映画『散歩する侵略者』 

 チャチャタウン小倉にあるシネプレックスで、黒沢清監督の映画『散歩する侵略者』を観る。

 概要はこちら(→wiki:散歩する侵略者)。

 オープニングは、白い盥に入った金魚で始まる。金魚をすくうセーラー服・三つ編み少女(恒松祐里)。陰惨な殺人現場。血溜まりでぴちぴち跳ねる金魚。返り血を浴びたまま道路の真ん中を歩く少女。
 ストーリーは終盤でクロスする二つのエピソードから成り立っている。
 一つは、とつぜん記憶を失い奇妙なことを言い出した夫・真治(松田龍平)を迎えに行く妻・鳴海(長澤まさみ)のエピソード。彼女は歩き方がぎごちない夫を抱きかかえるようにして、二人が暮らすアパートに連れ帰る。空き地の目立つ空疎な場所に一軒家や低層の集合住宅が点在する地域は、自動車のナンバープレートから静岡だと想われる。真治は鳴海に「オレは宇宙人だ。まだ地球に慣れてないからガイドになってくれ」と一方的に言う。そして、泊まりに来た鳴海の妹から「家族」という概念を奪い取る。
 もう一つのエピソードは、雑誌ライターの桜井を中心に展開する。演じるのは『シン・ゴジラ』(→ブログ)で主演を務めた長谷川博己。米軍基地の街を取材する桜井は、自称"社会派"ジャーナリストだが、ホテルのフロントに置いてある無料サービスの飴を鷲掴みにし、要らなくなった新聞を植込みの上に平気でポイ捨てする、公共心に欠けた記者だ。電話でデスクから指示を受け、先述の殺人現場に急遽、駆け付けるが、現場で警備する初対面の警官には平気でタメ口をきく一方、高校生風の天野(高杉真宙)の自分に対するタメ口には厳しい。天野は自分が宇宙人だと告白し、桜井にガイドになるよう依頼する。桜井はすぐには彼の話を信じないが、自分を宇宙人だと言い張るおかしな人として興味を抱いて、彼とともに、もう一人の宇宙人を探すことにする。



 原作は劇団イキウメ(前川知大)の同名舞台作品。

 宇宙人が概念を奪い取って学習するという設定はオモシロイ。「愛」という概念がなくても、真治が適当に覚えた言葉の偶然の組み合わせ(?)から、ときおり妻の鳴海の胸をキュンとさせるのは悪くない。「家族」という概念を得たせいだろうか。しかし、「所有」の概念を地球人から奪い取る前なのに、真治が自宅にやって来た鳴海の妹に対して「いらっしゃい」というのはどうなんだろう?。「いらっしゃい」は「おかえり」と対になっていて、自分たちが「所有する」空間に、他人が入ってきたときに用いる言葉ではないのか? そもそも「宇宙人」なんて概念、どこで習ったの?などいくつかの点が気になった。
 せっかく宇宙人による「概念学習」という面白いネタを扱っているのだから、認知言語学者に監修してもらうとかできなかったのだろうか。SFの面白さとは、大きなウソを読者や観客に信じ込ませるために、小さなリアルを積み重ねることだとこれまで信じてきたのだが。

 黒沢清のSF/ホラーめいた作品はいくつかみたが、NHKで昔あった少年ドラマシリーズの雰囲気を伝えていて、それはそれで良いのだけど、さすがにもう21世紀だし、昨今の科学や認知心理学、進化人類学の新しい知見を踏まえた新しいタイプのSFに挑戦して欲しいのだが。まあ、若い監督に任せたほうが良いのかもしれないけど。ハリウッドのような大きな予算をかけなくても、工夫次第でやれることは数多くあると思う。なんて、傍から言うだけなら誰でもできる。

 文中敬称略。

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