映画『スポットライト』ほか 

 小倉昭和館で『スポットライト』(2015)と『スティーブ・ジョブズ』(2015)の2本立てをみる。

 トム・マッカーシー監督の『スポットライト』は、第88回アカデミー賞で作品賞と脚本賞を受賞。内容は実話に基づき、カトリック教会内で組織的に隠蔽されていた児童への慢性的な性的虐待の実態を追及した、新聞記者たちの活動を描いている。

 概要はこちら(→wiki:スポットライト 世紀のスクープ)。

 アメリカ国内のカトリック人口はおよそ20%(1980年代以降、増加傾向にある)だが、メキシコでは90%を超える。前年のアカデミー賞作品賞をメキシコ出身のイニャリトゥ&ルベツキ『バードマン』(→ブログ)に与えたのは、翌年、一気にカトリックをオトす伏線だったのかよ!(しかも最も熱心に追い詰める局長はユダヤ系)と、WASPによる陰謀を妄想したため?、公開時には積極的に見ようとしなかったが、小倉昭和館であらためて見て、素直に反省しました^^;。イニャリトゥ自身、『アマロ神父の罪』でカトリックのスキャンダル――麻薬マフィアとの関係や堕胎――を扱っているが、そんなことでアカデミー賞が左右されるわけではない(と信じよう)。

 ITや人工知能が支配的になりつつある米国では、かえって信仰の重要性がクローズアップされている。白人たちの近代的個人主義がもたらした少子化に歯止めをかけているのは、カトリックの堕胎禁止への情熱だと主張する人もいる。技術の進歩は近代以前のものの考え方を一掃すると考えられていたが、一部の情報技術はむしろ古い信仰や歪んだ信念を存続させることに寄与している。

 この映画では神を追い払ったハズの近代における根本的な「信仰対象」とも言える「正義」と「事実性」への真摯な姿勢がテーマになっている。それらはかつて「神」がそうであったように、たやすく定義できる概念ではないし、人びとの捉え方の違いで、大きな紛争や軋轢を招くケースが少なくない。



 舞台はカトリック人口が比較的多い、アメリカ東部の古都ボストン。

 登場人物は大きく3つに分類できる。カトリック側の人間とボストン・グローブ紙の記者、そして弁護士たち。言うまでもなくカトリックはバチカンを頂点とする超巨大な信仰組織だ。神父は一生、独身であることが義務付けられており、この映画を見る限り、性愛が抑圧されて成熟した大人の道徳感情が未発達の人も少なくないようだ。

 弁護士は近代的な法社会の司祭だ。ただ、この映画での彼らは、クライアントの利益を守るために、法律の言語ゲームで闘う原子的な存在として描かれている。

 追及する側のボストン・グローブ紙も教会同様に組織だ。教会に比べると遥かに小規模かつフラットで、組織というよりチームだが、それでも階層と指揮系統はある。映画では、組織と個人との間の葛藤も描かれる。

 オフィスを見たところ、IT化は進んでいない。書類の山に埋もれてパソコンが一台ちょこんとあるだけ。時代背景が2001年ということも理由だが、人への取材が基盤となる記者の仕事がIT化になじまないせいでもある。スタッフたちの年齢分布は、当時すでにオールドメディアと呼ばれていた「新聞」の置かれた状況を物語っている。
 しかし、映画は、既存の新聞ジャーナリズムを衰退に追いやったブログ・ジャーナリズムやデータ・ジャーナリズムに、ボストン・グローブ紙の記者たちが必死に成し遂げた、巨大ダムを決壊させる「蟻の一穴」のような、傑出した成果が果たして可能なのか、と観客に問いかけている。

 記者の中にはカトリック信者もいる。自身も教会信者で、イニャリトゥの『バードマン』で主役を演じたマイケル・キートン扮するロビーは、地元のカトリックの学校出身だ。彼は教会での児童虐待の告発を受けながら記事にしなかった過去をもつ。しかし、児童への性的虐待というコトの重大さに心を改め、教会の内情に詳しい旧友のサリヴァン弁護士を説得する。自分たちが学校に通っていた時代からずっと運動部の顧問をして子どもたちにイタズラをし続けていた神父の名前を挙げ、オレたちがもし、その運動部に所属していたらどうなっていたと思う?と問いかける。また、紅一点のサーシャは、祖母が敬虔なカトリック教徒だ。

 独身を義務付けられた僧が男児に性的なイタズラをする例は、日本の仏教でもかつてはときおり見られたことだ。「イタズラ」の度合いにもよるが、それが「断じて許されざること」として一般市民の間に認知されたのは、遠い昔のことではない。

 時代が9.11同時多発テロが起きた2001年~2002年初頭だということも、見逃せないポイントの一つだ。当時は、プロテスタント系の福音派を支持基盤としたジョージ・ブッシュが十字軍発言をするなど、キリスト教アメリカ対イスラムという図式が過度に強調され、キリスト教の固い結束に反して教会を告発する動きはご法度、と考える人も少なくなかったはずだ。

 しかし、ボストン・グローブ紙の調査報道は大きな反響を呼び、国内だけでなく海外でも教会への告発が相次ぎ、ついにはローマ教皇ベネディクト16世が辞任するまでに至った。

 映画は教会神父の独身制度の問題点に踏み込んでいるが、wiki:スポットライト 世紀のスクープによれば、「バチカンの日刊紙『オッセルヴァトーレ・ロマーノ』は本作のアカデミー作品賞受賞を受け、「反カトリック的な映画ではない」とするコラムを掲載したらしい。

 それにしても、正義への真摯な姿勢に貫かれた本作のような映画がアカデミー賞を受賞する一方で、大統領選はおよそ先進国の選挙戦とは思えない様相を呈している。「正義」や「公正」と並ぶ近代的理念の一つである「民主主義」への信仰がぐらつきそうな事態だ。

 この日のもう一本は『スティーブ・ジョブズ』(2015)。1984年の伝説のMacintoshプレゼンテーション(IBMをビッグ・ブラザーにたとえたやつ)開始直前からNeXTを経て、いよいよ第2の黄金期、1998年のiMacプレゼン開始までを描く。それはかたくなに認知しない娘のリサの成長とともにある。ジョブズのヤなところが執拗に繰り返し強調される。邦画にありがちの、英雄をことさら欠点一つない素晴らしい人に描くのも嫌いだが、ヤなところばかり強調しすぎるのもちょっとうんざり。脚本のアーロン・ソーキンは『ソーシャル・ネットワーク』の人。なるほど。

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