豊島2013春(1) 

 前の晩の大雨も早朝にはやみ、薄曇りの空に少しだけ明るみがさしてきたため、唐櫃集落の宿泊所からボルタンスキーの『心臓音のアーカイブ』まで歩くことにする。泊まったのは「てしま自然の家」、元保育所を利用した1泊2500円のドミトリータイプである。あまりに寒くて大きな部屋で暖房を使ってしまい心が痛む。朝食のコーヒーを入れるため厨房に行くと、建築専攻の学生がいて会話が盛り上がる。
 部屋を片付け、荷物だけ置いて外に出る。中野喜三郎(1859-1877)の石碑が立っている。父親のもとで石工修行をした後、東京に出て皇居眼鏡橋の工事や日本橋の改築工事、国会議事堂の石工事等を請け負い、東京土木建築業組合の初代会長になった人。1925年の「鶴見騒擾事件」にも関わっている。
 眺望が開けたあたりまで行くと、畑の向こうにUFOが着地したような白く平たい物体が二基見えてくる。おそらくあれが豊島美術館なのだろう。
 ガードレールの向こう側には棚田や雑木林が続き、さらにその向こうには瀬戸内海が、おぼろげに陽光を湛えた曇り空を反映して茫洋と広がっている。彼方にうっすらと見える島影は、方向からすると小豆島に違いない。

「豊島棚田プロジェクト」と題した看板には「豊島は面積14.4平米、周囲19.8km、標高340m、人口約1000人の島」とある。「中央の壇山にはスダジイ、ウヌギなどの原生林が広がり、豊かな湧水を擁して」いるという。70年代に始まった産業廃棄物の不法投棄は大きな問題となったが、2000年に公害調停が合意され、現在も産廃処理が続けられているそうだ。

 豊島では前回の瀬戸内国際芸術祭をきっかけに、豊豊島美術館を運営する福武財団と香川県の協力のもと「食とアートの島」というテーマで島の振興を図ろうとしている。進研ゼミで有名なベネッセ・コーポレーションは、「教育」に軸足を置きながらも、生活関連の情報誌の出版や生活・福祉の分野にも取り組んでいる。かつては福武書店として文芸誌〈海燕〉や福武文庫なども手掛けていたことを思い出す。
 WIRED.jpでは近年、新しい「教育」や「仕事」のあり方、「社会起業」に関する記事を頻繁に掲載しているが、全世界的な大きな潮流なのだろう。21世紀以降、企業の社会的責任(CSR)をめぐる議論が長く続いているが、教育産業に属するベネッセも、教育をビジネスライクにとらえるのではなく、「食育」や環境保護をも含む、新しい「教育」のめざす方向を模索している。複数の取締役が意思決定に関わる株式会社より、オーナー企業のほうが文化事業に取り組みやすいに違いない。もちろんオーナー個人に強い意思があってのことだが。
 ガードレールに沿って整備された道路を下っていき、突き当たったところを右に曲がって少し行くと唐櫃港である。小豆島の土庄港から豊島行きのフェリーや高速船に乗ると、到着するのはここである。
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 民家と港の間の道を東南方向に向かう。
 イオベット&ポンズの「勝者はいない - マルチ・バスケットボール」。豊島を象ったバックボードには、島内の6つの集落をあらわす6個のバスケットが付いていて、われわれを新しいボールゲームの想像/創造に誘う。あるいは批評的な意味が込められているのかもしれない。
イオベット&ポンズ4 イオベット&ポンズ イオベット&ポンズ3

 さらに行くとこじんまりした船溜まりがあり、その向こうに鳥居が立っている。
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 時間があったので、寄り道をしようと左にそれて坂道をのぼる。唐櫃八幡神社へと続く道だった。社叢は看板によるとウバメガシとモチノキの複合樹林で、ほかにもクロガネモチやモッコク、ヤマモモ、アベマキ、シャシャンボなどが自生している。「海岸社叢にモチノキの自生が多く見られるのは県下でも珍しいので土庄町の天然記念物に指定する。尚、同地には古墳が存在することも注目すべきことである」
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 唐櫃八幡を下って渚に出る。白くかすんだ小豆島の島影が美しい。雲は徐々に白みを増し、ときおり雲の合間からこぼれ出た日差しが海面に反射し、光の粒を散乱させる。
 浜辺の彼方に小さなキャビンが見える。おそらくあれがボルタンスキー『心臓音のアーカイブ』を置くギャラリーだろう。
 開館時刻の10時までのんびり過ごす。小豆島と豊島を結ぶフェリーが沖をゆっくり往く。時がたつにつれて陽光はいよいよ勢いを増し、青空の面積が雲を奪って広がっていく。聴こえてくるのは複数の鳥のさえずり、波が穏やかに打ち寄せる音、遠方から届くフェリーのエンジン音。

 「ハートルーム」では、心臓の鼓動に同期して電球が明滅する。激しい心拍は一様のようで微妙に異なる。心臓は筋肉質の臓器で、ポンプのように律動的に収縮して体内に血液を循環させる。心音は主に3つの音から成リ立っている。収縮が始まる時に房室弁が閉じる第1心音、弛緩がはじまる時に大動脈弁や肺動脈弁が閉じる第2心音、それにわずかだが、第2心音の後に心房から心室に血液が流れる時に発生する音が混じる。『心臓音のアーカイブ』では採録された人の心臓音を聴取することもできる。
 「瀬戸内国際芸術祭2010」所収の当時のシンポジウムの記録で、ボルタンスキーは「最初は、愛する人の写真アルバムを見る代わりに、その人の心臓音を聴くような感じ」で「ローマ人のいう「イマゴ」、つまり先祖とともにあるという考え」で取り掛かったと話している。時がたてばいずれアーカイブされた心臓音の主は亡くなる。写真アルバムをめくるのは死者を懐かしむときであり、「生の記録」が惹起するのは、愛する人の「存在」よりむしろ「不在」であるということ。(豊島(2)に続く。
ボルタンスキー1 ボルタンスキー4 ボルタンスキー3
ボルタンスキー2 豊島29 豊島16

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