『ニューヨーク ジャンクヤード』 

 YCAMでハーバード大学感覚民族誌学ラボの『ニューヨーク ジャンクヤード』(原題:Foreign Parts,2010)をみる。監督はヴェレナ・パラヴェルとJ.P.シニァデツキ。

 映画はベタ黒画面とけたたましいマシン・ノイズから始まる。
 フォークリフトがいきなり廃車の窓ガラスを突き破り、車体を持ち上げる。荒々しく開いたエンジンルームから機械の臓器がぞろりと顕われる。男が管を切断すると、汚れたエンジンオイルが体液のように噴きだす。映画『モンタナ 最後のカウボーイ』では、無数の生きた羊たちと羊飼いの生活が描かれたが、この映画では20世紀に急増した機械動物を解体する人びとが描かれる。廃車の解体は牛の解体に似ている。使える肉や臓器だけ取り出し、陳列棚に並べる。

 舞台はニューヨーク。といってもマンハッタンではなく、摩天楼の影さえないクイーンズのウィレッツ・ポイント。NYメッツの本拠地だが、JFK発着の航空機が絶えず騒音を吐きながら上空を行き交う地域だ。広大な通りを挟んでバラックめいたパーツ屋が軒を並べている。店内の壁には車を解体するための諸道具が大量に吊るされ、裏には車のスクラップやタイヤが積み上がっている。ジャンク・シティの構成要素、自動車の屍骸を貪るハイエナたちが暮すジャンク・ヤード。地面は未舗装かまたは舗装していたとしても随所に陥没が生じ、降雨後には大きな水たまりがいくつもできる。北米はいくつか都市を巡ったが、最も雰囲気が似ているのはメキシコ北部の国境の街、ティファナだ。

 住民はおもに粗野なラティーノだが、なかにはラテンのワル男を彼氏に選んだ若い白人娘もいる。敬虔なハシディズムを実践するユダヤ教徒たちもいる。コカインやヘロイン、アヘンの売人も登場するが、あまり強調されない。ジージャンを着た短髪の黒人老女が魅力的だ。小松左京の『日本アパッチ族』(→wiki)を想起させるが、彼らはなにもくず鉄を食べるわけではない。赤身の牛肉をバーベキューにしてコークやスプライトで胃袋に流し込む。

 映画は『モンタナ 最後のカウボーイ』と同じく、失われていく生活者の姿を描いている。動物と人工物と人間の相互作用はある形で形成され習慣化されしばらく継続するが、外界の変化により、その関係の形を変えていく。『ジャンクヤード』の終盤では、人けの少ない早朝の道路にニワトリが彷徨う。ブニュエル・ファンとしては『忘れられた人びと』へのオマージュと思いたいところ。

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