日経サイエンス2017年10月号 

 特集は日本海溝移動説
 日本海溝は西方(日本列島の方)に年間約1cmずつ近づいているとの新説が発表。東日本プレートの動きはフィリピン海プレートの動きによって支配され、日本海溝は西方に移動し、東日本内陸部の東西圧縮が生じる。これにより、東北地方の険しい山並みが形成され、東日本各地で内陸地震が起きているのだという。

 海外ウォッチ:顔認識のメカニズムについて。ブレインイメージングの発達で、側頭葉にある数か所の領域が顔に対する反応に特化していることが分かってきたが、カルテックのドリス・ツァオ(wiki:Doris_Tsao)らの研究によると、顔パッチ領域のニューロンは、顔写真を小さな領域に分割し、額の幅など特定の特徴をコードしている。各ニューロンがそれぞれ一つの特徴だけに反応する。たった205個の細胞で何十億もの顔を区別しているという。これはキアン=キローガのジェニファー・アニストン細胞(→wiki:おばあちゃん細胞)説を覆す可能性を示唆する。
 新しいiPhoneにも採用されたという顔認識。人工ニューラルネットの研究成果が脳科学研究にフィードバックされた例といってよいのかな?

 ポリエチレンを食べて分解するハチノスツヅリガの幼虫の話。この分解酵素を作り出しているのは幼虫そのものか、それとも消化管内の微生物なのかを調べるのが次のステップ。
 →(追記2017.9.18)「ポリエチレンが生物分解されたことの十分な証拠を示していない」と指摘された模様。

『若冲の科学』は、生物学者・倉谷滋と美術ライター・橋本麻里の対談で始まる企画。
 辻惟雄の『奇想の系譜』(→Artscape:Artwords)によって再発見された伊藤若冲は、ジョー・プライスのコレクションで世界的に知名度が上がり、2000年に京都国際博物館で開かれた『没後200年、若冲』で大ブームとなり、2013年には『鳥獣花木図屏風』がチームラボによってデジタルアート化され(→ブログ:チームラボin佐賀)、昨年春に東京都美術館で開催された生誕300年展は、最大5時間待ちの行列ができるほどの大盛況となった。
 伊藤若冲や歌麿の作品には、徳川吉宗の産業振興策と中国渡来の新しい絵画に刺激されて日本でも勃興した博物学の影響がみられるという。
 日本に伝わったばかりのプルシアンブルーが代表作『動植綵絵』の「群魚図」(1766)のルリハタにわずかだが使われていたという。プルシアン・ブルーは世界初の人工顔料で、1706年ごろベルリンで動物の角や血液を乾留した際に生じた黄血塩から偶然に生成された。若冲の時代には貴重品だったが、価格が下がった1830年代から日本でも一気に広まり、北斎の『富岳三十六景』の青空や川に使われた。
 その色の強さは天然顔料ウルトラマリンの10倍以上。鉄イオンの酸化・還元によって色が変わる特徴(ベルリンホワイトなど)があり、かつては青写真、現在では電子カーテンや電子ペーパー(エレクトロクロミック素子)等にも応用される。また、フレームワーク構造から有害物の吸着剤、リチウムイオン電池等の正極材料としても期待されているらしい。

 滝順一の「砂漠のダチョウ」では、立岩陽一郎や小川和久らが発起人になって、日本のFIJ(ファクトチェックイニシアティブ)が発足した話。

地衣類にみる共生の姿
 1860年代にスイスの植物学者シュヴェンデナー(→wiki)が、それまで植物とされてきた地衣類は菌類と藻類の共生体であることを発見。自分で栄養を作り出せない真菌類が、光合成で自活できるが根・茎をもたない藻類と共生している。地衣類は、桜の樹なんかにウメノキゴケとかよく見かけるが、わりと好きだったりする^^;。
 学位をもたない在野の研究者トレバー・ガワードは同じブリオリア属であるB.フレモンティとB.トルトゥオサが、同じ菌類、同じ藻類から構成されながら前者は食用・毛髪状で、後者が有毒プルビン酸を含むことから、第3の共生パートナーが存在する仮説を立てた。彼はそれを「細菌」と思ったが、実際には担子菌酵母だった。野生の研究者でも自然を綿密に観察することで従来の生物理解を一変するのに寄与する例もある、ということ。



スポンサーサイト

日経サイエンス 2017年7月号 

 表紙裏の見開きは国際科学技術財団の広報記事でJAPAN PRIZE。情報・通信分野ではRSA暗号のアディ・シャミア(→wiki)。生命科学分野ではCRISPR-Casによるゲノム編集機構の解明で、エマニュエル・シャルパンティエ(→wiki)とジェニファー・ダウドナ。
 フロントランナーは、早野龍五(→wiki)。今年から脳科学の酒井邦嘉と音楽教育の共同研究を始めたという。

 国内ウォッチでは、ImPACTの「高カカオチョコで脳若返り」に対する批判記事。BHQ(脳のヘルスケア度)という指標についても疑問を投げかける(by日経新聞科学技術部 遠藤智之)。

 海外ウォッチでは、自動運転車の実用化への動きが、それに必要とされるレーザー距離計(ライダー)を進歩させた件など。ピッツバーグ拠点のカータ(→KAARTA)という企業は、ライダーとモーションセンサー、プロセッサー、7インチタッチパネルを統合した携帯端末を開発。建築家や施工業者はこのコンターを持って現場を歩くと、その環境の3Dモデルを容易に作れるという。

 特集のトランプ対科学は、環境保護局(EPA)の予算を3割、国立衛生研究所(NIH)や農務省の予算を2割削減し、退役軍人省や国防総省の予算を増やしたトランプ大統領の方針に対して警鐘を鳴らす。問題は、大統領府の科学技術政策局(OSTP)局長となる大統領科学顧問に誰がなるか。
 たとえば神戸大・塚原東吾のコラムでは、「ケネディ政権のアポロ計画に始まり、ニクソン時代のガン征圧計画(NIHが巨大化してバイオテクノロジーが興隆)、クリントン政権下の「情報スーパーハイウェイ構想」(IT産業の興隆)、オバマ政権のEBMによる医療標準化といった国策のもとで、アメリカ人は科学を信じてきた。ところが、冷戦が終了した90年代頃から風向きが変わり、科学は「普遍的で万人のもの」というより「商業的で自己目的」的なもの、という見方が強まり、市民の間に科学を信頼しない傾向が強くなった。たとえトランプ大統領が失脚しても、その後、アメリカが世界の科学技術を牽引していくという秩序を再構成できるかどうかまだ分からない、という。

 長倉克枝の「ネットで軽くなる「事実」の重み」では、トランプ支持層が好むスティーブ・バノンの右派ニュースサイト「ブライトバート」を冒頭で取り上げ、東京五輪エンブレム問題をめぐるツイッター・バーストの分析(by鳥海不二夫)やクアトロチョッキの研究(後述)を短く紹介して、SNSの共鳴箱効果などについて語る。「見たいものだけをみる」タコツボ化の傾向に対し、スマートニュースの鈴木健は、北米ユーザーに配信するニュースを選ぶアルゴリズムを変更し、共和党支持読者には民主党寄りの、民主党支持層には共和党寄りのニュースを適度に混ぜるようにして「保守とリベラルの分断を情報技術で解決したい」と語る。

 イタリアのIMTルッカ高等研究所の計算社会学者クアトロチョッキ(Walter Quattrociocchi)の「ネットの共鳴箱効果」が面白い。
 おもにSNSのエコーチェンバー(共鳴箱)効果――都合の良い情報だけを拾い上げてストーリー化する確証バイアスの強化により、少数意見が増幅される――についての研究報告。陰謀ダイナミクスの研究で知られるマーティン・バウアー(Martin Bauer)は陰謀論的思考は「準宗教的メンタリティ」と評する。
 陰謀論サイトの読者は、その虚偽を暴く情報に接すると、かえってその陰謀論サイトを読み続ける確率が3割高まるという。この悪質な確証バイアスを正す簡単な解決策は、現在のところ無いと〆る。

 特別リポート:未来の医療は、エイズ報道でピュリッツァー賞を取得したウォルドホルツ(Michael Waldholz)による「難病と戦う細菌ロボット」。ある細菌を、特定の状況でスイッチon/offする遺伝子回路を搭載した治療用ロボットに変える合成生物学の試み。

G・マーカス(→wiki:Gary Marcus)による新チューリングテスト。機械が「知的」かどうかを判定するいわゆる「チューリングテスト」は騙し合いゲームに陥る問題があるとして、それに代わる新しいAI評価テストを紹介。ウィノグラード・スキーマ・チャレンジ、I-athlonなど。それぞれ長所、短所、難易度、何に役立つかをコメント。

『「VR」「AR]技術ハンドブック』 

 2016年はVR元年だったそうで、普及環境が揃ってきたので、ちょっと『「VR」「AR]技術ハンドブック』でVRの今をおさらいしておく。

リアリティ技術
 VR(仮想現実)でリアリティを得るための構成要素は以下の3つ。
①3次元空間性:3DCGや立体音響技術等により、「自然な」3次元空間を構成していること。主に高性能HMDを利用。
②リアルタイム性:ユーザのアクションで仮想空間内での相互作用ができること。モーションキャプチャや3次元ポインタ等の入力インタフェース技術を利用。
③自己投射性:普段の感覚と矛盾のない体験が仮想空間内でも実現可能なこと。

 以上の3つが揃って理想的なVRとなるが、過渡期の現在ではAR(拡張現実)やMR(複合現実)、SR(代替現実→関連ブログ)など、目的によってさまざまなリアリティ技術が派生している。

実現技術(HMDとモーションキャプチャ)
 HMDは、「ジャイロスコープ」「3軸加速度」「地磁気」の3センサで頭部の「傾き」「動作」「向き」を検知し(=ヘッドトラッキング)、それに映像を追随させることで臨場感を演出。液晶パネルと魚眼レンズで自然な視覚に近い像を表示。
 頭部だけでなく全身の動きをリアルタイムに検知してHMDに表示すると、極めてリアルなVR空間に没入できる。これを実現するのがモーションキャプチャ・コントローラ。
 例えば、YEIテクノロジーのPrioVRのセットは、複数個のセンサ・ユニット(上記3センサ含)「制御ユニット」「接続ケーブル」「装着用ベルト」等から構成。

VRコンテンツ
 現在、一般に普及しているVRコンテンツは主にゲーム分野。
 Oculus VR社の脱出ゲーム『I Expect You To Die』や、個人製作による戦略ゲーム『TACTERA』、ソニー・インタラクティブ・エンタテイメントが技術デモしたVRアバターチャット『Social VR Demo』がGDC2016で注目された。

今後の実現技術
 HMDによる視聴覚体験だけでなく触覚や嗅覚を用いた体験が研究されている。
 3次元触力覚(3D Haptics)技術をベースとした産総研の体感フィードバック付きゲームコントローラM-ORBは、銃を撃ったときの反動等、特定の振動刺激を与える。
 ほかにも、H2LのUnlimitedHand、電気通信大学の梶本裕之研究室による電気触覚ディスプレイ。

AR(拡張現実)
 ARは現実世界(のリアルタイム映像)にアノテーションを重畳表示したもの。
 撮影カメラの動きに合わせリアルタイムにアノテーションが動く(=マッチムーブ)。アノテーションは映像だけでなく音声や匂いも含み、追加(例えば口ひげ)だけでなく消去(口だけ消す)も含む。
 これまでアイヴァン・サザランドの「Ultimate Display」、歴本純一のNavicamや加藤博一のARToolkit(カメラからの入力画像から視点位置を計算)等が開発され、医療現場やスポーツ中継、カーナビ(例:パイオニアのHUD(Head Up Display)、ゲーム(例:ポケモンGO)等で実現化されてきた。

HoloLens
 マイクロソフトのHoloLensは透過型のHMDに3Dホログラムのアノテーションを表示する。
 単体で機能するAR(MR?)専用のPCで、センサからの情報を高速処理するHolographic Processing Unit(HPU)1.0とインテル製の32bitプロセッサを搭載し、OSはWindows10。カメラ×4、マイク×4、深度センサ、照度センサを含んでいる。
 Kinnectと同じ投射型深度センサ(CMOS)による測距システムで、部屋の壁や天井などを高精度で認識し、そこに仮想ディスプレイや3次元キャラを任意に配置できる。「網膜投射型」なので、近視・乱視の」人でも眼鏡無しに鮮明な映像が得られる。また、入力方法も視線移動やジェスチャ、音声、仮想キーボードなど多彩。

 第3部のデバイス編では、注視点ほど高解像度でCG映像をレンダリングする「フォビエイテッド・レンダリング」技術を搭載する次世代型のHMD「FOVE」や、Leap Motion社のジェスチャ認識デバイス「Orion」、安価型モーションキャプチャ・デバイスのPerception Neuron等を紹介。

「VR」の未来
 ゲーム開発Schell Games社代表のジェッセ・シェル氏の市場予測によると、2017年までに約800万台の「VRシステム」が販売され、モバイル向けにその4倍の台数が販売される。今後の動向は以下の通り。
①HMDの小型・軽量化(メガネの形状に近づく)。
②電力確保(バッテリの小型大容量化、充電時間の短縮[アルミニウム・バッテリ…])。
③VR空間の操作技術の進歩(ジェスチャ・コントロール等)。
④投影技術の進歩(コニカミノルタのホログラフィック光学素子、光学シースルー方式)
⑤嗅覚、味覚、満腹感の再現技術…クロスモーダル(感覚間相互作用)の利活用。
⑥Android N(ヌガー)ではGoogle Daydream―スモホVRモードをサポート予定。

 ネットでチェックしたところ、VR関係のニュースメディア、MoguraVRというのもある。