FC2ブログ

豊島2013(3) 

 豊島美術館を観た後、唐櫃集落まで戻りいくつか作品を楽しむ。
 ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー[カナダ]のストーム・ハウスで人工的な嵐を体験した後は、「豊島の食」のプラットフォームを担う「島キッチン」。安部良が民家を厨房に改築し、縁側を増設した半屋外のオープン・レストランである。会期中には多くのイベントがおこなわれるらしい。島の主婦たちが、丸ノ内ホテルのシェフと協働して地元食材をふんだんに使用したメニューを考案、食事を提供している。昼時1時間以上待ちだったため食事は諦める。
 さすがに豊島石の産地だけあって石垣が素晴らしい。傾いた瓦屋根の向こうに広がる海景もいい。古いものが保存され、景観が良く、食とアートが揃ったのだから、ポスト・マスツーリズム時代の観光地として定着するのではないか。直島をバリ島に例えるなら、豊島は隣のロンボクだろうか。宿も2500円のドミトリータイプ、素泊まり3000円の民宿からリゾート風のコテージまである。
豊島唐櫃集落 豊島唐櫃集落

 裏側に回って受付を済ませ古い土蔵の中に入ると、上部に円形のスクリーンが固定してあり、アンビエントな音楽とともに映像が流れている。ピピロッティ・リストの「あなたの最初の色(私の頭の中の解〈ソリューション〉――私の胃の中の溶液〈ソリューション〉〉。海藻のように流れるピピ本人?の長いブロンドの髪、水草、赤や黄色の染料が水に溶け込んでゆくさま、泥土をまさぐる指、裸身、チューリップ、黄色い花びらを頬張る、猪めいた動物……華やかな色彩と触感的なモチーフの快いなめらかな流れ。円形のスクリーンが映像の魚眼効果で球体に見える。ピピは2009年に初の劇場用映画『ペパーミンタ』を公開している。

 続いて青木野江「空の粒子」。鉄の輪を特徴的に用いる青木の作品は、前に一度、広島市現代美術館で見たことがある。  青木が展示場所として選んだのは、集落から家浦方面に少し離れた唐櫃清水の水場や荒神宮があるところ。水場は80年ほど前に豊島2013(1)で述べた中野喜三郎が私財を寄付して完成したもので、石組みでできており、一番上に飲用の槽があり、その下に野菜を冷やす槽、農具や蚊帳を洗う槽、衣類を洗う場所等、分かれて並んでいる。湧水は霊泉越水と呼ばれ、空海が発見したという言い伝えが残っている。
青木野枝4 ao7 青木野枝2
ao5 青木野枝1 ao4
青木野枝3 ao6 ao8

 水場を後にして、森万里子の〈トムナフーリ〉を目指すことにする。
 前日が雨で宿が唐櫃集落だったため、家浦港で電動自転車を借りられなかったが、徒歩で行くのもいいものである。景観や自然に視線を向ける時間が自転車その他の交通手段を使用した場合に比べて長いことが、知覚経験に良い影響をもたらしている。
 遥か遠方に豊島美術館が見える。
豊島19 豊島32 豊島33

 唐櫃清水から2-30分歩いただろうか。案内板に導かれて「札所」へ。
〈トムナフーリ〉の設置場所まで、わずかだが細い山道を登って行く必要があると聞く。前日は雨の影響で土がぬかるみ観覧不可だったが、本日は問題なさそうだ。それでも靴の滑りや汚れを気にする人のために長靴が用意してある。
 植生の美しい渓流沿いをのぼっていくと、眼前が開けて竹林に囲まれた沼があらわれる。昔の「石神(しゃくじん)」めいた石柱が沼のなかに黙然と佇立している。
 トムナフーリは古代ケルトにおける霊魂再生の場を意味する。神岡宇宙素粒子研究施設(スーパーカミオカンデ)とネットワークでつながっており、超新星爆発が起こると発光するという。

 森万里子の父方の祖父は、森ビル創業者、森泰吉郎である。父親の森敬も計量経済学の学者として有名だ。彼は計量経済学だけにとどまらず、70年代からコンピュータ・ネットワークの確立に向けて提言し、〈起業〉や〈起業支援〉等の幅広い研究を続け、80年代には自ら考案した太陽光自動集光/伝送装置「ひまわり」を商品化するためにみずから起業した。(「ひまわり」は太陽光採光システムとして、今日も森ビルグループ傘下で販売されている。(豊島2013(4)に続く)
森万里子1 mor3 mor5
mor6 mor4 森万里子2
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://travis7.blog54.fc2.com/tb.php/299-01427991