タイのアート・フィルム@秋吉台 

 タイには何度か訪れたことがある。実をいうと生まれて初めて乗った飛行機というのが、カトマンズからバンコク行きの便だった。学生時代に鑑真号で上海に上陸し、青海省からチベットを経て陸路でネパールに越境し、ポカラで風邪をこじらせたあげくヒドイ下痢に悩まされ、赤痢か何か重篤な伝染病ではないかという不安に苛まれながら飛行機に乗り、やっとの思いで空港を出てバスに乗り込み、少しほっとして車窓の外に目をやると、動物園でしか見たことのなかった象がパームツリーに囲まれた熱帯の草原のなかで丸太を運んでいるのが目に入り、ああここでは人が象とともに生きているのだなあ…と感動したものだ。その後、会社に入ってからも個人旅行でコ・サムイに出かけたり、ビジネス・ミーティングでプーケットに出張したりしたが、こちらが「楽園」を求めるせいもあって、タイの人びとのイメージは今でもビーチでハンモックに身をゆだね、ゆったりまどろんでいる姿である。当地でときおり見かけるブッダの横臥像も、そのイメージを強化する要因である。
 ところが、2004年のスマトラ島沖大地震に伴う大津波で多数の犠牲者を出したことや、警官隊とデモ隊の衝突で190人の負傷者が出たという話を聞くにつけて、楽園の空を不穏な雲が覆いつつあるのではないかと気がかりになる。加えて歴史上、世界のあちこちで何度も繰り返された「近代化」という名の楽園喪失について考えずにはいられない。自然災害は除くとしても、ここ20-30年の間に大量に投入された外国資本、それに伴う国民の「労働者化」が、楽園喪失にさらなる拍車をかけたことは間違いないだろう。

 今回、秋吉台国際芸術村で、レジデンス・アーティストの一人、ジャクラワル・ニルサムロン(Jakrawal NILTHAMRONG,1977-)さんが、これから一緒に制作プロダクションを組むという友人のプティッフォン・アルーンフェン(Phuttiphong Aroonpheng)さんと共に勧めるタイの現代映像作家の作品(主に短編映画)をいくつか観ることができた。
 タイでいま最もホットなディレクター、アディットヤ・アッサラット(Aditya Assarat)による『Waiting』は、初老の男がかつて愛した女性を追い求めてさまようロードムービーで、タイという土地の叙情が映像内に漂っていて快い。
 女性監督アノチャ・スウィチャコンポン(AnochaSuwichakornpong )の『Graceland』は、カンヌ映画祭にも出品されたという傑作で、エルヴィス・プレスリーの故郷、メンフィスの「グレースランド」をモチーフに、ある青年が胸元に傷跡のある謎めいた女性と出会い、夢とも想像ともつかぬイメージが展開するというもの。アメリカ商業文化のアイコンともいうべきプレスリーのイメージとタイの生の現実とが交錯し、タイ人によるモダンイメージと身体が属するタイの生の環境が時に溶け合い、時に分離する独特の空気感をもっている。

 ジャクラワルさん本人による初の長編映画『仮題:TRI』の一部をなす「予言者の旅」(A voyage of Foreteller)は、少年時代に自分の未来を予知してしまった男の夢の旅路を描いている。ジャングルの奥地、滝のある川のほとりに小屋を建てて独居する初老の白人男性が、森や水のイメージと戯れるうちに穏やかな自慰(あるいは夢精か?)を通じてオルガスムに至る。ジャクラワルさんが今回、秋吉台で作った「Man and Gravity」もそうだが、彼の映像は、実際に音を使っているか否かを問わず、観る者をこの世ならぬ場所へと誘うドローンがずっと鳴っているようで、奥深い精神性を感じる。
 プティッフォンさんの「My image Observes your Image if it is Possible to Observe it」は、雲状のかたまりがアイルランドの首都ダブリンの街をただただ浮遊するというもの。ほかにもナワポン・タムロンラタナリット(Nawapol Thamrongrattanarit)のバンコク・タンクス(Bangkok Tanks)や、シヴァロッジ・コンサクン(Sivaroj Kongsakul)のSilencioなどが上映された。

 会場からタイにおけるアート・フィルムとコマーシャル・フィルムの製作・上映体制について質問があったのに対し、プティッフォンさんが「タイではコマーシャル・フィルムの作家とアート・フィルムの作家がはっきりと分かれておらず、寺山修司がアート・フィルムをつくったりコマーシャル・ベースの映画を作ったりしたような、日本の30-40年前と似たような状況である」と答えていたのが印象的だった。そう、あの頃は日本のローカリティと近代の「普遍性」が、たえず闘争を繰り返していた時代だった。
 タイ映画は、今回紹介されたような映像作家が育つことによって厚みを増すことだろう。
 アート・フィルムの作家が育つという状況は、経済的余裕と映像的野心、普遍性との対峙という点でタイの近代化を前提としている。それが「楽園の喪失」と無関係ではあり得ないところが寂しい、と思ってしまうとしたら、それは先進国に生まれ育った者の奢りなのだろう。
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