映画『エル・マール・ラ・マール』 

 IFF2017でジョシュア・ボネッタ(Joshua Bonnetta)とJ.P.シニャデツキ(J.P.Sniadecki)による『エル・マール・ラ・マール』(EL MAR LA MAR)を観る。

 アメリカのトランプ大統領は不法移民の流入を抑えるため、メキシコとの国境に長大な「壁」を建設すると発言して、大きな議論を呼んでいる。
 wiki:アメリカ=メキシコ国境によると、国境線の長さは全体で3000km以上に及ぶ。映画『皆殺しのバラッド』(→ブログ)に出てきたように、いくつかの国境沿いの都市ではすでにフェンスが設けられ、警備が厳しい。そこで、密入国者たちの多くは、人目の少ないソノラ砂漠かバボキバリ山を縦断することになる。

 映画は日本の本州ほどの広さがあるソノラ砂漠の広大な風景や気象を映すとともに、アメリカへの密入国を試みる人びとの声を観客に届ける。



 メキシコ側から身を隠せるアリゾナ州の大都市までは歩いて数日かかる。密入国者は、気温が高く人目につく昼間を避けて、おもに夜間に移動する。夜の砂漠は想像以上に気温が低く、コヨーテなどの肉食獣や有毒の昆虫も棲息している。食糧や水の欠乏、あるいは昼間の移動で、熱射病や脱水症状で亡くなる人も少なくない。1990年代以降、6000人以上の遺体が国境警備隊に発見されたという。
 ときには首も手足も無い死骸が発見されるが、報道されることは無い。警備隊のメンバーやソノラ砂漠に暮らすごく少数のアメリカ人によると「人間の死臭は動物よりヒドい」。

 映画では、アリゾナの観光資源を代表するサワロサボテンや刺激的な死体をあえて映さない。観光的イメージを無暗に喚起せず、ソノラ砂漠の現実を伝える。砂漠といってもブッシュが多く、泉が沸いているところもある。砂漠の闇を照らす炎やサーチライト、仄かに赤みをおびた夕景、岩山のシルエット、夜空をうめつくすバッタやコウモリの大群、打ち捨てられて埃をかぶった車、脱糞する馬、密入国者が残していったと思しきリュックやペットボトル、携帯電話……。
 映像だけではない。砂漠の豊饒な「声」も、手を抜くことなくフィールドレコーディングしている。蟲の音、遠い銃声、トランシーバの交信音、雷鳴……。

 制作者の一人、J.P.シニャデツキは、『リバイアサン』(→ブログ)で話題となったハーバード大学感覚民族誌学ラボの出身で、『ニューヨーク ジャンクヤード』(→ブログ)等の作品を手掛けている。

 彼らの作品の特徴は、スクリーンに映っているものが最初の瞬間に特定できないことが多い点だ。最初に「何だろう?」と思わせ、あれこれと想像をめぐらせるうちにようやく何であるかが判っていく。知覚の時間性を際立たせる表現が多い。

 今回の作品は『リヴァイアサン』と同様に「ドキュメンタリーは果たして映像詩として提示できるか」という実験的試みでもある。映像詩として提示することは、ある種の抽象化によってドキュメンタリーとしての力を弱めてしまうという意見があるかもしれない。逆に、映像詩として受け取るには、まだまだドキュメンタリーの生々しさを引きずっているように感じる人もいるだろう。

 とはいえ、彼らの既存のタイプのドキュメンタリーではない、新たな映像経験を切り拓こうとする企ては極めて注目に値する。

 終盤の、薄闇の砂漠をバックに滑るように走る百両以上?の編成の長大な貨物列車が特に印象的だ。

EL MAR LA MAR trailer from J.P. Sniadecki on Vimeo.



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 記憶を刺激されたゆえ、ちょっと蛇足として^^;昔アリゾナで撮った写真を貼っておく。今はグーグルマップという便利なツールがあるので、写真に写ったWHYの標識(たぶん疑問符WHYという地名に惹かれて撮ったのだろう)からオルガンパイプ・カクタス国定公園まで行ったと推測できる。

アリゾナ
 仕事で南カリフォルニアに駐在した際には、アリゾナ州ツーソンまで2回ほど旅行している。グーグルマップで今チェックしたら、ツーソンまで最短でも480マイルと出た。760キロ以上ではないか!。2回のうち1回は長期休暇でオースティンからレンタカーを借りての旅行の帰途だが、もう1回は自分の車で往復したはず。たしか金曜日に仕事を早く終えて2泊旅行したと記憶するが、当時は若いこともあって元気があったものだ。ガソリンが安いというのもあるが、CO2ガンガン巻き散らしていたなあ。

アリゾナ

 映画はあえて観光的関心を強く刺激しないつくりとなっているが、ただの観光客にとってはやはり、アリゾナといえば林立するサボテンだろう。夕日を浴びて赤く染まる岩山とサボテンは、実に神秘的だった。
アリゾナ

 帰途にカリフォルニア側にあるソルトン・シーという巨大な湖の東岸を通ったのだが、映画に出てきたバッタの大群は、そのときまさに経験したものと同じだ。大量のバッタが、走る車のフロントガラスにものすごい勢いでぶつかってきて衝撃的だった。当時はフロントガラスが割れるのではないかと心配したものだ。

 ソノラ砂漠は一部、観光地化しているが、砂漠全体は途方もなく広大だ。国定公園内といってもすれ違う車の数はごくわずか。こんなところで強盗に襲われて殺されても、遺体がすぐに発見されなければ、目撃者は望めないし、事件解決のめどはつかないだろうな、と少々不安と警戒感をおぼえたものだ。結局、その不安と警戒感がアメリカの銃所持の権利意識やときに暴走する「自警団」を歴史的に支えてきたと言えるが。

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