鈴木忠志×東浩紀@ゲンロンカフェ 

 5月23日のゲンロンカフェは「テロの時代の芸術~批判的知性の復活をめぐって」と題して、上田洋子司会による鈴木忠志×東浩紀の対談だった。

 音響機材のノイズが通奏低音として鳴り続けるなか、鈴木がいきなり「そもそもあんた、演劇に興味持てるわけ?」とジャブを打って出て対談開始。さらに「この前の平田との対談(→ブログ:平田オリザ×東浩紀@ゲンロンカフェ)は、全く演劇の本質に触れてなかった」。

 東は途中、鼻血を出しながらも果敢に応戦。話題はストレートに演劇論・芸術論・文化政策論・劇場論へと突き進む。

 鈴木が60年代に演劇を始めたのは、「演劇が好き」だったからではない。「演劇は日本の近代化の先兵を務めた」「演劇は一国の精神を形成するのに相当重要な役割を果たした。これは近づいておかないとマズイと思った」。
 50~60年代における急速な都市化によって、それまで農村社会でおこなわれてきた人間関係・集団・言語・ルールのつくり方が大きく揺さぶられ、日本人の間に精神的不適応が起こった。そもそも明治以降のヨーロッパ文化の受容のあり方に、矛盾やごまかしがあった。こうした目に見えない社会システムや精神の問題を、言葉・身体・集団性という目に見える複数の条件をもつ演劇を通じて可視化しようと試みたのだ、と鈴木は語る。

鈴木:「新しい共同性のルールを確立しなくてはいけない」というのは文化活動であって、芸術ではない。柳田國男が言うように、信仰を等しくしない他者の視線が現れたとき、初めて芸術が、演劇が現れる。

鈴木:文化行政ではなく文化政策が必要。文化政策とは、政治家が責任をとるという形での予算の使い方。たとえば国家的な文化政策ならば「日本以外の人にこれだけ貢献できる」という前提の思想がないとやっていけない。実際、日本政府は、開発銀行への投資にせよODAにせよ、納税者以外の人たちへの経済的貢献をおこなっている、どうして文化・芸術の分野ではそれができないの?

東:ただ、それは官僚や国民の意識の問題というファクターになる。

 商品・貨幣からなる資本主義経済、及び、縮小する未来世代への多額の借金が常態化し膨張する国家による「再分配」をベースとした既存の制度に馴化され、80年代にはわずか3%だった金融資産ゼロ世帯がいまや3割を占めるに到った日本社会で、「納税者以外への貢献」というロジックが果たしてどこまで通用できるのか、という問題。

鈴木:比較的多数の価値観に対し、「この価値観は違う」と精神的レベルで自己主張する場合、多くの芸術家は、方法として「差別されること」を選んだ。差別されるような方法として芸術が選ばれた。

東:今の時代の非常に厄介な問題は、ある程度の「批判性」、「反体制性」はそれ自体が社会にとって必要だということで、むしろ補助金の対象になるという仕組み。かつて左翼が「反」であったのが「差異」のゲームになり、ずらせばずらすほどカネになる、という80年代に言われていたことが実現している。そういうことが上手くなっていく時代に僕たちがいるとき、そこから本当の意味で「ずれる」ということが一体何なのか、誰もわからなくなっている。

鈴木:演劇が良いのは、「暴力」を扱うとしても、言葉や概念ではなく「物」として提示できること。演劇人にとっての一番の作品は劇場。今の日本演劇がダメなのは劇場を持っていないこと。文科省ではなく旧自治省(総務省)の地域総合整備事業債で、2000以上もの自治体に「多目的ホール」が建ち、演劇人はこれを受け入れた。しかし、これは劇場ではない。身体と言葉が一つの空間と強い規定性をもって、そこからメッセージを発することが大切。

 鈴木にとっては、富山県利賀村での活動そのものが、日本に対してライフスタイルを含めて批判的精神を機能させる行為だ。鈴木は磯崎新らと劇場をつくり、管理運営のシステムを変え、訓練のシステムを変えた。「日本を捨てるつもりで富山に行った」という言葉が心に響く。

 ほかにも「双子のウンチ」「寺山修司や唐十郎に対する鈴木の評価」など興味深い話題が盛りだくさん。大方の意見の通り、今回は真の神回だ。タイムシフトで5月30日まで視聴できるらしい。企画・司会の上田洋子は、いまやゲンロンカフェに欠かすことのできない存在となった。

 客席には民主党・仙谷由人の経済ブレーンを務めた水野和夫の姿もあったようだ。富山県利賀芸術公園サイトには、利賀村に彩りを添えた著名な人物や、今日にいたるまでの歴史的経緯が紹介されている。

文中敬称略。
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