土居伸彰トークショー&ユーリー・ノルシュテイン特集 

 YCAMでアニメ研究科の土居伸彰のトークショー、及び旧ソ連の切り絵アニメの巨匠、ユーリー・ノルシュテイン特集。

 国際アニメーション祭『GEORAMA』(→ブログ:GEORAMA2014@YCAM)を主宰するなど、世界のあまり知られていないアニメを日本に紹介する土居伸彰のトークショーは、以前みた『この世界の片隅に』(→ブログ)の上映に続く催し。
 4回観たという土居は、本作は主人公すずの失われた右手を取り戻す試みだと指摘。人は個人的なリアリティを通してのみ作品に共感するという「想像力の限界」の話にも触れていた。

 『この世界の片隅に』で強い印象を残した映像――すずが時限爆弾によって、右手で手をつないでいた姪っ子を、右手と共に失った直後の、暗闇に火花が散るシネカリグラフィー――は、ノーマン・マクラレンへのオマージュだという。
 土居曰く、共感覚者だった(←Artwords:ヴィジュアル・ミュージック/モーション・グラフィクス)というマクラレンの『線と色の即興詩』(1955)↓


 ユーリー・ノルシュテインの特集は、以下の6作品。
 「25日・最初の日」(1968年/10分)はアルカージィ・チューリンとの共作。「25日」とは今年がちょうど100周年となる、1917年に起きたロシア10月革命の最初の日。ショスタコーヴィッチの交響曲11番/12番をBGMに、ジョルジュ・ブラックの都市イラストやマヤコフスキーの漫画をモチーフにしたデビュー作。

 「ケルジェネツの戦い」(1971年/10分)はイワン・イワノフ・ワノーとの共作。リムスキー・コルサコフの同名の間奏曲をバックに、ロシア正教のフレスコ画イコン(→wiki:イコン)や細密画の手法を用いた、平面性を強調した作品。

 「キツネとウサギ」(1973年/10分)は、ロシア民話をベースに、鮮やかな色彩と素朴さを併せ持つガラジェッツの民衆絵画を手法として用いた寓話アニメ。



 「アオサギとツル」(1974年/10分)は撮影監督アレクサンドル・ジュコフスキーとともに、北斎・広重の浮世絵・水墨画に特徴的な自然描写に倣って幻想的に仕上げた作品。

 「霧の中のハリネズミ」(1975年/10分)は、ノルシュテインといえばこれ、と語られる有名な作品。主人公はハリネズミのヨージックで、ほかにも小熊やミミズク、白馬、犬、魚、蛾の群れといった動物が登場する。深みのある映像は、多層のガラス面に切り絵を配置するマルチプレーンという手法で創出された。

 「話の話」(1979年/29分)は、複数のタッチで編まれた映像叙情詩的な作品。おもに灰色狼の子の視点で話が進むが、特にストーリーはない。それでも思わず引き込まれるのは、一つ一つのイメージが丹念に描かれて、動く絵画(及び絵が動くこと)の魅力をじゅうぶんに備えているから。温かみのある手の感触が伝わってくるような絵がほとんどだが、たとえば、母親の乳房にしがみつく赤子は、H・R・ギーガーのエアブラシ作品のように不穏な何かを感じさせる。揺りかごの赤子、牛のなわとび、雪の上のリンゴ……。

 文中敬称略。
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アニメ映画『この世界の片隅に』 

 チャチャタウン小倉にある小倉シネプレックスで、こうの史代原作・片渕須直(かたぶち すなお)監督のアニメ映画『この世界の片隅に』をみる。

 概要はこちら(→wiki:この世界の片隅に)。

 片渕須直のアニメ映画は、以前に『マイマイ新子と千年の魔法』を見ている。監督に随行してロカルノ映画祭やモントリオール(ファンタジア映画祭)まで行った防府在住の熱心な若い知人にチケットをもらったのだ。ただ、当時は宮崎駿や庵野秀明は見ていたが、アニメというジャンルに対してほとんど愛がなかったし、「ご当地アニメかよ」という色眼鏡もあって、ピンとこなかった。

 しかし、今回はおっとりのんびりの主人公すずのキャラや声優のんの魅力が大きく、結構よかった(い、いやマイマイ新子が魅力的でなかったというわけぢゃないよ^^;)。コトリンゴが歌う『悲しくてやりきれない』が、今でも時おり耳の奥でこだましている。ちなみに作詞したサトウハチローは、広島の原爆で弟を喪ったと聞く。

 作品は戦前~戦中期の地方の人びとの生活や風俗、考え方を丹念に忠実に再現しているようだ。交際期間もなく、いきなり見ず知らずの男性の家に嫁にいくことはざらにあったし、初夜を迎える嫁の心得について祖母から指南されることも、(たぶん)普通にあったに違いない。
 ほとんどの人は猫背気味だし、嫁の朝一番の仕事は天秤棒を両肩で担いで共同井戸に水を汲みに行くことだったし、兄弟・親子間でも友人間でも、殴ったり叩いたりといった暴力的な接触が多かった。

 主人公すずが嫁いでいく呉の北條家は、当時の田舎の民家にしては珍しく、書棚に本が多い。舅が広海軍工廠の化学系技師で、夫の周作は軍の事務官だ。一方的に見染められて嫁に入ったすずは、最初は夫・周作に昼間から戸外で求愛されると抵抗するが、時を重ねるうちに身をゆだねるようになる。

 「乱暴で粗野な軍人に無理やり嫁にされた女性がひそかに草食系に思いを寄せる」というのが、現代的または文学的な「政治的正しさ」のはずだ。しかし、この映画では当時の地方女子の一般的嗜好を忠実に反映して、幼馴染の軍人の方が明らかにモテている。

 すずは絵を描くのが何よりも好きな少女だった。
 危険も顧みずに、すずは対空砲火の5色の煙を「美しい」と感じ、常に持ち歩いているスケッチ帳に描き写そうとする。ちなみに対空砲火の煙は、実際にあのように5色に色づけられていたそうだ。そういえば『美術手帖』(2013年11月号)のインタビューで横尾忠則が、9歳のときに神戸大空襲で空が真っ赤に染まるのを見た記憶を振り返って「僕にとっての戦争は、そこから恐怖を外してしまえば、実はある意味でファンタジーの世界でしたね」と語っていた。

 この映画での戦争は、ゆっくりと日常に忍び寄ってくる。
 日本一の軍港だった呉では、戦艦大和を筆頭に多くの軍艦が建造された。真珠湾を襲撃した伊号潜水艦5隻は、呉の倉橋島から出撃した。しかし、幼い姪っ子は無邪気に戦艦の巨大さに感動するだけで、軍艦がどこで何をするのか無関心だ。戦場はまだ国内ではなく、遥か彼方の南方や中国大陸にあったのだ。

 私もかつて、イラン・イラク戦争時のイランを訪れたことがある。しかし、戦場から遠く離れた場所では、人びとは普通に暮らしており、オヤジたちはイラクからのミサイルが近郊に着弾しても、「ミサイルがあたるのは、よほど運が悪いやつだ」と笑っていた(→ブログ:映画『アルゴ』)。戦時中を実感させるものといえば、街角で見かける数多くの兵員服の男たちや、テレビの塹壕中継(当然、戦闘中ではない)、たまに見かける負傷兵の姿だけだった。

 映画では戦争が進むにつれ、次第に物資が不足し、食糧が配給制になるが、すずは野草を調理したり、楠公飯をつくるなどして一見、楽しそうにもみえる。しかし、昭和20年の春先には敵の軍機が飛来するようになり、空襲警報が増えていく(→wiki:呉軍港空襲)。それでもしばらくは、「空襲警報もう飽きた」と子供が言うほどで、切迫感が伝わってくる「戦時中」は、原爆投下までの1か月間に集中する。

 おっとりのんびりのすずは、昭和天皇の玉音放送を聞いて、それまで抑えていた感情を一気にほとばしらせる。

 エンディングロールが終わった後に登場するものに、観客は驚愕するに違いない。

 『シン・ゴジラ』といい『君の名は。』といい、本作といい、今年は邦画の当たり年。何が起こったのだ? 日本映画いよいよ「覚醒」か?

 ※余談だが、母方の伯父は、真珠湾攻撃に参加した航空母艦の機関士を務めていたと聞いたことがある。伯父はその後、戦地を巡って呉に帰還。結婚して間もなく妊娠した妻(つまり義伯母)は、本作のすずと同世代で、呉まで伯父に面会に行った帰り、広島駅で被曝した。トイレにいたため直接、光を浴びず一命をとりとめたが、胎内にいた子(つまり従兄弟)とともに原爆症を抱えた人生を送った。伯父は戦死をまぬがれたが、復員輸送艦で働いている最中に病気で倒れ、戦後間もなく亡くなった。従兄弟は50歳を迎えることなく白血病で病死。義伯母はその後、3年前に86歳で他界した。

 文中敬称略。

新海誠『君の名は。』 

 地元の映画館で新海誠のアニメ映画『君の名は。』をみる。新海誠のアニメはほかに『ほしのこえ』しか見ていない。少年少女向けのアニメは年齢的に距離感をもってみてしまうが、悪くなかった。

 男女の身体が入れ替わるという話は考えてみると相当にエロティックだ。また、宮水神社の巫女として神に仕える三葉は神楽舞のあと、ご飯を口に含んで唾液で発酵させる「口噛み酒」の儀を執り行わなくてはならない。宗教に縁遠い現代人からすれば「おぞましい」慣習にみえる。しかし、三葉の身体に入った瀧が自分の胸をもみしだく場面も、「口噛み酒」の「気持ち悪さ」も妹・四葉のツッコミで笑いに転じられる。

 本作品は宮崎アニメのようなファミリー層向けではなく、中学生~大学生くらいまでの「両性」をターゲットにしているようだ。男性オタク向けでもないし、女性のみにターゲットを絞った作品でもない。どちらかといえば女子向けだが、だからといって男子が見てウンザリする類の女子向け映画とも違う。パンチラなど男子向けのサービスも下卑ない程度に用意してある。おそらく中高生のカップルや恋愛に憧れるボッチの男子・女子が母親の目を盗んで見に来ることを期待する映画だろう。そういえば三葉にも瀧にも母親がいない。これは「お母さんは見ちゃダメ!」という隠れたメッセージだろうか?。

 三葉と瀧の身体が入れ替わったことに特別の理由はない。三葉が「生まれ変わったら東京のイケメン男子になりたーい」と願っただけだ。三葉は巫女なので特別の能力があったかもしれない。しかし、朧が選ばれた理由は東京在住でちょっとイケメンだったというだけだ。見ず知らずの男女の理由のない入れ替わりが、互いに互いの身体や人となりを知るうちに仄かな恋愛感情を育んでいく。これはいわば行きずりのロマンティックなワンナイトラブが、相手を知るうちに情が移って……という成り行き的恋愛のメタファーでもある。理由がないからこそ、二人の「出会い」は彗星のかけらが落下して死ぬことに似た、「運命」と言っていいほどの、億に一つの可能性の実現だ。

 映画には、部屋と廊下を分ける敷居や、電車とホームとの間を隔てる自動ドアのガイドレールが、ローアングルで何度も繰り返し登場する。それは空間の切断を意味する。観客はやがて、二人の暮らす世界は空間的な距離の隔たりだけでなく時間的な隔たりもあることに気づくことになる。

 組紐がうねるような印象的なシーンが出てくるが、そのシーンの作画・演出は四宮義瞬(→公式サイト)。



 高校生の男女の身体が入れ替わる話は大林宣彦監督の映画『転校生』(→wiki)の設定と同じだ。とはいえ、平安後期に書かれた『とりかへばや物語』などの例もあり、日本の伝統的な想像力の一つを引き継いでいる。

 また、タイトルを聞いてすぐ、過去にそういう題名のドラマがあったような気がしていたが、 BuzzFeed山崎春奈の記事(2016/09/07)が62年越しの“因縁”と題して、菊田一夫原作、岸惠子&佐田啓二主演の恋愛映画『君の名は』3部作(→wiki)の最終話が初代『ゴジラ』と同じく1954年に公開され、映画配給成績第一位を獲得した話を紹介していた。『君の名は』が『ゴジラ』を抑えて第一位となったのは、女性観客の動員力と見るべきだろう。

 記事に説明はなかったが、本作の主人公、瀧と三葉が再会しようとしてもなかなか会えないという設定は、54年の『君の名は』で岸惠子と佐田啓二が再会しそうになってはいつも不都合が生じて会えないという設定とかぶる。また、ティアマト彗星とそれに伴うダストストリーム(流星群)は、54年の『君の名は』における東京大空襲の焼夷弾を想わせる。夜空を彩る実に美しい流星群は、焼夷弾と同様に町や人に死をもたらす。戦争という「大きな物語」と男女の恋愛ストーリー(=小さな物語)のコントラストが、新海の特徴である宇宙や時空の「超大きな物語」と「小さな恋話」とのコントラストに置き換わっている。

 庵野の『シン・ゴジラ』(→ブログ)の話は企画段階から新海や製作委員会のメンバーも当然知っていたはずだ。どこまで内容に影響を与えたか定かでないが、少なくともタイトルは映画配給成績第一位の願掛けという意味でも意識したのではないか。

 だとすると、岡本喜八らの良質な邦画の伝統をリスペクトしながら初代ゴジラをリニューアルした『シン・ゴジラ』と、昔の『君の名は』シリーズや大林宣彦作品にオマージュを捧げる『君の名は。』は後年、いわば一つの組み合わせとして振り返られることだろう。2016年の日本映画といえば、という形で。特殊効果を得意とした庵野と風景描写の緻密さが特徴の新海誠。映画の「周辺」だったはずのアニメの、そのまた周辺部で能力を発揮して頭角を現してきた二人が、今や興行面でも日本映画の復興を担うに至ったという、サクセス・ストーリーが期待されたのだ。

 文中敬称略。

 追記2016/10/15
 新海誠の奥さんは三坂知絵子(成宮観音)だというニュースを聞いて少しばかり驚く。