瀬戸内国際芸術祭2013 

瀬戸内国際芸術祭2013

 瀬戸内国際芸術祭2013(春季)に行った。前回の2010年度は行けなかったが、評判をいくつか耳にした。李禹煥美術館や豊島美術館といった大きな「伽藍」の開館が重なり、大いに賑わったようだが、初回だったこともあり課題もいくつか指摘されたと聞いている。
 前回の開催期間は、2010年7月19日~10月末までの105日間だったが、今回は春(3/20~4/21)・夏(7/20~9/1)・秋(10/5~11/4)の3期108日間となる。
 会場は前回、直島・豊島・女木島・男木島・小豆島・大島・犬島・高松港周辺で、今回はこれに坂出市の沙弥島(春期)、塩飽諸島の本島(秋期)・高見島(秋期)・伊吹島(夏期)・粟島(秋期)の5島が加わった。
 瀬戸内の島めぐりは、いつかやろうと思いながらこれまで果たせなかったことの一つだ。何もない島をのんびり旅してまわるのは憧れだが、いかんせん現代人の悪いくせで、プラス何かがないと重い腰をあげられないものだ。その意味で、じゅうぶんアートは旅へと誘う効果をもっていると断言できる。

 今回訪ねたのは犬島女木島沙弥島・直島・豊島である。坂出市の人工土地四谷シモン美術館、丸亀の猪熊弦一郎現代美術館にも立ち寄った。ほかにもイサム・ノグチ庭園美術館や金毘羅宮など訪ねたいところはいくつかあったが、次の機会としたい。

 実行委員会会長は前回に引き続き香川県知事で、ベネッセの福武総一郎会長が総合プロデューサーを務めている。総合ディレクターも前回同様、越後妻有アートトリエンナーレ等の実績で名高い北川フラムだ。
 北川フラムの仕事は、もっと評価されて良い。彼は20年以上前の1992年に、槇文彦が長年にわたって取り組んだ東京・代官山ヒルテラスとその周辺を舞台に「アート・オリエンテーリング」を仕掛けた。それはアート作品を霊場に置かれた「聖遺物」や「祠」に見立てて巡礼に誘う瀬戸内芸術祭の原点と言えるだろう。その後、1994年には、JR立川駅北口の米軍基地跡地の再開発事業に関わり、100点以上ものパブリックアートが立ち並ぶ「ファーレ立川」をディレクションした。90年代の東京ではほかにも、後に森美術館の館長となる南條史生新宿アイランド計画(1995)を実施している。

 雑誌『STUDIO VOICE』は、INFAS(旧流行通信)が1979年~2009年まで刊行した雑誌だが、幅広い現代アートの話題をファッション・デザインやサブカルチャーと結びつけるスタイルで、「オシャレで知的で洗練された都会人」であることを望む人びとに愛読された。80年代~の西武百貨店の文化活動や90年代のNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)、写真美術館を含む恵比寿ガーデンプレイス、六本木ヒルズ、パークハイアット等々は、『STUDIO VOICE』やマガジンハウスが送り出すイメージ/情報とともに、前回ブログで述べた「東京の美しい皮膜」を準備した。北川フラムや南條史生の仕事も、それらと緩やかにつながっている。

 北川フラムの仕事はある意味、資本主義や商業主義に対し「批判的でありたい」と望む芸術家たちと、ともすると既存大衆におもねりバッドセンスに陥りがちの「商業主義」を共存させる/ぶつけ合うコインシデンティア・オポジトルム――相反するものの一致――だったと言えないだろうか。それこそが「公共事業」だと言わんばかりに。
 2000年以降、北川の仕事は越後妻有アートトリエンナーレが示すように、東京から地方へと向かう。それは同時期より提唱され始めた「新しい公共」とも深く関わっている。但し、その道は必ずしも平坦ではなかった。新潟市美術館の非常勤館長時代に生じたトラブルは記憶にまだ新しい。それらの地域においても、現代アートの作家たちが実現したいイメージと、「代表的な地域住民」が見たい「アート」との間には、大きな乖離があったに違いない。両者の間に入って展覧会の方向を定めていく行為は、スリルと気苦労に満ちていたことだろう。


 かつて瀬戸内工業地域と呼ばれ(今もか?)、石油コンビナートや製鉄所、重化学工業の発達に伴い、海水汚染や大気汚染のイメージが焼きついて離れない人も多いが、石油時代が幕を引きつつある21世紀、当地は新しい観光地のイメージを創出できるかどうかが問われている。
 「都会的で洗練されたデザイン」は、いまだ地方においては中心的な価値観や美意識になり得ていない。それは、高齢者層の比率が高く、財布の紐と選挙権の多くを握っているのが当のお年寄りたちであるせいもあるが、そもそも「都会的」と一言でいっても、上記の「都会的センス」というのは、90年代前半まで国内で支配的であった「欧米文化のうわずみへの憧れ」であって、J回帰以降の(特に)地方の若者層の美意識は、むしろよさこい等のヤンキー文化やアニメキャラクター、AKB48等のアイドルイメージに染まっていることが多い。
 アート(のマジョリティ)が社会やユーティリティと向き合うにあたって、デザインとの境界を失いつつあるなか、地方の新しいイメージの創出と、もはや認知工学の課題とさえなった「集客」に、どのように関係するのか興味は尽きない。

 香川せとうちアート観光圏を見ると、瀬戸内国際芸術祭が、香川県による「せとうちアート」のブランド化をめざす動きと連動していることがわかる。
 ただ、瀬戸内海はなにも香川県だけのものではない。大阪・兵庫・和歌山・徳島・香川・愛媛・岡山・広島・山口・福岡・大分の1府10県が瀬戸内に海岸線をもっている。
 香川以外も、安藤忠雄の大阪が、横尾忠則の兵庫が、重森三玲や中原浩大の岡山が、丹下健三の愛媛が、磯崎新の大分が、宮本常一の山口が…いや、個人名はイメージの固定をもたらすのでやめておくが、とにかく各府県が香川の企てに呼応し、将来的には瀬戸内アートツーリズムが広域に拡大していくことを夢想してやまない。すでに大分では瀬戸内国際芸術祭に先行して「別府混浴温泉世界」が2009年から始まり、国東半島アートプロジェクト2012がおこなわれた。現代アートで地域活性化を考えている人は日本政策投資銀行が2010年に作成した「現代アートと地域活性化~クリエイティブシティ別府の可能性~」を読んでみると良い。

 なにも全県が瀬戸内国際芸術祭の名の下にまとまる必要はないし、会期もずらした方が効果的かもしれない。ただ、ちょっとだけでも「瀬戸内」にこだわってみて、船舶をおもな移動手段とした「アーキペラゴ(※)――多島海のアートツーリズム」として、ゆるやかにつながって行くこと――それこそが瀬戸内という広域観光地域を再生していくためのベストの選択だろう。

 急ぐ必要はない。ゆっくりと、確実に育っていくのが良い。

 (※)ちなみに、ここでいうアーキペラゴは磯崎新の言葉から取ったもので、磯崎はイタリアの哲学者・美学者で、ベネツィア市長のマッシモ・カッチャーリのアルチペーラゴ(群島=多島海)に由来すると述べている。カッチャーリは、ルイジ・ノーノとともに現代オペラ『プロメテオ』を制作した。「先に知る者」を意味するプロメテウスは、人間に火を与えたためにゼウスの怒りを買い、半永久的に毎日、肝臓をハゲタカに喰らわれる責め苦を受けた。神の怒りに触れてまで人間に技術と文明を授けた半神であり、 『プロメテウス・クライシス』という小説があったように、その火は原子力の火でもある。
 カッチャーリはアルチペーラゴを時間的な構成の中に設定してシナリオを提案したという。
 秋吉台国際芸術村のホールは、磯崎が作曲家の細川俊夫から『プロメテオ』を秋吉台で日本初演することを聞いて、群島と洞窟(秋芳洞)のイメージで設計した。(→ルイジ・ノーノとプロメテオ。)

(以上、敬称略)
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