滋賀近代美術館でアール・ブリュット展 

 滋賀近代美術館では10月25日から11月30日にかけて、『アール・ブリュット−パリ、abcdコレクションより』を開催する。
 abcd((art brut connaissance & diffusion)は、アウトサイダー・アート作家のドキュメンタリー映画の監督ブリュノ・ドシャルムが1999年に設立した非営利団体で、アール・ブリュットの研究と普及を目的としており、パリ近郊のモントイユにギャラリーをもっている。今回はコレクションから代表的な約60作家、約130点を展示する。
 ちなみにドシャルムはフランス人なので、英語帝国主義への抵抗という意味もあってか、アウトサイダー・アートという名称を決して使わない。芸術新潮2005年11月号で日本におけるアウトサイダー・アートの紹介者である小出由紀子氏と対談しているので、関心のある方は読んでから美術館に足を運んでも良いだろう。

炭鉱+アート by 川俣正+コールマイン研究室  

 秋吉台国際芸術村が主宰する「炭鉱×アート〜フィールド・トリップ 美祢−宇部」に参加した。かねてから関心のあった県内の産業遺産やテクノスケープを、国際的に評価の高い美術家で横浜トリエンナーレ2005の総合ディレクターも務めた川俣正氏とともに観て回れるとは、なんとも贅沢な企画である。
 写真集『LIME WORKS』で都市のマテリアルをなすコンクリートの源流をたどった写真家・畠山直哉氏の仕事等で、鉱山や鉱業所の魅力に憑かれた人が増えたと聞くが、産業遺産めぐりや産業観光はもっと見直されていいだろう。
 川俣氏は北海道の炭鉱町に生まれ育った人で、すでにコールマイン田川というアート・プロジェクトを10年にわたって展開しており、同じく炭鉱をテーマとして研究・調査・イベントをおこなうコールマイン研究室・菊地拓児氏と宇部や美祢で何をおこなうのか興味が尽きない。

 アーティスト・トークと昼食の後、参加者一行はバスに乗り込み、まずは美祢の坑外施設に向った。バスの中では「炭坑を記録する会」の代表・浅野正策氏による美祢の炭坑についてのレクチャーを聴く。日露戦争時代に海軍で使用された無煙炭の話や映画『青春の門』のロケ地になった話など。主に浅野氏のHP「炭坑の遺跡を訪ねて」に紹介されている内容である。
 やがて右手の車窓にボタ山の一部が見えてきた。まさか山口県にボタ山があるとはこれまで思ってもみなかった。
 最初に降りたのはボタ山のほか水平坑道や斜坑跡、貯炭ホッパー、古い変電所等が残る宇部サンド鉱業(株)の敷地内。ここはサンドブラスト用研削材やモルタル用骨材として用いられる珪砂を生産・販売する会社で、山陽無煙鉱業所の元従業員が経営しており、選炭技術がしっかりと活かされているという。
貯炭ホッパーパイプ
↑左は巨大な貯炭ホッパー、右は現在使われている(たぶん珪砂などを通す)パイプ。このフォルムがたまらない。
斜坑 シックナー
↑左は斜坑跡、右は現在もたぶん使われているシックナーと呼ばれる沈殿処理施設。
変電所1 変電所2
↑赤煉瓦の変電所跡。
変電所3 変電所4
↑変電所の内部。
句碑 校舎
↑左は防府生まれの明治の俳人、山頭火の句碑。石炭を載せた車(通称ナベ)が空中に張ったワイヤーを伝って炭を運んだ様子を詠ったものだという。豊田前郷土資料館にその様子を写した写真が残っている。この架空索道はドイツ企業のブライヘルトが製作した物で、ドイツ人技師リップマンの指導で架設されたそうだ。右は麦川小学校の校舎壁面に描かれた炭車。

 続いて美祢と宇部をつなぐ宇部興産の28キロに及ぶ専用道路を通って沖の山コールセンターに向う。専用道路でときおり見かけるダブルストレーラーは、沖の山コールセンターで積上げた石炭を美祢のセメント工場に運んでいるそうだ。浅野氏の話では、一企業による専用道路は国内では珍しいが、維持費が大変とのこと。宇部炭坑は炭坑条件があまり良くなかったため、三井、三菱などの大手が参入しなかった。それが地場産業の成長にプラスとなり、宇部興産の発展につながったという。
NSPタワー 沖の山コールセンターは、主にオーストラリアから輸入した石炭を、セメント工場や発電所などに供給するための中継基地である。年間取扱能力600万トンで、日本では最大級の規模だという。
 興産大橋を渡って少し行くと、NSPタワーが見えてきた。石灰を焼成するためのキルンの前工程をおこなうための施設だ。えらく青かぶりした画像になったが^^;フォルムが実に良い。

 宇部興産敷地内に立つ立坑やぐらを見学した後、貯炭場へ。青黒い泥が広大に堆積した不思議な空間である。自然発熱を防ぐため、散水設備が整備されている。
貯炭場5 貯炭場3
貯炭場2 貯炭場1  
一行はその後、山口銀行宇部支店(旧宇部銀行)へ。
宇部銀行1 宇部銀行3 宇部銀行2
 石炭鉱業を基幹産業として発展した宇部の経済を金融面で支えた銀行だ。設計は故・村野藤吾氏。

 ときわ公園内にある萩原守衛作「坑夫」像前で記念写真を撮った後、石炭記念館を見学して解散。

 11月1日から24日までときわ公園内の石炭記念館で、コールマイン研究室による「炭坑+アート」が開かれるという。入場無料。石炭記念館のサイトに情報が載っていないのはどういうことだろう。展示については0836-31-5281に問い合わせをしてみてください。

 さて、川俣正氏とコールマイン研究室が今後、山口で何をやるのか。妄想交じりの期待で言わせてもらうと、美祢の社会復帰促進センターと共に何かするというのはどうだろう。このセンターが立つ美祢のテクノパークは、炭鉱労働者とその家族、約1250世帯、5,600人が暮らした豊田前社宅炭鉱があった場所である(美祢市教育委員会の『大嶺炭田回顧録』より)。川俣氏はオランダのアルクマールで、薬物やアルコールの依存症患者と2.5キロにも及ぶ木製の遊歩道をつくるというアートプロジェクトをおこなった実績がある。それは依存症患者に欠けた、毎日の日課をこなして何らかの達成感を抱くという習慣を取り戻すという試みだった。矯正施設の人びとと石炭に関わる何かをつくるという試みは、今後の矯正施設を考える上でシンボリックな役割を果たすと思うのだがいかがだろうか。

大友良英展最終日 

13日はYCAM大友良英展の最終日だった。
withoutsrecords
↑はwithout records。制作・設置ボランティアに参加したせいか、少々感傷的な思いに暮れる。
↓は大友良英+高嶺格のサウンド・インスターレーションorchestras。
orchestras
もう3度ばかりみたが、飽きることがない。写真に収めてみるとなんだかヒエロニムス・ボスの描く音楽地獄みたいだ。

↓奈落の作品群も見事である。
奈落3
奈落2
奈落1

外に出ると、影の長くなった秋の日暮れどき、草野球に耽る少年たち。
草野球
日暮れどき

大友良英コンサート@YCAM 

 大友展のクロージングライブに行く。過去2回のライブも鑑賞したが、オールドタイプのノイズファンの私には、今回のライブが最もノイズらしくてあらためて大 友ワールドを堪能できた。かつてノイズといえば、ただただ音響の洪水的なものが多くてしばしば退屈したが、大友のノイズはとにかく飽きさせない。いろんな 音の引き出しをもっている。ノイズファンが期待する音の「快」を熟知しているのだ。あらゆる音楽ジャンルのイディオムから解放された音響デザインに惚れ惚 れした。

 第1部は韓国から来た3人とのセッションで、皮膚を引き裂き肉をかきむしる強音ノイズ。クリスチャン・マークレイも好んで使ったというアメリカのいかついタ ーンテーブルを用いたり、CDやHDDの回転を遮って軋り出る音を拾って処理したりといったもの。繊細さとは無縁な私の耳には、弱音系ノイズよりこうしたア ナーキーな音が似合っている。音が聴覚領域を突き抜けて視覚領域にまで侵襲したかのようで、ありえないはずの音源の視覚イメージが脳内を暴れまわ り、ときには内臓にまで襲い掛かる。
YCAMホワイエ 第2部はwithout recordsのプレーヤーが林立するホワイエ。集まってきた人の多さに感動する。日本の外れの山口にこんなに多くのノイズファンが集合するとは、未来は明る いというか世も末というか。プレーヤーの袂に腰を下ろしてリラックスする姿は屋内なのにまるで野外のノイズキャンプだ。ここでも強音系ノイズがメインで、こ れまでのライブでやや感じられた「共演者たちの持ち味重視路線」でなく、ワシの音を聴けとばかりに炸裂する大友節が豪快だ。
 第3部は高嶺格のorchestras作品が天井から多数吊るされたスタジオAで、山本精一ほかアジアのミュージシャンたちとの共演。スタジオB→ホワイエ→ スタジオAと会場が移っていくコンサートスタイルは実に新鮮で、YCAMスタッフの強い協力体制があってこそ実現できたことが窺われる。
大友良英  ここは大友の発する音だけに集中させてもらった。碁石やボタンを落とし、ペットボトルを振り、突起のあるガラス管を鳴らし、ターンテーブルの擦れる音を 拾い、ツマミを調整し、ドラムを叩き、セロハンテープを引っ張る音まで駆使して各モノがもつ個性的な音を引き出して提示する。どうしてこんな音に惹かれ るのか分からないが否定しようもなく快い。自分が同じようにやってみてもとうてい出せない心地よい肌触りの音の連続だ。
 池田亮司が精米歩合50%未満の大吟醸なら大友のノイズは古酒とマオタイ酒とシャンパンを混ぜたような野味たっぷりの酒だ。しかしそれは適当にブレ ンドされたものでは決してなく、さながら熟練した錬金術師が一生かけて創り出したエリクシルを含んだ最高の美酒だ。

ヤマザキヤマト 

ヤマザキヤマト  どちらかというとダークなものが好みだが、こと音楽に関しては情緒性や身体性と密接に結びついていることもあって、明るいものにもしばしば惹かれる。
 とある会合で同席した声楽の先生から強く勧められ、アートふる山口の野外会場で開かれたヤマザキヤマトのミニコンサートに足を運んだのだが、これはじ つに良かった。少々陰鬱な小雨模様にも関わらず、彼が繰り出すアフリカのリズムにおもわず大地を踏みこんで全身で跳びはねる自分を抑えられなかった 。まあ最初から抑えるつもりはさらさらなかったが。 

 ジャンベなどアフロ系の楽器奏者として知られる彼ヤマザキヤマトだが、本日はハング(またはハング・ドラム)というスイスで2001年に開発された打楽器の音を主に聴かせてくれた。これは写真の通り中華ナベを二つくっつけたよう形をしており、叩く箇所によっていくつかの音階を表現できる。音はスティールパンに似ているが、柔らかく温かみがある。

 演奏された中では、2ndアルバムのタイトルにもなっているTo The Moonが特に気に入った。Youtubeにもいくつか演奏シーンがupされている。以下のリンクは本日も演奏した「闇を走る」。


 身体を原初の舞踏に誘う野生的なリズムに合わせ、誰にもわかる平易な日本語でメッセージを歌うヤマザキヤマトは、人びとに笑顔をもたらすアフリカの明るいシャーマンのようだ。