ヴェニスビーチとボッティチェリ 

ripcronk
 もうかれこれ10年近くたつが、南カリフォルニアに1年ばかり滞在したことがある。  南カリフォルニアなんてアート好きが1年も滞在するような土地ではないよなあ、と行く前には思っていたが、どうしてどうして。ニューヨークやパリに比べたらもちろん見劣りするけれど、ロサンゼルスにはゲッティ・セン ター現代美術館(MOCA)ロサンゼルス・カウンティー美術館 (LACMA)、パサデナのノートンサイモン美術館といった優れたミュージアムがあるし、各地でアートフェアの催しも盛んだ。抜けるような青い空のもとにいると、アート鑑賞がなにやら犯罪的な趣味に思えて後ろめたくなるのが唯一の難点だが。
 ロサンゼルスの近郊に、ヴェニスビーチという町がある。イタリアの水の都ヴェニスを模して創られた町で、当初はヴェニスにならって運河が縦横に巡らされていたが、その痕跡は現在ほとんど残っていない。滞在中に何度か足を運んだが、ビーチ沿いにボードウォーク(歩行者専用道)がえんえん伸びていて、週末ともなるとストリートミュージシャンや大道芸人が繰り出し、とても賑やかで明るい町だった。
 そのボードウォーク沿いの中心部に上掲の写真のような壁画がある。ロンリープラネット社のロサンゼルス・ガイドの表紙にもなっていたからご存知の方もいるかもしれない。吹き出しにある”History is Myth"のメッセージはいかにも歴史を否定した都市、ロサンゼルスを表現している。描いたのはRip cronk。

 この絵の元ネタはもちろん、ボッティチェリ(1445-1510)の『ヴィーナスの誕生』だ。ヴィーナス(Venus)とヴェニス(Venice)は似て いるので、ひょっとするとイタリア・ヴェニスの守護神はヴィーナスだったのだろうか、と一瞬思ったが、ヴェニスはイタリアではヴェネ ツィアだし、私の調べた限りでは無関係だ。(誰かご存知の人がいたら教えてください)


 ボッティチェリは1445年にフィレンツェで生まれた。近所にはアメリカの語源となったアメリゴ・ヴェスプッチの出身であるヴェスプッ チ家の屋敷があった。画僧フィリッポ・リッピに師事し、偉大なる芸術のパトロン、ロレンツォ・デ・メディチの庇護のもとプラトンアカデミーの人々と交遊し、数々の傑作を世に出した。ほかにも『プリマベラ』が有名だ。1481年にはローマでシスティナ礼拝堂の壁画も手がけた。晩年はサヴォナローラに影響されて画風が暗くなり人気が失墜したものの、ルネサンスの巨匠の一人であることには変わりない。
 この作品、異教(といってもギリシャやローマの伝統的な神話世界)と官能が花開くルネサンスの象徴ともいうべき傑作で、官能的といってもイヤラしさのない、どこまでも優美で典雅な作品に見える。
 しかし、ディディ・ユベルマンの『ヴィーナスを開く―裸体、夢、残酷』によるとそうではない。

 ヴィーナス(アフロディテ)は、クロノスが残酷な父神ウラヌスのペニスを斧で切り落として海に捨てたところにできた泡の中から生まれた。つまり最高の美は陰惨と嗜虐の極みから生まれたのである。ボッティチェリは本作品でこそ、その事情を表立って表現していないが、『ナスタージョ物語』という作品で、男の愛を受け入れなかったために背中を引き裂かれ内臓をえぐりだされる美しいニンフを描いている。つまり、明快さや生気に満ちたルネサンス芸術も、ヨーロッパ芸術の宿痾ともいうべき残虐性の伝統を免れていないとユベルマンは言いたいのだ。
 ヨーロッパ芸術が残酷? と首をかしげる人もいるかもしれないが、ヨーロッパの美術館や教会を実際に巡ってみると、さまざまな残忍な方法で殉教を遂げる聖人たちを描いた作品が山ほどあって戸惑う人も多いはず。拷問吏によって手回しの巻き上げ機で小腸を引き出される聖エラスムス、乳房を切り取られるマルタ島の守護聖女アガタ、両目をえぐられるシチリア島のサンタ・ルチアなどなど。キリスト磔刑図や中世の鞭身派を見ても、ヨーロッパの宗教及び芸術がSM的な要素を多分に含んでいるのは事実だ。日本で展示会が開催されるときにはそのあたりの事情が周到に隠蔽されていて、一般大衆にはわからないようになっている。ホンモノの芸術を追求したけりゃヨーロッパにでも留学すればいいじゃん、てなもんである。
 ボッティチェリとヨーロッパ芸術の嗜虐性の関係について興味のある方には、ぜひ読んでいただきたい著書である。

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