川島雄三特集@YCAMで『しとやかな獣』を観るなど 

 邦画史上最高傑作の一つと言われる『幕末太陽傳』を今さらながら観たのだが、石原裕次郎扮する高杉晋作の描き方に不満を覚えた(死と血の匂いがなく健康的でカッコよすぎで、「三千世界の烏を殺し…」の都都逸の扱いもクサい)こともあって『グラマ島の誘惑』や『貸間あり』『須崎パラダイス』等を見逃してしまったが、今回『しとやかな獣』を観てあらためて川島雄三の素晴らしさを思い知り、やっぱり他のも見ておけばよかったなあ、と地団太を踏む。実験的な撮影アイデアもさることながら、基本コメディでありながら全体から漂ってくる「凄み」がある。

 映画では、舞台となる団地の住民家族の卑小さ、小悪党ぶりが丹念に描かれることで、若尾文子演じる悪女の悪辣さが浮き彫りにされている。大悪党になれる素質もなければ、エスタブリッシュメントの一翼を担うだけの野心もない卑小な者たちだって、猛獣に食い荒らされながらも、機会さえあればない知恵絞って吸わぶりつく程度の狡猾さはある。純情な善人は生き残れない。とはいえ、卑小にして知恵の浅い者たちは必死にあがいたところで巨悪の食い物にされるしかない。「しとやかな獣」たる悪女だって、ちゃんと体という対価を払ってるのだから現代の「ギャル」たちより厚かましくないのだし、本当の「巨悪」は最後のシーンに象徴的に現れる「日本というシステム」だと言えるだろう。脚本・新藤兼人の才能にもあらためて感心する。
 『幕末太陽傳』では懐中時計が観客の解釈欲をくすぐるシンボリックな小道具として登場するが、この映画にも靴を履き間違えるところ等、おやっとさせる仕掛けがいくつもあって楽しい。『太陽傳』における懐中時計の意味論は昔確か『ユリイカ』か何かに誰かが書いていたような記憶がある。

 YCAMに足を運ぶたびにつくづく思うのは、ミュージアムと図書館が同じ建物内にあることの利便性だ。図書館を頻繁に利用する者ならいちいちWEBやチラシをチェックすることもなくミュージアムの催し物を知ることができる。図書館サイドも、YCAMの催し物や上映中の映画に関係する本を入り口近くの書棚に特別展示していて、これまた新たな発見につながって嬉しい。リンクを辿ってブラウジングするウェブ的楽しみの現実バージョンといえる。こういうところでこそ図書館司書の実力が発揮できると思う。
 藤本義一の『川島雄三、サヨナラだけが人生だ』を手にとって斜め読みする。エピグラフは「背のびしてミューズの蹠(あし)をくすぐらむ」という川島作の川柳。
 川島雄三は青森県・下北の生まれで、筋萎縮性側索硬化症(シャルコー病)という難病を抱えながら1944年から亡くなる63年までの20年間に50本の映画を撮っている。1年平均2.5本とはいうのは時代のゆえもあるが、かなり体力的にもキツかったに違いない。
 著者の藤本義一は川島のもとに助監督として弟子入りし、『貸間あり』の脚本を書いた人だ。川島の死後、彼をモデルにして書いた『生きいそぎの記』は直木賞の候補作になっている。藤本によると、川島は同郷の文学者・太宰治を忌み嫌っていたそうだ。「ボヘミアンみたいに故郷を振り払い、忘れ捨てようと死ながら引きずって歩いていく男には、故郷はないと言ったほうがいい」と言い、なのにいつまでも故郷・大阪にこだわり続けた織田作之助の小説をことさら好んでいたそうだ。川島のデビュー作品は、織田作原作・脚本である。
 川島は女性によくモテたが子どもは決してもうけようとせず、晩年に同居していた女性が妊娠したときも狂ったように反対し、堕胎させたという。これは川島自身が自分の筋萎縮症は同族結婚の繰り返しの結果で生じた因縁の病と思っていたらしく、これ以上、自分の汚れた血を残したくなかったのでないかと推測される。川島の病を彼の映画に漂う「死の匂い」と結びつける人がいたとしてもおかしくない。
 ほかにも、藤本が語る川島のエピソードが面白い。例えば大卒サラリーマンの平均月収が1万2千円くらいだった1960年くらいに、川島から「これで女を買って来い」と3万円を渡され、大阪キタの「石斗」という店(川島がジャン・コクトーから命名したらしい)に行くように言われたものの、藤本はそこのホステスと一芝居打って抱かずに貰ったお金を折半したという話。また、400字詰原稿用紙の起源を調べさせたり、「色即是空」を英訳してみろと吹っかけてみたり(答えはオールオアナッシングなのだそうだがそうなのかなあ?)。トンカツを揚げるシーンでトンカツの底が揚がっていくところを撮影してみたいと言い出すところなどは、実験的な試み、新しいアイデアをひねり出すのが好きだった川島らしいエピソードだ。川島が好きな言葉は、俗物気質(スノバリー)と世慣れ精神(ソフィスティケーション)、スラップスティックだったそうだ。
 藤本は川島雄三のもとから羽ばたいた今村昌平と中平康について、川島は中平のやや衒学的でアカデミックな論理、今村の肉体をぶつけるようなエネルギーに嫉妬していたのではないかと語っている。川島作品はもちろんのこと、あらためて今村・中平の映画を観てみたくなった。
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