チャチャタウン小倉 

チャチャタウン小倉

『アイ・イン・ザ・スカイ』『沈黙~サイレンス』を見るために、シネプレックスがあるチャチャタウン小倉に行った。『この世界の片隅で』やイニャリトゥの『バードマン』をみたのも確かここだ。

 小倉には駅前アーケード街の西側、紫川を越えたところにジョン・ジャーディがデザインを手がけたリバーウォーク(→wiki)があるが、チャチャタウンは駅から東方1km、砂津の西鉄バスターミナルの北側に立っている。

 公式サイトはこちら

 広場を中心として店舗がリング状に取り囲むスタイルのショッピングモールで、赤い観覧車がランドマークになっている。

 食彩館にしてつストアの前には、から揚げや梅が枝餅の露店が立ち並び、仮設テントを張って青果市を開いている。バスターミナルに近いせいだろうか、車のない?お年寄りがたくさん集まって、午前中から大盛況。非日常を演出するリバーウォークとは対照的に、生活臭満載の庶民的モールという感じだ。ビジネス・ゾーンにも近いため、昼食時には別の客層で賑わう。以前は一階に書店があったが、いつのまにかなくなったのは残念。しかし、2階のTSUTAYAがいつのまにか本を置いている。

チャチャタウン小倉 チャチャタウン小倉
 wiki:チャチャタウンによると、ホークスタウンモールと同じく2000年のオープン。リバーウォークのオープンは2003年だ。西鉄の経営で、商業施設面積は約2万2千平米、店舗数は60店舗、駐車場1000台。

 早く着いたので、映画の開始時間を待っていると、音楽が鳴って、ステージの前に集まった30人ばかり(平均年齢70歳というところか)がラジオ体操を始めた。モール内に店を構えるリラクゼーション・サロンの女性がステージに立って音頭をとる。通りかかった人の会話によると、毎日おこなっているらしい。地元密着の庶民的モールという感じが滲み出て、じつに良い試みだ。

チャチャタウン小倉 チャチャタウン小倉
 広場に面したフードコートには、たこ焼きの店やオムライスの店、うどん屋、陽林軒、リンガーハット等が入店。ここのインド飯屋ビスヌ(BISHNU)はインド人が調理に加わっていて、けっこう気に入っている。ビスヌセット1,080円はおトクだ。

 モール内の柱には、「今週のイベント」のお知らせが貼ってある。平日5日すべて、開始時間は14時と16時。地元のミュージシャンのライブや大道芸などが行われている。

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ホークスタウンモール 

シーサイドももち

 更地にもどったホークスタウンモールを偲んで、昨年5月に撮った写真を貼っておく。

 2000年にオープンして2016年3月に営業を終えたこのショッピングモールは、日本で最も短命なモールの一つだろう(ほかにもっと短命な例があるかもしれんが)。
 ホークスタウンモールの歴史は、こちら(→wiki:ホークスタウン)にあるように、ダイエーがプロ野球の南海ホークスを買収して、球団本拠地を福岡に移転したことにさかのぼる。ダイエーにはすでに1980年代に、同じ福岡県の中間市でショッピングモールを中核とした街づくりを自治体とともに進めた経験があった(→関連ブログ)。
 福岡市とダイエーは、バブルを背景に地行浜の埋立地でスポーツドームとアミューズメントドーム、リゾートホテルからなる「ツインドームシティ」計画を推し進め、1993年に福岡ドームが開場し、95年にシーホークホテル&リゾートが開業。しかし、バブル崩壊とダイエー業績悪化により、アミューズメントドームの計画が頓挫。その代替策として整備されたのが、2000年春開業の「ホークスタウンモール」だった。
シーサイドももち

 当時は福岡周辺にいなかったので定かでないが、バブル時代の福岡は、シーサイドももちの計画において、アメリカ西海岸のイメージを追い求めていたに違いない。それは、後掲の写真に写った人工ビーチに明瞭に表れているし、 ブログ:シーサイドももちdec.2016で触れたように、百道浜の開発は、80年代LAダウンタウンの再開発の影響が伺える。
 すでにバブルは弾け終わった後だが、ハリボテのようにカラフルでチープなつくりといい、ハードロックカフェ(※)といい、ホークスタウンモールは確かにウェストコースト風である。もともとダイエーの業績悪化が表面化した後のモールなので、最初からハコモノに大金をかけるつもりがなかったのかもしれない。
 ももちとは異なるが、福岡地所がジョン・ジャーディにキャナルシティ博多のデザインを託したのも、彼が南カリフォルニアで実績をあげていたことが大きな理由だろう。ブログ:映画『だれも知らない建築のはなし』(3) で触れたように、ジャーディはサンディエゴのホートンプラザやニューポートビーチのファッション・アイランドを手掛けていた。福岡地所とダイエーとの間でいろいろとあったという話はちらっと耳にしたことがあるが、詳しくは知らない。とはいえ、キャナルシティのオープンが1996年。ホークスタウンモールの門出は最初から厳しいものがあったに違いない。

 ホークスタウンは2003年にダイエーからコロニー・キャピタル(→wiki系列のコロニー福岡に売却される(えらい名称やなあ~)。
 2005年秋には、東側に「MALL2」を設けてグランドオープン。これによりホークスタウンモールの床面積は7万6千平米になった。MALL2のテーマは「スポーツ&リゾートマインド」。屋内フットサル場やスーパー銭湯が入居したが、どちらも閉店。2011年にはHKT48の専用劇場、HKT48劇場がオープンした。HKT48劇場は閉店に伴い、天神西鉄ホールに移ったようだ。
シーサイドももち

 ホークスタウンモールの所有権は、すでにダイエーから外資に移っていたが、2015年1月に三菱地所がモールの「信託受益権」を取得。年末には、再開発のための営業終了を決定した。

 以上のような事情もあって、昨年5月に行ったときは平日だったとはいえガラガラで、正午過ぎにモール内の沖縄料理屋に入ったが、ほかに客はいなかった。料理をもってきた店主に「今日は空いてますけど、土日は混むでしょうねえ」と話しかけると「いやあ…」。「福岡ドームで試合とかイベントあるときは混むでしょう」「いやああ…」てな会話(会話になってない)がありました。

シーサイドももち

 ホークスタウンモールの北出口から福岡ドームを経てヒルトン福岡シーホークの北側に出た。

シーサイドももち

 樋井川を渡ってビーチに出たら福岡タワーまでわずかな距離だ。

シーサイドももち

 福岡は伝統的に外部から力を借りることで成長してきた商都だ。博多は昔から大陸との貿易の拠点となってきたし、福岡という名称自体が、戦国時代末期にこの地を治めた黒田官兵衛の郷里、備前国邑久郡福岡村(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)に由来する。芦屋という地名が北九州にもあるし、ダイエーはもともと神戸発祥だし、兵庫県南部~岡山県東南部と福岡の関係は意外と深いようだ。建築家・都市計画家である水谷頴介も、神戸で育った後、ポートアイランドや六甲アイランドの開発に携わるとともに、シーサイドももちのプロジェクトに参加した。
 黒田家は江戸時代260年にわたって持続したが、ダイエーは現代の黒田家というわけにいかず、90年代頃から業績が低迷し、今ではイオンの子会社だ。球団は2005年にソフトバンクに売却された。

 福岡の「リスクの高い大プロジェクトは外資に任せる」という姿勢は現在も変わっていない。そして、ちゃっかり福岡地所は景気が拡大する中国に進出し、キャナルシティの経験を生かして当地のショッピングモール化を手助けしているというわけだw。

 三菱地所はホークスタウンの跡地に延べ床面積12.5万平米のショッピングモール、MARK IS(→wiki)を開業する予定だ。ユナイテッドシネマとZEPP福岡は再入店に基本合意済だそうだ。駐車場は2016年10月時点の計画では1300台???。中途半端だなあ。思いきって3000台にしてデータ技術を駆使した先鋭的な駐車システムを導入し、ドームでイベントのない日はX円以上のレシートまたは1日最大500円?でOKなどとすれば(あるいは時価会計にすれば)、駐車場に悩みたくない遠方からの客を数多く呼び込めると思うのだが。渋滞配慮の必要があるが、公共交通がバスだけとなると、キャナルシティや天神エリアから恒久的に客を奪うのは難しいだろう。都心タイプでもない、周囲に何もないフツーの郊外タイプでもない「究極の郊外型モール」の線はあると思うが。「安心して車でいける」というのはわりと重要なポイントではないか。→まあ、ちょっと3000台は無理かな?

シーサイドももち
 最近の事情は定かでないが、大型ホテルやオフィスビル、高層マンションが立ち並ぶエリアのすぐそばに人工ビーチが広がる景観は、いまでも日本では数少ないのではないか。

(※)ハードロックカフェは1971年にロンドンで生まれたが、その名称はロサンゼルスのロックバンド、ドアーズの曲目に由来する。

ららぽーとEXPOCITY 

エキスポシティ

 2015年11月に開業したららぽーとEXPOCITYに行ってきた。
 大阪梅田から北に約14キロ、神戸と京都の中間あたりに位置し、梅田や新大阪から直通電車はないが、御堂筋線で千里中央まで行けば大阪モノレールで2駅目。車なら名神高速と中国自動車道、近畿自動車道、中央環状線が交わる吹田JCT及び中国吹田ICがすぐ近くにあって交通の利便性も申し分ない。広さは商業施設とエンターテインメント施設合わせて全体で172,000平米、延床面積223,000平米(ららぽーと店舗面積71,000平米)。

○コンセプト
 メインターゲットはあきらかにファミリー層。ほかではあまり見かけない新しいタイプの各種エンタメ施設や今年7月1日にオープンしたオオサカ・ホイール(大観覧車)だけでなく、大阪万博記念公園や新設の吹田サッカースタジアムに隣接しており、土日祝日に家族連れがこのあたりで一日過ごせるようになっている。
 テーマはExpo'70。たとえばフードコートの名称はフード・パヴィリオンで、入り口の床には万博会場図が貼ってあり、壁にも当時の各パヴィリオンの写真パネルを飾っている。窓際の席からは太陽の塔がよく見える。また、レストラン棟「エキスポキッチン」には、万博当時、提供された世界各国の料理を再現する「万博食堂」がある。さらに、インフォメーションスタッフのユニフォームは「三井グループ館」の案内スタッフが着用していたものをイメージしているらしい。
 大阪万博(→ブログ)は今でも大阪府民にとって繁栄のシンボルであり続けている。wiki:2025年万国博覧会の大阪招致構想によると、当初は堺屋太一が大阪万博記念公園での開催を主張したが、けっきょく会場は夢洲に決まったようだ。

○外観
 野球のグラウンドのような扇型の敷地に沿って建物を配置。駅から近い"内野"側には、ピッチャー・マウンドあたりに人工芝の「空の広場」を設け、大型エンタメ施設のニフレルやイングリッシュガーデン、ANIPO、Orbi、ポケモンEXPOジム等が周囲をかためている。外野グラウンドに当たるところが3階建てのららぽーとで、観客席に当たる部分に3棟の立体駐車場が立っている。
エキスポシティ

○内装/吹き抜け
 ゲンロン:「ショッピングモールから考える#6」で三井氏は確かイオンモールが自己完結型なのに対し、ららぽーとは外部に対して開かれている」と言っていた気がするが、確かにここでも、オオサカ・ホイールが立つ左翼側のエントランスにエキスポキッチンという比較的オープンなレストラン街を設けて人を施設内に誘導している。
 館内は右翼側がグリーンサイド、左翼側がオレンジサイドと呼ばれている。通路に置かれたクッションスツールや天井を飾る三角形のデザインライトも右翼側がグリーン、左翼側がオレンジに色分けされている。テナントの食品スーパーは大阪資本のデイリーカナートイズミヤ。ららぽーと全体のグリーンとオレンジの色分けは、イズミヤのロゴマークに由来するのだろうか?イズミヤの方は右側がオレンジで左がグリーンで反対だが。
 中央の広大な吹き抜け空間は「光の広場」と呼ばれ、オーヴァルの天蓋装飾が特徴的で、周囲に巡らされたエスカレータの色や配置にも"デザイン"が感じられる。
エキスポシティ エキスポシティ

 館内のところどころにガラスケースの坪庭が設けられている。"環境デザイン:フェルナンド・バスケス"とあるのは主にこれのことだろうか? 擬木ではなく自然の植栽が使われている。
エクスポシティ エクスポシティ

 イオンモール岡山もそうだったが、昨今の大型モールは情報化にも余念がない。実際には確認していないが、来館者が近づくと自動的に現れるナビゲーションやAR(拡張現実)を活用したエンタメコンテンツを映し出すEX-WALL、施設専用エリア放送のEXPOTVなどを提供しているらしい。
 あとは、TSUTAYA BOOK STOREとスタバが融合してBOOK CAFE的な空間を提供。業界3位の家電量販店エディオンがテナントに入っている。

○駐車場
 3棟の駐車場は「極力コスト削ぎました」観の強い、壁のない鉄骨剥きだしタイプ。この方が外光が入りやすく照明もあまりいらない、ということか。
 吹田サッカースタジアムが駐車場側から近く、サッカー観戦目的の駐車を防ぐため、試合開催日で試合開始前に入庫して試合終了後に出庫する車には基本的にプラス6000円の特別料金が課せられ、該当の車の所有者が試合時間中に館内にあるゼロシステム精算機で課金解除、または買物・エンタメ施設利用した人は特別料金がかからないようにしている。また、駐車場の混雑状況がネットでチェックできるようになっている。
エキスポシティ エキスポシティ

○所感
 ららぽーとEXPOCITYに行く前に、万博記念公園にある国立民族学博物館に行った。世界じゅうの文化風俗を収集する試みは壮大だが、そこに大きく欠けているものは、アクチュアルな日本の文化・風俗だ。つまり、民博のコレクションを補うものとして現代の日本人――ショッピング・トライブー―の食生活・衣類・娯楽などといった文化・風物を一望できるのが、このららぽーとEXPOCITY――ショッピングモールということになる。

○三井不動産
 デベロッパーは三井不動産。設計・施工は竹中。
 三井不動産グループが開発・運営する複合商業施設には、ららぽーとやララガーデンのほか三井アウトレットパーク、三井ショッピングパークアーバン(コレド含む)などがある。
 ららぽーとという名称は多くの西日本在住者には馴染みが薄い。関東には船橋(TOKYOーBAY)や横浜(2007)、柏の葉(2006)、埼玉県富士見(2015)、立川立飛(2015)、平塚(2016)などいくつかあるが、関西では大阪府和泉市、西宮市甲子園にあるだけ。三井不動産はそもそもあまりららぽーとという名称にこだわっていないのか、あるいは諸事情によるためか、ラゾーナ川崎プラザやコレド室町、広島にあるアルパークなど例外が多い。まあ、気持ちはなんとなくわかる気がする。

 海外事業では、イオンモール蘇州呉中(2014)などアジアに積極展開するイオングループほどではないが、マレーシア・クアラルンプル国際空港や台湾林口に三井アウトレットパーク(2015)を開業、2018年にはららぽーと上海金橋(約74,000平米)、2021年にはららぽーとクアラルンプル(約80,000平米)を開業予定。
 三井不動産はイオンと異なりショピングセンター・プロパーではなく総合デベロッパーなので比較してもあまり意味はない。分譲住宅事業やオフィス、複合開発まで含めると、ロンドンのエンジェルコート(オフィスビル/2016)やホワイトシティプレイス再開発(2017)、テレビジョンシティ再開発(2018)のほか、アメリカ過去最大規模となるNYマンハッタンのハドソンヤード開発事業(→wiki)にも参画するようだ。