山陰アートツーリズム(3)~足立美術館 


足立美術館庭園
 マイナー志向とでもいうのだろうか、何かしらメジャーなものや王道めいたものが嫌いで、マジョリティが見向きもしないものを特に好むという人がいる。重度というわけではないが私もその一人で、たとえばバックパッカー時代にはインドを旅行してもバラナシやプシュカルには何日も滞在しながらタージマハールのあるアグラには行かなかったり、中国では北京や万里の長城には目もくれず青海省からチベットに入ったり、ヨーロッパに足を踏み入れても英独仏伊に寄らず、スペインに長期滞在したり。あるいは会社員になってカリフォルニアに1年間駐在したときも、デスバレーは3回も訪れていながらイエローストーンには一度も行かなかったり。
 美術に関してもルネサンス絵画に目覚めたのは澁澤龍彦発マニエリスム経由だったし、近代日本画の巨匠である狩野芳崖や横山大観には見向きもしなかった。それが年齢によるのだろうか、多少はそのようなものへも抵抗感なく触れられる――まあやはり「めちゃめちゃ好き」とまではいかないが――ようになって、今更ながらメジャーになった足立美術館を訪ねてみることにした。

 足立美術館の場合、所蔵品の魅力というよりも、庭園がアメリカの日本庭園専門雑誌『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』のランキング9年連続庭園日本一に選ばれたのが話題になったこともあって、日本の文化なのに相変わらず海外に権威を委ねてしまう傾向というのはいかがなものかと思う一方、民間の美術館である以上は収益をあげなければやっていけないわけであって、『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』で三つ星を獲得し、Googleアートプロジェクトで日本から選ばれた6館のミュージアムの一つになるまでには、コンテンツの充実化もさることながら並々ならぬ広報・営業努力があったことを忘れてはならない。誇らしげに「9年連続庭園日本一」と彫られた石碑を見て、ちょっとした恥ずかしさを覚えたとしても、その営業努力を軽侮してはいけない。

 チケットを購入して自動改札機を抜けると蒔絵や螺鈿をほどこした調度品を展示する通路が続いており、ガラス越しに庭園を見ることができる。
足立美術館の苔庭1 足立美術館の苔庭2
 まずは主庭の枯山水庭に続く側庭の苔庭。作庭は庭師の小島佐一による。水面を模した白砂の輪郭や飛石が描く流麗な曲線が美しい。苔の手入れも行き届いている。

足立美術館の枯山水庭1 足立美術館の枯山水庭2
 続いて主庭の枯山水庭。作庭は庭師の中根金作で、鳥取の佐治石や四国で採れる青石等が用いられている。画像に映っている滝は高さ15メートルの人工の滝。
 松食虫予防剤注入やサツキの刈込・整枝、砂の整地、苔の灌水などメンテナンスの年間スケジュールを表したパネルが飾ってあって庭園は作庭もさることながら維持管理に膨大な人手と手間とお金がかかることがうかがえる。

足立美術館の池庭 足立美術館の池庭
 本館の南東側にまわると池庭が広がっている。

 順路に従って本館の2階にあがると、小展示室があって「歴史・文学との出会い――日本画家による物語絵」と称された展示がおこなわれている。
 気に入ったのは山元春挙の屏風絵『瑞祥』。霧にけぶる峻険な岩山や中華風の望楼、山道、樹木、人等が大きな画面に細やかに描かれている。山水画というとモノクロの掛軸しか知らない浅学な私にとって、現代的ともいえるような色鮮やかな青緑色には違和感を覚えるが、それがまた新たな発見として心に刻まれる。山水画は中国の神仙思想を表していると言われるが、じっと見つめていると脳内と絵画との間で紡ぎだされる物語素のようなもので快くなる。

 続く大展示室では春季特別展の「横山大観vs.竹内栖鳳」。大観の『那智乃滝』、栖鳳の『四季花鳥図』など気に入る。栖鳳の80年ぶりに発見された大作「雨霽」もある。大観の『紅葉』――6曲1双、横幅3メートル60センチの大作――が飾られていて、これがまた実に眩しいばかりに色鮮やかで、心ひそかに日本絵画がこんなに派手でいいのだろうか、と思案に暮れてしまう。横山大観は眼で描く芸術と心で描く芸術とを峻別し、心で描く芸術では技術を従とした。
 なお、2階の展望室からは、斐伊川水系の一級河川、飯梨川下流域に広がる肥沃な沖積平野の彼方に月山が見える。月山といえば戦国時代の山陰の覇者、尼子氏の月山富田城があった山である。放映時にアメリカ駐在だったために見逃した、というより関心そのものが薄かったNHK大河ドラマの『毛利元就』を何年か前に地元のケーブルテレビの再放送で観て、内館牧子の男と女の行状を遠慮なく辛辣に描いた大人の脚本に思わずのめりこみ、あらためて自分の故郷を含む中国地方の戦国時代史に触れることができた。史実うんぬんはともかくこの作品をもっと前に観ていたら、すっかり意識の下にインプリントされて山口を西京と呼ぶことになんの抵抗も覚えなかったかもしれない――のだが、本作で最も魅力的に描かれる緒方拳扮する尼子経久が亡くなったのが、たしか月山富田城である。急峻な山に建つ難攻不落の城というイメージだったのに、それは中国山地ならではのなだらかな里山にしか見えない。
足立美術館2 足立美術館2

 美術館にはほかにも北大路魯山人や河井寛次郎の陶器を置く陶芸館がある。
 また、地下通路を渡った先の新館には、足立美術館賞の歴代受賞者の絵画作品を展示していて、村岡貴美男や岸野香織、宮北千織の作品が気に入る。

 足立美術館は、地域の実業家・足立全康が庭園にせよ収集品にせよ莫大な私財と情熱を傾けて築かれた美術館である。こうした実業家個人のコレクションをベースにした美術館にはブリジストンの石橋美術館や山種美術館などがあり、最近ではベネッセの――これは個人というのかベネッセ・ホールディングスというのか詳細は知らないが――アート支援活動がよく知られるが、昔に比較すると飛躍的に「持てる者」の個人資産は膨張しているというのに、そうしたアート支援活動にじゅうぶんお金が回っていない気がしてならない。もちろんこれ見よがしの目立った形ではなく、企業のフィランソロピー活動は現在も盛んに行われているのかもしれないし、「正しく」審美眼を養ってきたとは言い難い実業家個人の趣味に即したコレクションよりも、美術振興財団という形で専門家の審美眼のもとにアートサポートやコレクションがおこなわれるほうが健全だと言えるのかもしれない。
 しかし、サラリーマン富裕層が拡大している現在、実体経済に回りやすく人目に付きやすい「贅沢」が目に見える分、人の妬みを買いやすいこともあって控えられ、人目につかないマネーゲームに可処分所得や金融資産が大量に流入し、諸国のずさんな金融政策に振り回されている状況を見るにつけて、アクチュアルのアート活動の支援等にお金を回す仕組みはないのだろうかと思う今日この頃だったりする。
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