【 中也――あるいは死児を抱くアウトサイダー 】
たまにはローカルな話をしよう。
今年は詩人・中原中也の生誕100周年ということで、中也が生まれ育った山口県内外ではさまざまな関連イベントが催されている。じつはある事情からそうしたイベントの一つに関わっているため、今回はその紹介をしたい
中原中也といえば、アウトサイダー・アートとも決して無縁ではない。アウトサイダー・アートというのは、イギリスの美術研究者、ロジャー・カーディナルがジャン・デュビュッフェの編み出した「アール・ブリュット」の概念を英訳したとき生まれた言葉だが、カーディナルは英訳の際、コリン・ウィルソンの『アウトサイダー』のニュアンスを込めた、と後に語っている。
アウトサイダー(outsider)という英語はふつう、「部外者」や「門外漢」、「シロウト」を表すが、ほかにも「社会から孤立した者」「はみ出し者」の意味がある。C・ウィルソン(Colin Wilson, 1931〜)は25歳のときに書いた処女評論『アウトサイダー』で何人かの思想家や芸術家、作家を取り上げ、社会規範から逸脱した存在――アウトサイダーの実存的生きざまを描いて大ベストセラー作家の地位を築いた。
日本の文芸評論家・河上徹太郎(1902〜1980)は、彼の「アウトサイダー」概念を援用して『日本のアウトサイダー』を著し、1960年に新潮文学賞を受賞している。その『日本のアウトサイダー』で最初に紹介されるのが中原中也だ。
中也は今なお大衆的人気の高い詩人で、とくにJ-POPのミュージシャンに愛されている。友川かずきや大槻ケンヂのほか、変わったところでは男臭いイメージがウリの一世風靡セピアも、アニメ「魁!男塾」のオープニング曲とエンディング曲で中也の詩を扱っている。
中也は30歳で亡くなるまで正業に就かず、実家から仕送りをもらって暮らした、いわば根っからの「遊蕩児」だった。詩作や訳業が認められていなければ、今でいうニートに過ぎなかった。実家からの仕送りに頼って酒に溺れる放蕩者の分際で結婚し、子どもをふたりもうけた。ところが溺愛していた長男が幼くして病死し、激しい衝撃を受けて精神病院に入院している。中也が亡くなったのはその翌年のことだ。中也の死後、引き続いて次男も病死した。
中也が精神疾患を患ったため、これまたアウトサイダー・アートと密接な関係にある病跡学――パトロジー(Pathology)の研究者たちも彼に強い関心を抱いた。犯罪精神医学関係で多くの著書がある精神科医・福島章(1936〜)は、『正気と狂気の間』や『愛と性と死』の中で中也の精神病理学的考察をおこなっている。確かに愛児を失った後に書いた『冬の長門峡』は深い鬱状態がありありと伺える詩だ。

今回紹介するイベントというのは、10月21日に山口市陶でおこなわれる公開対談だ。「文系男子、中也!」と題したこのイベントは、山口情報芸術センターが主催する長期市民参加企画「meets the artist 2007 編集ワークショップ 一冊の本をみんなで作る」の一環で開催されるもので、対談内容は来春出版予定の本に収録されることになっている。
対談者は京都大学大学院・文学科教授の吉岡洋氏と、山口市内にある中原中也記念館・副館長の中原豊氏。吉岡氏は現代思想や美学、メディア・アートを専門とし、京都芸術センター発行の伝説の批評雑誌「Diatxt.」で編集長を務め、京都ビエンナーレ2003や大垣ビエンナーレ2006など展覧会の企画も手がけるフットワークに優れた学者。かたや中原豊氏は助教授時代に中也テキストのデータベースを構築した気鋭の中原中也研究家で、自ら詩作やギターの弾き語りをおこなう表現者でもある。
アウトサイダー・アートや病跡学の視点で対談することはあるまいが、かつては放蕩者の文学青年だった中也の詩がどれだけ現代の大衆文化に影響を与えたのか、また、中也の作品がいくつか英訳、仏訳されるなか、海外でいかに受け止められているかについて興味深い話が聞けるに違いない。
日時は10月21日、14:00〜16:00。
場所は山口市南部ののどかな田園のなかにひっそりとたたずむ正護寺。車のない人にとって交通の便は決してよくないが、それだけに鄙びた情緒が色濃く残るところだ。

詳細は山口情報芸術センターのこちらのページをご覧あれ。
- [2007/10/08]
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