日経サイエンス2018年8月号 

『日経サイエンス』8月号は、メディアアート・ファン必見の特集号。

科学の森:サイエンスの創造的発展は、ギリシア文化圏では、アレクサンドリアのディオファントス(→wiki)を最後に停止し、アッバース朝発足後のバグダッド中心のアラビア文化圏に引き継がれる。但しその担い手はアラブ人というよりペルシア人やユダヤ人、トルコ人が多かったし、宗教もイスラムに限らなかった。12世紀に入ってからスペイン・トレドを中心にアラビア語訳されたギリシアの科学書をラテン語に翻訳する運動が盛んになる一方、オスマン帝国の興隆(13世紀末~)はイスラムの神秘主義化をもたらした。14世紀末以降、オスマン帝国に圧迫されたビザンチンから数多くの学者がイタリアに逃亡し、ルネサンスの華が開く。元ネタは伊東俊太郎の『12世紀ルネサンス』あたりかな(古いか)? アラビア科学の盛衰が超簡潔にまとまっている。

国内ウォッチ:汎用量子コンピュータ・ベンチャーのQunaSys(→techcrunch.com 2018.04.25)の中枢は、東大の楊天任(機械学習)と阪大の御手洗光祐(量子アルゴリズム)。いっぽう、ハーバードのアスプル・グジック(Alan Aspuru Guzik)らの設立したZapata Computingは、量子化学計算アルゴリズムの開発を目指す。ほかにも慶応大のIBM Q ネットワークハブ(→BUSINESS INSIDER Japan 2018.5.18記事)がオープン。

海外ウォッチ:グラフェンの用途。グラフェンパタンを服地や紙、パンにまで焼きつける試み等。ライス大学のJames Tourの実験では、最初の照射で物質の表面を焼き、アモルファス炭素(煤)を生じさせ、2回目以降で炭素原子をグラフェンのハニカムパタンに組織化。

特集:AIの身体性

勝手に学ぶ子どもロボットは、認知発達ロボティクスの最前線。
 知覚・行動・学習など人間のほとんどのふるまいは予測を立てて更新することに依存。頭頂皮質、側頭皮質など高レベル中枢から一次視覚野、外側膝状体といった低レベル処理中枢に向かう「下向き」神経接続は、「予測」を運び、知覚入力と出会って予測と実際の「見え」との違い(予測誤差)を生み出す。高次脳は予測誤差の情報を使って自らの予測を更新し、食い違いを解消するためにさらなる情報を集めようとする動作を選択・指示。
 仏国立情報学自動制御研のウデヤー(→wiki:Pierre-Yves_Oudeyer)によると、子どもは学習機会を多く提供するような物体を、環境内から積極的かつ巧みに探し出す。彼はコロンビア大学の認知神経学者J.ゴットリーブ(Jacquline Gottlieb)とともに、予測駆動型の内発的動機付けが人間の好奇心の神経生物学的基盤になっているかどうかもリサーチ中。
 阪大・長井志江のiCub(wiki(英))を使った実験によると、予測誤差を最小にするという動機のみで初歩的な社会的行動が引き起こされることもある。特定の自閉症患者は、予測誤差に対する感受性が高いために感覚情報に圧倒されると考えられる(→反復行動の原因か?)。長井は予測学習アルゴリズムを供えたロボットを人間と交流させる「認知ミラーリング」の研究を進めている。

 記事監修の谷淳(たにじゅん)には、認知ロボットの実験から考える「自己」とは?(Robot Watch 2009.12.17)のような記事もあって、認知発達ロボティクスの歴史を振り返ることができる。

 認知発達ロボティクスといえばロドニー・ブルックス。10年前?に読んだなあ。ROBOTEER 2016.10.16によると、今はRethink_Robotics会長として韓国のTPCメカトロニクスと提携し、韓国市場にコラボレーションロボット「ソーヤー」(Sawyer)を供給しているという。JIBOのシンシア・ブリジール(Cynthia Breazeal)も彼の弟子なのか。ソフトバンクのペッパーしかり、ここ数年、かなりの数量のペットロボットが市場に投入されたが、ユーザーの使用状況や不満は製品改良や次の開発にちゃんとフィードバックされるのかなあ。顔認証技術はすでに中国のほうが進んでいると聞くし。買ってもないのに言うのもナンだが、いろんな人がいろんなことを言うだろうし、すべてFBされる必要はないが、どういうユーザー意見が集まって、今後どういう風に開発に活かされるのか、そのあたりの事情が知りたいもんだ。導入はしてみたけれど…的な状況も数多くあったはず。『日経サイエンス』というより数多あるロボット関係誌が取り上げるべきネタだろうけど。「ロボット批評」が求められる時代だ。


 体で計算するコンピューターは、リザバー・コンピューティング(→wiki:Reservoir Computing)。「生物は進化の過程で、その環境における生存に役立つ計算を効率的に実行できるような体の構造を獲得した」と東大の中嶋浩平。
リザバー・コンピューティングはもともと、H.イエーガー(Herbert Jaeger)とグラーツのW.マース(Wolfgang Maass)が、ゼロ年代前半に提供したアイデアに始まる。(余談だが、W.マースは90年代にZKMでメディアアートっぽい活動をしていたようだ)。当初はニューラルネットのRNN(→wiki:Recurrent Neural Network)で計算負荷を減らすために考案されたアルゴリズムだったが、2007年にゲント大のシュラウウェン(Benjamin Schrauwen)が多様な非線形応答を示す物理系を使うことでも可能と考え、実際の物理系をリザバー(貯水槽)として用いる「物理的リザバー・コンピューティング」の概念を打ち出した。
 中嶋浩平は高分子シリコンを材料に3Dプリンタでつくった人工のタコ脚に自らを制御する計算(ここでは単純なパリティ・チェック)を実行。
 また、NASAのエイムズ研究センターでは、宇宙ロボットの制御にリザバー・コンピューティングを活用する試みを行っている(消費電力少なく、トラブル生じにくいため)。スーパーボールボットと呼ばれる試作品は、テンセグリティ(→wiki)の応用で、複数の棒をバネでつなぎ球状にした構造。バネの伸縮で変形しながら転がり動く。試作品の段階とはいえ、バックミンスター・フラーの魂が宇宙で蘇るというのは感慨深い。


 東大・國吉康夫らのグループは、物理的リザバー・コンピューティングの研究を進めている。同グループの新山龍馬によれば、感覚と運動のループは脳だけでなく、細胞、筋肉、脊髄、脳とあらゆる階層で動いている。
 京大・藤井啓祐と阪大・根来誠はNMR(核磁気共鳴)を用いた量子リザバーコンピューティングを研究中。藤井が2016年10月に京大数理解析研究所でおこなった?プレゼンの資料(→量子レザバーコンピューティング)が参考になる。

 リザバー、リザーバ、レザバーと表記ゆれが激しいが、映画ファンとしてはタランティーノの『レザボア・ドッグス』にならってレザボア・コンピューティングと呼んで欲しい(笑)。

 第2特集はエッシャーを超える 「ミラクルエッシャー展」のお供に、という感じかな。
 杉原厚吉(→wiki)による脳を裏切る立体。「脳は直角大好き」という仮説は興味深い。ほかの霊長類はどうなのか。大昔からそうなのか、はたまた直線的なものが環境に大量に増えた近代以降の脳の特徴か。

 自然界のエッシャーたちは、ゼブラフィッシュの縞模様がチューリング波で生成されることを実証した研究で知られる近藤滋が、「描く手」をとりあげている。「互いに描きあう」というモチーフと、「平面から立体化しているように見せる」というトリックは、本来なら両立が難しいが、これを「紙」の強調で解決。ムラサキシャチホコの平面状の翅で立体的に丸まった枯葉を表現する擬態はスゴイ。

 今を時めくヴァーチャルリアリティは、ここで取り上げられているような、錯視(→wiki)の研究の集積をベースに大きく成長して現在に至っている。

 自殺を防ぐによると、アメリカ疾病対策センター(CDC)の統計では、人口10万人あたりの自殺による総死亡者数は1999年から2016年にかけて28%増加。全米自殺予防行動連盟は2025年までに自殺率20%減を目標に掲げている。「どうやって」の部分は実際に記事を読むことw。ゴールデンゲートブリッジに自殺防止用の柵を設けるなど、アメリカでも「日本化」が進んでいる。

 文中敬称略。



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日経サイエンス2018年6月号 

 フロントランナー挑む:『胎児に刻まれた進化の痕跡』の著者、進化発生学(エボデボ)の入江直樹(東京大学)。『ゴジラ幻論 ――日本産怪獣類の一般と個別の博物誌 』等の著書がある倉谷滋の研究室にいたそうだ。生物の体に、変化しやすい部分と変化しにくい部分があることに着目、「予測性のある進化理論」の構築を目指している。

 NEWSスキャン:「ボノボは暴君が好き」は、進化人類学や動物行動学研究のある種の傾向に潜む擬人主義批判というか、後で出てくる「育ちが左右する自然観」と同じく実験に影響を与えるバイアスを問題にしている。「AIが作り出すリアルなフェイク画像」は、現在、グーグルブレインに関わるイアン・グッドフェロー(→wiki)らが2014年に発表した敵対的生成ネットワーク(GAN)。画像を作成する「生成ネットワーク」とその信憑性を評価する「識別ネットワーク」からなる。
育ちが左右する自然観」は幼児の環境教育に関わる比較文化論的実験。短く要約するのが難しいが^^;、要するに、アメリカの白人一般家庭で育った4歳児は、動物の玩具に人物属性を与える傾向があり、ネイティブ・アメリカンの家庭で育った4歳児は動物を動物としてとらえる、ということかな。白人/ネイティブ・アメリカン家庭の差だけでなく、幼児が動物が擬人的に描かれるTVアニメを視聴してきたかどうかという点も影響する(むしろそちらの影響のほうが大きい?)のではないかと思うが、詳しい実験内容はよくわからない。
脳のブレーキ」が面白い。PTSDのフラッシュバックや鬱病の強迫的マイナス思考等の侵入思考の問題は、思考の遮断を司る脳機能の障害から生じている可能性あり。通常、前頭前野に注目するところ、ケンブリッジの神経学者Michael Andersonらは海馬に着目し、海馬のGABA量により、思考抑制能力の予測ができることを発見。
DNAでできた時計」も要注目。テキサス大学オースティン校のDavid SoloveichikのDNA振動子(分子でできた時計)。人工細胞で生じる出来事のタイミング制御などにも使用でき、合成生物学のブレークスルーに不可欠になるかもしれないという。

「勝つための議論」の落とし穴:世の中には道徳的客観性、政治的客観性が存在すると考える「客観主義者」と「相対主義者」寄りの人がいる。ペンシルバニア大学Geoffrey P.Goodwinは、客観的・倫理的真実についての見方は、他者と相互作用する仕方を規定しているかもしれないと説いたが、記事の筆者陣は逆向きの実験を試みた。議論を「勝つための議論」と「学ぶための議論」の二つのモードに分けた場合、自分たちが実行している議論のモードが、議論している問題そのものに対する自分の理解を変えていると指摘。勝つための議論では単一の客観的に正しい答えの存在への信念を強化し、理解のための議論は逆に、異なる答えでも等しく正しい場合があることへの信念を強化する。
 記事の執筆陣にはエール大学の実験哲学者ジョシュア・ノーブ(→wiki:Joshua Knobe)がいる。ノーブの「実験哲学という実験」は2012年2月号。こういう思考/理解の科学とでもいうのか、科学と哲学の境界みたいな話はもっと増やして欲しいなあ。

 共感の功罪:共感にはおもに「情動的共感」、「認知的共感」(視点取得、心の理論)、「共感的配慮」(同情)の3つの主要構成要素がある。(フランス・ドゥ・ヴァールは、共感研究の先駆者という位置づけらしい)。ポール・ブルーム(→wiki:Paul Bloom(psychologist))の『反共感論』によると、認知的共感は素晴らしいが、情感的共感はないほうが良いくらい、という。

 頭のなかがぽややんとして、今月号はどうもうまく要約できない。最近、読みやすい本ばかり読んでいたせいか、それとも脳の老化が一気に来たのか? あるいは、今までちゃんと要約できていたつもりだったのが問題なのか^^;。より深い理解を得るためにはもっと関心範囲を絞ったほうが良いってのはわかってるんだけどね。または、あとでちゃんと読みたくなったときのための、ただのインデックスで良いような気もするしぃ・・ブツクサブツクサw。

【追記】18/06/23
 翌月号の「本の紹介」に出ていたスティーヴン・スローマンの『知ってるつもり――無知の科学』はよさげ。なるほど「説明深度の錯覚」かあ。

日経サイエンス2018年4月号 

 サイエンス考古学はベッセマー(→wiki)の鋼の精錬法。全製鋼プロセスが高速化し、コスト削減や品質改善につながった。
 1918年では、24h稼働するための電灯付き耕運機。トラクターといえば藤原辰史の『トラクターの世界史』(中公新書)は以前、読んだ。映画『新しき土』(→ブログ)を思い出したよ。1868年の地球の起源。うーん、ブログ:日経サイエンス3月号でちょろっと漏らしたアウトサイダーの感想ごときは、150年前にすでに言われてるw。昔も今も人が思うことはほとんど変わらない。

 海外ウォッチはプラスチックの大河に注目。現代アート界でもテーマとして扱われることが増えてきた人新世的話題。毎年800万トンものプラスチックが海に行き着いているという。マイクロプラスチック(→wiki)の話題がメディアで取り上げられる機会が増えてきたようだが、プラスチック繊維が占める割合は決して小さくないだろう。
 美術手帖『バイオアート』でも紹介されていた瀬筒秀樹の緑色蛍光シルク(クラゲの遺伝子を導入)は、すでにカイコの飼育が始まっている。しかし、バイオ繊維はなにもシルクだけではない。Wired 2017.10.10記事にあるようなバイオポリエステルの例もある。
 YCAMの『布のデミウルゴス―人類にとって布とは何か?』展を観てふと思いついただけだが、今年「維新150周年」の催しが相次ぐ山口市や県も、ここはマイクロプラスチックの問題は自分たちの責任と受け止め、バイオ繊維またはバイオプラスチックの一大研究開発拠点として名乗りを上げるというのはどうだろう。ファスト・ファッションの恩恵を受けているわけだし、新しい産業育成につながる可能性もある。「繊維」の維は「維新」の維!起こします、繊維維新!とかなんとか(キャッチコピーは若い人に任せる^^;)。市民・県民が一丸となって地球の環境改善に向けて、大きな課題に取り組んでいく、という姿勢は悪くないと思うのだが。まあ、アウトサイダーの思い付きでしかないが。

 いずれにせよ、過去を讃えるより未来をつくること。「歴史」は未来をリアルに考える上で役立ってこそ輝く。(だからこそ、歴史は未来のために粉飾するものではない)。

 from natureダイジェストは場所細胞関連。他者の空間認知システムの話。理化学研の藤澤茂義らの「同時場所細胞」研究にも触れている。

 特集 量子コンピュータ最前線。最初の記事には過去の経緯が短くまとまっている。光と超電導で挑む日本では、古澤明と中村泰信の研究を紹介。

 脳をザップ&ジップ~意識の有無を見分けるテストは、クリストフ・コッホのScientific American誌2017年11月号の記事。『意識はいつ生まれるのか』が話題となったジュリオ・トノーニ、マルチェッロ・マッスィミーニの研究を紹介。PCI値が0.31を上回っていれば意識があったという実験結果。PCI(Pertubational Complexity Index)はTMSパルス(→wiki:経頭蓋磁気刺激法)への脳の反応の多様性を示す。

 ヘビが手足を失ったわけ。ヘビについては人の恐怖感情との関係がオモシロイので、最新の研究結果を載せて欲しい(要望だけかよw)。

 モンゴルに牧畜犬をふたたび。モンゴルでは、野獣による捕食や気候変動への対策で、牧畜農家が放牧頭数を増やしたため、草原が食い尽くされて砂漠化が進行中だという。モンゴリアン・バンホールという固有の牧畜犬を導入し、野獣を遠ざけ、家畜損失を減らそうという試み。映画『オールド・ドッグ』(→ブログ)は、チベタン・マスチフが中国富裕層の間で高値がついて犬泥棒が横行という話だったが、いまや暴落し、野犬化して困っているという話も聞く。同じことが繰り返されなければよいが。

 略奪された女たちが変えた社会は、捕虜の考古学的研究。

 後半の記事はナショジオっぽかった。日経サイエンスがナショジオになる必要は全くないが、写真は大事よね。

 文中敬称略。