キネマ旬報2016年1月下旬号 

 キネ旬はたいてい図書館でさっと目を通すだけだが、ごくたまに買って保存しておきたくなる号があって、最近では1月下旬号がそれ。

 上島春彦×吉田宏明によるハリウッドVSアメリカでは、最初にクリント・イーストウッドが事あるごとに影響を口にするというウィリアム・ウェルマン監督の『牛泥棒』を取り上げて自警団民主主義と私刑(リンチ)について語り、続いてダルトン・トランボら左翼人脈が空爆への国民の支持を得るために米国政府のプロパガンダに加担するも、WW2終戦後の赤狩り時代に初期の標的になったこと、そして、東西冷戦の激化時代を終えて1960年以降は敵が共産圏ではなくなり、次第にアメリカ巨大企業やCIA、大統領になっていく経緯を追っている。

 滝本誠のセルロイドの画集136は、フランク・ハーバートの『デューン/砂の惑星』に参加したヴィットリオ・ストラーロのカラーリングアイデアに始まりモノトーン至上主義だった頃のディヴィッド・リンチが唯一例外的に傑作と認めていたイエジー・スコリモフスキの『Deep End(早春)』、その生命体のような赤からマーク・ロスコの赤を経由しロジャー・コーマンの『赤死病の仮面』(1964)の撮影監督だったニコラス・ローグの『赤い影』(1973)へとつなげてみせる。



 荒俣宏の百年の闇 キネマの幻は、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の新主人公フィンに与えられた「FN-2187」という名前からルーカスの「フォース」概念の霊感源となったアーサー・リプセットの前衛映画「21-87」(1964)に言及する。ルーカスの「フォース」は、バーナード・ショーのライフフォースに由来するのではないかと薄ぼんやりと思っていたのだけど、実際のところどうなのだろう? 西洋風水のレイ・ラインにいう「聖マイケル軸」の終点にあたるアイルランド南西部の小島スケリグ・マイケルへと話を持っていくところは荒俣宏の真骨頂。

 細野晴臣 映画を聴きましょう39ではサスペリアの諸作品を手がけたゴブリンやマイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」を取り上げた後、ロマン・ポランスキーにつなげ、ビーチボーイズの結成メンバーの一人で、ブライアン・ウィルソンの弟でもあるデニス・ウィルソンがマンソン・ファミリーのメンバーだったことに触れている。シンガーソングライターを目指していたマンソンは、ドリス・デイの息子で音楽プロデューサーのテリー・メルチャーにデビューの申し出を断られる。マンソンの恨みをはらすためファミリーの連中がメルチャーの邸宅を襲撃したが、メルチャーの邸宅はポランスキーの手に渡っていて、彼の不在中に友人たちを連れ込んでいたシャロン・テートが殺されたという経緯がローラン・ブーズロー監督の『ロマン・ポランスキー 初めての告白』で語られていたようだ。

 大特集がスピルバーグの新作『ブリッジ・オブ・スパイ』で、市川昆を扱う小特集もある。ほかにも加藤武 芝居語りが黒沢明のマクベス――「蜘蛛巣城」――に触れているし、成田陽子の「忘れられないスター」第277回(!)は、フェリーニ映画によく出演していたクラウディア・カルディナーレをインタビュー。宇田川幸洋がオリヴェイラの『アンジェリカの微笑み』について書き、映画・書評はタルコフスキーの『ホフマニアーナ』――幻の企画となった、E.T.A.ホフマンをモデルにした映画の脚本を取り上げている。
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