映画『ラ・ラ・ランド』 

 地元の映画館でデミアン・チャゼル監督の映画『ラ・ラ・ランド』(2016)を観る。

 概要はこちら(→wiki:ラ・ラ・ランド)。

 以前、米国人タレントがTV番組で「日本は四季があるからスゴイ」と言わされる空気に対し、「四季はどこにもあるよ!」と発言して話題になった。たしかにアメリカでも東部では黄葉・紅葉によって秋を感じ、凍えるような夜の寒さやクラムチャウダーに冬を感じる。しかし、ロサンゼルス(LA)を含む南カリフォルニアでは、初夏に咲くジャガランダの花以外に四季を感じさせるものはなかったように記憶する。

『ラ・ラ・ランド』はそんな四季感に乏しいLAを舞台にして、冬に始まり春、夏、秋へと続き、(5年後の)冬に「回帰」して終わる。

 ニューヨークにあってLAに乏しいもの。それは、季節感だけではない。ミュージカルとジャズもまた、現在では乏しい。

 ハリウッドではかつて、数多くのミュージカル映画がつくられた。1930~50年代まで、年間平均約6~8本製作されていた。ところが60年代には年間約3本に減少し、70年代以降は2本を切っている。2000年以降、『シカゴ』がアカデミー作品賞を受賞、近年では『アナと雪の女王』が大ヒットするなど復調傾向にあるが、かつての黄金期に比べると、あるいは、ハリウッドの他のジャンルの映画に比べると、製作本数はまだまだ少ない。ましてや、LAを舞台にしたミュージカル映画は、いまやほとんど皆無に等しい。NYでブロードウェイ・ミュージカルの興行成績が現在も成長を続けているのとは対照的だ(←Broadway Season Statistics)。

 ジャズもそうだ。19世紀後半にニューオーリンズで葬儀の際のマーチングバンドをベースに誕生したジャズは、1920年代にはシカゴを中心に全米各地の大都市で大流行し、アメリカを代表する音楽スタイルの一つとして広く普及した。1950年代のLAは、ウエストコースト・ジャズのメッカだった。
 ところが現在はどうだろう。レコード・CDの売り上げはネット社会の到来とともに急減し、かつてはいくつもあったジャズクラブは減少の一途を辿っている。NYでは観光客を見込んでジャズ文化を守ろうという気運があるが、LAのジャズ・シーンは壊滅状態に近いと言われる。

 つまり、本作は現在のLAに欠けたものを、映画の力で取り戻そうという企てだ。

 LAは商業映画の世界的首都ハリウッドを擁しているが、都市としてのイメージは視覚的にも聴覚的にもパッとしない。NY・マンハッタンのような、光り輝く摩天楼が続くわけでもなく、他の環太平洋地域のジェネリック・シティと同じく、高層ビルが無秩序に林立するだけだ。また、世界の交通渋滞ランキング(WIRED 2017.03.12)が示すように、LAは世界一の渋滞都市だ。車のクラクションやエンジン音で満ち溢れて、聴覚的にもヒドイ状況だ。映画『フォーリング・ダウン』の時代から20年以上立っているというのに、問題解決能力が全くない。

 映画はそんなLAの渋滞した朝のハイウェイのインターチェンジで騒々しく、華々しく始まる。I-105とI-110(ハーバーフリーウェイ)がマージするインターチェンジ。ここから映画でも登場するワッツタワーまでわずか3.4マイル。ワッツタワーはイタリア移民のサイモン・ロディア(→wiki)が1921年~1954年にかけて築いたアウトサイダー建築だ。彼はこの塔の集合体を「われらの村」(Nuestro Pueblo)と呼んでいた。黒人が多く住むワッツは、1965年に死者34人、負傷者1,032人を出した暴動(→wiki:ワッツ暴動)が起きた地域としても知られる。

 ジャスティン・ハーウィッツが作曲したAnother Day of Sunに合わせて群衆が車の上でダンスするシーンは圧巻。キャンディ・カラーの色合いは、どことなく50年代の古い映画を想わせる。

 本作の主人公は女優を夢見るカフェ店員のミア(エマ・ストーン)とジャズ・ピアニストのセブ(ライアン・ゴズリング)。二人はそのまま西海岸の映画とジャズという2つのジャンルを体現している。
 奇遇なことに、ハリウッド・ミュージカル映画の記念すべき第一作のタイトルは、『ジャズ・シンガー』(1927)だ。これはヴァイタフォンを使ってトーキー(有声)映画を先駆けた作品でもある。そして、特筆すべきは、この映画では舞台女優と恋仲になるユダヤ人のジャズシンガーが主人公で、彼は顔に墨を塗って、黒人に扮して歌うという点だ。そして、LAを中心に隆盛したウエストコーストジャズもまた、その担い手は白人が中心だった。

 二人はこのインターチェンジで、あまりロマンティックでない出逢いを果たす。2回目の遭遇は、毎度のようにオーディションに落ちたミアが消沈して立ち寄ったレストランバー。セブの弾く曲に惚れ込んで声を掛けるが、解雇を言い渡された直後のセブは、彼女を無視して通り過ぎる。彼はジャズが前衛化の道を歩み始めた頃のモダンジャズを愛し、クリスマスディナーの客をうっとりさせるラウンジ・ミュージックを弾くのが耐えられなかったのだ。

 二人の仲が温まってくるのは春になってから。プールサイドで開かれたパーティで、二人は会話を重ねる。ただし、音楽の趣味はすれ違ったままだ。二人は夕暮れのサン・フェルナンド・ヴァレーを見下ろす丘の上で、ロマンティックな気分に任せてダンスを踊る。この場所は、ディヴィッド・リンチの映画のタイトルにもなったマルホランド・ドライブに近い。
 ヴォーカルもダンスも拒絶したモダンジャズを志向していたセブにも、歌がよみがえってくる。『理由なき反抗』のリバイバル上映を観る約束をしてミアと別れたセブは、埠頭でひとり "City of Stars"を口ずさむ。スターとスターを夢見る者たちの街。恋に落ちる、とは、歌がよみがえるということだ。



 無数の映画を産みだし、数多くの映画の記憶を留めるLAは、いわば表象文化都市だ。本作では常に表象から現前への移行が強調される。たとえば、看板絵のやしの木から実在のパームツリーへ。それは、映画という複製される表象文化から自分だけの知覚経験としてのLA観光へと誘う。これは、写真撮影というシーンを経て写真(表象)と化す深田晃司の『淵に立つ』(→ブログ)とは対照的だ。

 約束の日、ミアはボーイフレンドたちとの食事を途中で抜け出して、パサデナのリアルト劇場に向かう。客席にいるセブに対してスクリーンの前に立ちはだかるミアは「私が映画よ」と宣言するかのようだ。二人は上映された『理由なき反抗』の中断をきっかけに、映画に登場したグリフィス天文台(→wiki)へと向かう。

 ちなみに、ミアを演じたエマ・ストーンは、ウッディ・アレンの『マジック・イン・ムーンライト』(→ブログ)やイニャリトゥの『バードマン』(→ブログ)に出演している。『マジック・イン・ムーンライト』にも古いプラネタリウムが登場したが、二人がグリフィス天文台で空中浮遊してダンスを踊るシーンは、ウッディの『世界中がアイ・ラヴ・ユー』を彷彿とさせる。

 ほかにも、『ロシュフォールの恋人たち』や『シェルブールの雨傘』、『バンド・ワゴン』、『雨に唄えば』など、ミュージカル映画の名作へのオマージュがちりばめられていることは言うまでもない。

(続く)

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