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豊島2013春(2) 豊島美術館 

豊島美術館TOP
 ボルタンスキー《心臓音のアーカイブ》(豊島2013春(1))を鑑賞した後、唐櫃港まで歩いて戻り、バスで豊島美術館を訪ねる。

 チケットセンターで受付を済ませ、案内された順路に従って、小山――明神山というらしい――の周囲にめぐらせた遊歩道を歩く。
 すっかり晴れあがった空の下、うす青い瀬戸内海が広がっている。小豆島の島影、海の肌理――風を映した海面の波模様が美しい。
豊島美術館 豊島美術館

 係員の指示に従って、アートスペースの入口のところで靴を脱ぐ。
 地中美術館や李禹煥美術館といった直島における安藤忠雄の建築が、直線的で男性的なフォルムであるのに対し、西沢立衛のこの建築は極めて対照的で、同じコンクリートでも曲線的で柔らかい、女性的なフォルムである。コンクリートの肌合いは、素材も色合いも異なるが、サンタフェのアドビハウスのような素朴さをそなえている。

 内部には、ほかでは決して経験できないワンルームの無柱空間が、ただただ広がっている。
 建築の言葉では、こうした薄い曲面板からなる構造をシェル(貝殻)構造と呼ぶが、文字通り巨大な石灰質の貝殻のなかに立っているような心地がする。ハンドブックによると、「ひとつとして直線はない」そうだ。日本では大阪市環境局舞洲工場等で知られるフンデルトヴァッサーも、The straight line is GOD lessと言って直線を嫌い、豊富な色彩で曲線や渦巻きを多用した建築をつくったが、それとも大きく異なる。白一色の静謐なミニマル空間。
豊島美術館 豊島美術館

 ぽっかりと大きくひらいた円形の開口部から、周囲の樹木や青空が覗いている。ガラスははまっていない。内部のようで外部にも開放されている。雨のときは閉館するのかと監視員に質問をぶつけてみたが、基本的にそれはないとのこと。暴風で豪雨の時にはさすがにまずいだろうと無粋に食い下がってみたが、現在のところ開館以来、豪雨を理由に閉館したことはないという。排水の仕組みがしっかりしているのだろう。この美術館は内藤礼の作品《母型》のみを展示する空間だが、内藤の作品そのものが、雨水による影響を考慮しているのだ。

 観客は少なくないが、みな静かで、それぞれの知覚経験に浸っている。
 内藤礼の《母型》は、コンクリートの床のさまざまな場所から間歇的に湧き出る泉水が、さまざまな形態に変化しながら大きな水たまりと化していくプロセスを作品としている。それだけでない。天井の円形開口部に垂らした軽いリボンがわずかな風にたなびくさま、水鏡に映る空、周囲の樹々の葉擦れの声や鳥のさえずり、わきいでる泉と白色コンクリートの空間、そして、季節や天候や1日の時間によって変化する外部の自然環境とが、一体となって織りなす無限に変化する相貌こそが、「作品」なのだろう。

 床面の水に近寄ってみよう。直径2センチばかりのピンポン玉に似た白球にあいた小さな孔から、ときおり水がやさしくふきだす。官能的とさえみえる泉の誕生。生まれたばかりの水のしずくは、前後左右にのびちぢみしながら蛇行を繰り返し、コンクリートの床面の軽微な傾斜にしたがって滑りすすむ。クリナメン。わずかな非平衡がつくりだす流れ。ときには分裂し、ときには前方の水滴にぶつかって一つになる。その衝突したときの揺らぎがたまらなく愛らしい。「動きが生命をつくる」という(力学系)の生命観が頭をよぎる。

 いくつかの水滴が集まって次第にふくらんだ水は、やがて開口部の下方に広がる大きな水溜まりと一体化し、幾重にも波紋をひろげる。



 最古の自然哲学者タレスは、〈水〉をあらゆる存在の根本の物質、宇宙の原初の物質と考えた。一方、ピタゴラス派の人びとは、形あるものの起源には固有振動数が関係していることに注目した。インドの古代哲学にも、宇宙の起源を〈振動〉ととらえる考え方がある。リズムの語源はリバー(川)の語源と同じだとする説とともに考えると、まさに水のふるえ――水のゆらぎこそが〈世界の起源〉であるという確信に想像は導く。

豊島美術館豊島美術館4
豊島美術館5

 継ぎ目のないコンクリートのシェル構造はどうやって実現したのだろうと思って、帰宅後、『新建築』2011年1月号で豊島美術館の特集ページをあらためて読み直した。それによると、床面のコンクリートを打設した後、現場で出た土をローラーで締め固めながら山盛りにし、形を整えてモルタルで成形、その上に鉄筋を這わせて膨張剤入りの白色コンクリートを打設したらしい。構造的に分割できない形状なので、打設工事は22時間ぶっ通しで一気におこなわれたそうだ。その後も大変で、コンクリートが固まったあと6週間かけて土を重機で掻き出したという。天井の2か所の開口部は、美学的な構想からだと思っていたが、ケンプラッツの西沢立衛に対するインタビューによると、「土型枠となった土を搬出するため、シェル面に穴を空けた。その開口部は、建物の中に日差しや雨風、野鳥などと共生する空間として、あえてガラスなどで覆わず、自然のままの開口部として残した」そうである。(続く)
(以上、敬称略)
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