『ダ・ヴィンチ・コード』は夜明けの晩に電気クラゲの夢を見る。 

  ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』は2004年に米国で出版されて以来、全世界で約5000万部を売り上げたそうだ。ソニーピクチャーズの映画は現在公開中で、カトリックの反発を招きながらも大ヒットを記録している。
 イエスが実はマグダラのマリアとデキていて磔刑を逃れて南仏に渡り、ふたりの子孫がフランスのメロヴィング王朝につらなり……という話は、十数年前に出版されて話題となったバーバラ・スィーリングの『イエスのミステリー』やヘンリー・リンカーンやマイケル・ベイジェント、リチャード・リーの『レンヌ=ル=シャトーの謎 イエスの血脈と聖杯伝説』(盗作騒ぎになったね)、マーガレット・スターバード の『マグダラのマリアと聖杯』、リン・ピクネット&クライブ・プリンスの『マグダラとヨハネのミステリー』などの著書で読書家の間では以前から知られていたけど、こんなに爆発的なヒットに結びつくとは思わな かった。ハリー・ポッターしかり陰陽師しかり、オカルトはいつの時代も人類を魅了してきた。
 マイケル・ベイジェントとリチャード・リーが本作品を盗作だと訴える気持ちは分からないでもない。これだけ大ヒットしたのだから多少のおこぼれが欲しいだろう。しかし裁判所は、歴史上の仮説は引用されても盗作にはあたらず、これを禁止すれば作家の創造性を阻害してしまうと判断した。個人的には印税の数パーセントは分けてあげてもいい気がするが、具体的に何パーセントにするか誰も根拠をもって決められないだろう。『レンヌ=ル=シャトーの謎』だってもとはといえばフランス人であるピエール・プランタール、フィリップ・ド・シェリセー、ジェラール・ド・セードなどによる「作品」を下敷きにしているのだし。詳しい事情を知りたい方は、Wikipediaで「シオン修道会」を検索すれば良い。

レンヌ=ル=シャトーの謎―イエスの血脈と聖杯伝説レンヌ=ル=シャトーの謎―イエスの血脈と聖杯伝説
マイケル ベイジェント ヘンリー リンカーン リチャード リー

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マグダラのマリアと聖杯マグダラのマリアと聖杯
マーガレット・スターバード 和泉 裕子

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ジュール・ヴェルヌの暗号―レンヌ=ル=シャトーの謎と秘密結社ジュール・ヴェルヌの暗号―レンヌ=ル=シャトーの謎と秘密結社
ミシェル ラミ Michel Lamy 高尾 謙史

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マグダラとヨハネのミステリー―二つの顔を持ったイエスマグダラとヨハネのミステリー―二つの顔を持ったイエス
リン ピクネット クライブ プリンス Lynn Picknett

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 藝術新潮の6月号では『ダ・ヴィンチ・コードの○と×』と題し、小池寿子と宮下誠の対談を載せている。
 小池寿子といえば『死者のいる中世』や『マカーブル逍遙』の著者で中世ヨーロッパの死と腐敗の美学を探求する学者。宮下誠はパウル・クレーの研究家として知られる。正直な感想を言わせていただけば、できれば小池寿子と荒俣宏で中世やルネサンスの美術とキリスト教オカルティズムの密接な関係についてディープに対談して欲しかった。
 それというのも、宮下誠が少々いただけなかったからだ。「自分は20世紀美術の専門家だから聞き役に回ります」と殊勝なことを言いながら、まああけすけにダン・ブラウンをけなすことけなすこと。ゲージュツなんてえものはビートたけしを冠にしてさえ『誰でもピカソ』が低視聴率にあえぐほど大衆受けしない分野なのだから、幅広い人たちにルネサンス美術の面白さをアピールしてくれた『ダ・ヴィンチ・コード』を高飛車な態度で批判するのはいかがなものか。「美術評論家ってタカビーで感じワル~」と思われるより、むしろ本作品をネタにオカルトと芸術の怪しい関係を熱っぽく語って、アートファンを増やしたほうが建設的ではなかろうか。あるいは藝術新潮の読者は超ベストセラーの娯楽小説に対して斜に構える人が多いというパーセプションに基づいてのことか。まあ確かにダン・ブラウンが本の扉に書く「この小説における芸術作品、文書、秘密儀式に関する記述はすべて事実に基づいている」という一文は、ちょっと首を傾げたくなるけどね。
 20世紀アートの専門家を名乗るなら、本作に出てきた「シオン修道会」の存在を証明するという秘密文書『ドシエ・スクレ』がピエール・プランタールやジェラール・ド・セードらによる偽造であって、このセードという人はシュールレアリスト詩人のポール・エリュアールとも親しく、1940年代に“Les Reverberes”や“La Main a Plume”といったシュールレアリスト・グループに属していて、それらは60年代にクリプトグラフィー(暗号法)やアナグラムに熱中したウリポ(Oulipo)――潜在的文学工房――という文学グループ(ミシェル・レリスやレイモン・クノーも参加した)に発展する……といった事情なんかを話して欲しかった。さもなくばアンドレ・ブルトンの『魔術的芸術』を引き合いに出してシュールレアリスムとオカルティズムの豊穣なる関係史をひも解くとか、「シオン修道会」の歴代総長にどうしてジャン・コクトーの名前が挙がっているのかについてうんちくを傾けるとか、いろいろ話を広げられるじゃん。
 対照的に小池さんはじつにイイ味を出している。『ダ・ヴィンチ・コード』については細かい瑕疵を指摘しながらもわりと好意的で、しかも「ブドウ絞り器としてのイエスって知ってる? イエスの身体がブドウ絞り器になってて赤ワインの血がドッバーって出て、それを聖杯が受け止めるんですよ~」とか「レオナルドは視覚にとても興味があって、死体からくりぬいた目玉を輪切りにしようとしたらニュルニュルして切れなかったもんだから、茹でちゃった」などと発言するところはサービス精神旺盛だ。ベルギー・ブリュージュの聖血教会にも言及しているし、映画でソフィー役を演じたオドレイ・トトゥの容貌をねちねちといたぶる点も女の悪意に溢れていて楽しかった。「シオン修道会」の歴代総長に名を連ねる錬金術師、ニコラ・フラメルに関する著書を訳しているくらいだからオカルト関係はもともと好みなのだろう。
 わが愛するアウトサイダーアートの世界にも、オカルトは大きな影響を及ぼしている。
 霊に憑かれて描かれる霊媒アートはアウトサイダーアートの一大分野だ。エレーヌ・スミスは憑依状態で火星文明を描いたし、オギュスタン・ルサージュはティアナのアポロニウスの霊に導かれて偏執的な絵画を描き始めた。アンドレ・ブルトンに発掘されたジョセフ・クレパン は手かざしの霊的磁気治療師だったし、マッジ・ギルは「マイニナレスト」という創造の精霊にとりつかれて狂気の刺繍に明け暮れた。
 乱暴に言ってしまえば精神疾患とオカルトとアウトサイダーアートとコンスピラシーセオリー(陰謀論)は竹馬の友みたいなものなのだ。
芸術新潮 2006年 06月号 [雑誌]芸術新潮 2006年 06月号 [雑誌]
新潮社 2006-05-25
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