映画『シネマ・フューチャーズ』 

 IFF2017でミヒャエル・パルム(MICHAEL PALM)監督の『シネマ・フューチャーズ』をみる。

 本作品はおもにアーカイヴという視点から、映画のデジタル化とは何かを問う作品だ。

 映画のデジタル化は、ミュージカル映画『雨に唄えば』(→ブログ)で描かれたトーキーの導入以来の、そしてある意味それを超える大きな革命だ。

 ハリウッドの大手映画会社は2013年で35mmフィルムでの映画配給を完全に止めることを決定した。その後、映像は上映用フィルムの代わりにDCP(Digital Cinema Package→DCP基礎知識(東北芸術工科大による研究プロジェクト))で配給されるようになった。映画館はDCサーバを用意し、そこにDCPデータをあらかじめ取り込む。上映の際にはデータ・ファイルを再生して、プロジェクターでスクリーンに投影する。映画館のデジタル設備費を抑えるため、配給会社も応分の負担をするよう、VPF(Virtual Print Fee)という金融スキームまで導入された。

 映画の技術的な起源は、スタンフォード大学キャンパス内に銅像が立つエドワード・マイブリッジ(→wiki)による連続写真の試みにさかのぼる。
 映画用フィルムの支持体は、映画が誕生した時代からずっとセルロイドだ。それは綿糸から取り出したセルロースを伸ばしてつくる。

 映画用フィルムの製造メーカーは(本作によると)アグファや富士フィルムの撤退(*1)により、イーストマン・コダック一社だけになった。ニューヨーク州ロチェスターにあるコダック社は、一時期は年間124億フィートの映画用フィルムを製造していたが、今では4億フィートだけ。コダックは大規模なリストラを敢行し、4万7千人が同社を去ったという。

 本作はオーソン・ウェルズの『上海から来た女』やリュミエール兄弟の『工場の出口』、『スタートレック』等の部分映像を挟みながら、映画のデジタル化とアーカイブをめぐって、さまざまな関係者の意見を届ける。

 アメリカ議会図書館やインドのリライアンス・メディアワークス(wiki:Reliance MediaWorks)に所属してフィルム保存・修復を担当する人たちもいれば、ジャック・ランシエール(→ wiki)のような哲学者、ジョージ・イーストマン博物館のキュレータも登場する。昨年、『沈黙~サイレンス』(→ブログ)を公開した映画監督のマーティン・スコセッシ、『世紀の光』(→ブログ)や『光りの墓』(→ブログ)のアピチャッポン、クリストファー・ノーラン、映画研究家のデヴィッド ボードウェルやトム・ガニングも登場して発言している(何て言ってたかいちいち憶えていないが^^;)。



 アーカイブという点では、インターネット・アーカイブ(→wiki)の試みも紹介。1年毎のウェブデータが、12トン!に及ぶサン・マイクロシステムズのサーバに格納されるという話は、デジタル・ネットワークの時代になっても、アーカイブは物理的問題から逃れられないという、当然なのに忘れがちなことにあらためて思いが行く。
 アメリカ西海岸ベイエリアは、19世紀後半に「運動を写真で記録する」という映画技術の起源を産んだが、20世紀後半にはデジタル革命の震源地にもなった。
 しかし、現時点でデジタルデータによる保存は、メディアやフォーマット、再生時に求められる技術的な環境が頻繁に変化するため、映画を100年以上保存するという観点で、映画関係者の信頼を得ていない。

 監督のミヒャエル・パルム(Michael Palm)はもともと編集技師で、『いのちの食べかた』等で知られるニコラス・ゲイハルター監督の最新作『人類遺産』でも編集に携わっている。

(*1)富士フイルムは、映画撮影/上映用フィルムの製造を2013年に終了したが、アーカイブ専用フィルムを開発し、生産を続けているのではないだろうか?

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