トルコ映画特集@福岡シネラ 



 福岡シネラの10月は、トルコ映画特集。

 チャールズ・クローヴァーの『ユーラシアニズム』(→ブログ)を読んで、世界島(ユーラシア大陸)のハートランドともいうべき中央アジアへの関心(→ブログ:ソ連旅行1991)が蘇ってきたところなので、4本ほど観ることにした。

 90年代初頭にアッバス・キアロスタミが日本で劇場公開されて以来、イラン映画は一定の人気を博し、その後もマフマルバフやマジッド・マジディらが知名度をあげ、2012年には日仏共同製作でキアロスタミが日本を舞台にした『ライク・サムワン・イン・ラブ』を公開するなど、日本でもファン層が定着してきたように思われるが、同じイスラム圏で、かつて強大なオスマン帝国を築いたトルコの映画のほうは、これまで日本であまりとりあげられなかったように思う。まあ、こっちがアジア映画マニアでもなく、情報に疎い地方在住者、という事情もあるが^^;。

 余談だが、『テュルクの歴史』第4章に書いてあった通り、「タジク(=イラン)」なくして「テュルク」なし、というのは大事なポイント。北インド~トルコにかけては歴史的に見て、各国の文化を独立にとらえることは難しい。家族的類似とでも言おうか。もともとトルコがオスマン帝国時代に伝統あるペルシア文化を吸収したという背景がある。両国ともイスラム教国だが、イランはおもにシーア派なのに対し、トルコはスンニー派。ただし、トルコでは食事の際のアルコールに寛容。また、トルコはイランと敵対するイスラエルと国交を結んでいる。イランは石油資源が豊富だが、トルコは石油輸入国だ。

 2013年末に出た『アジア映画で〈世界〉を見る』によると、トルコ映画は世界の有名国際映画祭で「不可欠の客人のように招待され、大きな受賞も多い」らしい。4年近くたっているが^^;、あらゆるジャンルでタコツボ化が進んだ昨今、映画の世界も「笛吹けど踊らず」ケースのほうが多いゆえ、トルコ映画が日本においてイラン映画が占める位置に至るかどうか、定かでない。

 今回みたのは以下の4本。

『未来へ続く声』
『11時10分前』
『難民キャンプ
『沈黙の夜』

 バフマン・ゴバティは、福岡国際映画祭(→ブログ)で観た『国のない国旗』が、クルド人の悲劇への距離の取り方であまり好きになれなかったし、今回も予告編をみて悪い予感がしたので『サイの季節』は観なかった。セミヒ・カプランオウルの『卵』は、あらすじを読んでちょっと観たい気がしたが、都合がつかなかった。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://travis7.blog54.fc2.com/tb.php/806-ad506f81