日経サイエンス 2017年7月号 

 表紙裏の見開きは国際科学技術財団の広報記事でJAPAN PRIZE。情報・通信分野ではRSA暗号のアディ・シャミア(→wiki)。生命科学分野ではCRISPR-Casによるゲノム編集機構の解明で、エマニュエル・シャルパンティエ(→wiki)とジェニファー・ダウドナ。
 フロントランナーは、早野龍五(→wiki)。今年から脳科学の酒井邦嘉と音楽教育の共同研究を始めたという。

 国内ウォッチでは、ImPACTの「高カカオチョコで脳若返り」に対する批判記事。BHQ(脳のヘルスケア度)という指標についても疑問を投げかける(by日経新聞科学技術部 遠藤智之)。

 海外ウォッチでは、自動運転車の実用化への動きが、それに必要とされるレーザー距離計(ライダー)を進歩させた件など。ピッツバーグ拠点のカータ(→KAARTA)という企業は、ライダーとモーションセンサー、プロセッサー、7インチタッチパネルを統合した携帯端末を開発。建築家や施工業者はこのコンターを持って現場を歩くと、その環境の3Dモデルを容易に作れるという。

 特集のトランプ対科学は、環境保護局(EPA)の予算を3割、国立衛生研究所(NIH)や農務省の予算を2割削減し、退役軍人省や国防総省の予算を増やしたトランプ大統領の方針に対して警鐘を鳴らす。問題は、大統領府の科学技術政策局(OSTP)局長となる大統領科学顧問に誰がなるか。
 たとえば神戸大・塚原東吾のコラムでは、「ケネディ政権のアポロ計画に始まり、ニクソン時代のガン征圧計画(NIHが巨大化してバイオテクノロジーが興隆)、クリントン政権下の「情報スーパーハイウェイ構想」(IT産業の興隆)、オバマ政権のEBMによる医療標準化といった国策のもとで、アメリカ人は科学を信じてきた。ところが、冷戦が終了した90年代頃から風向きが変わり、科学は「普遍的で万人のもの」というより「商業的で自己目的」的なもの、という見方が強まり、市民の間に科学を信頼しない傾向が強くなった。たとえトランプ大統領が失脚しても、その後、アメリカが世界の科学技術を牽引していくという秩序を再構成できるかどうかまだ分からない、という。

 長倉克枝の「ネットで軽くなる「事実」の重み」では、トランプ支持層が好むスティーブ・バノンの右派ニュースサイト「ブライトバート」を冒頭で取り上げ、東京五輪エンブレム問題をめぐるツイッター・バーストの分析(by鳥海不二夫)やクアトロチョッキの研究(後述)を短く紹介して、SNSの共鳴箱効果などについて語る。「見たいものだけをみる」タコツボ化の傾向に対し、スマートニュースの鈴木健は、北米ユーザーに配信するニュースを選ぶアルゴリズムを変更し、共和党支持読者には民主党寄りの、民主党支持層には共和党寄りのニュースを適度に混ぜるようにして「保守とリベラルの分断を情報技術で解決したい」と語る。

 イタリアのIMTルッカ高等研究所の計算社会学者クアトロチョッキ(Walter Quattrociocchi)の「ネットの共鳴箱効果」が面白い。
 おもにSNSのエコーチェンバー(共鳴箱)効果――都合の良い情報だけを拾い上げてストーリー化する確証バイアスの強化により、少数意見が増幅される――についての研究報告。陰謀ダイナミクスの研究で知られるマーティン・バウアー(Martin Bauer)は陰謀論的思考は「準宗教的メンタリティ」と評する。
 陰謀論サイトの読者は、その虚偽を暴く情報に接すると、かえってその陰謀論サイトを読み続ける確率が3割高まるという。この悪質な確証バイアスを正す簡単な解決策は、現在のところ無いと〆る。

 特別リポート:未来の医療は、エイズ報道でピュリッツァー賞を取得したウォルドホルツ(Michael Waldholz)による「難病と戦う細菌ロボット」。ある細菌を、特定の状況でスイッチon/offする遺伝子回路を搭載した治療用ロボットに変える合成生物学の試み。

G・マーカス(→wiki:Gary Marcus)による新チューリングテスト。機械が「知的」かどうかを判定するいわゆる「チューリングテスト」は騙し合いゲームに陥る問題があるとして、それに代わる新しいAI評価テストを紹介。ウィノグラード・スキーマ・チャレンジ、I-athlonなど。それぞれ長所、短所、難易度、何に役立つかをコメント。
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『「VR」「AR]技術ハンドブック』 

 2016年はVR元年だったそうで、普及環境が揃ってきたので、ちょっと『「VR」「AR]技術ハンドブック』でVRの今をおさらいしておく。

リアリティ技術
 VR(仮想現実)でリアリティを得るための構成要素は以下の3つ。
①3次元空間性:3DCGや立体音響技術等により、「自然な」3次元空間を構成していること。主に高性能HMDを利用。
②リアルタイム性:ユーザのアクションで仮想空間内での相互作用ができること。モーションキャプチャや3次元ポインタ等の入力インタフェース技術を利用。
③自己投射性:普段の感覚と矛盾のない体験が仮想空間内でも実現可能なこと。

 以上の3つが揃って理想的なVRとなるが、過渡期の現在ではAR(拡張現実)やMR(複合現実)、SR(代替現実→関連ブログ)など、目的によってさまざまなリアリティ技術が派生している。

実現技術(HMDとモーションキャプチャ)
 HMDは、「ジャイロスコープ」「3軸加速度」「地磁気」の3センサで頭部の「傾き」「動作」「向き」を検知し(=ヘッドトラッキング)、それに映像を追随させることで臨場感を演出。液晶パネルと魚眼レンズで自然な視覚に近い像を表示。
 頭部だけでなく全身の動きをリアルタイムに検知してHMDに表示すると、極めてリアルなVR空間に没入できる。これを実現するのがモーションキャプチャ・コントローラ。
 例えば、YEIテクノロジーのPrioVRのセットは、複数個のセンサ・ユニット(上記3センサ含)「制御ユニット」「接続ケーブル」「装着用ベルト」等から構成。

VRコンテンツ
 現在、一般に普及しているVRコンテンツは主にゲーム分野。
 Oculus VR社の脱出ゲーム『I Expect You To Die』や、個人製作による戦略ゲーム『TACTERA』、ソニー・インタラクティブ・エンタテイメントが技術デモしたVRアバターチャット『Social VR Demo』がGDC2016で注目された。

今後の実現技術
 HMDによる視聴覚体験だけでなく触覚や嗅覚を用いた体験が研究されている。
 3次元触力覚(3D Haptics)技術をベースとした産総研の体感フィードバック付きゲームコントローラM-ORBは、銃を撃ったときの反動等、特定の振動刺激を与える。
 ほかにも、H2LのUnlimitedHand、電気通信大学の梶本裕之研究室による電気触覚ディスプレイ。

AR(拡張現実)
 ARは現実世界(のリアルタイム映像)にアノテーションを重畳表示したもの。
 撮影カメラの動きに合わせリアルタイムにアノテーションが動く(=マッチムーブ)。アノテーションは映像だけでなく音声や匂いも含み、追加(例えば口ひげ)だけでなく消去(口だけ消す)も含む。
 これまでアイヴァン・サザランドの「Ultimate Display」、歴本純一のNavicamや加藤博一のARToolkit(カメラからの入力画像から視点位置を計算)等が開発され、医療現場やスポーツ中継、カーナビ(例:パイオニアのHUD(Head Up Display)、ゲーム(例:ポケモンGO)等で実現化されてきた。

HoloLens
 マイクロソフトのHoloLensは透過型のHMDに3Dホログラムのアノテーションを表示する。
 単体で機能するAR(MR?)専用のPCで、センサからの情報を高速処理するHolographic Processing Unit(HPU)1.0とインテル製の32bitプロセッサを搭載し、OSはWindows10。カメラ×4、マイク×4、深度センサ、照度センサを含んでいる。
 Kinnectと同じ投射型深度センサ(CMOS)による測距システムで、部屋の壁や天井などを高精度で認識し、そこに仮想ディスプレイや3次元キャラを任意に配置できる。「網膜投射型」なので、近視・乱視の」人でも眼鏡無しに鮮明な映像が得られる。また、入力方法も視線移動やジェスチャ、音声、仮想キーボードなど多彩。

 第3部のデバイス編では、注視点ほど高解像度でCG映像をレンダリングする「フォビエイテッド・レンダリング」技術を搭載する次世代型のHMD「FOVE」や、Leap Motion社のジェスチャ認識デバイス「Orion」、安価型モーションキャプチャ・デバイスのPerception Neuron等を紹介。

「VR」の未来
 ゲーム開発Schell Games社代表のジェッセ・シェル氏の市場予測によると、2017年までに約800万台の「VRシステム」が販売され、モバイル向けにその4倍の台数が販売される。今後の動向は以下の通り。
①HMDの小型・軽量化(メガネの形状に近づく)。
②電力確保(バッテリの小型大容量化、充電時間の短縮[アルミニウム・バッテリ…])。
③VR空間の操作技術の進歩(ジェスチャ・コントロール等)。
④投影技術の進歩(コニカミノルタのホログラフィック光学素子、光学シースルー方式)
⑤嗅覚、味覚、満腹感の再現技術…クロスモーダル(感覚間相互作用)の利活用。
⑥Android N(ヌガー)ではGoogle Daydream―スモホVRモードをサポート予定。

 ネットでチェックしたところ、VR関係のニュースメディア、MoguraVRというのもある。



『日経サイエンス』2017年5月号 

 『日経サイエンス』2017年5月号は、表紙裏に産総研の広報記事。JSAI2016で開会挨拶をしていた辻井潤一が率いるAIRCは、司令塔となる「人工知能技術戦略会議」のもと、理研革新知能統合研究センターや情報通信研究機構と連携して研究開発を行っている→(→NEDO:AIポータル)。今後は2018年稼働予定の「AI橋渡しクラウド(ABCI)」との連携も進める予定。

 挑むフロントランナーではPEZY Computingの齊藤元章社長を取り上げる。曰く「今の1000倍高速なスパコンができると、データから抽出したパターンから新しい法則を自分で見つけられるようになる」「スパコンで科学の仮説を立て、スパコンで検証する時代になる」。これはICF2016での北野宏明のプレゼンにも通じる話。量子ニューラルネットワーク技術を発表した国立情報学研究所の山本喜久(ImPACT プログラムマネージャー)らと研究協力を進めている様子。

 NewsScanでは、シンシナティ小児病院医療センターのチームが、ヒト幹細胞から神経細胞を含めた機能する腸管の成長に成功した件など。

 第1特集のスタージェット計画は、ユーリ・ミルナー(→wiki)が資金援助し、ホーキングらが顧問として参加する、ケンタウルス座α星に宇宙線を送り出す計画。この構想で用いられる予定の宇宙ヨットは、強力なレーザー光を帆に受けて推進する。これは2010年に日本が打ち上げた「イカロス」で基本技術が実証されたもの。

 第2特集は言語学の新潮流
 M.トマセロP.イボットソン(英オープン大学)による「普遍文法は存在しない」。チョムスキーの普遍文法仮説は、言語学のフィールド調査による反証を受けて何度か改訂され、2002年には「計算的回帰性(再帰性)という特徴だけをもつ普遍文法を示した。「回帰的な埋め込み構造を作れるという能力が言語をほかのタイプの思考(カテゴリー化や物事の関係の認識など)と分けている特徴」であり、この能力が10~5万年前の間に起きた単一遺伝子の変異から生じた、と唱えた。しかし、回帰性なしで済ませるアマゾンのピダハン語などの例外が指摘されている。

 チョムスキー説の基本的欠陥は「子供が文を生成する能力を、抽象的な文法規則を用いて獲得すると想定していること」だとして、普遍文法説に代わる「用法基盤モデル(Usage-Based Model)」の優位性を示す。これはつまり、子供は言語専用でない、一般的な認知能力や他者の意図を理解する能力を用いて言語を習得しているという見方だ。(原文はScientific American 2016年11月号だが、これは一見、トマセロが2003年にConstructing a Language: A Usage-Based Theory of Language Acquisitionで唱えた説の要約でしかないようにも読めるが、何か新たな知見が加わったのかな?)。

 その他、キログラムを再定義する話や麻薬依存をイボガインで治療する話など。

 文中敬称略。