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『ルドルフ2世の驚異の世界展』 

福岡市博物館

 シーサイドももちにある福岡市立博物館で『ルドルフ2世の驚異の世界展』を観る。
 シネラで昔の映画を見るため、隣接する福岡総合図書館には時折行くが、市立博物館の催しを観るのはこれが初めて。

 2009年にBunkamuraが開いた「奇想の王国」展の拡張版だろうか。九博の『新・桃山展』と時代的に重なる点は、連携企画として素晴らしい。

 神聖ローマ皇帝ルドルフ2世(→wiki)は世界史の教科書に(たぶん)名前が出てこないが、ルネ・ホッケの『迷宮としての世界』(1966/文庫2010)やロバート・エヴァンズの『魔術の帝国』(1988/文庫2006)、トマス・D・カウフマンの『綺想の帝国』(1995)等で紹介される通り、ヨーロッパの美術史や科学技術史では欠かせない人物だ(カッコ内は邦訳書の出版年)。

 最初のコーナーでは、ルドルフ2世自身、偉大なるカール5世の弟フェルディナント1世、その息子(つまりルドルフの父)マクシミリアン2世(1527-1576)のほか、マクシミリアン2世の弟でルドルフのコレクションに影響を与えたフェルディナント2世チロル伯(1529-1595)の肖像画が掲げられていた。以前、ウィーンやプラハを旅行した後、インスブルックまで行ってアンブラス城にあるフェルディナント2世のコレクションを見に行った覚えがあるが、徳川家康から贈られたという日本の甲冑が展示してあった。なお、当時の館長ピエルアンドレア・マッティオリ(1501-1577)は当代有数の自然誌家で、植物標本の収集に尽力した人のようだ。

 ルドルフ2世時代のプラハの芸術界を支配したのは、フランドル出身の画家たちだった。
 ざっと観て、ルーラント・サーフェリー(→wiki)の絵画が充実している。その多くは、画家の生地ベルギー・コルトレイク市立美術館の収蔵品(当館長がサーフェリーの略歴をカタログに寄せている)。ルドルフ2世が愛したピーテル・ブリューゲル父(→wiki)の影響が色濃い『村の略奪』(1604)。博物学的関心に溢れるプラハ国立美術館蔵の『鳥のいる風景』(1622)や『動物に音楽を奏でるオルフェウス』(1625)。幻想的な岩山や深い森。数多く描かれる動物たち(牛、鳥…)にはしばしば解剖学的誤謬がみられる。1628年の『二頭の馬と馬丁たち』は例外的に風景がほとんど重視されていない。アンリ・ルソー風の空色の背景に2頭の馬が向かい合うが、馬や人物はルソーに比べ、細緻かつ立体的に描かれている。ウィリアム・マイヤーズの『バイオアート』に載っていたアレクシス・ロックマン(→wiki:Alexis RockmanのBronx Zooなんかはサーフェリーの現在形というか、未来形と言えるかもしれないな。
 アントワープ出身のファルケンボルフ家の画家たちは1586年にプラハを去ったが、サーフェリーはアムステルダムで才能を開花させた後、1603年頃にルドルフ2世の宮廷に招かれた。1610年代後半にはプラハからユトレヒトに移り住んだが、晩年は幸福ではなかった。

 フランドル地方では12世紀から毛織物業が盛んになり、アントウェルペンは毛織物業と北海で獲れるニシンの樽詰め、2つの年市により、交易都市として成長。バルト海と北海の海商団体ハンザ同盟が拠点を置き、イギリスの毛織物業者がこの地を中継地として羊毛を大陸に供給した。フランス、イギリス、ドイツの接点に位置し、ヨーロッパ北西部をバルト海地域や地中海に結ぶ海上ルートの中継点として、16世紀にはブリュージュの地位を奪った。ヒュー・トレヴァー=ローパー(→wiki)の『ハプスブルク家と芸術家たち』によると、「アントウェルペンは、1520年の段階でヨーロッパと新世界の交易を支配する外国為替取引業者を擁する、ヨーロッパの経済的首都だった」。人口は1500年に4万人を越え、最盛期には10万人に達したと言われる。しかし、オランダ独立戦争(→wiki:80年戦争)の激化により、国際商業の中心地はアムステルダムに移っていった。

 フランドル地方では、イタリア・ルネサンス期にほぼ同期して、独特の様式をもつ絵画が数多く描かれた(→wiki:初期フランドル派)。
 神聖ローマ帝国皇帝にしてスペイン国王のカール5世はフランドル出身だが、イタリア・ルネサンス絵画を好み、ティツィアーノを宮廷画家に任命した。それに対し、カール5世を継いでスペイン国王となったフェリペ2世は、フランドルのヒエロニムス・ボスが描いた奇怪な絵画をこよなく愛した。ちなみに今年から来年にかけて、映画『謎の天才画家、ヒエロニムス・ボス』が日本で公開される(→公式サイト)。
 しかし、敬虔なカトリックのフェリペ2世は異端審問でカルヴァン派を厳しく弾圧。1566年、戦闘的カルヴァン派たちは各地で聖像破壊(イコノクラスム)を実行し、膨大な数のフランドル絵画が失われた。これにより、オランダ絵画の主流は、宗教絵画から、風俗画や静物画、風景画、肖像画に移行する。
 カール5世の甥でルドルフ2世の父にあたるマクシミリアン2世は、プロテスタント寄りの人文主義者で、庭園に異国風の植物を栽培させ、エーバースドルフに野獣を飼育する動物園を設けた。父親が晩年ウィーンに招いたアルチンボルトを厚く保護し、祝祭や音楽祭の催しを任せた。

 ルドルフ2世は11歳~19歳まで母方の伯父フェリペ2世の宮廷で過ごし、カール5世の偉業とスペイン黄金時代の栄華とボスの絵画を目の当たりにして育った。父のマクシミリアン2世を継いで、ルドルフは1576年に神聖ローマ皇帝になった。レパントの海戦(1571)では教皇=ヴェネツィア=スペイン連合軍がオスマン帝国を破ったものの、ハンガリー中部・南部は依然オスマン帝国領であり、また、プラハを含むボヘミアはフス戦争(→wiki)以来、プロテスタントの機運が高い土地だった。ルドルフは最初、カトリックの盟主としてプロテスタントを弾圧したが、オスマン帝国との係争地にほど近いウィーンから、やや奥まったプラハに首都を移した。
前掲書によると、ルドルフ2世は戦闘的カルヴァン主義とイエズス会の過激派をともに遠ざけ、「普遍人」であろうとした。

「(ルドルフ2世の)この魔術の世界は中世キリスト教世界の公式の宇宙哲学を否認し、正統派カトリシズムと正統派プロテスタンティズム――両者ともこの宇宙哲学へ回帰していたが――の間の宗派的相違を超越していた。その核心において全キリスト教的(エキュメニカル)であり、寛容主義的であり、瞑想的であり、科学的であり、その周辺部においては錬金術的奇想、占星術的計算、ピュタゴラース的数秘学となった」(『ハプスブルク家と芸術家たち』第3章)。

 彼はティコ・ブラーエ(→wiki)とヨハネス・ケプラーを宮廷付き天文学者に任命した。二人はコペルニクスやガリレオと同じく、17世紀科学革命の基礎となった「世界像の数学化」に大きな貢献を果たした。一方でケプラーは、ピュタゴラス的、あるいは新プラトン主義的ともいうべき数秘術という自然魔術の伝統に深く影響されていた。
 本展ではケプラーの書籍『新星』や『コペルニクス天文学』、天文表の『ルドルフ表』等が展示されていた。

 昨今、映画『エイリアン・コヴェナント』や『ブレードランナー:2049』をみたこともあって、ヨーロッパにおける人造生命の歴史を振り返えっているのだが、ゴーレム伝説の主人公とされるユダヤの神秘思想家ラビ・レーヴ(→wiki)もプラハを何度か訪れ、ルドルフ2世と会ったことが記録されている。ポーランド系ユダヤ人の息子でサイバネティクスの提唱者、ノーバート・ウィーナーは、最晩年の1964年に『God and Golem,Inc』(邦題:『科学と神』)という著書を書いた。
 ほかにも、ポーランドの錬金術師ミカエル・センディヴォギウス(1556-1630頃)や、ベルギーの植物学者シャルル・ド・レクリュース(カロルス・クルシウス)等がプラハに招かれた。

 アルチンボルトが1591年に描いた『ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世』が展示してある。アルチンボルトの作品は以前、ウィーンの美術史美術館でまとめてみたが、そういえば今年、アルチンボルト展が東京で開かれ、数多くの集客があったらしい。
 洋梨やリンゴ、ザクロ、イチジク、ブドウ等の果実や、トウモロコシ、ダイズ、ムギといった穀物、タマネギやズッキーニ、カブ、ナス、カボチャ、キャベツ、レタス、トウガラシといった野菜、オダマキやアラセイトウ、チューリップ、バラ等の花でルドルフ2世の顔を合成している。このうちズッキーニ、トウモロコシ、カボチャ、トウガラシは新大陸からもたらされたものだ。本作品は1648年のスウェーデン軍によるプラハ攻撃で略奪され、スコークロステル城に保管された。

 ハプスブルク家の王たちに共通するのは、人文学者や芸術家、科学者、博物学者等に対する庇護の伝統だ。もちろんそれはヨーロッパの王家に共通する点だが、ハプスブルク家の場合、現代の目から見ても際立っている(と思う)。
 こちらのブログでも触れたが、その伝統はオーストリア=ハンガリー帝国の終焉まで続いた。古今東西、「文化に耽溺する王は政治戦略を誤る」という教訓話があるが、政治的リーダーが優れた学術・文化をパトロネージュするというハプスブルク家の伝統が19世紀末~20世紀初頭のウィーン精神を形成し、時代を超えて21世紀の文化・科学にまで深い影響を与えていることは明らかだ。

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