゴル系の男が街角で胡弓を奏でながらホーミーを響かせ、黒人タクシー運転手は停止した車内で切ない口笛を鳴らす。水泳競技ではあまり見かけることのないアフロ系の女が、室内プールで水を打ってドラミングを披露する。アラブ系の若い男が地下鉄車内で、壊れかけのカシオトーンを肩にのせてエレジーを歌う。いずれもストレンジャーの悲哀と音楽とが魅惑的に滲み出る映像。


 ちなみに日程が合わずプレイを実際にみる機会がなかったが、SjQ++が面白そう。もともとサウンドクリエイターの魚住勇太や米子匡司(Tb)、ナカガイトイサオ(g)、アサダワタル(dr)、大谷シュウヘイ(b)、及び電子音担当の人工生命が参加し、2012年に映像のKezzardrixが加わって、SjQ++として活動を続けている。アルス・エレクトロニカ2013のDIGITAL MUSICS AND SOUND ART部門で優秀賞を受賞した。要注目!。

あいちトリエンナーレ2013長者町エリア 

長者繊維街top
 あいちトリエンナーレに行った。
 愛知県は西日本の他の府県の多くが2000年前後に人口伸長率が頭打ちしているのに対し、現在も右肩上がりを続ける数少ない府県の一つである。全国一の製造業トヨタのお膝元であることが幸いしているのだろう。ただ、それはトヨタ・グループの経営動向いかんに景気が左右してしまうことをも意味している。

 あいちトリエンナーレは2010年から始まり今回が2回目となる。同年に開催される瀬戸内国際芸術祭が《村落》をベースとし、大きな人口を抱える都市圏からの距離の都合上、パフォーミング・アーツを数多く展開しづらいのに対し、あいちトリエンナーレではそれが可能で、今回は大規模なオペラまでプロデュースしている。中心的な役割を果たす愛知芸術文化センターは、美術館、芸術劇場、文化情報センターを備えた複合施設で、建物自体は離れたところにあるが図書館の運営もおこなっている。90年代以降は美術館と劇場が併設または一体化経営される傾向が高まっており、これも「分化」でなく「統合」を特徴とする「ポストモダン」の流れを示すということか。
 今回は、全体的な芸術監督が建築畑の五十嵐太郎で、オープン・アーキテクチャーといった建築関連の催しも数多くあった。
 会場は大きく栄エリア(愛知芸術文化センター含)、白川公園エリア(名古屋市立美術館含)、長者町エリア、納屋橋エリア、岡崎エリアに分かれる。2日間だけでしかも雨にたたられたため浅く回っただけだが、気づいたところだけクリップしておく。

 今回は長者町エリアである。近年は「アートによる町おこし」というキャッチフレーズで、一時期隆盛を誇って今はやや廃りかけた都市の一角などをアーティストに安く提供して賑わいを演出しようという動きが全国各地でおこっている。シャッター街の空き店舗や古くなったビルがその対象であることが多い。このエリアもそうなのか、トランジットビルやヱビスアートラボなどアートギャラリーやスタジオ、古本カフェといったアーティーな空間を随所に配している。

 時間があまりなかったので、YCAMの長期ワークショップでお世話になった山城さんが属するナデガタインスタントパーティーの『STUDIO TUBE』を優先的にみる。YouTubeのtubeは「テレビのブラウン管」でもってテレビ的映像を表すメトニミーであり、たぶんここでもそういう意味だろう。場所は中部電力本町開閉所跡地である。周囲には高層ビルも建つ片側アーケードの古い商店街の一角である。
NadegataInstantParty NadegataInstantParty
 建物の周囲に足場を組んで通路を取り付け、ところどころに市民と一緒につくったテレビ番組風の映像を流している。ニュース番組風、特撮ヒーローもの風、ドラマ風…。ナデガタインスタントパーティーの真骨頂は、市民を数多く(時には500人以上?!)集めて何かをしでかす、というところにある。市民を多数動員するには、それなりの「口実」が必要で、うまい口実を用意することで、市民がその「口実」をベースにどうやってその場で知り合った他人と協力して何かをつくりあげるかというたくらみである。パーティー――それは行動を共にする「御一行」であり、当事者であり、時には政党になることだってないとも限らない「会合」である。
NadegataInstantParty NadegataInstantParty NadegataInstantParty
NadegataInstantParty NadegataInstantParty NadegataInstantParty

 都市生活の諸場面で、ふとしたきっかけから無数の「物語素」の飛沫が散乱する。ナデガタがおこなっていることは、そんな味の素ならぬ「物語の素」の散布装置を提供すること、そしてその飛沫散乱の様子まで記録すること、なのかもしれない。
NadegataInstantParty NadegataInstantParty
NadegataInstantParty NadegataInstantParty

 通りの向かいには八木兵丸の内8号館。これも空きビルの一つだったのだろう。観客はブルース・リーの『死亡遊戯』のように、各階で待ち構える「アート」たちと対戦することになる。1階はザ・ウィロウズ(奈良美智+森北伸+青木一将+小柴一浩+藤田庸子+石田詩織+酒井由芽子)のWE-LOW HOUSE
八木兵丸の内8号館2 八木兵丸の内8号館3

 2階は山下拓也の作品群。おびただしい数のキャラクター商品の後ろ姿だけを撮った写真が壁を埋め尽くす。「これは×××やね、19XX年に○○から発売されたけどあまり流行らなくて2年後に製造中止になったやつ」とか、「これは20XX年に△△がノベルティーとして3000個だけつくった◎◎だよね」などというマニアな会話が飛び交いそうな空間である。
八木兵丸の内8号館4 八木兵丸の内8号館5
八木兵丸の内8号館6 八木兵丸の内8号館7
 4階には菅沼朋香のラウンジ空間作品。「昭和」のかたちを提示しているのだという。
八木兵丸の内8号館8 八木兵丸の内8号館9