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映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』 

 KBCシネマでマイク・リー監督の新作映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』を観る。

 概要はこちら(→wiki)。

 リー監督は前作『ターナー、光に愛を求めて』(→ブログ)で19世紀のロンドンを描いたが、本作でも19世紀前半のイギリスを描いている。
 今回の主な舞台は、1819年のマンチェスターだ。
 マンチェスターといえば、サッカーファンにはマンチェスターユナイティドの本拠地として、音楽ファンには80年代後半に808ステイトやニューオーダー等を輩出した地として知られるが、歴史的には産業革命発祥の地として名高い。映画では大量の力職機が並ぶ工場のシーンが出てくる。映画では直接触れられないが、機械を破壊するラッダイト運動(→wiki)が起こったのも、この時代だ。(ついでに言えば、チャールズ・バベッジ(→wiki)が階差機関の試作に取り組んだのもこの時代だった。彼はアダム・スミスの分業論を展開させ、フレデリック・テイラー等の科学的管理法を先駆ける研究をおこなった)。

 18世紀末~19世紀初頭にかけて、アメリカ独立とフランス革命がイギリスの体制派に与えた衝撃は甚大だった。政治・経済のコントロールの失敗がイギリス本土や他の植民地に波及し、大混乱が生じるのではないかという不安が渦巻いた。
 フランス革命を受けて、ユニテリアン牧師、リチャード・プライスは『祖国愛について』という政治的パンフレットを発行し、いち早くフランス革命支持を訴えた。これに猛反発したのが、近代保守主義の祖と言われ、美術史では『崇高と美の観念の起源』で名高いエドマンド・バーグ(→wiki)。『破綻するアメリカ』(→ブログ)にも触れてあったが、第2次大戦後のアメリカで共産主義の脅威が叫ばれたとき、保守派に最も読まれたのが、バーグの『フランス革命の省察』(1790)だった。
 これに早速、反論を唱えたのが、女権論の先駆者として知られるメアリー・ウルストンクラフト(→wiki)だった。ウィリアム・ゴドウィンも1793年に『政治的正義』を著しバーク批判に加わった。二人の間にできた娘が、『フランケンシュタイン』の著者として名高いメアリー・シェリー。彼女が『フランケンシュタイン』を出版したのも、ピータールーの虐殺が起きた1810年代後半だった。映画『メアリーの総て』(→ブログ:映画『メアリーの総て』)では『ピータールー』と同様、当時のイギリスにおける困窮のさまが描かれていた。

 困窮をもたらした直接の原因は、ナポレオン戦争(→wiki)だった。
 この戦争はかつてない膨大な額の戦費をヨーロッパ諸国に要求した。ナポレオンは1806年に大陸封鎖令を発令してイギリスとの通商を全面的に禁止し、大陸と交易できなくなったイギリスは不況に陥った。さらに、フランスを封じ込めようと海上封鎖に出たため、アメリカと利害が衝突し、1812年~15年にかけて米英戦争が起こった。
 イギリスは「史上最も困難な局面」を迎えたのだ。
『イギリスの歴史を知るための50章』29章に掲載された1700年~1815年の軍事費推移表をみると、18世紀末から軍事費がうなぎのぼりになっている。本土防衛のために正規軍や民兵だけでは足りず、各地で義勇軍部隊が編成された。

 終戦後、大陸封鎖令が解かれると、イギリスの地主層は農業国フランスから膨大な量の安価な穀物がイギリスに流入することを恐れ、議会に働きかけて「穀物法」((→wiki)を1815年に制定(宮崎正勝『世界〈経済〉全史』)。映画ではマンチェスターの貧困層が「穀物法」について語り合う場面も出てくる。このとき、自由貿易主義の立場から穀物法に反対したのが経済学者リカード(→wiki)だった。

 イギリスでは名誉革命以降、フランスと長きにわたる戦争をおこなった(第2次英仏百年戦争)が、その戦費を調達できたのは、国債制度を導入したからだ。戦争で国債発行残高が膨らんだイギリスは、1797年に紙幣の金兌換を一時停止。イングランド銀行券の価値が暴落してインフレが進行した。この状況に増税や「穀物法」が重なり、多くの民衆は日々の食糧を得ることさえままならなくなった。

 1815年のワーテルローの戦いでは、フランス軍が勝てばイギリスのコンソル公債は暴落し、イギリスが勝利すれば高騰すると言われていた。この際、イギリス軍勝利の情報をいち早く掴んでおきながら、最初「売り」を仕掛けてコンソル公債を暴落させた後、一気に大量買いして莫大な利益を上げたのが、ネイサン・ロスチャイルド(→wiki)。ネイサンの一族は後にイングランド銀行の紙幣発行権を握り、金兌換を再開したポンドを通じて世界経済を牛耳るようになる(『世界〈経済〉全史』)。彼がユダヤ人であったことから、もともと国王の金庫番を務めることの多かったユダヤ人のイメージは、民衆にとって「戦争を利用して金儲けをする強欲な資本家」イメージと重なるようになる。ヨーロッパ各地でポグロム(→wiki)の嵐が吹き荒れ、後代、偽書『シオンの賢者の議定書』を通じて、ユダヤ人絶滅を目標に掲げるナチスドイツが台頭するまでとなる。

『オックスフォード ブリテン諸島の歴史 8』には、以下のように記されている。
 ナポレオンはブリテンにとって最強の同盟者であったことが立証された。ナポレオンが競争相手をすべて潰した結果、ブリテンは1815年に最初の近代超大国の地位に就いたのである。プロイセンの元帥グナイゼナウが「グレート・ブリテンは、地球上のすべての人間のなかで、この悪漢にもっとも恩義がある。彼が引き起こした出来事を通し、イングランドの強大さ、繁栄、富は高みに登った。彼女(イングランド)はいまや海の支配者であり、その領土においても世界貿易においても彼女が恐れるに足る単独の競争者は皆無である」と嘆じたように。」

『イギリス史研究入門』から、いくつか文を拾う。
「ワーテルローの戦いに続く数年間は、「民衆急進主義の英雄的時代」と呼ばれた〔E.P.Thompson〕」。
「現体制を積極的に容認するバーク的な勢力を対極におき、ロマン主義に傾倒した人びと、国家=国教会体制を糾弾する急進主義者(ラディカル)やプロテスタント非国教徒やカトリック、ペインやカーライルの影響を受けた革命的共和主義者、功利主義者、本来のあるべき国制への立戻りを求める福音主義者などがいた。出身地も、またときに肌の色さえ異なる彼らは、同床異夢ながら、1832年の第一次選挙法改正に至るまでひとつの運動潮流を構成した。友愛組合もロバート・オウウェン(→wiki)の実験とともに、別の改革の流れをなした。」
「反穀物法同盟は実際にはコブデン(→wiki)ら活動家の理論闘争にとどまらず、労働者や女性を動員し、しかも「大成功」した大運動だった。」

 ピータールーの虐殺事件は、未曽有の危機の時代、急進的な改革派と体制支持派の2極分化が先鋭化した状況下で起こった。

 映画にはワーテルローの戦いで活躍したジョン・ビング将軍(→wiki)や内務大臣シドマス卿、治安判事会の議長ウィリアム・フルトン、地元の急進派、サミュエル・バンフォード、集会の発起人でマンチェスター・オブザーヴァー紙の創刊者ジョゼフ・ジョンソン、同紙の編集主幹、サッカー・サクストンらが登場する。
 しかし、本作の本当の主人公は名もなき民衆たちだ。
 女権運動の活動も描かれているが、当時は急進派の男性にも女性を下に見る傾向が見られた。とにかくまず、成人男性の選挙権獲得が最優先とされた。それでも、1832年の選挙法改正で選挙権を獲得できたのは、産業資本家などの中間層だけだった。

 ジョン・ビングはマンチェスターを含む北部イングランドの正規軍を率いていたが、集会当日がビングの馬が出馬する競馬レースに出馬する日と重なったため、レストレンジ中佐に集会の指揮を任せる。

 ヘンリー・ハントの演説は、現在の感覚からすると「文学的」過ぎるように聞こえる。しかし、当時、詩と文学は政治的演説とともにあった。ワーズワースやコールリッジ、パーシー・シェリーも政治的パンフレットを書いている。
 ハントを演じるのは『007スカイフォール』(2012)や『007スペクター』でビル・タナー役をつとめ、『イミテーションゲーム』でアラン・チューリングを尋問する刑事を演じたロリー・キニア。

 おびただしい数の民衆が広場を埋め尽くす様子は、香港で現在進行中の大規模デモを彷彿とさせる。ピータールーの広場にはマンチェスターとその周辺の人口の約半分、6~8万人が集まったと伝えられている。香港の200万人に及ぶデモがどういうものか、想像するだけでも息をのむ。

 マイク・リーは、民衆を虐殺した者たちに対して当時の国王が与えた評価についても包み隠すことなく描いている。

 文中敬称略。

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