映画『沈黙の夜』 

 福岡シネラのトルコ映画特集で、レイス・チェリッキ監督(Reis Celik)の映画『沈黙の夜』(LAL GECE/35ミリ/2012年/91分/トルコ)をみる。

 舞台は雪に覆われた山やまに囲まれた遊牧民の村。
 刑務所を出て村に戻ってきた初老の男は、一族の手配で、盛大な結婚式を挙げようとしていた。この挙式は、対立する2つの部族の「和解」という意味をそなえていた。

 トルコ系遊牧民の伝統的な結婚式では、ダウルとズルナ(*1)の賑やかな演奏が繰り広げられる。連れてこられた花嫁は、14歳の少女。白いドレスに濃いピンクのベールと帯、ラメの入った黄金色のハイヒール。白粉を塗られ、真紅の口紅を施された顔は、まだあどけない。

 トルコ絨毯を敷き詰めた部屋には、ダブルベッドが一つ。

 遊牧民たちの慣習では、花婿は初夜の始まりと終わりに、窓を開けて空に向かい2発ずつ銃を撃つ。初夜の終わりを示す銃声が鳴ると、係りの者がやってきて、シーツを受け取る。それに血が付着していれば、彼女が処女だったという証になるのだ。



 幼い花嫁は男に抱かれる不安から、なんとかコトを先延ばしにしようとする。たとえば、アラビアン・ナイトのシェヘラザードのように、おとぎ噺を聞かせる。この、半人半蛇の怪物シャマランの話が面白い。

 カムサップという若者は、登山の際に仲間たちから谷底に突き落とされる。気がつくとそこは、下半身がヘビで、無数のヘビを従えたシャマランという女王が支配する地底の国だった。世界の秘密を握っているとされる地底の国で、カムサップはシャマランと結婚し、幸せな日々を送る。しかし、何年かたつと彼は、望郷の念に駆られ、「地上に帰りたい」と話す。その彼にシャマランは、「地底の国であったことを他人に絶対話さないと約束したら地上に帰ってもいい」と応える。
 地上に帰ってみると、国王が不治の病に臥しており、主治医は、回復するには「シャマランの肉を食べるしかない」と言う。何かの拍子にカムサップは疑われ、拷問の末にシャマランの居場所を告白する……。これくらいにしておくが、日本のイザナギ・イザナミ神話や浦島太郎、あるいはオルフェウス神話を想起させる冥界下りのストーリー・パタンだ。

 次第に男が刑務所に入っていた理由が明かされていく。彼は若い頃、愛人をつくった母親を、一族の名誉のために殺した。長い刑期を終えると、再び一族のために人を殺し、ようやく60歳になって出所したのだ。

 おとぎ話やあやとりなどで、ずっと先延ばしにされる初夜の儀。男は花嫁の求めに従って、口髭を落とす。それでも花嫁は彼を受け入れようとしない。このまま何もなく終われば、部族間の和解は決裂し、再び抗争が始まるかもしれない。あるいは、怒った一族の誰かが、花嫁を殺してしまう可能性だってある。男がとった選択は……。

 すべてが一族の掟に定められ、ただただ他人の命令に従って生きてきた男の、観客には喜劇に見えてしまう悲劇、ということか。
 古い慣習が根強く残る「田舎の事情」のようにみえるが、現代の都市社会でも、「自己決定」の範囲は相変わらず狭く、結局のところ自分たちがつくったシステムに縛られているという点では、似たり寄ったりかもしれない。

 ズルナ(→wiki)はチャルメラに似た、ダブルリードの木管楽器。ダウルとともに、トルコの祭りや婚礼、軍楽に欠かせない楽器だ。久しぶりに聴くと胸が躍る。

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