旦過市場 

旦過市場

 カナガワ映画祭・フィルマゲドンⅢ(→ブログ)が開催された小倉昭和館は旦過市場のすぐ近くにある。

 この辺りに来たのは久しぶり。ひょっとすると、昭和館に『スポットライト』(→ブログ)を観に来て以来ではなかろうか。初公開時にみた映画や女性向け映画が続いたため、いつのまにか上映予定をチェックすることも少なくなり、ご無沙汰になってしまった。

 外観はこんな感じ。旦過市場の起源は、大正時代の初期、神獄川を昇る船が荷をあげ、商売を始めたことに始まると伝えられる。東南アジアでときおりみかける水上マーケットのようなものだったのかもしれない。 旦過市場

 午前9時半くらいなので、客足はこんな感じ。1955年前後に、戦後のヤミ市のようなバラックから現在のアーケード街も建て変わり、旦過商業協同組合や小倉中央市場協同組合が設立され、最盛期を迎えたという。
旦過市場

旦過市場

旦過市場

旦過市場

旦過市場

 裏路地に飲食店がひしめいている。時代的に車の利用は前提とされていないし、衣類・雑貨の店、薬局などは内部にないが、飲食店や映画館も隣接するという点では、ショッピングモールの原型と言えなくもない。
旦過市場

 「火鍋」が美味しくてたまに利用していた台湾料理の「大好ヤ」が閉店。紺屋町店の方は営業している。
旦過市場

旦過市場

 神獄川を隔てた向かい側の馬借は再開発が進んで、前回来たときには建設中だった高層住宅が完成し、それに伴って新しい飲食店などが開店していた。

スポンサーサイト

チャチャタウン小倉 

チャチャタウン小倉

『アイ・イン・ザ・スカイ』『沈黙~サイレンス』を見るために、シネプレックスがあるチャチャタウン小倉に行った。『この世界の片隅で』やイニャリトゥの『バードマン』をみたのも確かここだ。

 小倉には駅前アーケード街の西側、紫川を越えたところにジョン・ジャーディがデザインを手がけたリバーウォーク(→wiki)があるが、チャチャタウンは駅から東方1km、砂津の西鉄バスターミナルの北側に立っている。

 公式サイトはこちら

 広場を中心として店舗がリング状に取り囲むスタイルのショッピングモールで、赤い観覧車がランドマークになっている。

 食彩館にしてつストアの前には、から揚げや梅が枝餅の露店が立ち並び、仮設テントを張って青果市を開いている。バスターミナルに近いせいだろうか、車のない?お年寄りがたくさん集まって、午前中から大盛況。非日常を演出するリバーウォークとは対照的に、生活臭満載の庶民的モールという感じだ。ビジネス・ゾーンにも近いため、昼食時には別の客層で賑わう。以前は一階に書店があったが、いつのまにかなくなったのは残念。しかし、2階のTSUTAYAがいつのまにか本を置いている。

チャチャタウン小倉 チャチャタウン小倉
 wiki:チャチャタウンによると、ホークスタウンモールと同じく2000年のオープン。リバーウォークのオープンは2003年だ。西鉄の経営で、商業施設面積は約2万2千平米、店舗数は60店舗、駐車場1000台。

 早く着いたので、映画の開始時間を待っていると、音楽が鳴って、ステージの前に集まった30人ばかり(平均年齢70歳というところか)がラジオ体操を始めた。モール内に店を構えるリラクゼーション・サロンの女性がステージに立って音頭をとる。通りかかった人の会話によると、毎日おこなっているらしい。地元密着の庶民的モールという感じが滲み出て、じつに良い試みだ。

チャチャタウン小倉 チャチャタウン小倉
 広場に面したフードコートには、たこ焼きの店やオムライスの店、うどん屋、陽林軒、リンガーハット等が入店。ここのインド飯屋ビスヌ(BISHNU)はインド人が調理に加わっていて、けっこう気に入っている。ビスヌセット1,080円はおトクだ。

 モール内の柱には、「今週のイベント」のお知らせが貼ってある。平日5日すべて、開始時間は14時と16時。地元のミュージシャンのライブや大道芸などが行われている。

ホークスタウンモール 

シーサイドももち

 更地にもどったホークスタウンモールを偲んで、昨年5月に撮った写真を貼っておく。

 2000年にオープンして2016年3月に営業を終えたこのショッピングモールは、日本で最も短命なモールの一つだろう(ほかにもっと短命な例があるかもしれんが)。
 ホークスタウンモールの歴史は、こちら(→wiki:ホークスタウン)にあるように、ダイエーがプロ野球の南海ホークスを買収して、球団本拠地を福岡に移転したことにさかのぼる。ダイエーにはすでに1980年代に、同じ福岡県の中間市でショッピングモールを中核とした街づくりを自治体とともに進めた経験があった(→関連ブログ)。
 福岡市とダイエーは、バブルを背景に地行浜の埋立地でスポーツドームとアミューズメントドーム、リゾートホテルからなる「ツインドームシティ」計画を推し進め、1993年に福岡ドームが開場し、95年にシーホークホテル&リゾートが開業。しかし、バブル崩壊とダイエー業績悪化により、アミューズメントドームの計画が頓挫。その代替策として整備されたのが、2000年春開業の「ホークスタウンモール」だった。
シーサイドももち

 当時は福岡周辺にいなかったので定かでないが、バブル時代の福岡は、シーサイドももちの計画において、アメリカ西海岸のイメージを追い求めていたに違いない。それは、後掲の写真に写った人工ビーチに明瞭に表れているし、 ブログ:シーサイドももちdec.2016で触れたように、百道浜の開発は、80年代LAダウンタウンの再開発の影響が伺える。
 すでにバブルは弾け終わった後だが、ハリボテのようにカラフルでチープなつくりといい、ハードロックカフェ(※)といい、ホークスタウンモールは確かにウェストコースト風である。もともとダイエーの業績悪化が表面化した後のモールなので、最初からハコモノに大金をかけるつもりがなかったのかもしれない。
 ももちとは異なるが、福岡地所がジョン・ジャーディにキャナルシティ博多のデザインを託したのも、彼が南カリフォルニアで実績をあげていたことが大きな理由だろう。ブログ:映画『だれも知らない建築のはなし』(3) で触れたように、ジャーディはサンディエゴのホートンプラザやニューポートビーチのファッション・アイランドを手掛けていた。福岡地所とダイエーとの間でいろいろとあったという話はちらっと耳にしたことがあるが、詳しくは知らない。とはいえ、キャナルシティのオープンが1996年。ホークスタウンモールの門出は最初から厳しいものがあったに違いない。

 ホークスタウンは2003年にダイエーからコロニー・キャピタル(→wiki系列のコロニー福岡に売却される(えらい名称やなあ~)。
 2005年秋には、東側に「MALL2」を設けてグランドオープン。これによりホークスタウンモールの床面積は7万6千平米になった。MALL2のテーマは「スポーツ&リゾートマインド」。屋内フットサル場やスーパー銭湯が入居したが、どちらも閉店。2011年にはHKT48の専用劇場、HKT48劇場がオープンした。HKT48劇場は閉店に伴い、天神西鉄ホールに移ったようだ。
シーサイドももち

 ホークスタウンモールの所有権は、すでにダイエーから外資に移っていたが、2015年1月に三菱地所がモールの「信託受益権」を取得。年末には、再開発のための営業終了を決定した。

 以上のような事情もあって、昨年5月に行ったときは平日だったとはいえガラガラで、正午過ぎにモール内の沖縄料理屋に入ったが、ほかに客はいなかった。料理をもってきた店主に「今日は空いてますけど、土日は混むでしょうねえ」と話しかけると「いやあ…」。「福岡ドームで試合とかイベントあるときは混むでしょう」「いやああ…」てな会話(会話になってない)がありました。

シーサイドももち

 ホークスタウンモールの北出口から福岡ドームを経てヒルトン福岡シーホークの北側に出た。

シーサイドももち

 樋井川を渡ってビーチに出たら福岡タワーまでわずかな距離だ。

シーサイドももち

 福岡は伝統的に外部から力を借りることで成長してきた商都だ。博多は昔から大陸との貿易の拠点となってきたし、福岡という名称自体が、戦国時代末期にこの地を治めた黒田官兵衛の郷里、備前国邑久郡福岡村(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)に由来する。芦屋という地名が北九州にもあるし、ダイエーはもともと神戸発祥だし、兵庫県南部~岡山県東南部と福岡の関係は意外と深いようだ。建築家・都市計画家である水谷頴介も、神戸で育った後、ポートアイランドや六甲アイランドの開発に携わるとともに、シーサイドももちのプロジェクトに参加した。
 黒田家は江戸時代260年にわたって持続したが、ダイエーは現代の黒田家というわけにいかず、90年代頃から業績が低迷し、今ではイオンの子会社だ。球団は2005年にソフトバンクに売却された。

 福岡の「リスクの高い大プロジェクトは外資に任せる」という姿勢は現在も変わっていない。そして、ちゃっかり福岡地所は景気が拡大する中国に進出し、キャナルシティの経験を生かして当地のショッピングモール化を手助けしているというわけだw。

 三菱地所はホークスタウンの跡地に延べ床面積12.5万平米のショッピングモール、MARK IS(→wiki)を開業する予定だ。ユナイテッドシネマとZEPP福岡は再入店に基本合意済だそうだ。駐車場は2016年10月時点の計画では1300台???。中途半端だなあ。思いきって3000台にしてデータ技術を駆使した先鋭的な駐車システムを導入し、ドームでイベントのない日はX円以上のレシートまたは1日最大500円?でOKなどとすれば(あるいは時価会計にすれば)、駐車場に悩みたくない遠方からの客を数多く呼び込めると思うのだが。渋滞配慮の必要があるが、公共交通がバスだけとなると、キャナルシティや天神エリアから恒久的に客を奪うのは難しいだろう。都心タイプでもない、周囲に何もないフツーの郊外タイプでもない「究極の郊外型モール」の線はあると思うが。「安心して車でいける」というのはわりと重要なポイントではないか。→まあ、ちょっと3000台は無理かな?

シーサイドももち
 最近の事情は定かでないが、大型ホテルやオフィスビル、高層マンションが立ち並ぶエリアのすぐそばに人工ビーチが広がる景観は、いまでも日本では数少ないのではないか。

(※)ハードロックカフェは1971年にロンドンで生まれたが、その名称はロサンゼルスのロックバンド、ドアーズの曲目に由来する。