日経サイエンス2018年3月号 

 サイエンス考古学では、50年前のヘイフリック限界(→wiki)、バイリンガル脳、150年前のコレラ鎮圧でNY衛生局が用いた最も効果的な薬剤は石炭酸(フェノール)だったという話など。

 科学の森は、「サイクル」という基礎概念について。例としてカルノーサイクルやオットー・サイクル、ウィルソン・サイクル、輪廻を取り上げる。そういえば3月頭には、YCAMでマシュー・バーニーの『クレマスター・サイクル』が上映される。

 国内ニュースウォッチでは、水素資化光合成細菌や鉄酸化光合成細菌の両方が生む有機物をベースとした微生物生態系を想定した物質循環サイクルのモデル化(田辺英一ら)。特集の「生命の起源」にもかかわる話だ。

 海外ウォッチでは電気自動車普及によるコバルト不足の問題(2025年、販売台数1000万台推定でコバルト需要は33万トンに達する)。銃の問題点。ペルーの違法な金採掘がもたらす環境汚染。社会脳と脳の大きさの相関の話では、クジラ目と人類(霊長類)の脳の進化史を対比させる研究。

 fromネイチャーでは、化学工学者Thomas Schroederらによるデンキウナギの発電細胞に着想を得た人工電気器官。埋め込み型医療機器への電力供給などが考えられる。理研の田中陽氏らの研究(→IT MEDIA シビレエイで発電する、驚きの発電システムを理研が開発(2016.6.3))にも関係する話か?

 特集は昨今アツイ「生命の起源」。
 生命の歴史は地球史または宇宙史という全体像の一部として、地質学→化学→生物学という視点で語られることが増えてきた。いっぽう、『君の名は。』(→ブログ)の新海誠が以前、ツイッターで薦めていたジム・アル・カリーリら「量子生物学」系の動きも、徐々に盛り上がりつつあるようだ。

 一昨年、話題となった『生命、エネルギー、進化』の著者ニック・レーンは、生命は海底のアルカリ熱水孔で誕生したという、本特集でも言及されるNASAジェット推進研究所の地球化学者マイケル・ラッセルの説に賛同し、天然のプロトン勾配が生命の起源と結びつくと主張した。
 ショーン・キャロル(物理学者)の『この宇宙の片隅に』(邦題はどうあれwこれはアウトサイダーにとってなかなかの良書)第32章では、生命の発達の重要な第一歩は「複製」(エネルギー源は比較的豊富なので問題にならない)と考える主流派に対し、マイケル・ラッセルを、(生命誕生の)最初の重要な第一歩は「代謝」と主張する「少々型破りの」代表者として紹介し、その他の「代謝派」に、ウィリアム・マーティンやニック・レーンの名前をあげている。
 ベンジャミン・マクファーランド(化学者)の『星屑から生まれた世界』でも、「代謝(タンパク質)ありき」派と「複製ありき」派、「深海の噴出孔」派と「温泉」派の議論を取り上げている。化学屋の彼は「温泉」派。分子を変化させやすい太陽光の存在や、細胞内の元素組成が海水より温泉水に近いこと、乾湿サイクルを重視している。なお、「代謝ありき」説と「複製ありき」説では、イギリス国立分子生物学研究所の化学者ジョン・サザランド(→wiki)が「同時発生」説を唱えていて、彼はこれが有力だろうと言う。

 『日経サイエンス』特集の筆者たちも「温泉」派。「陸上の火山性の水溜まりと温泉には、生命に必要な材料と、相互作用と自然選択を促す乾湿サイクルがある」。デイヴィッド・ディーマーらは、酸性高温下での乾湿サイクルで10~100個のヌクレオチドからなる、リボ核酸に似た重合体が形成され、プロトセル(→wiki:Protocell)ができたことを報告。
「深海噴出孔」か「温泉」かの議論は、土星の第2衛星エンケラドスと木星の衛星エウロパの凍った海が生命の起源を探るうえで探査に適するか否かの判断に関わってくる。NASA所属のマイケル・ラッセルの、莫大な予算がつくことへの「期待」が、バイアスになってなければよいが、という議論も予想される。

 本誌の表紙にダーン!と「生命の起源 それは海ではなかった」と訴えているのは、ニック・レーンの著書の影響で「生命の起源は深海噴出孔」が、あたかも定説であるかのように語られることを防止する目的なのかもしれない。

 二つ目の記事は鈴木庸平(東大)/鈴木志野(→海洋研究開発機構(JAMSTEC)プレスリリース2017.7.21)によるCPR細菌の話。

「起源」とか「発祥」とかいう問題設定は、解答の実証が難しいもの。掘れば掘るほど新たな細菌やら生命と無生物の境界めいたものがうじゃうじゃ出てくるだろう。どこまで探求すればよいのだろう? そこに何が立ち現れるのだろう?

 もう一つの特集は「世界のイノベーション10」。
Scientific Americanと世界経済フォーラムの専門家が協力して選ぶ2017年度のエマージングテクノロジー。S運営委員会のメンバーには、脳科学者クリストフ・コッホやジュネーブ安全保障政策センターの世界未来プログラムを統括するN.アル・ロドハンhttps://wiki:Nayef Al-Rodhan、 インターネットの「父」の一人、ヴィントン・サーフ(→wiki)らの名前がある。

 あと、「バイオフィルムを退治する」と「新パワーズ・オブ・テン」が好かったかな。

 ブックレビューは、情報工学者の松原仁(→wiki)による『スーパーインテリジェンス』の紹介。最近は読みたい本が増えて困ってて^^;、本書も3分の1くらいで停止中なのだが、ボストロムが、エリエゼル・ユドカウスキー(→wiki:Eliezer Yudkowsky)を引用しながら、超絶AIがどうやって人類を攻略するか、みたいなシナリオを生なましく考えていくところが面白かった。

 昨今は「生命の起源」だけでなく「意識」への科学的アプローチも盛んになってきて、先述の『この宇宙の片隅に』でも触れていたし、『意識の進化的起源』という本も出ている。

 森山和道の「読書日記」でも、『脳の意識 機械の意識』(渡辺正峰)を紹介している。
 一回粗読したが、日本人科学者でもようやくこういう人が登場してきたかとちょっと感動していたところだ。まさに脳科学研究と人工知能研究のフィードバックループに実った豊かな果実だ。ライゾマの『border』(→ブログ)を観てアウトサイダーがなんとなく漠然と空想していたことを、ちゃんとした科学的知見と専門家の言葉で、具体的に語ってくれている。本書に出てくる「自然則」は、ショーン・キャロルの言う「適宜自然主義」と同じようなものかな(ちゃんと読み直さんといけんねw)。

 文中敬称略。

スポンサーサイト

日経サイエンス2018年2月号 

 これまであまり読んでなかったサイエンス考古学は、50年/100年/150年前のScientific American誌の記事をチョイスするコーナー。今回は(?)テック寄り。1968年の原子力経済。米国初の大規模原発設備であるカ州サンオノフレ原発(64年認可)に見られるよう、60年代半ばは原発の飛躍的前進の時代だった。1918年の記事は、日本の自動車稼働台数は2400台(17年末?)で、1916年は年間で218台、東京・横浜間の道路整備も進められ、アメリカが自動車市場として日本に期待を寄せている様子を伝えている。150年前のニトログリセリン事故のTIMES誌記事に宛てたアルフレッド・ノーベルの書簡というのも面白かった。なお、ノーベルのダイナマイトは、全世界の鉱業生産を飛躍的に向上させた。

 ワールドニュース。量子工学者モレロ(Andrea Morello)による500nmまで離れる量子ビットの設計。実働装置での量子ビットの制御が遥かに容易になる可能性あり。医学関連ではオハイオ州立大学のティシュー・ナノトランスフェクション(TNT)技術。細胞膜に微小な穴をあけ、そこからDNAを直接注入する新技術。宇宙関連では、キャリントン・イベント(1859年の太陽嵐→(wiki))以来の大規模な太陽嵐により、今後150年で20兆ドル!の経済的損害が生じる可能性を指摘する声が上がっている。技術進歩により太陽嵐への社会の脆弱性が増大すると想定した数理モデルの話も。

 人工知能特集のA.ゴブニックの「子どもの脳に学ぶ」。ゼロ年代以降のAIの潮流をボトムアップ方式(ディープラーニング)とトップダウン方式(ベイズ推定)の二つにまとめて解説。トップダウンは、ありうる仮説について既有知識とデータを組み合わせ、仮説の正しさへの信念度合い(主観確率)を修正する。
「アルファ碁ゼロの衝撃」ゼロは「人間の知識を使わず、人間の知識を使わずに大量の訓練データを自ら生成する」という。うーん、理解に時間がかかりそうw。コラムでは「AI普及のネック ブラックボックス問題」。

 日本版「量子」コンピュータの選択は、科学政策批評的な記事。内閣府ImPACTの開発した量子ニューラル・ネットワーク(QNN)[プロジェクトマネジャーは山本喜久]はどうやらD-WAVEの量子アニーリングマシン等と同様の古典コンピュータというのが、研究者にほぼ共通する見解らしい。並行計算の実行にビット同士をエンタングルメントで相関させるかどうかがポイントで、グーグルやIBM、デルフト工科大学、リゲッティ・コンピューティング、東大の中村泰信グループらが目指しているものとは異なる。
 日経サイエンス2017年5月号(→ブログ)のフロントランナーで取り上げられていたPEZY Computingの齊藤元章(森本宏特捜部長らが捜査中の助成金詐欺事件の容疑で先日、逮捕)がQNNプロジェクトと連携中とあったが、ひょっとして関係してないよね???。
 科学ジャーナリストを名のる人が日本に何人いて、どこから収入を得て暮らしているか定かでないが、たとえば大手新聞社の科学技術担当記者も、ただ単にノーベル賞受賞者の功績を一般読者のために噛み砕いて解説するだけにとどまらず、国の科学政策の決定プロセスを「見える化」して、後に問題化した際(または問題にならなくても)、一般人が「XXムラ」という決まり文句だけで批判しないような状況をつくりだす仕事をして欲しいものだ。

 科学の世界情勢2017 合理性の危機3本。1本目は、トランプ時代の科学否定傾向。政治的二極分化は、気候変動をめぐる議論にまで影響を及ぼしている。自分で吟味することなく、自分の属する集団の信条を支持するトライバリズムが蔓延。2本目はブレグジットの科学への影響。3本目は「中国の動機」。
 ウィルソン・センター(→wiki)のキッシンジャー米中関係研究所所長Robert Daly(→wiki)曰く「中国が総合的な国力を強めるにつれ、中国共産党が掲げる目標や、個人と組織、情報と国家の関係に関する その反自由主義的な考え方に従順な世界環境を形成しうるようになる」

 ただ、ここで言う「反自由主義」が想定する「自由主義」の中身は、もっと細かく具体的に特定された場合、議論がわかれる点が現れてくるだろう。
 われわれは意識する/しないに関わらず、強いものや勢いのある勢力のもつ価値観や考え方に染まりやすい傾向がある。アメリカやヨーロッパの内部分裂と中国の強大化を前にして、われわれが真剣に考えなければならないことは、読書人ウェブ 宮台真司・苅部直・渡辺靖鼎談 民主主義は不可能な理想かでも議論されている。

 ブックレビューで紹介された『デザイナー・ベビー』(ポール・ノフラー著)によれば、クローンES細胞論文捏造事件のファン・ウソク(→wiki)が中国でCRISPR技術によるマンモス復興計画に関わっているらしい。本書を読まずに言うのもナンだが、これを、一度大きな過ちを犯した科学者にもチャンスを与える中国の寛大さ、と解釈するか、それとも「こういう人にプロジェクトを任せるなんて、中国ヤバくない?」とみるか、だなあ。たとえば、中国が小保方氏に仕事をオファーした場合、日本の知識人は果たして何と言うだろう。あっさりと「結果を出すかどうかでしょ」と言うのか。あるいは、北朝鮮が仕事をオファーしてきた場合。

 広告で、ようやくニック・ボストロムの著作の邦訳が出たことを知る。720ページ!誰かエライ人、10分の1くらいに要約してもらえんやろかw。



 文中敬称略。

日経サイエンス2018年1月号 

「挑む」は「細胞の社会」という概念を打ち出した岡田節人(→wiki)の直弟子、高橋淑子。胚のなかで血管と神経を別々に遺伝子操作するという新技術で、自律神経の成り立ちに大動脈が欠かせないこと等を発見した人。今年4~6月に国立科学技術館で開かれた企画展は入場者数22万人を超えた。

 海外ウォッチでは、まず酸性脳と精神疾患。主に宮川剛による死後脳を調べた研究成果。今後の課題は、覚醒状態の生者脳のpH値が精神疾患の具体的認知・行動の変化にどう関わっているのか。
 悪評の恐怖は、Andy Vonaschらの心理学調査。人種差別傾向が「高い」という検査結果を聞いた人が、それを広く他人に知られるよりスーパーワーム群に手をつっこむほうがマシと答えた人は、「低い」と言われた人4%に対し30%。
 そのほか、トリクロロエチレンの分解能力を持つポプラをPDN3菌株で強化する話や酵母による排泄物有効利用(栄養素や樹脂に変える)の話など。

 natureダイジェストはアルファ碁ゼロの話だが、たぶん来月号の特集:AIの新潮流を読んだほうがよさそう。

 新連載の和田昭充(→wiki)による科学の森では、サイエンス思考を理解する上での出発点となるカール・ポパーの反証可能性概念とトマス・クーンのパラダイム論を短く要約。

 第1特集はマルチメッセンジャー天文学の幕開け。

 第2特集は統合失調症。精神医学ゲノミクスコンソーシアム(PGC)の研究経過。今のところ、新治療法につながる単一の原因遺伝子は存在しないという。統失の遺伝率(遺伝子が果たす役割の程度)が何を意味するのか、定義の明確化が必要という状況。
 むしろ胎児期の要因や幼少時のトラウマが遺伝子の影響を強めて発症リスクを高めることが示され、今後はそうした一連の手がかりをもとに研究を進める必要あり。統失の遺伝学・薬学研究と心理社会学研究(認知行動療法など)で投じられる研究費のアンバランスを是正せよという声があがっている。
 何を今さら、と思ってしまうのは、こちらがシロウトだからだろうか。

 もう一つは、糸川昌成・新井誠・宮田敏男によるカルボニルストレスの記事。統失発症者には、終末糖化産物(AGEs)がたまりやすい遺伝子変異をもつ人が少なくない。AGEsは動脈硬化を促進するなど生体にとって有害物。ビタミンB6(ピリドキサミン)はAGEsの排泄を促すという。糸川による「精神医学の疾病概念」、「内科的治癒と精神科的治癒の違い」のコラムは、精神的疾患の"モノ性"と"コト性"の両面性をわかりやすく解説。

 第3特集は男女関係の神話(「性とジェンダーの科学後編」)。ざっくりまとめると、男女の行動の違いを生物学上の性差に短絡するのは間違いで、環境要因が自然要因を上書きすると考えよ。一方、医学上の性差が大きいことはこれまで見過ごされてきた、ということかな。
 心理学者アンドレイ・シンビアン(Andrei Cimpian,NYU)と哲学者サラ・ジェーン・レスリー(→wiki:Sarah-Jane_Leslie)の記事は、統計的科学社会学、あるいは社会心理学のジャンルに入るのかな。全般的に理系分野に男性研究者が多く、文系分野に女性が多いのは世界的な傾向だが、アメリカの大学における2011年の博士号取得者を対象に、分野ごとに男女比や人種比率を調べ上げて傾向を示している。
 才能を固定的資質とみて、その有無が特に重視されると認知される傾向のジャンル(「哲学」や「数学」)では女性博士号取得者の比率が30%。一方で「美術史」では女性比率が80%。「哲学」では圧倒的に男性比率が高いが、関係の深い「心理学」では女性研究者の比率が高い。学問分野のジェンダー・バイアス、人種バイアスの問題を可視化する試みは興味深い。日本でも似たような傾向を示すような気がするが、たとえば中国ではどうだろう?
 成長マインドセット――つまり、才能は継続するうちに伸びるという考え方を社会に根付かせることが重要と〆ている。

 チャールズ・ファニーハフの内言の科学。ヴィゴツキー(→wiki)は、子どもの私的発話(独り言)は以前に他者とコミュニケーションした際に用いた言葉を計画的に流用したもの、と説いたが、ヴィゴツキー説から引き出せるポイントは、内言(つまり、声に出さない独り言)が、異なる視点の間でのダイアローグだということ。現代的な心理学実験手法とブレインイメージングにより、内言の基礎となる神経機構の一部が明らかになりつつある。

 科学史コーナー(新設かな?)では、19世紀半ばに始まった麻酔手術の話。