映画『クレマスター2』 

 クレマスター1からの続き。

 クレマスター2(35mm/79分/1:1.66)は、1999年に制作された。

 本作はノーマン・メイラーの小説『死刑執行人の歌 殺人者ゲイリー・ギルモアの物語』(1979)を下敷きにした「ゴシック・ウェスタン」だ。小説はピュリッツァー賞を受賞し、TVドラマにもなってアメリカで人気を博した。メイラーは本映画でも、脱出マジックで名高いハリー・フーディーニ(→wiki)に扮している。
 ただ、今読むとしたら、ゲイリーの実弟で『ローリングストーン』誌記者マイケル・ギルモアの『心臓を貫かれて』のほうが参考になる。訳者の村上春樹が言うように、時代を経て『死刑執行人の歌』を読んでも、多くの日本人は退屈するだけだろう。いずれにせよ、年配の読者なら、アメリカでもかつては、横溝正史の小説めいた因縁の世界があったことを実感するに違いない。

 ゲイリー・ギルモア(→wiki)は仮釈放の身にも関わらず、ガールフレンドのニコル・ベイカーとともに母、ベッシー・ギルモアの故郷、ユタ州にいた。

 ユタ州の歴史はアメリカの"マニフェスト・ディスティニー"西漸運動の歴史とともにある。1849年のゴールドラッシュに始まる太平洋岸からの東漸運動が、ロッキー山脈大分水嶺で西漸運動と合流したことで、1893年、歴史家フレデリック・J・ターナーは、フロンティア・ラインの消滅を宣言した。1893年は、電気の威力を世界的に示したシカゴ万博が開かれた年でもある。フロンティア(水平方向への拡大)の消滅と同期して、クレマスター3で描かれる垂直方向への欲望、つまり摩天楼の建設が本格化する。

 州都ソルトレイクは、モルモン教徒(末日聖徒)が築いた都市だ。

 モルモン教創始者のジョセフ・スミス(→wiki)は1829年に啓示を受け、翌年、末日聖徒イエス・キリスト教会を設立。教典である『モルモン書』を著したが、44年にイリノイ州で兄とともに暴徒に銃撃されて亡くなった。後を継いだブリガム・ヤング(→wiki)は神の王国を建てるべく、約2000名の教徒とともに西に向かい、ロッキー山脈を越えてユタに入植した。塩湖グレートソレトレイクは、聖書の舞台の一つである「死海」を想起させたに違いない。ヤング等は現在のソルトレイクあたりをディザレット(ミツバチの巣)と名づけ、当地の開拓に励んだ。モルモン教開拓団の様子は、フーディーニも一時期、親交を結んだコナン・ドイルの小説『緋色の研究』の題材となった。モルモン教徒は当地のネイティブ・アメリカンやアメリカ合衆国と凄絶な三つ巴の闘争を繰り広げた。

 映画でも重要な役割を果たすハチの巣は、モルモン教徒が自分たちの勤勉さを例えるシンボルとして使用した。ユタ州の州旗にも描かれている。旧約聖書では「約束の地」をあらわす「乳と蜜の流れる地」という言葉が頻出する。ヤングが拠点とした邸宅はビーハイブハウスと呼ばれた。

 ハイパーリアリティやシミュラークルで知られる哲学者ジャン・ボードリヤールは、『アメリカ 砂漠よ永遠に』で、アメリカをユートピアも反ユートピアも現実化する恒星的な場所としてとらえた。本書の冒頭に書かれた「ヴァニシング・ポイント」では、将来的なカタストロフィーを示す場所の一つとして、ソルトレイクシティをとりあげている。大砂漠の反対側にある巨大な娼婦ラスベガスとは対蹠的な、清教徒的執念が充溢する場所としてのソルトレイク。そこには起源への遡行――モルモン教徒が管理する家系図の世界的古文書館――や、水平性を祓いのける速度性――ボンヌヴィルの自動車スピード記録試験場、陰鬱な清教徒性の累乗としての摩天楼という、クレマスター・シリーズ全体に響きわたるテーマが示されている。

 ハチの巣は、フリーメイソンが用いたシンボルの一つでもある。ジョセフ・スミスは一時期、フリーメイソンと関わっており、影響がいくつか認められる。ソレトレイク神殿には「万物をみる目」や「握手」の図柄がレリーフされている(『モルモン教徒キリスト教はどう違うのか』アンドリュー・ジャクソン)。創始者が殺されたことも、フリーメイソン伝説におけるイェルサレム神殿の建築指揮者ヒラム・アビフと共通する。ヒラム・アビフはクレマスター3に登場する。

 ゲイリー・ギルモアの母、ベッシーはモルモン教徒の家に育った。彼女は年が倍離れたフランク・ギルモアと1937年に出会って結婚した。フランクはかつて、サーカス団で道化師や綱渡り芸人をつとめ、後にLAでサイレント映画のスタントマンをしていたと語った。フランクの母親フェイ・イングラムは、カリフォルニア心霊教会の司祭の資格をもつ霊媒師だ。フェイとフランクが酒を飲むと、フェイは酔って若い頃の話をした。シカゴ万博の舞台に立ち、有名になる前のハリー・フーディーニと知り合い、フランクを身ごもったと(真偽はともかく)ベッシーに白状し、フランクを認知しなかった不義理なフーディーニを罵った(『心臓を貫かれて』より)。

 つまり、ゲイリー・ギルモアの祖父はフーディーニだというのだ。

 モルモン教には「血による贖罪」(→wiki:Blood Atonement)という考え方がある。殺人や背教、姦淫など忌まわしい罪は、大地に血を流さなければ赦されないというものだ。

 ゲイリーはベッシーとドライブの途中、ガソリンスタンドに立ち寄り、トイレで従業員の後頭部を撃ち抜いた。死骸のそばには、クレマスター1のモチーフ、グッドイヤー社のシンボルマーク(翼の生えた靴)が映っている。

 映画では、パイプオルガンが鳴り響くホールで、死刑を宣告される。当時、アメリカでは死刑が執行されなくなっていたが、彼は死刑を自ら望み、「血による贖罪」の掟に従って、地面に血を流して死ぬことを望んだ。

 死刑執行は、ロッキー山脈が背後に連なる塩湖でおこなわれる。おそらく映像は、ボンネビル・ソルトフラッツ(→wiki)だろう。檻に囲まれた会場に牡牛が運び込まれ、死のロデオが繰り広げられる。



 ゲイリーの祖父とフェイが信じるハリー・フーディーニは、脱出の名人だった。ハリーはゲイリーに、脱出と入替りのマジックを伝授すると告げる……。

 ハチの巣の六角柱を隙間なく並べたイメージは、クレマスター3の冒頭場面、ジャイアンツ・コーズウェイ(→wiki)の4万にも及ぶ石柱群(六角柱の柱状節理)に引き継がれる。

【追記】
 S.ブレント・モリスの『フリーメイソン完全ガイド』下巻の巻末に、著名なメイソンのリストが添付されている。200人あまりをカバーしたこのリストによると、モルモン教の創始者ジョゼフ・スミスだけでなく、ブリガム・ヤングもフーディーニもコナン・ドイルも、続くクレマスター3前編の舞台、クライスラー・ビルのオーナー、ウォルター・クライスラーも、フリーメイソンのようだ。

 高須クリニックの院長がマスターメイソンになる御時世、さすがにフリーメイソンという言葉を聞いただけでドン引きする人は減ったと思うが、いまだに深い偏見をもつ人は本書や吉村正和の『図説 フリーメイソン』(→ブログ)を読むと良い。
 なお、高須院長がメイソンになったことで、その言動に賛意を示す人も抵抗を覚える人も、現代におけるフリーメイソンがどういうものか、なんとなくイメージできるに違いない。

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