【 平野啓一郎とユイスマンス 】
平野啓一郎といえば1999年に23歳で芥川賞を受賞した純文学作家だが、その受賞作品『日蝕』に、魔女の汚名を
着せられたアンドロギュノス――両性具有者――が火刑台へと引き立てられるシーンが出てくる。主人公は、想像
を絶する拷問を受けたうえ観衆から石を投げつけられて血だるまとなったアンドロギュノスからえもいわれぬ芳香
が漂ってくるのを嗅いで、スヒーダムの聖女リドヴィナを思い起こす。

日蝕
平野 啓一郎
新潮社 2002-01
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この聖女リドヴィナ、ウォラギネの『黄金伝説』には紹介されていない。元ネタは恐らくユイスマンスの『腐爛の華』だ
ろう。
本書によると、リドヴィナは15歳で健康を害し、その後38年にわたって次々に襲い掛かってくる病苦に耐え忍ん
だ末に亡くなった人物である。その生涯は旧約聖書のヨブも顔負けの凄絶さで、尿道結石から極度の神経痛、肺臓
と肝臓のカリエス、ペスト等の重病に罹り、全身は皮下溢血で紫色に膨れ上がっていたるところ腫瘍に蝕まれ、腫
瘍が爆ぜて血膿にまみれ、傷口は腐敗して蛆がわいたという。

腐爛の華―
スヒーダムの聖女リドヴィナ
J.K.ユイスマンス 田辺 貞之助
国書刊行会 1994-02
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リドヴィナは列聖されていないので、厳密には聖女ではなく福女である。
カトリックでは厳密な手続きによってまずは福者として認められ、さらに長く煩雑な列聖手続きを経てやっと聖人に認定される。
圧制者の手によって殺された殉教ではないからなのだろうが、生き地獄のような生涯を送った彼女が聖人として認められないのはなんとも割り切れない。
ただ、いずれにせよ彼女がイエスと同じく人類の罪を背負い、生け贄として神に差し出されたことには変わりない。
原初的な宗教に供犠は付き物だ。昔は日本だけに限らず全世界的に人身御供や人柱の慣習があった。贖罪の子羊として神に身を捧げたイエスを信奉するキリスト教は、まさに供犠の思想を中心に据えた宗教と言えるだろう。
圧制者の残酷な拷問に耐え忍んだ挙句に殉教した者が聖者として崇敬されるとなると、聖人伝はいかに聖人が残酷な目にあったかを文章で競っているかのように読めてしまう。じじつ『黄金伝説』には残虐な拷問シーンがいくつも登場する。
カトリシズムは神の愛(アガペー)や隣人愛を重んじる愛の宗教だと言われるが、実のところ東洋人には到底信じがたい罪悪に対する密かな欲望と淫虐趣味にまみれた宗教と言えるかも知れない。
ユイスマンスはたいへん
興味深い作家で、たとえば出世作の『さかしま』では主人公のデ・ゼッサントはそれぞれ別の種類の酒が入った小さ
な酒樽をいくつも並べ、あたかも音楽を聴くような感覚で1滴ずつ別の酒を喉に注いでいく、という「口中オルガ
ン」のアイデアを披露している。それぞれの酒の味覚を楽器の音に対応させるというのだ。
さかしま
J.K. ユイスマンス 渋澤 龍彦
河出書房新社 2002-06
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彼の作品は小説としてはいささか単調で展開の妙に欠け、性格描写や心理描写もややステロタイプなのだが、眼に見えるものの描写だけはマニアックなまでに精緻だったりする。たとえば『大伽藍』は前半がほとんど聖堂の描写ばかりである。
ユイスマンスに関すると
っておきの伝説といえば、澁澤龍彦が『悪魔のいる文学史』に記しているブーラン元神父とスタニスラス・ガイタの呪術合戦
だ。
ブーランは性的密儀を執り
行う怪しげな宗教家で、ガイタはアンドロギュノスの美学を唱道して象徴派画家――特にベルギーのクノップフやデルヴィルらに影響を与えたジョゼフ・ペラダンと共に「薔
薇十字カバラ会」を創設したオカルト研究家。ガイタがブーランの不穏な噂を嗅ぎ付けて彼を告発したことがきっ
かけで、両者の間で「呪術戦争」が始まった。
ユイスマンスは悪魔学についての著書――後の『彼方』である――を執筆しようと考えてブーランに資料収集の協力を求め、いつのまにかブーランに篭絡されてしまう。
モロー
やルドンなど美術の趣味は
ペラダンと似通うものの、ユイスマンスはブーラン側に味方してガイタやジョゼフ・ペラダンを批判した。
ガイタの呪術(?)は効果てきめんで、ユイスマンスがリヨンのブーランの元を訪れるとブーランや彼の弟子たちが何もないのに空中に飛ばされては床に叩きつけられていたという。
そしてブーランは1893年に心臓麻痺で急死。ユイスマンスの若い友人ジュール・ボワは、ブーランの死はガイタの呪殺だと新聞記事に書いてガイタと決闘沙汰にまで及んだ。そのガイタも1897年にモルヒネの過剰摂取で死亡。
以上のエピソードについては、ロバート・バルディックの『ユイスマンス伝』に詳しく載っている。

ユイスマン
ス伝
ロバート バルディック Robert Baldick 岡谷 公二
学習研究社 1996-11
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なお、ユイスマンスは『腐爛の華』の出版から4年後に舌癌となって激痛に悩まされたが、リドヴィナのように
神より与えられた苦痛として受け止め、亡くなるまで痛み止めの薬をいっさい拒否したという。
さて、平野啓一郎だが、一時は「三島由紀夫の再来」とまで絶賛されたものだが、どうも最近はこれといって話
題を提供してくれない。優れた文学者たるもの現代的な問題に背を向けてはならないという一般論にとらわれてい
るのかもしれないし、若いのだからいろんな文学表現に挑戦するのも良いのだけど、そろそろまた『日蝕』の頃の
ような伝統美学の世界に回帰して欲しい。1読者の身勝手な要望だが、あの難解な常用外漢字はほどほどでいいと
して、デ・ゼッサントのようにアナクロなまでに芸術至上主義の世界を極めて欲しいものである。
- [2007/03/28]
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Hiii
- [2007/06/15]
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