中村登監督特集@福岡シネラ 

 福岡シネラの中村登監督特集で、映画『いろはにほへと』と『夜の片鱗』をみる。

いろはにほへと』(1960/モノクロ/109分)は、子どもの頃、最も強い印象を残した映画2本、『日本沈没』と『砂の器』の脚色を手掛けた橋本忍(→wiki)と国弘威雄(→wiki)の共同脚本作品。撮影は1937年~1962年にかけて松竹の全ての小津安二郎映画(→ブログ『彼岸花』&『秋刀魚の味』)でカメラを担当した厚田雄春。音楽は黛敏郎。録音は吉田庄太郎。つまり、日本映画史を彩るそうそうたる顔ぶれが揃ってできた作品。

 概要はこちら(→wiki)。

 開巻に「松竹グランドスコープ」という文字がどーんと大きく現れる。『ラ・ラ・ランド』(→ブログ)も最初に「シネマスコープ」の文字が躍って、50年代ハリウッドのミュージカル大作でよく使われた、このワイドスクリーン方式にオマージュを捧げたが、シネスコがハリウッドで初めて採用されたのは、1953年公開の『聖衣』(→wiki)。「シネマスコープ」は20世紀フォックス社の登録商標で、日本では1957年公開の映画から採用が始まり、東映は「東映スコープ」、東宝が「東宝スコープ」と称し、松竹は「松竹グランドスコープ」と名付けた。
 これらはスタンダードサイズの撮影機のレンズ前部にアナモルフィックレンズ(→ナックイメージテクノロジーの当該ページ)を取り付け、横の映像を半分に圧縮してフィルム面に像を結ばせる仕組み。こうして撮影したフィルムを、映写時に使うアナモルフィックレンズにより、撮影時とは逆に横に膨らませることで、ワイドスクリーンを実現する。

 本作は、1953年に起きた保全経済会事件(→wiki)をもとにしている。

 先月、「投資詐欺」で7億円を集めて出資法違反で国際手配されていた山辺節子容疑者がタイで拘束されたが、いくつかの投資詐欺は、被害者に対して「欲に目がくらんだ」だけじゃね?と同情しかねるところもあって、むしろ加害者の頭脳的なプレイに、はからずも共感してしまうところがある。たとえば、占領下に起きた光クラブ事件(→wiki)は、首謀者の帝大生が最後に自殺したこともあり、そのロマンティックなドラマ性から、三島由紀夫の『青の時代』をはじめとして何度も小説や映画、テレビに取り上げられた。

 佐田啓二が演じる主人公の天野がセルフ・メイド・マンという感じでカッコ良い。対する警視庁捜査二課の松本刑事に扮する宮口精二が、伝統的な泥臭い農民的日本人を演じていて印象的。母親の影響で「世の中いろはかるた通りにやれば間違いがない」という信条の持ち主。田舎臭くて愚直で、酒を飲んで飲み屋の女主人の尻に触るところなど現在の「政治的正しさ」からすればもってのほか。当時の日本人の共感が天野に向かっていたか、宮口に向かっていたか定かでないが、今日では天野に惹かれる方が圧倒的に多いだろう。飲み屋の女主人に誘惑されて行った宿の名が「さくら荘」だと気づき、「さ……触らぬ神にたたりなし」と呟いて逃げ出すところがなんとも。

 もう一本は、『夜の片鱗』(1964/カラー/106分)。  原作は、(今や死語?)「官能小説家」として知られる太田経子。撮影は、大島渚の『東京戦争戦後秘話』(→ブログ)や『儀式』、『戦場のメリークリスマス』、吉田喜重の『ろくでなし』、『血は渇いてる』、『秋津温泉』等のカメラで知られる成島東一郎。中村登とは『古都』(1963)や『二十一歳の父』(1964)、『紀ノ川』 (1966年)でもコンビを組んでいる。

 蛍光灯をつくる工場に勤める19歳の芳江がスナックのバイトを始めたことがきっかけで、客の英次と関係を持ち、彼が暴力団構成員だったために売春を強要され、どこまでも落ちていく…というストーリー。「DV夫の相次ぐ暴力にも関わらず離れられない女のサガ」というパタンはその後、映画やテレビや雑誌で何度も繰り返し語りつくされたが、この作品は丁寧に作り込んでいるので、没入できる。
 英次を演じる平幹二郎が実に役にはまっている。暴力と優しさを混ぜこんで女性をコントロールするという頭脳的なサディストではなく、ルックスだけで女を使うしか能がない優男のやくざ徒弟をうまく演じていて、二人がなし崩し的に暴力団の売春システムに組み込まれていくさまに、深いリアリティを加えている。
 『いろはにほへと』では天野と松本刑事のコントラストが際立っていたが、この映画では、英次が所属する濃厚なヤクザ世界と、芳江の「客」となったことをきっかけに、彼女に対し普通の社会に戻るよう説得を続けるダム技術者が所属する「一般市民生活」のコントラストが際立つ。

 成島の映像は、人肌の潤いを帯びた光沢のある感触――吸いつくような感じ――を強調し、ヤクザが見せる背中のぬめ光る肌と入れ墨が、性と暴力と快楽が濃密に結びつく関係性――今やそれも「政治的正しさ」の要請でほぼ衰滅――をよく表している。赤や青のネオンカラーを多用したシーンも、映像的遊びが感じられて面白い。

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