『ニコニコ学会βを研究してみた』の備忘キーワード集みたいなもん 

『ニコニコ学会βを研究してみた』は、2011年12月6日開催の「第1回ニコニコ学会βシンポジウム」の記録。 ニコニコ研究会委員長の江渡浩一郎は、産業技術総合研究所(産総研)研究員でメディアアーティストとしても知られる。『パターン、Wiki、XP』では建築家クリストファー・アレグザンダー(磯崎新に深く影響)の建築設計思想が、ウォード・カニンガムによるWikiの発明や現在のソフトウェア開発(デザインパターンやアジャイル開発等)の根底に流れている事情を解説している。江渡は確かqwikWebの開発者。



○第1セッション: 川上量生(ドワンゴ)×猪子寿之(チームラボ)

 猪子は昨年9月に博多で開催された明星和楽2012で実物を拝見したが、ルックスも印象的。学部時代の恩師は嵯峨山茂樹(確率論モデルで文字認識や音声認識等)。大学院の恩師は著書『記号と再帰』でサントリー学芸賞を受賞した研鑽言語学・言語工学の田中久美子。江渡の恩師の一人でもある。
 印象に残った発言は、
猪子「つくるプロセスの中から抽象概念を見つけ、それを他にも応用していく」
川上「コンテンツの神秘性や芸術性は「わかりそうでわからないもの」であることに由来する、わかりそうでわからないものを進化の過程で覚えておく能力を獲得した」「神秘的なものはみんな理論でつくっています」

 江渡によるフォローアップ対談(×猪子)では以下のチームラボメンバーが紹介されていた。
 アダム・ブース[Adam Booth]:チーフアートディエクター兼日本画家。
 河田将吾:空間プロデューサー。オフィスソリューション担当。
 高須正和:カタリストDiv、チームラボMake部発起人Make Tokyo Meeting,電子工作フェスなどのテクノロジーイベントに関係、情報処理学会エンターテイメントコンピューティング研究会(SIGEC)登録会員。
 寺尾実:チームディレクター兼CGアニメータ。

 川上が加藤周一の『日本文化における時間と空間』を猪子に薦めていたそうで、こういう本を他人に勧めるタイプだとはちょっと意外。



○第2セッション:伊藤博之×戀塚昭彦×濱野智史

 伊藤博之は初音ミク等ボーカロイドに代表される仮想楽器の開発を手掛けるクリプトン・フューチャー・メディアの代表。同社は他にもrouter.fm(独立ミュージシャン向けにネット配信を仲介するweb上アグリゲータシステム)、 SONICWIRE(仮想楽器・サウンド素材集・効果音等)、ピアプロ(サウンド素材集・効果音等を提供)等のWEBサービスを提供。ピアプロではPCL(ピアプロ・キャラクター・ライセンスを発行し、一定条件下で2次創作を認めてアマチュアの創作文化の拡大を促進している。
 戀塚昭彦はニコ動の技術開発のトップ。NG共有機能で荒らし対策として「管理者」が完全に排斥するのでなく、短い謹慎期間のあと戻ってこれるように配慮しているという話や、ニコ動の海外展開でコメントを通じて相互の言語学習へのモティベーションupが期待できるといった話が面白い。
『アーキテクチャの生態系』の濱野智史は、「ニコニコ動画と初音ミク、あるいは一見関係なさそうなAKB48に関するまとめと試論」という論考を寄せている。前半部分で彼は、初音ミクは現代に特徴的な「注目の経済(アテンション・エコノミー)――つまりはYoutubeやfacebook、twitter等のような、まずは莫大な集客に成功した後にマネタイズがおこなわれる――において最重視される「認知(注目)」という富をあちこちから吸収し、人々は初音ミクという身体が宿す「認知資本」をいわば〈借用〉することで、自分の作品をより広い範囲にコミュニケートできる、つまり、初音ミクのようなキャラクター的身体が「記号消費によるコミュニケーションの〈フィルタリング〉ではなく、90年代以降、無数に分断されたコミュニティの〈ブリッジング〉として機能している、と説く。その背景にDTMでノイズを作曲する愛好者のニコ動ユーザーが「ノイズの楽曲をつくったといっても誰も聴いてくれないが、初音ミクの楽曲だといえばとりあえず聴いてくれる」と話したエピソードをあげるのだが、渋谷慶一郎が岡田利規と共に初音ミクをフィーチャーしてボーカロイドオペラを上演し、日本ノイズの大御所「非常階段」が「初音階段」を展開し、村上隆率いるカイカイキキのSTUDIO PONCOTANがミクを使った3DCGアニメのPVを制作するまでに至った状況を正しく予示している。後半部分は昨年(2012)暮に物議を醸した『前田敦子はキリストを超えた:〈宗教〉としてのAKB48』につながるAKB48賛歌で、自らも「アイドルオタ」と「批評コミュニティ」?とのブリッジングとして機能しようと努める極めてパフォーマティブな発話であろう。

○第3セッション 研究100連発

 職業的研究者が90分の持ち時間で100件の研究を発表するという企画。
 進行役の福地健太郎は明治大学特任准教授:専門はインタラクティブメディア effecTVの開発者。  五十嵐健夫(東大大学院情報理工学教授)は三次元お絵かきソフトTeddyの開発者として名高い。JST ERATO研究総括。IBM科学賞、SIGGRAPH若手科学者賞受賞。有限要素法によって多様な形状の鉄琴がデザイン可能になるというのが面白い。
 京都大学大学院准教授の中村聡史は、運動しなければ閲覧できないWebブラウザ、両手で操作する図形描画システムが面白い。
 明治大学の宮下芳明は、誰でも5拍子のリズムが簡単に作れる「4++」や、本当はどこをみているかバレる「NicoGaze」が気に入った。打ち間違いを好意的に解釈するプログラミング言語「HMMMMML1/2/3」は、ポピュラーな言語なら開発環境がかなり吸収するのでは、と思ったが。インタビューでは、メディアアートの(というか現代美術全般にいえる)「解説しないことによる神秘化」について考えさせられた。
 ほかにもお茶の水女子大の塚田浩二による食べると音が変化する「食べテルミン」等、一見ネタに見えるが実はディープな技術に関わる研究が目白押し。
 トリは有名なソニーコンピュータサイエンス研究所副所長、クウジットの共同創業者として有名な暦本純一。民間企業の研究者だけあって、ビジネス展開向きの研究が多い。実際、背面マルチタッチはPS Vitaとして商品化されたしマルチユーザーAR「TransVision」は世界で初めてAR(拡張現実)を本格的に取り入れたゲームソフト「THE EYE OF JUDGMENT」となっている。インタビューでは「UNIXって生活環境」「身の周りの不便を自分の力で変えられる」と語っており、スチュアート・ブランドの『ホール・アース・カタログ』を想起させるDIY思想が、この人の根底にはあるのではないか。笑顔で座ると褒めてくれる化粧台や視線センシングライフログ、猫視点や鳥視点からの動画撮影などいずれも楽しそうである。現代の消費者は「実用性」ももちろん求めるが、同時に魅力的なUX(ユーザーエクスペリエンス)にアトラクトされることがよく分かっている人なのだろう。最近は拡張人間(augmented human)に関心あるという。
 そういえば「PlaceEngine」は、YCAMのPortBとの長期ワークショップで使用検討されてたなあ、と当時(2008年)を思い出す。

○第4セッション 野尻抱介×後藤真孝×剣持秀紀

 SF作家の野尻抱介はニコ動をモデルにした短編SF『南極点のピアピア動画』で2009年の星雲賞を受賞。『SFマガジン』の創刊以来初の増刷が、初音ミク特集だったという。かわいいの丘から「不気味の谷」への急転直下の危険性という問題提起が面白い。実はまだ初音ミクの歌声にはハマッたことがなく、デジカメラ普及で喩えるなら今はカシオQV10あたりなのかなあというのが正直な感想。ただ、歌詞や曲の流れによっては萌えるのも理解できる。「かわいいの丘」から「不気味の谷」へと転がり落ち始めるくらいが私にとっては「カワイイ」のかもしれない。
 剣持秀紀はヤマハにおけるボーカロイドの生みの親。楽器と音楽文化の共進化の方向性について語っている。
 後藤真孝は産総研の上席研究員、統計数理研究所客員教授、情報処理推進機構(IPA)メディアインタラクション研究グループ長、ぼかりすの人。野尻の小説にも登場する。

 章末の論考で後藤は、研究の目標は論文の執筆ではないと説き、社会をより良く変えていく研究成果を世の中に効果的に伝えるために学会のライブ動画中継や会場での議論の価値向上等を提唱する。自身がおこなったWeb上の動画音声データの音声認識結果から検索ができるPodCastleや音楽理解技術に基づく能動的音楽鑑賞サービスSongleが興味深い。ユーザー参加型の研究や、職業研究者と「野生の研究者」のコミュニケーションの場としてのニコニコ学会βへの期待を語っている。

○第5セッション 研究してみたマッドネス/在野の研究者23名による研究発表

 進行役を務めた八谷和彦は《視聴覚交換マシン》や《ポストペット》で有名、ペットワークスの創設者。
 平井辰典「MAD動画自動生成」や藍圭介の「竹内関数で音楽生成」、unit.makerの「unit」動力集積体などが面白かった。
「野生の研究者大賞2011」受賞作品は、吉崎航による人型ロボット統合操縦ソフト「V-Sido」。これを用いて操縦する油圧駆動の巨大ロボ「クラタス」はWired.jpの記事や先日のNHKのロボティクス特集でも紹介されていた。

 ニコニコ研究会の委員として名を連ねているのは緑字の方々

竹内郁雄(顧問):早稲田大学理工学術院教授、東大名誉教授にしてLISPハッカー、情報処理推進機構(IPA)の未踏ユースのプロジェクトマネジャー。上に出てくる「竹内関数」は竹内教授が編み出した再帰的に定義された関数。
岡本真(事務局長):Yahoo!知恵袋の企画・設計者。アカデミック・リソース・ガイド社の創設者。早稲田大学のITバイオ・マイニング研究所の招聘研究員。
濱崎雅弘:産総研:専門はオンラインコミュニティやセマンティクWEB。
Myrmecoleon(みゆるめこれおん):大学図書館職員兼野生の研究者。
青木俊介:チームラボを創設した後、pixivの技術担当役員・ユカイ工学創設。
稲見昌彦:慶応大学大学院教授:人の感覚・知覚に関わるデバイスを開発。自在化技術・人間のI/O拡張、エンタテインメント工学に関心。
大向一輝:国立情報研究所准教授 株式会社グルコース取締役 CiNiiの設計・運営に携わる。研究テーマはセマンティクウェブとソーシャルメディア。未踏スーパークリエータ認定。
千野裕司:携帯着メロ・ニコ動の開発・指揮を経て現在はドワンゴ執行役員。
豊田正史:東京大学生産技術研究所准教授、ウェブマイニング、UI、情報可視化に関心。
中西泰人:慶応大学准教授 情報空間と実空間を組み合わせたシステムに関心。HCI(Human-computer interaction)、建築家との協同、メディアアート等もおこなう。
吉川日出行:みずほ情報研株式会社 ナレッジマネジメント専門のITコンサルタント。UGCプラットフォームとしてのニコ動に関心。

 ジョン・デューイを引くまでもなく人は習慣の生きものなので、現在でもネットより読書や書店散策や図書館の徘徊に時間を費やす人は年配者を中心に数多い。そういう人でも、人工知能/ロボティクス/拡張現実の研究やネットカルチャーの現状を俯瞰的に理解できるところが良い。ニコ動は時折利用するが全体像ははかり知れないし、ニコ隠語やITジャーゴンをいちいちニコニコ大百科を引きながら理解するというのが面倒という人でも、脚注の丁寧な本書にきっと満足することだろう。
 ロボティクス/人工頭脳系の研究者は日本でも膨大化してきて、どの研究がどう素晴らしいのか、研究相互の関係性や産業・社会とのつながりなど、門外漢には到底フォローできない状況である。テレビに多大な時間を費やす人もまだ多いことを考えると、こういった分野の「池上彰」的キャラクターが強く求められる。

 それにしても、これだけ映像情報が蔓延すると、見方によってはコミュニケーションにおいて言葉が果たす役割は映像のインデクスくらいにまで低下するのではないかさえ思ってしまう。まあ低下すると言ってもコミュニケーション自体は膨大化/深化するのだからあくまでも相対的な話であるし、言葉のもつ表象機能・抽象化機能は今後も欠かすことはできないだろう。それは弾幕をみればわかる。自然言語の重要性は減少するとしても数理言語・コンピュータ言語がそれをオフセットすると考えるべきか。人は蔓延する自然を切り開きコンクリートやアスファルトで覆って都市化をはかったが、同時に公園や緑地という形で、内側にコントロール可能な自然を取り入れた。自然言語もまた公園や緑地のような形で生き延びるほかないのだろうか。〈詩〉は全般的には息も絶え絶えだが、一方でボカロの歌詞という形で、機械の発声により歌い上げられる新しい〈詩〉が生まれつつある。

(以上、敬称略)

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