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映画『立ち去った女』(2) 

 『立ち去った女』(1)からの続き。

 フィリピンは2000年以降、めざましい経済発展を遂げた。アジア通貨危機の打撃は比較的、小さかったと言われている。要人誘拐の多発(例:三井物産マニラ支店長誘拐事件)によって、欧米や日本が生産拠点を置くことが少なかったためだ。それまで日本・台湾・フィリピンを除くアジアの多くの国は、ドルペッグ制を採用し、ドル安に便乗して輸出需要で経済成長するという成長モデルをとっていた。しかし、中国改革開放政策の推進で、欧米・日本の生産拠点は東南アジアから賃金の安い中国本土に移り、95年以降、アメリカが「強いドル政策」を採用したため、アジア諸国の輸出が伸び悩み、経済成長への期待が急落したことが、アジア通貨危機を招いた。フィリピンの2000年以降の経済成長は、インドからシフトしてきたコールセンター業務の請負や、国外出稼ぎ労働者からの送金に支えられている。海外就労者や移民が本国に送る送金額は、GDPの一割を超えているという。

 フィリピンの人口は、現在約1億人。堕胎に厳しいカトリックの影響が大きいのだろうか(総人口の約85%がカトリック)、世界の人口ピラミッド(→populationpyramid.net)をみると、フィリピンがほかの東南アジア諸国と比較しても、きれいなピラミッド・シェイプを描いていることがわかる。つまり、これは若年人口が多く、成長機運が高いことを意味する。いっぽう、グローバリズムの趨勢を反映して、経済格差は拡大している。

 wiki:世界最大のショッピングモール一覧(2018.2.10時点)によると、総賃貸面積に基づく世界トップ30のなかに、フィリピンのモールは6つ含まれている。日本ではただ一つ、レイクタウン越谷が28位につけているだけだ。
 『フィリピンを知るための64章』第30章に紹介されたアジア開発銀行2014年報告によると、フィリピンでは商業流通業を含むサービス部門のGDPに対する比率は57%で、東南アジアではシンガポールに次ぐ高さだ。また、限界消費性向はタイが0.50、インドネシアが0.55なのに対し、フィリピンは0.92.これはつまり、増収分の92%を貯蓄でなく消費に充てているということだ。

 映画の主人公が捕らわれの身であった30年間は、何を意味しているのだろう。
 時代的に1997年の30年前といえば、1960年代後半となる。ウォーラーステインは「近代世界システム」の3つの重要な転換点として、①長い16世紀(→関連ブログ)、②1879年のフランス革命、③1968年の世界革命をあげている。長い16世紀とはつまり、大航海時代であり、フィリピンがスペインの植民地となり、メキシコ産の銀と中国の絹、生糸、陶磁器などアジアの物産を交換するガレオン貿易(→wiki:マニラ・ガレオン)の拠点となった時代だ。 
 ウォーラーステインは、1968年に世界各地で同時多発した反体制運動をもって、欧米諸国による「近代世界システム」の終わりが始まったと考えた。フィリピン共産党 (CPP) の再建も1968年だ。しかし、フィリピンの60年代後半は、腐敗したマルコス政権がアメリカの支援を受けて政権を掌握した時代でもあった。
 主人公がアメリカから解放されたフィリピン民衆を象徴するとしたら、その後の経済発展で得たものは、ショッピングモールでの消費でしかなかった、ということになる。最後のシーンは、ようやく手にした民衆の自由が虚しい消費に押し流されていく儚さを表したものかもしれない。

 映画では、女装の男性ホランダが、主人公の運命を大きく左右する。
『フィリピンを知るための64章』では、性的マイノリティについて一章を割いている。いわく「フィリピン人の頭の中には「ララキ(男)」「ババエ(女)」の間にバクラが存在することが常に意識されている」。
 ホランダはサマール島出身であることが映画で示されるが、サマール島を含むフィリピン中部のビサヤ諸島にはかつて、ババイランと呼ばれた霊能者めいた者たちがいた。その多くは女性だったが、なかには「女装をして女性のように振る舞う男性の存在も16,17世紀の記録に残っている」という。スペインの植民地化に伴うカトリックの影響で、ババイランの風習は失われたが、現在に至って、欧米のLGBT運動の流れを受け、フィリピン国立大学でゲイの学生たちにより、「ババイラン」が組織されたそうだ。

 なお、本書第23章でフィリピンのインディーズ映画の動向について紹介している。フィリピン映画の黄金時代は、第1期が商業映画の盛んだった1950~60年代(マヌエル・コンデ監督等)。第2期が社会派のリノ・ブロッカらが活躍した70~80年代前半。そして、第3期がインディペンデント映画祭シネマラマ(→wiki:Cinemalaya Philippine Independent Film Festival)の発展に伴うゼロ年代半ばから現在に至る時代だという。『立ち去った女』は2016年、第73回ヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を受賞した。



 【追記】
 キネマ旬報2月上旬号、 暉峻創三のAsia Reportに、2017年におけるフィリピン映画の日本公開状況に関わる記事あり。

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