第6回ニコニコ学会βシンポジウムメモ(後編)  

 ニコニコ学会βシンポの続き(前編はこちら)。

Ⅳ.研究100連発~人と機械を繋ぐ

 座長は"光学迷彩"稲見昌彦とユカイ工学代表の青木俊介

 一人目は、『ヒューマノイドロボット』の著者で産総研の梶田秀司。ご存じ、HRP-4C未夢の人。1984年頃から2足歩行ロボットを研究してきた。96年のホンダによるP2の発表、98年通産省による人間協調・共存型ロボットプロジェクト等、2足歩行ヒューマノイドロボット史を語り、中野倫靖・後藤真孝らと取り組んだボカリス(vocalListner)やVocalWatcher――人の歌唱する際の表情を手本にロボットの顔動作を自動生成するシステム――を用いてHRP-4Cに歌をうたわせる試みをプレゼン。

 続いて筑波大学で触力覚、歩行移動感覚等の身体感覚呈示技術を研究する岩田洋夫
 外界と相互作用する部位のうち、空間認識にとって極めて重要な「歩行感覚」について20連発。初期のロコモーション・インタフェースVirtual Perambulator(ヴァーチャル乳母車)は、1996年には船舶災害時の避難シミュレータとして応用された。
 その後、床の方が歩いてしかるべき、という発想から1997年頃よりTorus Treadmill――ベルトコンベアを数珠つなぎにして任意の方向に好きなだけ歩ける前後左右に動く床――を編み出し、改良して階段などの凹凸面の提示を可能にしたGait Masterは歩行リハビリに応用された。また、タイルの下に全方向の移動機構を取り付け、歩行方向にタイルが迎えにくるRobot Tileを開発。2009年には導電性繊維クラロンで足位置を計測してどこを踏んでいるか位置がわかる床を原研哉とコラボしてつくり、Tokyo Fiber展やミラノ・サローネ(国際家具見本市)で披露した。最近はロボットタイルで飛び石を表現したロボット飛び石(日本科学未来館「零壱庵ーデバイスアートコレクションで展示)やウェアラブルな歩行デバイスのパワードシューズ、歩行型メディアビークルのケンタウルスなどを創造している。



 岩田は1996年と2001年のアルス・エレクトロニカGPインタラクティブ・アート部門で入賞。メカトロや素材技術を駆使してテクノロジーの本質を示す"デバイスアート"という芸術様式を提唱している。↓は-デバイスアート作品の制作をサポートするDevice Art Toolkitの解説。
 

 今後、触覚メディアの研究は、デバイスアートのほか、医療・福祉関係では外科医の育成を目的とした手術シミュレータや歩行リハビリへの応用、スポーツ選手の強化などにも可能性を拡げていくという。

 3人目は、産総研のデジタルヒューマン工学研究センター長を務める持丸正明。デジタルヒューマンモデル(コンピュータ上の人体モデル)Dhaibaによって、人体形状の個人差生成等をおこなっている。応用範囲は極めて幅広く、衣服や靴、眼鏡など人が身につけるものの設計や化粧方法、車やスポーツ器具、マウスなど人が用いる道具・器具の設計など。
 たとえば、世界中のいろんな体形の人が車に乗り込む際の体の動かし方をシミュレートして、車の設計に活かしたり、子どもの火遊び防止のために、老人には押せるが5歳未満の子どもの力では押せないCRライターをJIS化したり、といった数多くの産業的実績がある。さらに、アシックスと協働で、ゴルフの飛距離を伸ばすためのシューズを開発した。
 現在ではサービス現場で、足のサイズ等の個々人の特性を計測して、計測データを収集し、人間特性データベースを構築する試みを進めている。これはまさに"健康のビッグデータ"で、2009年8月24日におこなわれたシンポジウム「健康データの活用 ~新サービス・ものづくりへの展開~」の基調講演の資料、「健康データの持続的蓄積と再活用技術」にも密接に関わる話だ。

 4人目は名古屋工業大学教授の佐野明人。触覚情報処理や触知覚の研究では、身体に密着して触覚を数倍に増幅させることができる触覚コンタクトレンズ(トヨタとの共同研究)、硬いプラスチックの表面にへこみを設けて柔らかい質感を得るソフトフィールグレイン(ニッサンと共同開発)等の研究成果を披露。
 また、受動歩行――つまり、センサーやアクチュエーター、制御を一切用いず緩やかな下り坂の重力効果だけで歩行を実現する――という新しい分野を切り拓き、「世界で最も長く歩いた受動歩行ロボット」としてギネス世界記録を保持している。
 受動歩行ロボット"ブルーバイペッド"


 また、受動歩行を応用して、モーターやバッテリーを一切使わずに歩行を補助・支援する装具、ACSIVEを開発。歩行障害をもつ高齢者の支援やリハビリに使用されることが大いに期待されており、2014年秋に商品化予定という。


 最後は、世界的にも知名度の高い石黒浩。アート・ファンには、平田オリザとのコラボによる「ロボット演劇」で知られる。
 人の脳は人を認識することに最も使われており、人にとって最も理想的なインタフェースは人であり、人の研究、人間型ロボットの研究はインタフェースの原理を探求する研究でもある、として、不気味の谷を突き進むリアルなヒューマノイドロボットを研究してきた。
 その「不気味の谷」の脳科学的効果も研究しており、不気味の谷=人間の認識における側抑制効果説を唱えている。
 1999年頃からセンサー・ネットワークと遠隔操作ロボットの組み合わせをフィールド実験し、一方で無意識的動作と反射的動作を研究、高島屋で女性型ロボットにカシミアのセーターを接客販売させる試みを実施。いわく「アイドルはもうアンドロイドでいいかもしれんね」。石黒浩といえば本人のアンドロイドで有名だが、米朝師匠をアンドロイドにして落語させたりもしている。
 クラウドで知能を実現する話は、すでにiPhoneのSiri等の例があるが、要するに類似する話題はネットワーク上の知識を用いる、つまり、概念的な理解はwikiから調達すればいいし、関連対話の選択は検索すれば良い。対話内容が理解できないときは「そんなん聞かんといてえ」と言ったら次の話題に移るしかない。感情によって人とのつながりを維持すること。
 確かに昔は自動販売機が喋ると「こんなの無意味」と思っていたが、今では長距離ドライブの最後にカーナビから「運転、お疲れさまでした」と言われるだけでも心が癒されるようになってきた^^;。人間サイドも徐々に自分たちに似た機械に馴らされつつあるのだ。

 ロボット演劇については、リアルな演劇や現代口語理論から複雑な社会的状況における人間らしいふるまいを学び、状況・目的に依存した人間らしさの表現の技術を抽出する試みなのだという。ほかにも、
・対話ができる"キモかわ"テレノイドのデンマークや日本の高齢者施設における実証実験
・抱き枕型通信メディアのハグビー(Hugvie)を抱いて話をするとストレスホルモンのコルチゾールが減少することが実証された話
・新生児の身体運動はランダムで、徐々に定型的な運動が発生し、その後、定型的な運動の組み合わせによって複雑な動きが可能になるのだが、そのプロセスをロボットでシミュレーションして確かめる話、など。

 5人ともヒューマノイド型ロボットを研究しているが、それぞれにフォーカスするポイントが異なる。2足歩行ひとつ取っても複数のとらえ方があって興味深い。恐らくこれらの高度な取り合わせが未来のロボットを創りだすのだろう。

 百連発でお腹いっぱいなので、2日目のダイジェストはパス。とはいえ、メディア・アートmeetsスポーツというか、未来のスポーツを考える、というのは面白いテーマである。RunKeeperなど、エクササイズを楽しくするスマホアプリが数多く登場しているが、メディア・テクノロジーの応用によって、知覚だけでなく運動のかたちまで変容させる試みが期待される。

 落合信彦の息子で魔法使いの落合陽一や、未踏クリエーターの矢倉大夢など、若い世代のメディア・アーティスト/クリエイターに活躍の場が与えられているのは好い。人はなんでも"経験"を積み重ねて上手になる。研究者たちにとってもプレゼンテーションだけでなく、学術系イベントを盛り上げ、意義あるものにしていくためのコーディネーション、ファシリテーション、モデレーション、トークの"技"を磨く良い機会となるだろう。
 "野生の研究"は"百連発"で紹介される「スゴい」研究に比べると、どうしても見劣りしてみえるが、職業研究者の場合は多額の研究費や、実験に伴う労務を担ってくれる院生ほか、さまざまな協力体制が揃って成り立っていることを忘れてはならない。ただ、そのハンディキャップを乗り越えるスゴイ野生研究者が登場することへの期待こそが、ニコニコ学会βの魅力を支えている。
 江渡浩一郎はどこかで「ニコニコ学会βは5年続ける」と述べていた。確かに5年間続けば、野に埋もれたマッド研究者たちやスゴいクリエーターがかなり発掘できるだろうし、そうした在野の"異能者"たちを発掘・活用する試みが、ほかにもいろんな形で社会に現れ、イノベーションを促す仕組みとして機能するようになるだろう。
 国はすでにU-20プログラミング・コンテストやセキュリティ・キャンプ等、IT関係の若い才能を発掘する試みをおこなっているが、いろんなしがらみで改革が困難な学校教育とは異なるエデュケーション・システムや登竜門システムが、今後もさらにいろいろと社会に立ち現れることが望まれる。

 以上、敬称略。

【追記 2014/5/26】
 なんと!タイミング良いことに、総務省が奇想天外でアンビシャスなICT技術課題に挑戦する人(通称:「変な人」)を財政支援する試みを始めるそうだ(⇒総務省報道資料(H26.5.22)。いや~、日本がどんどん(オモシロ)おかしくなっていくw。
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第6回ニコニコ学会βシンポジウムメモ(前編) 

 2014年4月26-27日に開催された第6回ニコニコ学会βシンポジウムをタイムシフト試聴。極私的ダイジェストを作成しておく。
 前回、2013年12月21日に開催された第5回シンポジウムの記録はこちら(⇒【前編】 ⇒ 【後編】百連発以降】)。

Ⅰ.このマンガ研究がすごい!

 座長は「オタク文化研究」で名高い明治大学 森川嘉一郎研究室に所属する宮本亮平
 藤本由香里(明治大学)は世界の漫画事情の報告。アメコミでは著作権は出版社に属し、完全分業制になっているため、ヒーロー共演も自由で、あるキャラクターを今度は別の絵師に描かせるといったこともできるという。ヨーロッパのBD(ベーデー)―バンドデシネは格調高いハードカバーで、圧倒的な画力、色彩で場面を転換させていく(ホドロフスキーもメビウスと組んでBD作っている)。中国における国家主導の「動漫」成果展『知音漫客』―300万部。

 文化庁メディア芸術デジタルアーカイブ事業を受託した(株)寿限無のコーディネーター、池川佳宏によるマンガ・アーカイブ事業の途中報告。京都大学大学院博士課程の日髙利泰による「少女マンガ」としての分化は自明ではない、恋愛モノ=少女マンガというイメージはどこから来るのか、という話。

 以上3名による共同研究。日本の漫画初のキスシーンは1949年の手塚治虫「拳銃天使」。ただし、その後ほとんど定着せず、「性」はタブーのままだった。1963年~64年にキスシーンが急増、西洋的文脈を利用するなどして、はじめは「挨拶」として、ちょっとずつ既成事実化していった。「全集版ではかかとがあがっていない」――書き換え問題。

 手塚の性表現規制史。1957年『複眼魔人』―1970年『やけっぱちのマリア』。赤田祐一ばるぼら『消されたマンガ』鉄人社。占領期にGHQの検閲を受けた書物のアーカイヴ―プランゲ文庫。昭和漫画館青虫

 90年代後半以降、大学にマンガ学部がいくつも設立され、日本マンガ学会が発足するなど、マンガ研究やアニメ研究が加速度的に盛んになってきた。三輪健太朗の『マンガと映画』などを読むと、日本のマンガ研究がかなり厚みを帯びてきたことが感じられる。

Ⅱ.科学と魔術

 座長はニコニコ学会βの元締・江渡浩一郎
 まず初めにマジシャン高橋ヒロキによる映像トリックを用いたタイムトラベル・マジック。いわく「特撮SFXの元祖、メリエスはマジシャンだった」。


 世界最初期の映画であるリュミエール兄弟の「ラ・シオタ駅への列車の到着」(1885)(→wiki)では、動画映像に慣れていない観客が迫ってくる列車のリアルな映像に驚愕したと言われている。映画というメディア・テクノロジーも当初は、マジックの一つとして受け止められた可能性がある。
 次に前回、研究100連発に参加した藤井直敬(→ 前回)のSRシステム。

 続いてJohnHathway(ジョンハサウェイ)―JH科学は、空想と科学の境界領域でいろいろ創っている人。
 フォトショップで1000枚~4000枚のレイヤーを重ねて作ったイラストが細密でスゴい。看板などの文字情報やキャラの情報量、空間情報量、立体としての知覚の情報について、束縛条件や制限を設定したうえで情報量を最大化させる連立方程式を解く、という方法で科絵画を構築する、というもの。
 また、2007年頃に研究したという「量子ツインテール力学」が面白い。女子のツインテールに対する「萌え」の研究で、角度依存性――どういう角度で見えると最も「萌える」か――では130度という解が得られたそうだ。ほかにも、真空管ヘッドフォンやスーパードルフィーの形をしたサーボ肩自由度関節、顔型端末、顔認識調整専用ソフトなどを自作している。マッド・サイエンティストというか、マッド・サイエンティフィック・クリエイターというか。


 科学と魔術――マジック――は表裏一体をなして共進化してきた。そもそも両者は相反するものとして考えられてこなかった(今でも「見方によっては」相反するものではない)。啓蒙時代以降、両者を厳密に分けようとする力が強く働いたが、現代に到っても、科学を僭称する疑似科学が後を絶たない一方で、マジックは科学的な種明かしを不粋なものとして退けることで、無垢な観客を驚かせ喜ばせてきた。マジックはいわば、認知科学や数学の実践の一つのかたちだと言うこともできる。たとえばトランプマジックひとつ取っても『数学で織りなすカードマジックのからくり』を読むと、ギルブレスの原理などの数学的理論がそのいくつかの裏に横たわっていることがわかる。
 また、19世紀前半に、今日の映画やアニメーションの基本技術の原点となったフェナキスティスコープを発明したのは、ベルギーの物理学者・数学者のジョゼフ・プラトーだった。
 現代すでにあるトリックアートミュージアムのアトラクションとして、あるいは全国各地にある遊園地やテーマパークで、こうした新しい科学やテクノロジーを駆使したあっと驚く"遊具"がどんどん生まれていって欲しい。

Ⅲ.作品に宿る『本物っぽさ』の謎に迫る

 座長は学術系イベントプロデューサーの山田光利
 最初の登壇者は成安造形大学イラストレーション領域の小田隆。古生物学者の論文や意見から恐竜などを復元して図鑑等に用いるイラストにする美術解剖学の第1人者。成安造形大学美術領域現代アートコースの学生たちによる阿修羅骨格像が面白い。
 続いて空想神話屋の枇々木聖。架空の楔形文字で架空の神話を実際に粘土板に刻むのだが、神話の背景をリアルにするために世界のシミュレーションをつくる。たとえば、粘土板をアンカーにして、粘土がとれる土壌はどうやって形成されるのか、川の氾濫が起こりやすい地形や気候とは?などと考えて空想世界の解像度を少しずつあげていき、住民の特性や行動パターン、さらには人口変動や文明発展、歴史にまで及んでいくのだという。

 3人目は『みんなの空想地図』の著者で、タモリ倶楽部にも出演した空想地図作家の地理人。小学校1年の頃に始めた実在しない都市の地図をどんどん膨らませていった結果だという。
 授業がツマンナイと教科書やノートに鉛筆でパラパラ漫画やイラストや文字を落書きする経験は、誰にもあるに違いない。私の場合は、羊腸のごとき迷路や触手の多いモンスターで、後にカリグラフィーっぽいものに変わっていった。
 アール・ブリュットの多くも、通常は成長するにしたがってやめてしまう、そうした幼少期の自発的な原初的創造の習慣化が嵩じて成り立つのではないかと思う。地理人の場合、発端となった落書きが、架空の街の地図だったのだろう。アール・ブリュットと呼ぶにはあまりにも知が勝ちすぎるが、アール・ブリュットではないのだから、もちろん悪いことではない。
 それにしても、間取りを含む不動産物件情報やバス路線図、鉄道ダイヤ、住民票、架空紙幣、架空公文書、架空の名物料理とそれを紹介するグルメ雑誌までクリエイトするというのはスゴイ。架空の商業施設や飲食店のロゴまでデザインし、しかも80年代CIブームであまり予算かけずにつくりました風のロゴに仕上げるというのは、超人的マニアである。

第5回ニコニコ学会βシンポジウムメモ(後編) 

第5回ニコニコ学会βシンポジウムメモ(前編はこちら

Ⅲ.研究100連発

 座長は"光学迷彩"の稲見昌彦(→Tech総研によるインタビュー

 東京大学 名誉教授の伊福部達日本バーチャルリアリティ学会の会長で福祉工学の重鎮。音響学や電子工学など幅広い領域で優れた業績を残している。なんと、ゴジラの映画音楽で有名な伊福部昭の甥にあたる。日本人のたぶん誰もが何度となく聴いたことのある「緊急地震速報チャイム」を制作したほか、抑揚のある「人工喉頭」や触知ボコーダー、触覚ジョグダイアル、話速変換型補聴器、スクリーンリーダー、音声を触覚で操作するiアプリ「ゆびで話そう」等々の開発も手掛けている。その原点には叔父・伊福部昭の映画音楽とアイヌの歌や音楽への共感があるという。蝋管レコードの再生技術への取り組みは、NHKの番組「ユーカラ沈黙の80年」で紹介された。↓は、ムックリ(口琴)を使った演奏。


 人工知能の研究は1990年代からロドニー・ブルックスらにより、構成論的アプローチ――「理解」するために、コンピュータ上で対象をモデリングし、ロボットや装置などを実際につくって現場で動かすことで理解を深めていく――が盛んになってきたというが、実際のところ、それ以前からすでにVR機器や福祉機器の研究開発等を通じて、構成(論)的アプローチがおこなわれてきたのだ。伊福部先生は他にも「気配」の研究や潜在能力の発掘に取り組んでいる。シャケを咥えた熊の置物を目隠しして触るだけで気づくまでのプロセスを追った様子も映像で紹介されていて、バークリーらの「モリヌークス問題」――生まれた時から全盲という条件だが――を想いだす。哲学的な「問い」も、その多くは工学的なアプローチによって、内容や質が大きく変わっていくに違いない。哲学用語の「オントロジー(=存在論)」は今や情報科学やバイオ・インフォマティクスで幅広く使われている。一方で、ロボティクスや生命工学の進展によって、新たな倫理的・哲学的課題が生まれてくる面も忘れてはならない。

 河合隆史は早稲田大学の教授で、立体視映像とはヒトにとって何かという問題意識から、人とシステムのインタラクションや、バーチャルなものと人間との関係、といった人間工学上の研究を進めている。試聴中の注視点を計測することで、3D映像と2D映像とでは異なることが判明し、映像クリエイターが知っておくべき知識や方法論をまとめて 『次世代メディアクリエータ入門1 立体映像表現 』や『3D立体映像表現の基礎"基本原理から制作技術まで"』といった著書を出し、クリエイターが使いやすい3D映像のオーサリングツールや奥行情報分析ツールを開発。最近は、視触覚間の相互作用(クロスモーダル)を利用した、見るだけで触感が伝わる次世代型のVR技術や、情緒を高める奥行情報の表現方法などを研究・開発している。並行してHMDの研究も続けるほか、ゲームプレイヤーが「映像酔い」しにくいゲームソフトや、泣くことによるストレス軽減効果に着目して「99のなみだ」(2008)という「泣きゲー」の開発にも携わった。

拡張する脳』や『ソーシャルブレインズ入門――<社会脳>って何だろう』の著者、理化学研究所の藤井直敬(⇒ブログ)はもともと眼科医で、網膜失陥の症例研究をきっかけに、目と手の協調運動に関わる脳内神経活動を調べるにあたり、計測の効率化をはかるために多点記録手法を編み出し、低侵襲型のシートタイプ電極(ECoG)を皮質表面に多数取り付ける装置を開発。これはもう、つまりはブレイマシンインタフェース(BMI)である。
 また、信頼性の高い脳データを共有するために、今年『なめらかな社会とその敵』で話題となった鈴木健らとニューロティコを立ち上げる。名前の"ティコ"は、鈴木健が「藤井さんはティコ・ブラーエになりたいんですね」と呟いたことに由来する。これは、ティコ・ブラーエが天体について多くの観測記録を残し、弟子のケプラーがその記録を解析してケプラーの法則を発見するに至ったことを踏まえており、たとえ自分がケプラーになれなくとも後進の研究に役立つ脳データが数多く集まれば良し、と保険wを掛けてのことだという。
 最近は、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)とヘッドフォンを装着して視覚と聴覚により現実の世界を代替していくSR(Substitutional Reality; 代替現実)システムを開発。2012年10月にはパフォーマンス集団グラインダーマンのタグチヒトシとともに、SRシステムを用いた舞台作品『MIRAGE』を披露した(山中俊治がデバイスデザインを手がけ、evalaがサウンドデザインを担当)。↓

MIRAGE - Performance Art with Substitutional Reality system (in public) from Hitoshi Taguchi on Vimeo.


 ほかにも渡井大己・市原えつこのセクハラ・インタフェースにSRシステムを導入したり、AR三兄弟の川田十夢とともに「ジョジョ」の荒木飛呂彦を招聘して「アラキ計画」をクリエイトするなど、サイエンスとアート、エンタメの相互交流を促す幅広い領域横断的活動をおこなっている。

 (独)農研機構・食品総合研究所の和田有史は、主に「食」の分野で実験心理学の研究を行っている。ラマチャンドランなどの著作に触れた者なら既にご存じのとおり、「五感が脳内でまざりあう」ことがかなり明らかになってきている。
 たとえば視覚が味嗅覚に影響する例でいうと、プロのワインテイスターでも、赤色を付けた白ワインを赤ワインと誤認することがあるという(後でプロのテイスターがいかに一般人より味覚に優れているかちゃんとデータを出して検証するなどフォローも欠かさないw)。一般に言われている通り、人は五感をフルに使って食事を味わっている(田舎で自作の野菜・果物を食する者にとっては、都市的な外食は視聴覚に偏りすぎているようにも思うが)。五感の混融は経験の積み重ねから来るバイアスではなく、赤ちゃんの段階で感覚同士を結合することも実験で明らかになっている。ほかには、野菜の鮮度判断は色がなくても可能で、輝度ヒストグラムで鮮度を判断できるという話、他人から見られているときの方がフェアトレード商品をよく買うという話、ロゴ色とプライミング、一次元グラフのイラストのほうが認知しやすい話など。

 最後に登場した前田太郎は、助手時代に"光学迷彩"稲見昌彦に攻殻機動隊を読むことを勧めた人。SFオタクで工作が大好きで人間と機械をつなぐインタフェースの研究をずっと続けてきた。人間機械論を標榜し、「世界は情報であふれていない あふれているのは現象だけだ」と言い、「身体を介した「感覚」と「運動」だけが、脳にとっての情報チャネルだ」と説く。東大の人工知能研究会では工作好きを活かしてHMDや力覚提示装置SPIDER、VR3Dビュワーなどを制作し、それがきっかけで筑波大学に職を得てテレイグジスタンス(=臨場存在感)を研究、1000万円を渡されてHMDとマスター操縦装置の基本設計をおこなった。
 その後、機械から人の研究に移り、人間の空間知覚特性を研究。ヒトの見ている空間は曲がっていることは19世紀から知られていたが、それは人間が「平行尺度の空間」と「距離尺度の空間」をそれぞれ持っている――つまり、平行と距離は測る時の尺度が違うため――だと説いた(このあたりもっとじっくり理解したい)。
 それから機械の研究に戻り、究極のインタフェースとは、ずっと自分と同じ感覚情報を得て、ずっと同じ運動をしてきた物であると考え、パラサイト・ヒューマン(Parasitic Humanoid)というコンせプトを編み出す。その具体例として、錯覚を利用した運動誘導を実現(感覚研究において「錯覚」は最も強力な武器)。これはウェアラブル・インタフェースの一種で、強制的な手助けには止まってしまう傾向のある人間に対し、気付く前に上手く動けている感覚状態を「錯覚」させることで、運動を誘導する仕組み。これを応用すれば、五感情報を遠隔地に伝送して再現し、専門家の行動スキル(たとえば心臓マッサージなど)を模倣する手助けが可能となる。パラサイト・ヒューマンは上田早夕里の『華竜の宮(上) (ハヤカワ文庫JA)』にアイデアを提供している。ほかにも手触りを錯覚させる手先力覚の錯覚生成やジャンケン予測(ジャンケンは指で形をつくる前、全動作工程の3分の1時点で85%当てられるそうだ)、自己同一性変容などなど興味深い話がてんこ盛り。じっくり理解する価値のある研究が多い。一般向けの著作がないのは残念だが、前田博士にとっては「書く」より「つくる」ことのほうが楽しいのだろう。キーメッセージは「わかる」ことは「つくれる」こと、だ。「つくる=理解する」はエンジニア哲学といっても良いだろう。ただ、アウトサイダー(シロウト)にとっては、ニコニコ学会βの本で詳しく解説してくれたら嬉しいのだけどw


Ⅳ.菌(くさびら)放送局特番『きのこ会議』

登壇者は国立科学博物館研究員の保坂健太郎と、写真評論家として著名できのこ文学の研究家でもある飯沢耕太郎、糞土師/糞土研究会代表の伊沢正名
座長はWEBデザイナー/きのこ研究者のとよ田キノ子と国立科学博物館の白水貴

 昔、森毅の『キノコの不思議―「大地の贈り物」を100%楽しむ法 (光文社文庫)』を読んでちょっとハマッた口なので、キノコや粘菌の話は嫌いではない。今ではホームセンターでしいたけの原木栽培キットが売られる時代である。ジョン・ケージもキノコ好きだった。内容としては、まあ、キノコ図鑑の写真で名高い伊沢正名が野糞の探究を続けていて、それがえらく印象に残ってしまった。8億年以上?前のキノコと思しきタッパニアの化石やシルル紀~デボン紀に生息していたとされる巨大菌類のプロトタキシーテスも、これまでの野糞ののべ回数が1万回(!)を超える伊沢正名の衝撃にはかなわない、という感じ。

Ⅴ.研究してみたマッドネス

座長は工学ナビ橋本直、Ubi-Cameraの古山善将
研究百連発がスゴくてお腹いっぱいだし、若いスピードに頭がついていけないのでパス。300ドル程度で購入可能となったVR用HMDのオキュラス・リフトを使用した研究が多かった。

以上、敬称略。