第5回ニコニコ学会βシンポジウムメモ(後編) 

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Ⅲ.研究100連発

 座長は"光学迷彩"の稲見昌彦(→Tech総研によるインタビュー

 東京大学 名誉教授の伊福部達日本バーチャルリアリティ学会の会長で福祉工学の重鎮。音響学や電子工学など幅広い領域で優れた業績を残している。なんと、ゴジラの映画音楽で有名な伊福部昭の甥にあたる。日本人のたぶん誰もが何度となく聴いたことのある「緊急地震速報チャイム」を制作したほか、抑揚のある「人工喉頭」や触知ボコーダー、触覚ジョグダイアル、話速変換型補聴器、スクリーンリーダー、音声を触覚で操作するiアプリ「ゆびで話そう」等々の開発も手掛けている。その原点には叔父・伊福部昭の映画音楽とアイヌの歌や音楽への共感があるという。蝋管レコードの再生技術への取り組みは、NHKの番組「ユーカラ沈黙の80年」で紹介された。↓は、ムックリ(口琴)を使った演奏。


 人工知能の研究は1990年代からロドニー・ブルックスらにより、構成論的アプローチ――「理解」するために、コンピュータ上で対象をモデリングし、ロボットや装置などを実際につくって現場で動かすことで理解を深めていく――が盛んになってきたというが、実際のところ、それ以前からすでにVR機器や福祉機器の研究開発等を通じて、構成(論)的アプローチがおこなわれてきたのだ。伊福部先生は他にも「気配」の研究や潜在能力の発掘に取り組んでいる。シャケを咥えた熊の置物を目隠しして触るだけで気づくまでのプロセスを追った様子も映像で紹介されていて、バークリーらの「モリヌークス問題」――生まれた時から全盲という条件だが――を想いだす。哲学的な「問い」も、その多くは工学的なアプローチによって、内容や質が大きく変わっていくに違いない。哲学用語の「オントロジー(=存在論)」は今や情報科学やバイオ・インフォマティクスで幅広く使われている。一方で、ロボティクスや生命工学の進展によって、新たな倫理的・哲学的課題が生まれてくる面も忘れてはならない。

 河合隆史は早稲田大学の教授で、立体視映像とはヒトにとって何かという問題意識から、人とシステムのインタラクションや、バーチャルなものと人間との関係、といった人間工学上の研究を進めている。試聴中の注視点を計測することで、3D映像と2D映像とでは異なることが判明し、映像クリエイターが知っておくべき知識や方法論をまとめて 『次世代メディアクリエータ入門1 立体映像表現 』や『3D立体映像表現の基礎"基本原理から制作技術まで"』といった著書を出し、クリエイターが使いやすい3D映像のオーサリングツールや奥行情報分析ツールを開発。最近は、視触覚間の相互作用(クロスモーダル)を利用した、見るだけで触感が伝わる次世代型のVR技術や、情緒を高める奥行情報の表現方法などを研究・開発している。並行してHMDの研究も続けるほか、ゲームプレイヤーが「映像酔い」しにくいゲームソフトや、泣くことによるストレス軽減効果に着目して「99のなみだ」(2008)という「泣きゲー」の開発にも携わった。

拡張する脳』や『ソーシャルブレインズ入門――<社会脳>って何だろう』の著者、理化学研究所の藤井直敬(⇒ブログ)はもともと眼科医で、網膜失陥の症例研究をきっかけに、目と手の協調運動に関わる脳内神経活動を調べるにあたり、計測の効率化をはかるために多点記録手法を編み出し、低侵襲型のシートタイプ電極(ECoG)を皮質表面に多数取り付ける装置を開発。これはもう、つまりはブレイマシンインタフェース(BMI)である。
 また、信頼性の高い脳データを共有するために、今年『なめらかな社会とその敵』で話題となった鈴木健らとニューロティコを立ち上げる。名前の"ティコ"は、鈴木健が「藤井さんはティコ・ブラーエになりたいんですね」と呟いたことに由来する。これは、ティコ・ブラーエが天体について多くの観測記録を残し、弟子のケプラーがその記録を解析してケプラーの法則を発見するに至ったことを踏まえており、たとえ自分がケプラーになれなくとも後進の研究に役立つ脳データが数多く集まれば良し、と保険wを掛けてのことだという。
 最近は、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)とヘッドフォンを装着して視覚と聴覚により現実の世界を代替していくSR(Substitutional Reality; 代替現実)システムを開発。2012年10月にはパフォーマンス集団グラインダーマンのタグチヒトシとともに、SRシステムを用いた舞台作品『MIRAGE』を披露した(山中俊治がデバイスデザインを手がけ、evalaがサウンドデザインを担当)。↓

MIRAGE - Performance Art with Substitutional Reality system (in public) from Hitoshi Taguchi on Vimeo.


 ほかにも渡井大己・市原えつこのセクハラ・インタフェースにSRシステムを導入したり、AR三兄弟の川田十夢とともに「ジョジョ」の荒木飛呂彦を招聘して「アラキ計画」をクリエイトするなど、サイエンスとアート、エンタメの相互交流を促す幅広い領域横断的活動をおこなっている。

 (独)農研機構・食品総合研究所の和田有史は、主に「食」の分野で実験心理学の研究を行っている。ラマチャンドランなどの著作に触れた者なら既にご存じのとおり、「五感が脳内でまざりあう」ことがかなり明らかになってきている。
 たとえば視覚が味嗅覚に影響する例でいうと、プロのワインテイスターでも、赤色を付けた白ワインを赤ワインと誤認することがあるという(後でプロのテイスターがいかに一般人より味覚に優れているかちゃんとデータを出して検証するなどフォローも欠かさないw)。一般に言われている通り、人は五感をフルに使って食事を味わっている(田舎で自作の野菜・果物を食する者にとっては、都市的な外食は視聴覚に偏りすぎているようにも思うが)。五感の混融は経験の積み重ねから来るバイアスではなく、赤ちゃんの段階で感覚同士を結合することも実験で明らかになっている。ほかには、野菜の鮮度判断は色がなくても可能で、輝度ヒストグラムで鮮度を判断できるという話、他人から見られているときの方がフェアトレード商品をよく買うという話、ロゴ色とプライミング、一次元グラフのイラストのほうが認知しやすい話など。

 最後に登場した前田太郎は、助手時代に"光学迷彩"稲見昌彦に攻殻機動隊を読むことを勧めた人。SFオタクで工作が大好きで人間と機械をつなぐインタフェースの研究をずっと続けてきた。人間機械論を標榜し、「世界は情報であふれていない あふれているのは現象だけだ」と言い、「身体を介した「感覚」と「運動」だけが、脳にとっての情報チャネルだ」と説く。東大の人工知能研究会では工作好きを活かしてHMDや力覚提示装置SPIDER、VR3Dビュワーなどを制作し、それがきっかけで筑波大学に職を得てテレイグジスタンス(=臨場存在感)を研究、1000万円を渡されてHMDとマスター操縦装置の基本設計をおこなった。
 その後、機械から人の研究に移り、人間の空間知覚特性を研究。ヒトの見ている空間は曲がっていることは19世紀から知られていたが、それは人間が「平行尺度の空間」と「距離尺度の空間」をそれぞれ持っている――つまり、平行と距離は測る時の尺度が違うため――だと説いた(このあたりもっとじっくり理解したい)。
 それから機械の研究に戻り、究極のインタフェースとは、ずっと自分と同じ感覚情報を得て、ずっと同じ運動をしてきた物であると考え、パラサイト・ヒューマン(Parasitic Humanoid)というコンせプトを編み出す。その具体例として、錯覚を利用した運動誘導を実現(感覚研究において「錯覚」は最も強力な武器)。これはウェアラブル・インタフェースの一種で、強制的な手助けには止まってしまう傾向のある人間に対し、気付く前に上手く動けている感覚状態を「錯覚」させることで、運動を誘導する仕組み。これを応用すれば、五感情報を遠隔地に伝送して再現し、専門家の行動スキル(たとえば心臓マッサージなど)を模倣する手助けが可能となる。パラサイト・ヒューマンは上田早夕里の『華竜の宮(上) (ハヤカワ文庫JA)』にアイデアを提供している。ほかにも手触りを錯覚させる手先力覚の錯覚生成やジャンケン予測(ジャンケンは指で形をつくる前、全動作工程の3分の1時点で85%当てられるそうだ)、自己同一性変容などなど興味深い話がてんこ盛り。じっくり理解する価値のある研究が多い。一般向けの著作がないのは残念だが、前田博士にとっては「書く」より「つくる」ことのほうが楽しいのだろう。キーメッセージは「わかる」ことは「つくれる」こと、だ。「つくる=理解する」はエンジニア哲学といっても良いだろう。ただ、アウトサイダー(シロウト)にとっては、ニコニコ学会βの本で詳しく解説してくれたら嬉しいのだけどw


Ⅳ.菌(くさびら)放送局特番『きのこ会議』

登壇者は国立科学博物館研究員の保坂健太郎と、写真評論家として著名できのこ文学の研究家でもある飯沢耕太郎、糞土師/糞土研究会代表の伊沢正名
座長はWEBデザイナー/きのこ研究者のとよ田キノ子と国立科学博物館の白水貴

 昔、森毅の『キノコの不思議―「大地の贈り物」を100%楽しむ法 (光文社文庫)』を読んでちょっとハマッた口なので、キノコや粘菌の話は嫌いではない。今ではホームセンターでしいたけの原木栽培キットが売られる時代である。ジョン・ケージもキノコ好きだった。内容としては、まあ、キノコ図鑑の写真で名高い伊沢正名が野糞の探究を続けていて、それがえらく印象に残ってしまった。8億年以上?前のキノコと思しきタッパニアの化石やシルル紀~デボン紀に生息していたとされる巨大菌類のプロトタキシーテスも、これまでの野糞ののべ回数が1万回(!)を超える伊沢正名の衝撃にはかなわない、という感じ。

Ⅴ.研究してみたマッドネス

座長は工学ナビ橋本直、Ubi-Cameraの古山善将
研究百連発がスゴくてお腹いっぱいだし、若いスピードに頭がついていけないのでパス。300ドル程度で購入可能となったVR用HMDのオキュラス・リフトを使用した研究が多かった。

以上、敬称略。
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