何も言うな。アングルを見よ(4) 

 かつてソープランドはトルコ風呂と呼ばれていた。トルコ政府のクレームにより改名を強いられたのだが、トルコ風呂やハーレムという言葉が男性諸氏のエロティックな妄想を掻き立てたことには、もちろんそれなりの理由がある。アングル「トルコ風呂」 も、トルコ風呂のエロティック・イメージ形成に多大な影響を与えたひとつに違いない。
 それにしてもまあ、女の匂いでむせ返るような情景である。なまめかしい肉体をくねらせて多彩なポーズをとる裸婦が二〇人あまりもひしめき合っている。玉を転がすような艶笑がそこかしこから聴こえ、甘酸っぱい匂いがこちらにまで漂ってきそうだ。アングルは晩年の八二歳でこの絵を描きあげたというが、北斎しかり、ピカソ しかり、天才と呼ばれる画家は老いてなお性に貪欲だった。
 彼はトルコには一度も行ったことがない。この絵は18世紀にコンスタンティノープルに在住した英国大使夫人の浴場見聞記をもとに描いたのだそうだ。ひとりひとりの肢体をじっくり見ていると、ポーズにせよ表情にせよ、いずれも個性豊かである。背中を向けてマンドリンを弾く裸婦は、アングルが若いころ描いた「浴婦」 の焼き直しである。上体をのけぞらせている女は、かつてよく模写をしたインド彫刻の女体にそっくりだが、モデルは彼の2番目の妻デルフィーヌだそうだ。つまり、この豊麗な女体の標本箱のような作品は、彼が過去に描いた裸婦画の集大成なのだ。描きあげたのは最晩年の1883年だが、若い頃をいろいろ思い出しながら描いたに違いない。
 円形の枠組は、一度完成した四角い作品の四隅を切って丸くしたせいだという。あたかも壁にあいた覗き孔から窃視しているような感覚が味わえる。本物は直径108センチ。


アングル (1) (2) (3)

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