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ターナー展@北九州市立美術館 

北九州市立美術館

 ようやくリニューアルした北九州市立美術館本館で、オープン記念の『ターナー 風景の詩』展とベスト・コレクション展を観る。

 ターナー展は4章仕立てになっており、第1章は地誌的風景画、第2章・海景――海洋国家に生きて、第3章・イタリア――古代への憧れ、第4章・山岳――あらたな景観美をさがして。スコットランド国立美術館群や郡山市立美術館の所蔵品が多い。

第1章:トポグラフィ。ターナーが17歳の時、ロイヤルアカデミー展に出品した『マームズベリー修道院』(水彩/1792展示)。マームズベリー修道院と言えば、11世紀に人工の翼で飛行を試みたエイルマー(→wiki)が想い起される。
『フォントヒル・アベイの東景、真昼』(水彩/1800展示)は、ゴシック小説の名著『ヴァテック』を書いたウィリアム・ベックフォード(→wiki)の指示で建つこととなった修道院風建築物の工事中を描いた作品。
 ほかにも『ウィトルシャーのストーンヘンジ』(1827-28)など。自然の景観に人工的な建築物を少しだけ添える作品が多い。

第2章:海景。『ヘレヴーツリュイスから出港するユトレヒトシティ64号』(油彩/1832展示)は、映画『ターナー、光に愛を求めて』のヴァニシング・デイのエピソードに登場する。ユトレヒトシティ64号はイギリス名誉革命(1688年)でイギリス議会に招かれたオランダのウィレム3世(→wiki)が出航した艦隊の先導艦。これは海景画というより歴史画なのだ。
 その他、『風下側の海辺にいる漁師たち、時化模様』(油彩/1802展示)など。

第3章:古代への憧憬。専門家でないので断言はできないが、ターナーは目の前に実在する風景を描くときは強いのに、空想の産物を描くと、とたんに絵が弱くなるような気がする(『ユトレヒト号―』は例外?)。ターナーのこの「欠点」を補うように後代、イギリスで勢力を伸ばしたのが、ロマン肥大気味のラファエル前派(→ブログ)ということだろうか。ターナー自身は教養に乏しい下層民だったので、古代史の知識、パトロンたちを通じて得られたものがほとんどだったという。
 第3章テーマとは離れる一点、『遠景に山が見える川の風景』(油彩/1840-50)は、色彩や光、空気感を探求して、具象的な風景がおぼろとなり抽象に接近していった後期の作品。「抽象」というより現象学的アプローチ、という方が近いかな。

第4章:山岳画。解説によると、ブリューゲルの初期作品やサルヴァトール・ローザ(→wiki)という孤高の例外を除いて、山岳は18世紀までヨーロッパ芸術のテーマになることはなかった、そうだ。日本では、中国から導入された山水画の伝統があるが、ヨーロッパでは絵画のテーマにヒエラルキーがあって、歴史画(神話画)を頂点に、肖像画、風俗画、風景画、静物画の順となる。ブログ:『ルドルフ2世の驚異の世界展』 でも触れたが、そこにはカトリックとプロテスタントの宗教対立が、アカデミーなど美術的権威に対してどれだけ影響力を持っていたかに関わっているような気がする。ルーラント・サーフェリーなんかも山岳画と言えるような絵画を残しているのではなかろうか(サーフェリーはしょせん博物画の人として軽視されているのかな?)。
『サン・ゴタール山の峠、悪魔の橋の中央からの眺め、スイス』(水彩/1804展示)や『ルツェルン湖越しに見えるピラトゥス山』(水彩/1842頃)など。ターナーは1840年代前半にヨーロッパに何度も足を運び、おもにルツェルンやハイデルベルクの風景を好んでスケッチしたという。ピラトゥス山はゴンドラか何かで登ったことがある(上でカップラーメン売ってたw)。

第5章:版画作品。ニコラ・プッサンの様式を取り入れた『ノアの大洪水』など。

 ターナーは、1793年までにベツレムの精神科医で美術コレクターのトマス・モンロー(→wiki:Thomas_Monro)に才能を認められたそうだ。母親の精神疾患と関係があったのだろうか?。精神科医と美術の関係は興味深い。草間彌生を発見したのは西丸四方(→wiki)であり、アール・ブリュットに大いに関わるパトグラフィー学会は精神科医の集まりだ。現代美術のコレクターとして名高い高橋龍太郎も精神科医。

 由良君美の『ディアロゴス演戯』には、「崇高」の画家として、ターナーとともにジョン・マーティン(→wiki)を紹介していた。マーティンは英国ロマン派の画家・版画家で都市計画家でもあった。二人の崇高でロマンティックな自然描写は、現代のハリウッド映画にも一部、受け継がれているような気がする。

『コヴェナント』や『ブレードランナー:2049』(→ブログ)を観てメアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』やその関連書などを読み直しているのだが(そういえばキネマ旬報12月下旬号に、ダオダディ荘の怪奇談義(→wiki)を扱った映画『ゴシック』の監督、ケン・ラッセルの生誕90年を記念して、今年7月にロンドンで開かれた「Ken Russel:Perspectives, Reception and Legacy」という学会に参加した大森さわこの記事があった)。メアリー・シェリーとターナーは同時代の人。ちなみにターナー(1775-1851)、メアリー・シェリー(1797-1851)、コールリッジ(1773-1834)、ワーズワース(1770-1850)、バイロン(1787-1824)、ジョン・キーツ(1795-1821)・・・。
『フランケンシュタイン』を最初の近代SFとして位置づけたオールディスの『十億年の宴』には、彼女の作品に影響を及ぼしたというエラズマス・ダーウィン(→wiki)に関する記述があるが、ターナーも若い頃、エラズマス・ダーウィンにならった詩を書いていることを本展で知る。

 小倉昭和館で映画『ターナー、光に愛を求めて』を上映していた様子。こういうコラボは素晴らしい。日本は今、好景気だし、ターナーの他の作品を観にいくロンドン観光ツアーのチケットも紹介したらどうかな?

 本展ではターナーの「崇高」な側面よりも、マイルドな風景画を前面に出しているので、ラスキンの『近代画家論』やラスキンの思想的側面を紹介する伊藤邦武『経済学の哲学』、清水真木の『新・風景論』等をネタに書く方が健全な市民と言えるのかもしれない。ラスキンはマルクスと一つ違い。マルクス的な社会主義ではなく、ラスキンーウィリアム・モリス的な「社会主義」のほうが日本に合ってるかも的な議論がある。もちろん世間は何を今さら社会主義という風潮だが、文科省系の行政機関や教育機関、文化施設、地方自治体には、想像以上に社会主義シンパが多いようだ。

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