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『破綻するアメリカ』(2) 

『破綻するアメリカ』(1)からの続き。

 第4章 アメリカ衰退論の中で

・アイデンティティ・ポリティクス批判の"リベラル派"思想史家マーク・リラ(→wiki:Mark Lilla)が表明する、「多様性」が民主主義の基盤を揺るがす事態への懸念。60年代的運動体政治の細分化(性的少数者、人種…)、思想的純粋性をめぐる競争、運動体政治の時代に「個人主義」が加わって、「個人性こそ政治性だ」となる。
・バノンはトランプ政権を去る際に言った。「左派が人種とアイデンティティに焦点を当てて、こちらが経済ナショナリズムを訴え続けていれば、民主党をつぶせる」。
・PC(ポリティカル・コレクト)問題がアメリカ世論で最初に大きく取り上げられたのは1991年前後(←90年代前半の英会話教材に、What's PC?というテーマがあったのを想い出す)。
・リベラル派の重鎮シュレジンガーの『アメリカの分裂』は、西欧の啓蒙主義の伝統の上に立つ文化多元主義(cultural pluralism)は許容されるが、さまざまな文化が栄えるための共通基盤である啓蒙の価値(自由・民主主義・多元主義)を破壊する多文化主義(multiculturalism)=PCは反米的だと考える。
 ・アラン・ブルームは『アメリカン・マインドの終焉』で、アカデミックな心理学・社会学・比較文学・人類学を支配した「ニーチェ・ハイデガーかぶれの左翼が、大学を解放どころか解体した」とみた。
・続いて、保守系文芸雑誌の『クライテリオン』を主舞台に活動したロジャー・キンボール(→wiki:Roger Kimball)は『終身雇用された過激派たち』(Tenured Radicals)を書いた。ポール・ド・マンの反ユダヤ的言辞にも言及。
・マーク・リラの『難破する精神 』では、(ミシェル・ウエルベックを含む)米欧の反動思想を考察。通底するのは、シュペングラー「西洋の没落」意識。福田和也は『奇妙な廃墟』で「アクション・フランセーズ」のナチス協力知識人らの系譜をたどった。
・シュレジンガーが述べた「個人からなる国」と考えるべき、の個人(individual)と、リラが問題視する「公共善の必要を忘れて徹底して自己の欲求を追求し、アイデンティティの確認を追い求める個人(=personal)」の違い。

 第5章 戦後アメリカ保守思想

・アメリカが最も左傾化した、1930年代ニューディーラー全盛期、整序された自覚的保守主義勢力は存在しなかった。
・計画経済・ニューディール・国家総力戦全盛の1944年、ハイエクの『隷従への道』がイギリスで出版(翌45年にアメリカでも)。いわく「計画化は必ず独裁に行きつく」。「計画の合理性」より「市場の不合理」を信じる。
・但し、ライオネル・トリリング(→wiki: Lionel_Trilling)の『リベラルの想像力』(1950年ベストセラー)曰く「(現時点の)アメリカの思想伝統はリベラルしかない!」
・1955年、ウィリアム・バックリー・ジュニアの『ナショナル・レビュー』創刊。政府肥大化への反対(リバタリアニズム)・有機的社会の道徳秩序の擁護(エドマンド・バーグ的保守主義)・反共産主義の3点から戦後保守主義を立て直すことを目指す。2017年、31歳のジュリアス・クレインが立ち上げた『アメリカン・アフェアーズ』(ピーター・ティールが旗揚げパーティーに参加)は、これの再来と言われる。
・ラッセル・カーク(→wiki )の英米伝統主義的保守主義。「自由主義、集産主義、功利主義、実証主義、個人主義、プラグマティズム、社会主義、資本主義」すべてを批判。
・ハイエク対カーク(モンペルラン1957)論争。ただし、共通の敵(共産主義、社会主義的進歩主義)を前に保守思想の合同をはかる。
・1960年代後半にネオコン台頭。第一世代は、NYシティ・カレッジの亡命ユダヤ人、アーヴィング・クリストル(→wiki)、ダニエル・ベル(二人は65年に「パブリック・インタレスト」創刊)、ネイサン・グレイザー、アーヴィング・ハウ。文芸評論家ノーマン・ポドレッツ(→wiki:Norman_Podhoretz)ら。その他、戦略理論家アルバート・ウォルステッターに影響され、政府高官として加わったリチャード・パール、ポール・ウルフォウィッツ等。
 第2世代はフランシス・フクヤマ、ビル・クリストル、デイヴィッド・ブルックス(→wiki: David Brooks(commentator))。
 フクヤマの言動や、彼に影響を与えたコジェーヴ(→wiki)によるヘーゲル解釈、普遍同質国家(universal homogenous state)についてはp208~。ラッセル・カークのネオコン批判。
 保守思想史家ジョージ・ナッシュの見立てでは「リバタリアン・伝統主義の連合に、反共保守が50年代に合流し、60年代後半以降にネオコンが加わり、70年代後半に大衆運動として宗教右派も合流し、レーガン政権誕生に貢献」。

 第6章 戦後アメリカ保守思想

・湾岸戦争をめぐるネオコン対リバタリアン・伝統主義者論争。仲裁役となるべき『ナショナル・レビュー』もネオコン側へ。ブキャナンは中産階級ラディカルに支持され、反ネオコンにつく。
・ブキャナンの選挙戦略思想を担ったサミュエル・フランシスは86年に書いた長文エッセーで、「ネオコンはニューディール以降の政財界テクノクラート支配体制に加わるエリート集団に過ぎない」と主張。しかし、ジャレッド・テイラー主催の会合(1995)での言動が「反ユダヤ主義」、「人種主義者」と見なされ、フランシスは「粛清」される。
・クリントン政権についてはp229~、ブッシュ政権についてはp231~
・9.11テロ後、ネオコン主導でイラク戦争へ。→ネオコンへの激しい反発が生じ、ネオコンは「好戦的」の代名詞となった。
・「パブリック・インタレスト」は2005年廃刊。姉妹誌「ナショナル・インタレスト」内部分裂、フクヤマが最タカ派チャールズ・クラフトハマーと対立し、ネオコン離脱宣言(2006年)。キッシンジャーらは残留、ニクソン・センターが経営を引き継ぐ。フクヤマは「アメリカン・インタレスト」創刊。
・レオ・シュトラウス派の主だった人物は以下の通り。
①アラン・ブルーム(東海岸派。フクヤマは教え子)。
②ハリー・ジャッファ(→wiki:HarryV. Jaffa) シュトラウス西海岸派の中核。マイケル・アントンは教え子。
③ハーヴェイ・マンスフィールド(→wiki:Harvey Mansfield)。ハーバードで数少ない本格保守思想家、西海岸派とも交遊もつ。教え子にはビル・クリストルやトランプ時代の政治思想をつくりだそうとするジュリアス・クレイン等。フクヤマやマーク・リラも彼に学んだ。
・シュトラウスやシュトラウス派の考え方についてはp240~。
・泥沼の戦争(アフガン・イラク戦争)を招いたネオコンへの大衆的反発がオバマ政権を生み出したが、政権発足とともにティーパーティ運動(→wiki)に攻撃される。
・ネオコンとの徹底した対決姿勢をとるトランプが大統領選に出馬し、ティーパーティ及び「粛清」された保守(オルタナ右翼)が支持。