YCAM爆音映画祭2016~光りの墓 

 YCAM爆音映画祭2016で『光りの墓』(2015)、『悪魔のいけにえ』(1974)、『マッドマックス 怒りのデスロード』(2015)の3本をみる。

『光りの墓』はアピチャッポン・ウィーラセタクンの最新作。
 爆音上映会であるため、遠くを走る自動車のエンジン音や機械ノイズといった、本来なら微かなはずの音まで伝わってくる。それは冒頭と最後の場面に登場する日立建機のパワーショベルが示すように、地域開発が盛んに進められるタイの状況をあらわしている。とはいえ、映画は外国資本の大量導入による「地域開発」によって喪われていくタイの何かを強調するわけではない。むしろ映画のパワーショベルは大地に眠っていた記憶を掘り起こす役割を果たしている。



 舞台はタイ東北部イサーン地方のコーンケン。廃校を利用した仮設病院には、原因不明の眠り病にかかった兵士たちがベッドに横たわっている。眠り病は戦争のメタファーだ。兵士たちの戦闘/戦争を眠りで表現するという特異な発想を映像化するのは、現代世界でアピチャッポン以外に誰がいるだろう。兵士たちは一体どんな夢をみているのだろう。

 タイのイメージ・カラーは黄金の横臥仏や僧衣、熱を帯びた午後の陽光をあらわす山吹色だが、この映画で強く印象に残る色はむしろ、眠れる兵士たちを包み込むブランケットの青だ。

 イサーン地方の歴史は複雑だ。千年単位で歴史を紐とくと、アンコール・ワットを築いたクメール王朝が支配した時代があり、ラオ系のラーンサーン王国が制覇した時代がある。シャム(タイ)王国によって統合されたのは、せいぜい19世紀後半~20世紀前半のことでしかない。タイにおける多数派とラオ語を話す人びととの間には根深い「感情の問題」が横たわっている。それは昨今、世界各地で声高になってきた分離独立運動に発展する可能性も否定できず、当局の警戒を引き起こしている。

 光の治療について、アピチャッポンはパンフのなかで「光によって脳細胞を操作し、特定の記憶を蘇らせようとしていたMITの教授の話」を記事で読んだと述べている。もしかしたらRIKEN-MIT神経回路遺伝学センターの利根川進らが進めている研究にも関わる話だろうか。
 アピチャッポン監督は死者の霊や精霊(ピー)の存在など、スリランカのジェフリー・バワによる「アニミズム・モダン」建築とも通じあう21世紀のモダン・アニミズムを指向しているようにみえるが、そこにオプト・ジェネティクス(→wiki)まで導入する身ぶりさえ感じられる。

 パンフに掲載されたアピチャッポンのインタビューによると、次回作は知覚体験を操作するような古来の薬草を使ったヒーリングメソッドについて描くために南米を舞台にする、らしい。ペヨーテを体験するためにメキシコに向かったアントナン・アルトーやW.バロウズ、あるいはカルロス・カスタネダみたいになってしまうのか。そこは文化的背景も時代も異なるアピチャッポンのこと、単純に先駆者たちの後追いをするわけではなかろう、と思いたい。21世紀のモダン・アニミズム meets マジカルハーブに期待しよう。

『悪魔のいけにえ』はトビー・フーパー監督の1974年作品。昔、19インチのTVモニターで酒飲みながら視聴したときには印象に残らなかったが、今回、YCAMスタジオAで座席の下から這い上がってくる震動とともに大音響で聴くと、かなりヤバイ。チェーンソーの機械音と女性の悲鳴からなる産業ノイズ・ムーヴィーの傑作だ。広大なテキサス州を真夜中ずっとドライブした者にとっては、何者かに殺されても目撃者に恵まれることがいっさい期待できない、テキサスの大地そのものが有する狂気と恐怖の表現でもある。

『マッドマックス 怒りのデスロード』は昨年話題になった。まさかboid樋口泰人自身の主宰による爆音映画祭でこの映画を初見することになるとは。これまで観ずに我慢?した甲斐があったというものだ。スタジオAがびっしり満員になったのを見るのは何年ぶりだろうか。しかも、樋口自身の口から当映画の「爆音上映」の顛末についてちょっぴり聴けるとは。

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