日経サイエンス2017年11月号 

 国内ウォッチで注目したのは「太古の地球を月に探る」。月周回探査機「かぐや」が、月のレゴリス(表土を覆う堆積物)から地球由来の酸素イオンを検出。発表したのは大阪大学・寺田健太郎チーム。24億5千万年前の「大酸化イベント」時代の大気中酸素の一部が月に残っている可能性もあるとして期待される。

 海外ウォッチではAlice Skeltonら英サセックス大学の報告。赤ちゃんに色見本を見せ、注視時間が短くなると、別の新しい色と認識したと解釈して、乳児は赤、緑、青、紫、黄の5色を見分けていると結論。サピア・ウォーフ仮説に一石を投じる。緑と青を区別しない文化はいくつかあるが(日本も昔は緑色のことを「青い」と表現することがあった)、乳児はもともと見分けているが、特定の文化と言語の中で育つと、ある区別が使われたり使われなくなったりする、という。
 セントラルフロリダ大学の光学研究者Milad Akhlaghi&Aristide Dogariuによる、靄に隠れた移動体の追跡実験。レーダーやライダー(→wiki)は霧や雨、煙、粉塵によって光が散乱し、効力を失うが、これを逆手に取り、安価な低出力レーザーと光電子増倍管を用いて散乱光パタンの変化を手がかりに物体を追跡する。

 特集は「見えてきた記憶のメカニズム」。『つながる脳科学』の利根川進による解説にもあった、記憶エングラムや光遺伝学の話。
 井ノ口馨が執筆した「記憶をつくり変える」は、このあたり(→記憶痕跡 - 脳科学辞典)をもっと噛み砕いて解説している感じ。強烈な体験の直前・直後にあった些細なエピソードを明瞭に憶えている理由が神経科学的に解説されている。今後解明が進んでいくと思われる、記憶と概念形成、知識形成の関係はじつに興味深い。
 A.J.シルバ(→wiki:Alcino J.Silva)による「連想を生むニューロン集団」は「割り当て―関連付け仮説」の話など。シルバはMIT時代、利根川進の研究室にいたらしい。

 舞踏を生んだ進化の謎。聴覚信号から「拍」だけ抜き出す神経細胞ネットワークが特定されつつある。ダンスの能力は、筋肉を制御する運動ニューロンを、聴覚ネットワークの「運動計画領域」が予測する「拍」に同調(エントレインメント)して発火させる力に左右される。この「同調」は、ダンス以外に発話や歌にも必要とされる。人のダンスは、頭部が激しく動いてもバランスを取れる能力や二速「走行」によって可能になったが、ダンス自体は進化における偶然の副産物という見方が有力。しかし、音楽とダンスは、デュルケムが「集合的沸騰」と名づけた社会的同調により、人間集団が血縁関係を超えた連携を築く際、相手を見極める手段として発達した、という仮説を説く科学者も少なくない。感情的絆を強化する共有虚構(シェアード・フィクション)としてのダンス。

 ほかにも、クルマ社会から駐車場をなくす(自律走行とライドシェア、交通システムのスマート化による、信号・駐車場フリー化)など。

 ブックレビューで、エリック・カンデルの『芸術・無意識・脳』が紹介されていた。ブログ:『エゴン・シーレ』にも接続できる話で、現在読書中。新しい知見というより、これまで各界(美術・美学・精神分析・認知心理学・神経科学)に蓄積された科学と芸術をめぐる言説のサマリーという感じ。シロウトによるサマリーではなく、ノーベル賞を受賞した神経科学者によるサマリーというのがポイント。アートとサイエンスが濃厚な「対話」をおこなった20世紀初頭のウィーンという精神土壌が表れている。

 文中敬称略。



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