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浅田彰×東浩紀@ゲンロンカフェ 

 ゲンロンカフェ生中継「浅田彰×東浩紀――「フクシマ」は思想的課題になりうるか――震災後の日本を振り返る」をタイムシフト試聴。これは近年まれに見る驚愕的な「神」興行だった。ゲストの浅田彰は登場後5分も立たずに、薬の副作用で鼻血がとまらなくなり横になったまま、つまり画面からほとんど見えない状況下で、トークを進めたのだ。東のしつこいくらいの対応からすると、これはちょっと演出とも思えない。弾幕にあったように、猪木―アリ戦を髣髴とさせる、まさに頂上決戦w!。

 師匠と仰ぐ浅田が横たわる傍らで、東は例のごとくワイングラスを次々にあけながら意気揚々と酔談を繰り広げ、ルカーチがアドルノについて批判的に言及した「Grand Hotel Abgrund――深淵という名のグランドホテル――の住人」をもじって浅田を「深淵という名の京都ホテルの住人」と再三揶揄するのに対し、浅田は動じることもなく、横になると喋りづらいはずなのに最後まで声のトーンを落とすこともなく、観客の期待を裏切らぬトークで応戦。「傲岸無礼」にみえる韓国に対して日本はこうやって対応するのだよ、と身を呈して示しているかのようだった。不在にして遍在する浅田彰(の声)。

 いくつか印象に残った点をメモしておく。記憶の正しさは保証しない。

 [東]浅田さんはアドルノでしょう。 [浅田]僕はアドルノを批判していた。アドルノは大衆のジャズを批判したがベンヤミンはジャズを評価した。僕はベンヤミンの方、でもアドルノみたいに否定する人だというイメージがついてしまった。[東](浅田さんの認める)池田亮司は「深淵ホテル」まっすぐでしょう。 [浅田]いや、彼の表現は「テクノロジー、カッコイイ!」というナイーブな男子中学生みたいな純粋さが良い。池田は「崇高」を追及するのに対し、高谷史郎は「美」、霧のちょっとした動きにもこだわる。とにかく音楽的教養がなかろうがパソコン一個でどうにかする人を応援したい。渋谷慶一郎は初音ミクを自分が好きでやっているのではないというのがダメ。カテゴリカルに今の文化がダメとは思ってないし、ボカロも面白い。でも大人の社会に迎合するのは大キライ。

[東]浅田さんの発言で忘れないものの一つは「自分はガタリなんだ」という発言。ガタリはスゴい人が集まってくるプラットフォームだった。北田(暁大)さんには言ってないが「思想地図」というタイトルはガタリの分裂分析的地図作成法からとっている。浅田さんはプラットフォーマーしかないと言ってたが、それの行き着いた先が今の若手論壇の状況。[浅田]いや、ConnecticutはConnect-i-cut、つまり接続したものを私は切断する。cutが必要。

[東]90年代の『批評空間』でモダニズムのハードコアと言われていたが、あのときモダニズムが必要だというのは誰が思ったことだったか。 [浅田]あの頃の『批評空間』は岡崎乾二郎を読めと言っていただけ。その結果として『ルネサンス 経験の条件 (文春学藝ライブラリー)』が生まれた。最近文庫本にもなったし、傑作だから読むべし。

[浅田]長谷川三千子はデリダの"Donner la mort"を読んでいる。死して神を顕現させる。これを朝日新聞本社で自殺した野村秋介の没後20年の追悼文に持ちだしている。だれか英訳したほうが良い。[東]西洋の神と日本の神は違うのに。『現代思想』は長谷川三千子で特集を組んだほうがいい。

[東]與那覇潤の『日本人はなぜ存在するか』ではサイードやアンダーソンなどの議論を日本にそのまま持ってきている。日本の国民国家の生成をヨーロッパの国民国家の形成と全く同じに考えるのはどうか。ヨーロッパは3-400年遡れば共通の基盤がある。EUの論理がどこかヘーゲル的キリスト教的なのに対し、東アジアの時間・空間は違う。[浅田]ヨーロッパはかつて国民国家に分かれて戦争したが、まさにそれと同じプロセスで統合しようっていうのがEU。[東]大陸・半島・列島は2000年遡ってもそれぞれ別々の生活をしていた。

東は最近、京都学派の"見直し"をしているらしい。

[東]歴史認識の問題だってヨーロッパの議論とは別のロジックで考えるべき。たとえば今西錦司の"棲み分け"理論を借りてくる。歴史認識では「合意しないことについて合意する」。アジア的すみわけ。

[浅田]梅原猛の後継者は中沢新一。梅原猛は中曽根政権下にできた「国際日本文化研究センター」初代所長。中沢は宗教家だからインチキクサイところがあるけど、田邊元をわりと早い時期に読んでいたのはエライ。田邊元は原発についても語ってる。壊滅の中での死の哲学。[東](柄谷行人の)『哲学の起源』と比べたら(中沢の)『カイエ・ソバージュ』は出来が良い。梅原猛が面白いのは、日本の仏教を生の哲学としてとらえ返すところ。 中沢は森の哲学(=創発性)なのに対し、梅原の哲学は人間と太陽(=超越性)と森の三対構造になっている。

 ちなみに田邊元は東京出身だが、西田幾多郎を継ぐ京都学派の重鎮。初期には数理哲学を展開。数学者・望月新一(彼も生まれは東京)を迎え入れた京都大学の数理哲学的伝統を基礎づけた、と言えるかもしれない。

[東]ヘーゲルやハイデガーをもってきて東洋哲学を再解釈しようとしたところが京都学派のヤバイところ。東洋哲学のもっと別の部分を突きつめるべきだった。僕は進歩主義的な京都学派のようなものをつくりたい。

[東]SFしかりアニメしかり文化の震源地はずっと西であり続けている。ぼくはずっと関西人の関東蔑視に耐えてきた。福島第一原発観光地化計画では東からの文化発信をしたい。

 ほかにも、ソトコトの浅田彰×田中康夫はオバハン談義だということ、ダグラス・クリンプを水戸芸術館に連れて行くために乗った常磐線で、英語で会話する浅田とクリンプに突き刺さった乗客の冷たい視線――常磐線トラウマ事件、続く思想地図βのテーマはユートピア、トマス・モアしかり蓬莱しかり、ユートピアはいつの時代にも島として表象されてきた、という話など。

 文中敬称略。

【追記】
 2015年1月17日の「浅田彰×中沢新一×東浩紀」鼎談のメモはこちら

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