映画『クレマスター1』 

 YCAMスタジオAで開催された爆音映画祭特別編で、マシュー・バーニーの『クレマスター』シリーズ5作品(1994~2002)を一気に観る。

『クレマスター』シリーズは、大地から立ち昇る個人的なイメージをベースに、形態や色や歌唱や音声で綴った映像詩だ。今回みたのは映画のみだが、同時代的には、彫刻作品を伴った総合アート作品だった。

 現代アートの多くはアートに関わる人びとのハイコンテクストな議論をベースに創られるので、この映画も、観る人に優しく作られていない。概要は日本への仲介者、トモスズキジャパンのこちらのページで。

 クレマスターという響きは、クリエイティブ・マスターの略かと思うほどシャープだが、その意味は男性の挙睾筋(精巣挙筋)だ。wiki:精子形成(2018.3.12)によると、精子をつくる精細管(→コトバンクの精上皮は高温に弱い。精子をつくる際の最適温度(約32~34度)を保つため、陰嚢は挙睾筋(横紋筋)を重力に従って伸ばし、体温約36~37度の身体から離れようとする。外温が低いと縮むわけで、最適温度を保つためにおこなう、この伸縮――下降と上昇――の繰り返しが、クレマスター・サイクルと呼ばれる。

 マシュー・バーニーは、高学歴かつ優れたアスリート、さらにファッションモデル、というアメリカ白人男性の理想を体現したような存在だ(その点で、現在の「政治的正しさ」基準では注目されない存在だ)。
 高校時代からアメフトの選手で、ホラー映画を観て人体改造に興味を抱き、イエール大学医学部の予科に進学した。本作品には、彼が学んだ解剖生理学的知見が反映しており、詳細を追うことは個人的にムリだが^^;、起源にさかのぼることの意味や、男性性とは何かという問いかけがうっすらと感じられる。

 それは、シリーズ各回の舞台の地理的な移動にも表れている。クレマスター1が、アメリカ北西部アイダホ州の州都ボイジー。2がユタ州グレートソルトレイク等。3がニューヨーク・マンハッタン。4がアイリッシュ海の中央に浮かぶマン島。最後の5がハンガリー・ブダペスト。つまり、現代のアメリカ社会が歴史的に、ヨーロッパ系植民者の西漸運動によって形成されたという前提に立てば、起源へとさかのぼろうとする試みとなる。

 なお、制作年は4(1994)→1(1995)→5(1997)→2(1999)→3(2002)という順で、予算にせよ、完成度にせよ、おおむねこの順で上昇していく。

 映画では、バーニーの個人的な記憶や解剖生理学的知見のほか、ノーマン・メイラーの『死刑執行人の歌―殺人者ゲイリー・ギルモアの物語』、フリーメイソンの図像学、アメリカの自動車産業史、ケルト神話など、アメリカやヨーロッパの歴史的イメージが、セリフもほとんどなく、映像詩として展開する。映像や歌曲をイメージとして堪能するだけでも十分だが、ある種の人びとはどうしても映像に意味やストーリーを求めてしまう。

 個人的に、オペラの教養も解剖学的知見もないが、多少のアメリカ史的関心はあるので、おぼろな記憶とトモスズキのサイト、美術手帖2002年9月号の特集を頼りに、解釈の手掛かりになりそうなことを、ちょっと調べて書き残しておく。

 クレマスター1の舞台は、アイダホ州ボイシにあるアメフト用スタジアムだ。地上では多数のコーラスガールがラインダンスを繰り広げ、上空にはタイヤ・メーカー グッドイヤーの有人飛行船が2機浮かんでいる。各飛行船には4名ずつエアホステスが乗っている。脚部と足元にカメラが行く。船内の中央には白いテーブルが置かれ、女神グッドイヤーがテーブルクロスの下で窮屈そうに身を捩じらせている。「拘束のドローイング」やフーディーニへのこだわりに見られる「拘束」のモチーフとの関係がうかがわれる。あるいはフリーメイソンの「反省の小部屋」との関係も想像できる。
 女神グッドイヤーはテーブルクロスに裂け目を入れ、なかからブドウの実を摘み出し、床に並べていく。それはやがてバーニーのエンブレム(楕円に横串の十字架)を結んでいき、地上のダンサーたちも同じ形をとっていく。

 タイヤメーカー、グッドイヤーの社名はゴムの加硫法を発明したチャールズ・グッドイヤー(→ wiki)に由来する。しかし、本人と当社の間には法的・資本的関係はないと言われる。
 アメリカの19世紀は発明の時代だった。誰もが特許の取得を競い合っていた。彼は借金取りに追われながら、硫黄がゴムに耐熱性を与えることに気づき、1844年に加硫ゴムの特許を取得した。彼の発明によってゴムの弾性は飛躍的に向上し、イギリスのダンロップによる自転車用ゴムタイヤの発明(1887年)に道を拓いた。これが自動車用に転用され、ゴムの需要への期待は途方もなく膨張。それはベルギー国王レオポルト2世のコンゴ植民地における搾取と残酷行為を招き、ジョセフ・コンラッドに『闇の奥』を書かせることになる。言うまでもなく『闇の奥』は、欧米人による植民地主義の問題を暴くいくつかの小説、映画の源であり、コッポラの『地獄の黙示録』の原作になるとともに、リドリー・スコットの『エイリアン』等に影響を与えた。
 重要なことは、グッドイヤーのロゴマークが、翼のある靴だということ。加硫ゴムを使用した車輪は、そして自動車は、人の移動に途方もない自由を与えた。

 クレマスター1は、バズビー・バークレー(→wiki)にオマージュを捧げたという。バークレーを一躍、有名にしたのは、ミュージカル映画『四十二番街』(監督ロイド・ベーコン/1933年)での華麗な振り付けと、被写体を真上から俯瞰するバークレー・ショットだ。クレマスター3では、42番街に聳え立つクライスラー・ビルが主な舞台となる。



 マシュー・バーニーは7歳から高校まで、舞台となったボイシで過ごした。ボイシから百数十マイル東方には、『リバー・オブ・ファンダメント』(→ブログ)の最後に映るソートゥース山脈が広がる。山麓にはアーネスト・ヘミングウェイが自殺したケッチャムの村がある。
 さらに、ケッチャムから東方約80マイルのアーコ(→wiki:2018.3.12)には、世界初の原子力発電所が立っている。1961年にはSL-1原子炉がメルトダウンし、3人が亡くなった。アーネスト・ヘミングウェイが自殺したのは、事故の発生から約半年後の7月2日だった。
 彼の孫のマーゴ・ヘミングウェイ(→wiki)も後年、抗不安薬のオーバードーズで亡くなった。クレマスター1の公開から1年後、祖父の命日からちょうど35年後の1996年7月2日のことだった。マーゴの墓石には「解き放たれた自由な魂よ」と記されているという。

 アーネスト・ヘミングウェイは、キューバ革命との関係をめぐって、FBIの監視対象になっていた。一説によると、CIAのエージェントであった可能性もある。第2次大戦後に新たに発足したCIAは、情報網をめぐってエドガー・フーバー率いるFBIと暗闘を繰り返していた。

 マシュー・バーニーがどこまで意識していたか定かでないが、アメリカの得体のしれないダーク・ストーリーが隠されているかのようだ。

 
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