映画『エクス・マキナ』 

 ユナイテッド・シネマなかま16でアレックス・ガーランドの映画『エクス・マキナ』をみる。

 あらすじはwikiに詳しい。

 アレックス・ガーランドといえば、1990年代半ばにバックパッカー小説『ザ・ビーチ』で華々しいデビューを飾ったことが思い出される。『タイタニック』で名声を手にしたレオナルド・ディカプリオ主演で映画化されたが、映画の方は今一つ評判がよくなかった覚えがある。

 ガーランド自身が監督する今回の作品は、『ザ・ビーチ』と同様に、外界から隔絶された楽園のような場所が舞台だ。
 撮影地はノルウェーの北西部に位置するフィヨルド地域に立つジュヴェ・ランドスケープ・ホテル。自然の緑に囲まれ岩山を取り入れた全面ガラス張りの建築は、ノルウェーの建築家ジェンセン&スコドヴィンによる設計。コンクリート打ちっぱなしの壁やガラスケース内の坪庭はどことなく(ヨーロッパ的解釈を施された)日本的な美学を反映しているようにみえる。



 舞台はほとんど同じ建物内、主要登場人物が4名、テーマもストーリーも古典的なまでにシンプルだ。ピグマリオンしかり、デカルトのフランシーヌ人形しかり、ホフマン『砂男』(→wiki:砂男)のオリンピアしかり。女性そっくりの人形(や自動人形)を愛してしまう"男性問題"は、ヨーロッパの仄暗い伝統の一つだ。ちなみに某所のトリビアによると、映画に登場するブルーブック社長のネイサンは、『砂男』の主人公ナタナエルに由来するらしい。映画では主人公のケイレブとネイサンがアンドロイドに性別があるべきかについて議論を交わすが、性別があったほうが感情が豊かになる(うろ覚え^^;)という話はなかなか興味深い。

 おーっ!と唸らせるような人工知能/ロボティクスの斬新なアイデアを期待すると肩透かしを食らう。とはいえ、ストーリーがシンプルなので、注意はおのずとエイヴァの造形や所作、ケイレブとエイヴァとの会話や交情へと向かう。
 エイヴァの造形は実に美しい。後頭部~頸部や胸部から腰部にかけての胴体部分、肩から手首までスケルトンになっていて、内部のメタリックな筋が青や赤に光る。腰のくびれはこれまでのガイノイド(=女性型ロボット)にありがちの極端にくびれたタイプでなく、実際の女性に近い。エイヴァのコンセプト画はマーク・シンプソンだが、ある角度の光に対してだけ現れるメッシュのボディを発案したのは監督自身だったという。映画の視覚効果を担当したのは主にDouble Negative。当社はこの映画で、十倍近い製作費を投じてつくられた『スターウォーズ フォースの覚醒』を抑えて第88回アカデミー賞(視覚効果部門)を受賞した。



 ただ、個人的には造形よりむしろ、エイヴァの所作や身体の動きに目が行った。欧米の女性の動作としてはあまり目にすることのない、日本的ともいえる奥ゆかしい動きを見せる。ふつう欧米の女性は、膝を折ってかしずくような姿勢をとらない。政治的正しさを要求される映画の中では特にそうだ。
 これはネイサンが、ケイレブのポルノ視聴履歴をベースに解析した結果をエイヴァに反映させているせいかもしれない。ケイレブはきっと「男性にかしずく日本orアジア女性」のステロタイプなイメージが登場するAVサイトの愛好者なのだw。それはケイレブだけでなくネイサンの好みでもある。いまや日本でも死語と化した「しとやかさ」は実在の女性よりもコンピュータと接する時間が圧倒的に多い欧米のギークたちのメイル・ファンタジーの一つとして理想化されているのだろうか。エイヴァが自ら選んで身に着ける衣服も、女性自身が好む「カッコイイ」イメージではなく、ある種の(多くの?)男性が好む「おとなしく清楚」なものだった。

 ちなみに、途中でエイヴァ誕生に至るまでにネイサンがつくった実験作が映るが、これらはエイヴァと異なり、メカ部品を裸出したスケルトンタイプでなく、人工皮膚を施した「不気味の谷」まっしぐらの生々しいガイノイドたちだった。

 勝手な憶測というか妄想だが、この映画は生々しいまでに細部がリアルな外見のアンドロイドを目指すことで世界的にも知名度の高い石黒浩に対する「批評」なのではないか。

 日本人はこれまで、細緻なリアルをほとんど追及しなかった。石黒浩が目指す人間そっくりの外見ロボットは、外貨獲得を目的に編み出された超絶技巧を駆使した明治工芸と同じく日本的というよりむしろ欧米人好みを希求したものと言って良い。

 アレックス・ガーランドはカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』の脚本に携わって以来、イシグロとは交遊が続いていると聞く。彼の影響がどの程度この映画に反映されているか定かでないが、どことなくこの映画は、イシグロと同じ姓の石黒に対し、人間そっくりの外見のアンドロイドという方向性はちょっと違うのでは?と囁きかけているように感じるのだ。日本には文楽人形の動きにせよ、優れたアニメにせよ、ビジュアル的に細緻でないにも関わらず、動きによって「人間らしさ」を表現する伝統文化があるではないか、それをお忘れではないか、と。

 ちょうど昨晩、NHKニュース:人間のしぐさ表現するアンドロイド公開(7月29日) を見たが、石黒は最近、池上高志とともに、外見は機械のままで、内側から人間に近づける試みをおこなっているらしい。ロボスタの記事(2016/7/29)の写真をみると後頭部と胴体部分がメカ剥きだしでエイヴァの造形に似ているw。イギリスでの映画の公開は2015年1月。ひょっとするとこの映画は、石黒浩になにがしかの気づきを与えたのではないか。そのように思ってしまうのは、想像が過ぎるだろうか。

 『エクス・マキナ』については、ブルーブックー―つまり、ヴィトゲンシュタインの青色本や、『シンギュラリティ-人工知能から超知能へ』の著者マレー・シャナハンの影響など興味深い点が見いだされるが、とりあえずここまで。
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