『超絶技巧! 明治工芸の粋』展 

山口県立美術館

 山口県立美術館で『超絶技巧! 明治工芸の粋』展をみる。
 本展は村田理如のコレクションによる京都・清水三年坂美術館の所蔵品から、七宝や金工、漆工、牙彫、薩摩焼、印籠、自在、刺繍絵画等160点を展示するものだ。

 並河靖之(1845-1927)の有線七宝は精巧さが際立っていて、凄みさえ感じられる。たとえば山水図香炉では、淡い土色の地に金属線の肥痩表現と黒色釉薬のグラデーションだけでもって山水図様を描いている。
 明治政府は外貨獲得を目的として、伝統工芸品を欧米に輸出することを奨励。並河は1875(明治8)年の京都博覧会に出品した作品が銅賞を受賞したことから、その後も各国の博覧会に出品し、数多くの賞を受賞した。並河の作品は、ほかにも、同じく京都にある並河靖之七宝記念館で見ることができる。

 粂野締太郎の「蝶尽し香合」と「菊蝶尽し花弁形鉢」。 一瞥した限りでは模様としてみえないが、体長数ミリの蝶が無数に描かれている。

 金工ゾーンでは正阿弥勝義(1832-1908年)の『柘榴に蝉飾器』、『鯛鮟鱇対花瓶』が気に入った。前者は大ぶりの柘榴の弾けたところから蝉が這いだした様子を象っていて、さらには別のところから同じく這い出した塵虫が齧った跡まで生々しく表していてグロテスクにさえ感じられる。後者では、深海魚の鮟鱇にハモやサザエ、ハマグリ、海藻がまとわりつく様子を象っている。

 木彫・牙彫ゾーンで目が留まったのは、旭玉山(1843-1923)の『葛に蜘蛛の巣図文庫』。江戸生まれの玉山は、明治10年に上野で開かれた第1回内国勧業博覧会に髑髏の牙彫を出品し、最高賞の竜紋賞を受賞した。蜘蛛の巣を意匠にするというアイデアはどこから来たのだろう。石川光明の『蓮根に蛙』はグロテスクなまでに細緻。
 グロテスクに接近するリアリズムというのはどうなのだろう。明治期に輸出品として奨励されたというのだから、グロテスクを愛でる伝統を持つヨーロッパ人の趣味にあわせたのだろうか?それとも、日本では主流とはならなかったが、傍流として脈々と受け継がれた「奇想美」に基づくものなのか。

 ほかにも、甲冑師の明珍派が、鎧や武具づくりで培った細かな技術を活かしてつくった「自在」―数多くの細かい金属部品を蝶番や鋲でつなぎ合わせて複雑な動きを再現―や刺繍絵画も面白い。

 本展のキャッチコピーである"超絶技巧"は、かつてはリストの演奏困難な練習曲やパガニーニのバイオリン演奏を修飾する言葉として使用される場合がほとんどだったと記憶する。細緻を極めた美術作品は日本でも昔から存在したが、「技に淫する」という言葉があるように、日本の伝統的な美学では、やや疎んじられていたのではないかと思う。小学校低学年くらいの男の子が「むちゃくちゃ細かすぎてコワイ」と口にしていたが、日本人の大半はずっと、グロテスクに近づく迫真性より今日の商業アニメやアイドルたちに通じる「カワイイ」を好んできた。

 村田理如はカタログの前文で、明治30年代に入ると、急速な工業国化・軍事大国化が進み、それまで工芸に携わっていた優秀な人材が工業にシフトし、優れた工芸品がつくられなくなったと説明している。彼はスマホやタブレット端末等に用いられるコンデンサや通信モジュール、各種センサー等の精密部品の製造で知られる村田製作所の御曹司だ。京都は村田製作所のほかにも、京セラや島津製作所、オムロン、日本電産、村田機械(村田製作所の関連企業ではない)、ローム、日新電機など、精密機械工業が数多い。

 ことさらに示すのは企業の宣伝めいて無粋、という判断があったのだろう、本展では直截的に触れてはいないが、恐らく本展に込められたメッセージは2つ。繊細で精緻な京都の工芸文化を支えた職人たちの技術や集中力が、今日も世界をリードする京都の精密工業に受け継がれている、ということ。そして、それは江戸時代の長きに渡る平和がもたらした技術なのだ、ということに違いない。

 ↓は村田製作所のロボットプロジェクト"チアリーディング部"のデモ。



 ロボットを支える村田製作所の各種センサ技術をアピールすることを目的としたデモで、ジャイロセンサを用いて1秒間に1000回姿勢を計測、チアロボットの傾きを検出して身体を整え、ボールの真上で重心をキープしている。また、ステージの周囲に超音波と赤外線の発信機を設置し、チアロボットが赤外線センサと超音波マイクでそれらを受信したときの時間差で、ロボットの位置をリアルタイムに把握し、ロボット同士がぶつからないようにしてある。

 流れている曲は、やくしまるえつこが歌う「偏愛嗜好ーチア・チア」。口がなく記号化された目が光る抽象的な意匠は悪くないのだけど、日本で支配的な「カワイイ」文化にあまりに寄り添い過ぎているような。別に商品化するわけでもないし、あくまでも日本市場向けのデモ用なので、指摘する必要もないことだが、もし仮に世界的なデモまで考えているのならば、日本の「カワイイ」美学が全世界でウケてる!と思い込まない方が良いだろう。選択肢として本展にみられる「コワイイ」くらいの「迫真の美」がもっとあって良い。
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