第152回芥川賞・直木賞受賞者記者会見 

 ニコ生で第152回芥川賞・直木賞の受賞者記者会見をみる。

 この度の受賞者は芥川賞が小野正嗣、直木賞が西加奈子。

 いみじくも西加奈子が会見で出版界の状況をプロレス界に重ね合わせて語っていたが、確かに昨今の芥川賞・直木賞レースには、かつてのプロレスブームに覚えたような印象、キャラ偏重と出来レースと過剰演出の匂いだけが鼻について、それはそれとして楽しめば良いのだろうけど、ちょっとなんだかなぁ…というところがあったが、西が生き生きした表情で熱弁したように「みんな全力で素晴らしい小説を書いている!」ってことを素直に信じてみるのも良いかもしれない。棚橋弘至らの活躍によって、最近はプロレスブームが再燃中らしく、その勢いにあやかって文芸復興を!という熱い思いは、ほとんど文学に関心のない人にも、ちゃんと届いたに違いない。

 西加奈子はなんと、1977年テヘラン生まれ。1979年1月に勃発したイラン革命以前、テヘランには日本企業の駐在員家族が数多く住んでいて、こちらにも書いたように、例えば、丹下健三や磯崎新が新都市開発計画に関わっていた。沢木耕太郎の『深夜特急4』には、沢木がテヘラン在住の磯崎新と会う話なども登場する。だから何?というわけではないが、日本とイランにはいろいろな面で当時も今も深い結びつきがある。ただ、西にとっては記憶のないイランより、児童期を過ごしたエジプトの方が印象深いだろう。

 芥川賞受賞者の小野正嗣は、大分県佐伯市蒲江の出身。ニコ生の番組で解説をおこなった栗原裕一郎は、これまでかなり前衛的な手法を駆使して小説を書いていた小野が、『九年前の祈り』のような「フツー」の作品で受賞したことについて、やや残念そうに語っていたが、読んでいないので何とも言えないw。

 蒲江町は人口約8500人。日豊リアス式海岸に面する小さな港町で、JRの駅もなく、かつては国道も通っていなかった。2005年に佐伯市と合併。wikiをみたところ、キヤノンの御手洗一族も蒲江出身だ。(アウトサイダーなので、小野氏にはいつか、御手洗一族をモデルに?中上健次の紀州サーガならぬ豊後サーガを綴ってほしいと、つい勝手に期待してしまう)。

 数年前、仕事の関係で蒲江を訪れたことがある。当時は東九州自動車道を降りてから20キロもあって、ずいぶん遠いなあと感じたものだが、今年(平成26年)度中には佐伯IC~蒲江ICが開通する(した?)ようだ。 入江に面していて、港のすぐ近くまで山が迫っていたのが印象的だった。漁業は盛んだが、平野部が少ないため、野菜づくりには苦労すると聞いた。
 全国的な知名度はまだ決して高くないが、蒲江は「地域おこし」への積極的な活動で知られている。かまえブルーツーリズム研究会や漁業体験プログラム「あまべ渡世大学」など。イセエビやアワビや豊後ブリが好評で、(これまで)交通の便は良くなかったにも関わらず、マリンスポーツや漁業体験、グルメを目的に、大分県内だけでなく、福岡・熊本あたりからも訪れる人は少なくない。地元の人たちとしては、小野の芥川賞受賞に対し、大きな「地域資源」を掘り当てた、という気持ちが働くだろうが、その期待が既存の「地域おこし」の価値観や手法による「濫用」に結びつかないことを強く望むばかりだ。

 とはいえ、東京在住者が想像する以上に、地方経済の状況は厳しい。たとえば佐伯市(相当地域)の人口は2000年時点で8万4千人だったのに対し、2010年で7万7千人だ。

 昨年暮れに「G型大学とL型大学」(Gはグローバル、Lはローカル)で大きな論議を呼んだ冨山和彦氏のプレゼンテーション「我が国の産業構造と労働市場のパラダイムシフトから見る高等教育機関の今後の方向性」によると、L型大学の文学部で学ぶべき内容は、「シェイクスピア、文学概論」ではなく、「観光業で必要となる英語、地元の歴史・文化の名所説明力」だそうだ。冨山氏の主張に対しては、大学関係者もいろいろと言いたいことがあるだろうが、地方経済の厳しい現状を知る者には、頷けるところも多い。

 ただ、文学部については、クリエイティブ・ライティングを加えても良いのではないか。現在でもすでにいくつかの大学の文学部でおこなわれているが、魅力的な文章の創造は、学生たちが地域の企業に就職してからも、企画書や提案書、プレゼン資料の作成、広報関係、顧客への説得、観光につながる地域文化の創造等に役立つはずだ。(そういえば、デイヴィッド・フィッシャー監督の映画『ゴーンガール』では、かつてニューヨークで活動した主人公のライター夫妻が、夫の両親介護という理由で、ミシガン州の田舎に移り住み、夫は地元のカレッジでライティングを教えている、という設定だった)。

「地域創生」がらみの力学が芥川賞にも働いたのでは?などとゲスな勘ぐりをするより、受賞者がこれまでのベタな「地域おこし」とは全く異なる取り組みとして、いかに文学やアートの新しい価値を打ち出すかに期待したほうが良い。長く寛容な目で。

 文中敬称略。
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